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第11話:血塗られた静寂の功績

 大広間は、水を打ったような静寂に包まれた。


 すべての視線が、私と、そして名指しされた第1王子ダストン、婚約者のカスラッテに向けられている。


「な、何を馬鹿な……!! わたくしが、国王陛下を毒殺するなどと!」


 カスラッテが扇を強く握りしめ、青ざめた顔で金切り声を上げた。

 その内側からは、尋常ではない焦燥と憎悪の轟音が渦巻いている。


「あれ? でもカスラッテ、昨日言ってたじゃなーい。パパのお肉に魔法のお薬かけたら、僕が王様になれて、毎日お菓子が食べ放題になるって」


「なっ……!! 殿下、何をおっしゃって……!!」


 ダストン王子の幼児のような無邪気な暴露に、カスラッテの顔から完全に血の気が引いた。


(この愚図っ!! ここで言うことではありませんわ!! ……ええい、こうなったら!!)


 カスラッテが扇を振り上げ、鋭い声で叫んだ。


「影よ!! この狂った令嬢を黙らせなさい!」


 彼女の合図とともに、広間の暗がりから漆黒の暗殺部隊が現れる――はずだった。


 しかし、何秒待っても、影は一つも動かない。


「……どうしたの? 影よ、早く出なさい!!」


 焦燥に駆られたカスラッテの悲鳴が、虚しく広間に木霊する。

 返ってくるのは、自分の声の残響と、冷ややかな列席者たちの視線だけだった。



 コツ、コツ、と。



 静まり返った大広間の入り口から、落ち着いた、それでいて重い足音が響いた。


 扉が開き、一人の男が悠然と姿を現す。


「無駄だ。君の飼い犬たちは、誰もこの場所には来れない」


 現れたのは、全身を返り血で赤黒く染め上げた、王国最強の『氷の騎士団長』。

 その冷たい銀色の瞳は、カスラッテだけを逃さぬように射抜いていた。


「……ギルバート…………? ひっ……!! ば、馬鹿な!! 広間の影たちが呼びかけに応じないのはまさか……!!」


 カスラッテの唇が、恐怖に震える。


「城のネズミ共も、屋敷の番犬共も、一人残らず処刑した」


「選りすぐりの精鋭50人を、すべて……!?」


「あれで精鋭なのか?」


 ギルバートは無表情のまま、こともなげに答えた。その所作一つにすら、圧倒的な死の気配が纏わりついている。


「わざと捕まり、秘密屋敷の奥底を探るために、随分と手間を取らせてくれたな。だが、言い逃れできない証拠を集めるためには、必要な作業だった」


 彼は国王の御前に歩み出ると、懐から血に濡れた帳簿と手紙の束を取り出し、うやうやしく跪いた。


「陛下。ズール伯爵令嬢が国庫を横領していた決定的な証拠、並びに、第1王子を利用した国家転覆計画の全容を記した書類でございます。王都外れの秘密屋敷を制圧し、回収してまいりました」


 国王が近衛騎士に書類を受け取らせ、ざっと目を通す。

 その顔に、凄まじい怒りの筋が浮かび上がった。


「ダストン……!! 貴様、自分が何に加担していたのか分かっているのか!!」


「えー? そんなの分かんないよ。もうお肉食べていいー?」


 怒号を浴びせられても、ダストン王子はぽかんと口を開けて首を傾げるだけだった。


「……連れて行け。もはや見たくもない」


 国王の冷酷な命令により、近衛騎士たちがダストン王子を拘束する。

 彼は抵抗することもなく、ただ「ご飯まだー?」と呑気な声を上げながら引きずられていった。


   ◇ ◇ ◇


 残されたのは、孤立無援となったカスラッテだけだ。


「あ、ああ……違うのです、陛下!! わたくしは、ダストン殿下に脅されて……!!」


 カスラッテはその場に崩れ落ち、大粒の涙を流して懇願し始めた。

 か弱き乙女の、痛ましい泣き顔。


 だが、私の耳には、彼女の腹の底で煮えたぎる『悍ましい不協和音』がはっきりと聞こえていた。



(泣いて油断させる……!! 手の中にある、この『黒霧』の魔具さえ使えれば……脱出できる!!)



 彼女の右手が、ドレスのポケットに隠された小さな魔石へと動く――その「物理的な動作」よりコンマ数秒早く、私の耳が彼女の『悪意の実行』を正確に捉えていた。


 それを使わせたら、逃げられる。

 レオン様と私の「静寂」が、再び脅かされる。


 彼女が指を動かすよりも早く、私の身体が床を蹴っていた。

 他人の心の声が聞こえるこの呪われた力が、今この瞬間だけは、私の最速の武器となる。


 彼女の指が魔石に触れる感触。

 唇の端に浮かびかけた、狡猾な笑み。

 ギルバートがわずかに身を沈める気配。

 レオン様が息を呑む気配。


 それらすべてを置き去りにして、私は床を蹴っていた。


 絹が裂けるような鋭い音を立て、華美なドレスの裾が舞う。

 令嬢としての作法も、ドレスの裾が破れることも構わない。

 ただ、この忌まわしい悪意を、私の手で完全に断ち切るために。


 カスラッテが魔石を握り込み、高らかに叫ぼうとした、その刹那。


「させるかぁ!!」


 私は全身の体重を乗せた右ストレートを、カスラッテの顔面に全力で叩き込んだ。


 ゴッ!!


 骨と骨がぶつかる鈍い音。

 美しく整えられた彼女の顔が醜く歪み、鼻血を吹き出しながら、床に激しくもんどり打った。


 カラン、と。

 手から零れ落ちた黒い魔石が、虚しく床を転がる。


「あ……あぐ……!! わ、わたくしの、お顔が……!!」


 鼻を押さえてうずくまるカスラッテ。

 彼女の心から響いていた悪意の轟音は、恐怖と痛みの悲鳴によって完全に塗り潰されていた。


 私はヒリヒリと痛む右拳を握りしめ、荒い息を吐きながら彼女を見下ろす。


「……素晴らしい一撃だな、エリス」


 ギルバートが、感嘆の吐息とともに呟いた。


 駆け寄ってきたレオン様が、私の右手を優しく包み込む。

 彼の温かく澄み切った無音が、私の昂った神経をゆっくりと鎮めてくれた。


 大広間に、再び静寂が降り下りる。


   ◇ ◇ ◇


「……第1王子ダストンは、王位継承権を永久に剥奪し、辺境の塔へ幽閉する」


 玉座からの、重く冷酷な宣告。


「そして、カスラッテ・ズール伯爵令嬢。王族暗殺未遂、並びに国家反逆の罪により――」


 国王陛下は、床に這いつくばるカスラッテを氷のように見下ろした。


「貴様を、死刑とする。即刻、地下牢へ繋げ」


 こうして、私を死に追いやった全ての元凶は、その醜い悪意と共に完全に断罪されたのだった。

ついに因縁の相手に断罪の時が訪れました。

エリスの渾身の一撃が、すべての悪意を打ち砕く瞬間となりました。


ここまで張り詰めた展開にお付き合いいただき、本当にありがとうございます!

皆様からの応援が、エリスたちの戦いを描く最大のモチベーションになります。

もし「スカッとした!」「エリスよくやった!」と思っていただけましたら、

下部の『ポイント評価(☆☆☆☆☆)』を【★★★★★】にして応援していただけると、とても嬉しいです。

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