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【第十六話】一週間だけ

〈現世・仁科総合病院・駐車場〉


――病室を出たあと。


純弥の車に、二人は乗り込んでいた。


「女神様!」


「……さっきはダメだったろ?」


『――聞こえています』


カーナビから見覚えのある声が聞こえてくる。


「なんでカーナビなんだよ!」


『日本製はやはり性能がいいですね』


『車もいいのに乗っていますね』


「話聞け!」


「ほんとだよ!」


「聞こえてたなら病室で返事してよ!」


『嫌です』


「なんで!?」


『病院で神が降臨したら騒ぎになるでしょう』


「そういうところの常識はあるのかよ」


『――純弥』


「……はい」


『不敬ですよ』


「聞こえてんのかよ!」


『……それで』


女神の声が車内に響く。


『結愛さんの件ですね』


「うん」


唯依奈が答える。


「こっちだと全然力が使えない」


『当然です』


「当然なの?」


『世界そのものに含まれる魔素量が違います』


純弥が眉を寄せる。


「魔素?」


「私たちの世界にある、魔法の元みたいなもの」


「……こっちには?」


『ほぼ存在しません』


「じゃあ」


純弥が前のめりになる。


「結愛をそっちへ連れていけば?」


沈黙。


「女神様」


『原則として』


声が変わる。


『生者を別世界へ移すことは認められていません』


「そこを何とか」


『できません』


「唯依奈は行き来しただろ」


『彼女は既にこちらの世界に属する魂です』


「じゃあ結愛も――」


『純弥』


低い声に純弥が黙る。


『軽々しく言ってはいけません』


「……」


『異世界へ魂の所属を移すということは』


『本来、その世界での生を終えることを意味します』


「……悪い」


唯依奈が純弥を見る。


「でも」


「何か方法ないの?」


『……』


「女神様……」


『結愛さんを確認させてください』


「確認?」


『少しだけ』


『病室にテレビはありますよね?』


「なんで電子世界を行き来してるんだよ」


「女神様のおかげで映画だけは見れてたんだよね」


「あのカンフーもどきはこいつのせいか」


『――純弥』


『不敬ですよ』


「そこに敬意なんてねぇよ!」


だが。


女神様からの返事はなかった。


やがて。


『……なるほど』


「どうだったの?」


『結愛さんであれば……』


『世界を渡ることも――可能です』


「本当か!?」


純弥が思わずシートから腰を浮かせる。


「なんで急に!」


『彼女には資格があります』


「資格?」


『異世界転生契約を締結する資格です』


「……」


唯依奈の眉が寄る。


「転生?」


『はい』


「結愛ちゃん、生きてるよ?」


『存じています』


「じゃあ転生じゃなくない?」


『制度上の名称です』


「役所みたいだな」


『世界の管理ですから、似たようなものです』


純弥が話を戻す。


「契約すれば、結愛はそっちへ行けるんだな?」


『はい』


「俺も?」


『あなたは以前の契約履歴がありますので、同行は可能です』


「じゃあ」


純弥が即答する。


「やる」


『本人の意思が必要です』


「結愛に聞く」


『そして』


「まだあるのか?」


『異世界転生契約を締結すれば』


『結愛さんは正式にこちらの世界の住人となります』


「……」


純弥が止まる。


「治ったら?」


『はい』


「帰れるんだよな?」


『……』


「女神様?」


唯依奈が顔を上げる。


『契約上は』


「うん」


『こちらの住人です』


「……」


「……」


純弥と唯依奈が顔を見合わせる。


「それ」


純弥がゆっくり口を開く。


「前にも聞いたな」


『……』


唯依奈も気づいてしまった。


「あ」


『…………』


「まあ」


唯依奈が笑った。


「そこは後で考えよう!」


『嫌な予感しかしません』


「娘を助けるのが先だ」


純弥も頷く。


『あなた方は本当に……』


カーナビ越しに、女神のため息が聞こえた。


〈現世・仁科総合病院・面談室〉


――面談室では純弥と愛璃が向き合っていた。


「……一週間?」


愛璃が眉を寄せる。


