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デスゲームで冷酷な男と組んだら、なぜか俺だけ守られている  作者: しゃとーぶりあん


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第48話 中央第零情報統括局/2052/憧憬、遠い悔恨

 



 車内は静かだった。


 音がほとんどない。


 外界と隔絶された空間。


 蓮は窓の外を見ていた。


 流れていく街並み。


 忙し気な人々の気配。


 どれも、自分とは無関係なもののように感じる。


 やがて、車は減速し、ひとつの施設の前で止まった。




 それは────、崩れかけた、灰色のビルの残骸にしか見えなかった。


 とても、世界の均衡を変えるものが内部に内包されているとは思えない。


 しかしよく見ると、外部から内部を一切伺わせない設計に、周囲には複数のセキュリティライン。


 自動防衛機構らしき装置も見える。


 ただの廃ビルではない。


 明らかに、“守るべきもの”がある場所だった。


「……随分と物騒だな」


 蓮が呟く。


「当然だよ」


 蒼真は短く、しかし子供の悪戯っぽい調子で答える。


「ここには、()()()()()があるんだ」




 車が停止する。


 ドアが開く。


「私はここまでだ」


 アレクシスが言った。


 だが、その視線は蒼真へ向いている。


「蓮、君はこちらへ」


 別の入口を指し示す。


「案内の者が付く」


 蓮は一瞬だけ蒼真を見る。


 何も言わず、ただ短く頷いて、そのまま歩き出した。




 ────その背中が見えなくなった瞬間。


 残った二人の空気が変わる。


「……本気なのか」


 アレクシスの声が低くなる。


 蒼真に対する敬意はある。


 だが、明確な“制止”が含まれていた。


 蒼真は答えない。


 ただ、偽装された灰色のビルを見上げる。


「彼を、あそこに入れるなど」


「問題ない」


 即答だった。


「E.D.E.Nは彼を拒絶していない」


 一瞬の沈黙。


 アレクシスはわずかに眉を寄せる。


「……それが問題なんだ」


 静かな指摘。


「未完成の段階で、外部因子への過剰な反応。しかも、対象は彼だ」


 蒼真の視線が、わずかに動く。


「彼はもはやAHIの条件から逸脱している。予測不能な危険因子でしかない」


「だからいいんだよ」


 矢継ぎ早に言葉を紡ぐアレクシスとは対照的に、蒼真は落ち着いた口調で言う。


「E.D.E.Nは、ただの人工知能じゃない」


 冷徹な瞳で、言葉を選ぶように殊更ゆっくりと話した。


「それに対して、ただのAHIをぶつけてみた所で、大した発展があるとは思えない」


「前任者のカイザー博士だってそうだったろう」


「E.D.E.Nにはもっと人間のソフト面の理解を深めてほしいんだ」


「魂を揺さぶる感情────彼にはまだそれは憎しみゆえの慟哭しか無いけれど……これから学んでいけばいい」 


 その声音には、普段蓮に向けているものとははっきりとした温度差があった。


「俺は、E.D.E.Nを人間性を持ったAIとして育てている」


「彼にも()()をE.D.E.Nに教えてもらう」


 アレクシスは一瞬、言葉を失う。


 理解はしている。


 だが、それは────。


「……対象に、感情を持ち込むべきじゃない」


 アレクシスの殊更に硬い声。


 ほとんど、警告に近い。


「それは研究ではなく、“偏愛”だ」


「確かに、俺もアレクも、蓮に同情できるほど立派な生い立ちじゃ無い。同情じゃ無いんなら、猫可愛がりってヤツかもね」


 蒼真は、わずかに笑った。


 この端麗な青年が笑うと、これまでの緊迫した空気がぱっと変わるのをアレクシスはいつも不思議に思いつつ、自分でも知らぬ間に見とれていた。


「何て言われてもいいよ。俺は諦めない」


 迷いなく前を向く。


「それでもきっと、()()は応える」


 視線の先。


 廃ビルの地下。




「────E.D.E.Nは、俺の“子供”みたいなものだから」




 静かな断言。


 アレクシスは、それ以上何も言わなかった。


「……」


 だがその胸中には、明確な危機感が残っていた。


 均衡が崩れ始めている。


 ()()()()かはさて置き。


 原因は────、あの少年か。


 それとも目の前にいる、この青年か。


 答えは、まだ出ていない。






 蒼真が去ったあとの静寂は、妙に重かった。


 車から出て、蒼真はひとり歩き出している。


 無機質な灰色の外壁は朝の光を鈍く反射し、まるで感情を拒絶するようだった。


 その少し離れた場所で、アレクシスは立ち止まる。


 普段と変わらぬ、訓練された姿勢。


 だが、その視線だけが、わずかに揺れていた。


(……どうしてだろうな)


 心の奥で、言葉が滲む。


 自分でも理解している。


 あの監視対象の青年────蒼真を、気に入っていることくらい。


 理由など、本来は不要なはずだった。


 任務において、好悪などは全くの余分でしかない。


 排除すべき感情だ。


 それでも。


(なぜあれの瞳は、壊れていないのだろう)


 静かな確信。


 多くの、壊れたものを見てきた。


 自分や、直属の最高司令官────GENERALですらそうだ。


 沢山の人間が、重すぎる責任に押し潰される様を見てきた。


 理想を掲げた者が、現実に折れていく様も。


 正しさを信じた者が、やがてそれを言い訳に変えていく様も。


 そして何より────“自分の選択”から逃げる者たちを。


 アレクシスは、かつてそれらを守る側にいた。


 ────雪の降る夜だった。


 白い息が、暗闇に溶けていく。


 特に雪深い異国。


 崩れ落ちた建物。


 途切れた通信。


 仲間の声は、ひとつずつ消えていった。




『撤退だ』




 命令は明確だった。


 合理的で、正しい判断。


 だが、瓦礫の奥には、まだ生きている者がいた。


 助けられたかもしれない。


 助けるべきだった。


 それでも、彼は従った。


 命令────“正しさ”に。


 振り返らず、歩いた。


 その結果がどうなったかなど────考えるまでもない。


(あのとき、俺は)


 わずかに目を閉じる。


(選ばなかった)


 だからこそ、蒼真の言葉が刺さった。




 ────“俺は諦めない”。




 あの青年は、逃げない。


 どれだけ歪であっても、どれだけ危うくても。


 自分で決めた事から。


 そして、その責任をすべて引き受ける覚悟がある。


(……眩しい、な)


 皮肉にも似た感情が、胸に落ちる。


 自分には、できなかったことだ。


 だからこそ。


(守る価値がある)


 それは、もはや監視任務ではない。


 もっと個人的で、厄介な衝動だ。


 アレクシスはゆっくりと目を開ける。


 視線の先には、施設へと歩き出す蒼真の背中。


 迷いのない歩き方だった。


 ────あの背中を、折らせるわけにはいかない。


 それが、どんな結末を招こうとも。

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