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【第十三話】家族だから

〈現世・仁科総合病院〉


――結愛の入院が正式に決まった。


そして。


すぐに治療も始まった。


薬を使う。


休む。


検査する。


また薬を使う。


――楽しくない日々の繰り返しだった。


数日後。


ようやく、結愛の熱は平熱まで下がった。


けれど。


「……食べたくない」


食欲が落ちた。


「一口だけ」


「いらない」


「ゼリーは?」


「あとで」


「プリン」


「いらない」


「お前がプリン断るの珍しいな」


「……今はいい」


医師から説明されていた薬の副作用。


強い倦怠感。


吐き気。


食欲の低下。


病気を治す薬ではない。


なのに、その薬で娘が苦しんでいる。


それでも。


使わなければ病気が進む。


「……分かった」


純弥はトレーを片づける。


「食えそうになったら言えよ」


「うん」


「何でも作るから」


「病院なのに?」


「料理人舐めんな」


「クビになったじゃん」


「……お前」


「ふふ」


まだ笑う元気はあった。


それだけが、救いだった。


〈現世・別所家本邸〉


「お願いします」


――愛璃が頭を下げていた。


愛璃の前には慈臣(しげおみ)が書類を広げ座っていた。


「結愛の治療費を、別所家で負担してください」


慈臣は黙って娘を見ていた。


「純弥は?」


「自分で払うと言っています」


「だろうな」


「でも」


愛璃の指が震えている。


「これから、どれだけ必要になるか分かりません」


「……」


「海外で治療法が見つかるかもしれない」


「新しい薬ができるかもしれない」


「何でも」


声が震える。


「何でもできるようにしておきたいんです」


慈臣は目を細めた。


「お前が頭を下げるのか」


「……はい」


「別所のためではなく?」


愛璃が顔を上げた。


「結愛は」


一瞬、言葉に詰まる。


それでも。


「私の娘です」


慈臣はしばらく何も言わなかった。


そして、手元の書類を見せる。


「こんな病気があるなんて知らなかったな」


「子供が経験するには酷すぎる症状のようだ」


「だが」


「こっちの事例は一時的に改善したとも書いてある」


「未成年ではないがな」


思いもよらない父の言葉に、愛璃が目を見開く。


「――愛璃」


「お前は勘違いしている」


「確かに……」


「昔の別所は、男ばかりが表に立つ家だった」


「だが、そうならないために事業も部門も広げてきた」


「お前の従姉妹たちは、来年度から経営者側に就任する」


「……えっ」


「要は」


「ビジョンを描き、そのために研鑽を続ける」


「仲間と共に、酸いも甘いも経験する」


「社会なんて」


「結果と過程の積み重ねでしかない」


「性別なんてものは関係ない」


「枷になるかどうかは自分次第なんだ」


「……自分自身で“別所の女”という枷を外せなかったんだろうな」


「いや……」


「本来なら親である私が外すべきだったんだがな」


天井を見上げ息を吐く慈臣。


改めて愛璃と向き合う。


「迷惑をかけたな」


「情けない親と……別所の血という呪いにな」


「……お父様」


「結愛はただのかわいい孫娘だ」


「仁科にも話は通してある」


「やれることをやるしかない」


「――ありがとうございます」


「礼なら」


慈臣は娘から目を逸らした。


「結愛が退院してからでいい」


「……はい」


〈現世・仁科総合病院・病室〉


「姉ちゃん」


「んー?」


璃玖が紙袋を抱えて立っていた。


愛璃も一緒だった。


「これ」


「なに?」


「作った」


結愛が身体を起こす。


「璃玖が?」


「父さんに聞いた」


純弥を見る。


「電話してきたんだよ」


「だって姉ちゃん、ご飯食べてないって言うから」


璃玖が紙袋から容器を取り出す。


「先生にも聞いた」


「俺がな」


「僕も聞いた!」


「看護師さんにだろ」


「一緒じゃん」


「違うだろ」


蓋を開ける。


柔らかく煮た小さな茶碗蒸しだった。


「……茶碗蒸し?」


「うん」


「璃玖が作ったの?」


「そうっ!」


「栄養も取れるからって!」


「……お父さんが準備した具材だったけど」


「料理人になるなら、最初は姉ちゃんに食べてもらおうと思って」


結愛が笑った。


璃玖がスプーンを取り出し準備していく。


「いいから食べて」


「はいはい」


スプーンですくう。


一口。


ゆっくり飲み込む。


「……」


璃玖がじっと見ている。


「どう?」


「美味しい」


「ほんと!?」


「うん」


璃玖の顔が明るくなる。


もう一口。


そして、三口目で結愛の手が止まった。


「……ごめん」


「美味しくない?」


「違うよ」


「じゃあ食べてよ」


「璃玖」


純弥が静かに止める。


璃玖が振り返る。


「でも……」


「十分だ」


「三口しか食べてない」


「結愛、笑っただろ」


「……」


純弥が璃玖の頭を撫でる。


「料理人なら、今日はそれで合格だ」


「……ほんと?」


「ああ」


璃玖は結愛を見る。


「明日はもっと食べれるの作る」


「うん」


「何がいい?」


「プリン」


「買った方が美味しくない?」


「料理人なのに諦めるの早くない?」


「だってプリン難しそう」


結愛と璃玖が笑い合う。


その後ろで、純弥と愛璃も小さく笑っていた。


泣きそうになる度に。


どちらかが、結愛の前で笑って。


どちらかが、それにつられて笑う。


夫婦としては、もう終わっているのかもしれない。


それでも。


結愛と璃玖の父親と母親であることだけは。


きっと、これからも変わらない――


【第十四話へ続く】


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