「ああ」


「長くても、そのくらいだと思う」


「……何が?」


「結愛の意識が戻るまで」


「……」


予想外の言葉に、愛璃の表情が変わる。


「どういうこと?」


「試したい治療法がある」


「治療法?」


「ああ」


「先生は?」


「病院の治療じゃない」


「――は?」


愛璃の眉間に、先ほどよりも深い皺ができる。


「ちょっと待って」


「うん」


「何の話をしてるの?」


「だから」


純弥は一度、言葉を止める。


どこまで話すべきなのか。


――異世界。


――聖女。


――女神。


話したところで、信じてもらえるとは思えない。


自分だって、同じことを聞かされたら。


鼻で笑っていたはずだ。


「……結愛を治せるかもしれない方法がある」


「かもしれない?」


「ああ」


「治るとは言えないの?」


「言えない」


「……」


「でも」


純弥は愛璃を見つめる。


「――今よりは可能性はある」


「……」


「だから……やらせてほしい」


愛璃は何も言わなかった。


「ただし……」


「その治療を始めたら」


「結愛は、一週間くらい眠ったままになると思う」


「眠ったまま?」


「ああ」


「昏睡状態ってこと?」


「たぶん」


「たぶんって何?」


「……」


愛璃の視線が鋭くなる。


「純弥」


「うん」


「ちゃんと説明して」


「これ以上は」


純弥が首を横へ振る。


「俺にも上手く説明できない」


「そんな話で――」


「――実績はある」


「俺が昏睡状態になった、この前と同じ方法なんだ」


「……は?」


愛璃が止まった。


「だから」


「俺も一緒に昏睡状態になる」


「…………は?」


表情が変わらないまま、背もたれに体重を預ける愛璃。


「結愛だけじゃない」


「俺も同じように意識がなくなる」


「…………」


「……何食べたらそんな発想になるの?」


「……ぬるいコーラかな」


二人の間に沈黙が広がる。


「――とにかく!」


「馬鹿みたいな話をしてる自覚はある」


「だから」


「俺と結愛が同じタイミングで意識不明になったら」


「起きるのを待っていてほしい」


「それだけだ」


「意識がなくても、死んでるわけじゃないから!」


純弥は愛璃を見る。


「――十日もしないうちに戻ってくる」


「俺と結愛を信じてくれ」


「……」


「それだけでいい」


長い沈黙。


愛璃が俯く。


「……そんなの」


「うん」


「信じられるわけないじゃない」


「分かってる」


「分かってない!」


「……」


「結愛が目を覚まさなかったら?」


「……」


「あなたも目を覚まさなかったら?」


「璃玖にもなんて言えばいいと思ってるの!」


「……私が言っていい言葉じゃないけど」


「あの子にとっては、あなたが父親なのよ」


「……あの子とあなたを離したのも私だけど」


「……璃玖のためでもある」


「……えっ?」


「璃玖に姉を失う経験なんてさせたくない」


「……」


「だから」


純弥が頭を下げる。


「頼む」


愛璃は俯いた純弥を見つめていた。


「……一週間」


しばらくして、小さな声が落ちる。


純弥が顔を上げる。


「一週間にして」


「それ以上は待たない」


「……分かった」


「一週間経っても起きなかったら」


「うん」


「殴ってでも起こすから」


「……」


純弥が少しだけ笑った。


「結愛は優しく起こしてやってくれ」


「あなたの話よ」


「……俺だけ?」


「当たり前でしょ」


「差別じゃない?」


「娘と元夫を平等に扱う必要ある?」


「……ないですね」


「分かればいいの」


愛璃はそう言って、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


けれど。


すぐにその表情は戻る。


「……純弥」


「ん?」


「結愛を――お願い」


純弥は静かに頷いた。


「ああ――任せろ」


愛璃は、それ以上は何も言わなかった。


――一週間。


それが。


純弥が現世に残した、約束の期限になった――


【第十七話へ続く】


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