第12話:断罪と、最悪で最高の食卓
嵐のような断罪劇から一夜が明け、王宮にはどこか清々しい、新しい朝の空気が満ちていた。
私がかつて見た、絶望に染まったあの処刑台の光景は、もう二度と訪れることはない。
謁見の間。
重厚な扉が開かれ、そこには三人の男女が並んで跪いていた。
私、エリス・ミレーヌ。
返り血と拷問の傷跡を隠しもせず、泰然と控える王国最強の騎士ギルバート。
そして、私の隣で複雑な表情を浮かべる第二王子、レオン様。
玉座に座る国王陛下は、威厳に満ちた眼差しで私たちを見下ろしていた。
「面を上げよ」
その声に応じ、私たちはゆっくりと顔を上げる。
「今回の功績、見事であった。レオンよ、お前が自ら厨房に入り、毒殺の危機を未然に防ぐためにエリスと共闘したこと、父として、そして王として誇りに思う。……して、レオン。お前に望む褒美はあるか?」
国王陛下の問いに、広間がしんと静まり返る。
レオン様は一度、隣で俯くギルバートに視線を送り、それから強く拳を握りしめた。
「……父上には感謝しません。褒美が、たくさん欲しい!」
(訳:父上、ありがとうございます。私にはたった1つだけ頂きたい報酬があります)
その言葉に、国王陛下が面白そうに眉を上げた。レオン様は視線を逸らさず、さらに言葉を重ねる。
「主である俺の首に剣を向けたこと、脱獄の罪も許しません。こいつの命なんて、俺に預けないでください! 他にも欲しいものは、たくさんあります!」
(訳:私を殺害しようとし、法を破って脱獄したギルバートのすべての罪を赦してほしい。彼の身柄を私に預けてください。彼への恩赦こそが、私の唯一の望みです)
国王陛下は一瞬驚いたように目を見開き、やがて可笑しそうに口元を綻ばせた。
「……ふむ。自分に剣を向けた大罪人を、許そうというのか。ぐすっ、成長したな。伝説の勇者様のようだぞ、息子よ。……良かろう。ギルバート・カーライル。今日この瞬間、お前の過去すべての罪を不問に付す」
陛下は立ち上がり、厳かに宣言した。
「改めて命ずる。王国最強の騎士団長として、一生かけて第二王子とエリス・ミレーヌを、そしてこの国を護る盾となれ。死をもって贖うことすら、余は許さぬ」
ギルバートは驚愕に目を見開き、それから深々と頭を下げた。
石床に額を打ち付けるその音には、彼が自ら闇に沈んでまで背負おうとしたすべての呪縛が解けたような、清烈な響きがあった。
「……御意。この命、尽きるまでエリスだけに忠義を尽くします」
(ん? 国やレオン様への忠誠は!? というか、それ元からですよね!?)
私の心の中の激しいツッコミを他所に、国王陛下は聞こえなかったふりをして落ち着いてうなずき、レオン様は盛大に顔をしかめていた。
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ。
王宮の片隅にある、第二王子の私邸。
そこには、昨日の殺伐とした空気など嘘のような、温かい湯気と美味しそうな香りが漂っていた。
「おい、ぐずぐずするな! この腐った牛乳みたいなシチューをさっさと運べ!」
(訳:ほら、準備ができたぞ! 熱いうちに、みんなで一緒に食べよう)
厨房でエプロンをつけたレオン様が、顔を真っ赤にしながら大鍋を抱えている。
今夜の献立は、たっぷりの根菜と鶏肉を煮込んだホワイトシチューだ。
私はレオン様からトレイを受け取り、応接間のテーブルへと並べていく。
そこには、既に平服に着替えたギルバートが座っていた。
「殿下。どうせ食べるならエリスの手料理の方が良いのですが……。今日はエリスが運んでくれたので、特別に頂くとしましょう」
「黙って食え、この野菜泥棒! お前にはその干からびたパセリで十分だ!」
(訳:遠慮するな。お前の分の肉もたくさん入れておいたから、しっかり食えよ)
そう言って、レオン様はギルバートの皿に、これでもかと大きな肉の塊を盛り付けた。
王子殺害未遂の犯人と、その被害者が、同じ皿を囲む。そんな歪で、けれど誰よりも強い絆で結ばれた食卓。私たちは席につき、静かに手を合わせる。
「……美味しい」
シチューを一口含んだ瞬間、野菜の甘みとミルクの優しさが、心に染み渡っていく。
「おい、お前。肉ばっかり食うな! 」
(訳:ギルバート、栄養のある肉をしっかり食べろよ)
「お気遣いなく。私は健康的な食事で、殿下より一秒でも長く生き、エリスの隣を死守することに決めたのです。殿下こそ、できるだけ塩分をたくさん摂って、早めに隠居の準備をしてください」
「貴様……! まだエリスが嫌いなのか、俺の方がお前より先に死ぬ!」
(訳:ギルバート……! お前もエリスが好きなのか。だが、俺の方がお前より長く生きて彼女を守り抜く!)
二人の言い合いは激しいが、私の耳に届くのは喧騒ではない。あるのは、相手を思いやる温かな「音」だけ。
(ああ……。なんて騒がしくて、なんて温かい「静寂」なんだろう)
私は、テーブルの下でそっと握られたレオン様の温もりと、向かいの席から見守るギルバートの穏やかな視線を感じながら、確信していた。
この二人と一緒なら、どんな未来の不協和音も、きっと笑顔で乗り越えていける。
「……あ、こらエリス! お前の分のおかわりもあるから、そんなに急いで食うな!」
(訳:エリス、そんなに美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。たくさんあるから、心ゆくまで食べてくれ)
「はい、レオン様!」
私は大好きな二人の顔を見つめ、心からの、最高の笑顔を浮かべた。
「二度と来るな! 明日も来たら、今度は本当に毒を入れてやるからな!」
(訳:明日も飯を食べに来い。ずっと、ずっと、俺たちのそばにいてくれ)
王宮には、幸せな怒号と、温かな笑い声がいつまでも響き続けていた。
完
本作を最後まで見守っていただき、本当にありがとうございました。
三人の騒がしくも温かい日常は、これからもずっと続いていきます。
エリス、レオン、ギルバート。彼らの物語を最後まで見届けていただけたこと、作者としてこれ以上の喜びはありません。
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