第90章 オリビアは科学の転換点で科学者たちの不審死に気づきます。
第90章 オリビアは科学の転換点で科学者たちの不審死に気づきます
東京3日目の朝も、4人は宿の食堂でしっかり朝食を食べました。昨日は朝から食べすぎて、昼になってもなかなかお腹が空かなかったので、今日は少し控えようと話していたのですが、料理の前へ行けば、パンの横に卵料理があり、焼いた野菜と果物があり、その向こうには太いソーセージまで並んでいます。
「少なくするって言ってたよね」
タマが自分の皿を見ました。チャトラも「言ってた」と答えましたが、その皿にはもうソーセージが載っています。ミミは果物を選びながら2人の皿を見比べ、「昨日よりは少ないよ」と言いました。
「少しだけね」
オリビアも笑いながら自分の皿を見ます。人のことを言える量ではありません。結局、4人とも朝食を十分に食べました。
今日は途中から別行動です。チャトラ、タマ、ミミは首都の商店街へ行き、3人だけで店を見て回ることにしています。去年までなら、欲しいかどうかより先に値段を見て、必要な物を買ったあとにいくら残るかを考えなければなりませんでした。今は冒険者として働いて得たお金があり、借金も返し終えています。食べたいものを自分で選ぶのと同じように、欲しいものを自分のお金で選べます。
「大きいものを買ったら、夜に収納へ入れてあげるよ」
「じゃあ、持って帰れる大きさは気にしなくていいね」
チャトラがうれしそうに答えました。
「夕食までには、それぞれホテルへ戻ろう」
3人と約束してホテルの前で別れ、オリビアは1人で科学館へ向かいました。
◇ ◇ ◇
科学館へ来たかったのは、珍しい物を見るためだけではありません。この世界の人たちが自然をどこまで調べ、何を確かめ、どこから先をまだ分からないものとして扱っているのか、その現在地を見てみたかったのです。
昨日の博物館では、教科書で読んだ歴史と実物資料の間に少しずつ差がありました。発掘品や古文書を積み上げていく博物館でもそうなのですから、観測と実験で知識が増えていく科学館なら、その差はもっとはっきり見えるかもしれません。
入口近くにあったのは、東の大国全体を描いた地質図でした。現在使われている地質図だけでなく、それ以前に作られた地図も並んでいます。初期のものでは山地と平地を大きく分ける程度だったのが、調査が進むにつれて石灰岩、砂岩、花崗岩、火山岩などの分布が塗り分けられ、鉱山や温泉の位置、地層の傾きまで書き込まれるようになっています。
その横には、実際に各地から集めた岩石標本と山の模型がありました。裾野の広い円錐形の火山は半分を切った模型になっていて、溶岩と火山灰が何度も積み重なった断面が見えます。別の模型では、巨大な噴火のあとに山頂部が落ち込んで大きな窪地ができ、その中に湖が残っています。
「カルデラまで分かってるんだ」
オリビアは模型の横に置かれた軽石と黒曜石を見ました。さらに壁面には、火山から離れた平原で見つかった同じ火山灰層を追い、どの噴火で降ったものかを比べた図があります。噴火の記録が残る山だけでなく、古い地形と地層から過去の噴火を復元しているのです。
その先には植生図があり、北と南、低地と高地、乾燥した地域と雨の多い地域で植物相がどう変わるかを、押し葉標本や採集地点の記録と一緒に追えるようになっていました。山の斜面では標高が上がるにつれて樹木の種類が変わり、乾燥した内陸では森林が薄くなる様子まで地図へ重ねられています。
「これ、地図帳の方にもあったな」
オリビアは収納から地図帳を出して、展示図と見比べました。神様によってこちらの世界向けに変わった地図帳には、現在の分布がきれいに整理されています。科学館では、その完成した図へ至るまでに何を見つけ、どこで考えを直したのかまで分かります。
国土の広さは、交通や動力の研究にもそのままつながっていました。最初に置かれていたのは、荷馬車の車輪と車軸を実物大で組んだ展示です。木製の車輪でも、外周へ鉄輪をはめる方法、軸受けへ油を入れる方法、荷重を左右へどう分けるかで、同じ馬が引ける重さが変わります。隣には勾配を変えられる小さな坂道があり、平地では動いた荷車が急坂では止まる様子を模型で試せるようになっていました。
河川交通の区画には閘門の模型がありました。上流側と下流側で水位が違っていても、2枚の門の間へ船を入れ、水を出し入れすれば高さを変えて通せます。広い国を大量の荷物が動くので、街道だけでなく、川や運河をどうつなぐかそのものが研究対象になっています。
さらに奥には蒸気機関の断面模型がありました。シリンダーの中でピストンが動き、往復運動が回転運動へ変わるところまで歯車を回して見ることができます。別の模型では鉱山の排水ポンプを動かしており、別の機械では回転軸から工場の機械へ力を配っています。同じ蒸気でも、何を動かすかで必要な仕組みが変わります。
「大きい国だから、速いだけじゃだめなんだ」
オリビアは説明板を読みました。何をどこまで運ぶのか、途中で水や燃料を補給できるか、どの地方に石炭や木材があるか、冬に川が凍る地域かどうかまで、交通手段の選び方へ関わっています。機械の性能と地理が、最初から同じ問題として扱われていました。
食料と農業の区画には、農具の変化も並んでいました。古い木製の犂の横には、土へ入る部分を鉄で補強した犂があり、その先には土を片側へ返しながら進む形の犂があります。硬い土、湿った土、軽い砂質の土では使いやすい形が違うため、各地の土壌標本と一緒に展示されていました。
種を手でばらまく方法と、一定の間隔で溝へ落としていく播種機の比較もあります。手回し式の脱穀機は、穂から実を外す作業をどの程度早くできるかを人力だけの場合と比べています。風を送って籾殻や軽いごみを飛ばす唐箕のような選別機もあり、収穫後の作業まで機械化の対象になっていました。
その先では、現在の主産地と原産地を比べる地図に、小麦や大麦、豆類、リンゴ、羊や牛などが載っています。今たくさん作られたり飼われたりしている土地が、そのまま原産地とは限りません。人が運び、育て、選びながら広げてきた結果として現在の分布があります。
オリビアは農具の刃先を見てから土壌図へ戻り、さらに作物の分布図を見ました。農業も、道具だけ、植物だけ、土地だけでは終わらず、全部がつながっています。その先で、この世界にしかない生物の研究へ入っていきました。
普通の生物と魔獣の関係、魔力を扱う生体組織、魔石ができる過程まで並んでいます。オリビアは収納から、数研出版の生物図表だった本を取り出しました。
日本で使っていたときと同じように、見開きいっぱいのカラー図があり、細胞や組織の図の中へ、この世界の生物が魔力を受け取る仕組みや、魔獣化した生物の系統、魔石の形成過程まで自然に組み込まれています。受験生が勉強するための図表なので説明は非常に細かく、これまで実物と比べて確認した範囲では内容に間違いもありません。
科学館の展示もよく調べられていましたが、生物図表なら1枚の図としてつながっているところが、途中から「現在研究中」になっています。標本や実験結果が足りないわけではなく、それらを結び付ける仕組みの理解がまだ届いていないところがあるのです。
「ここまでは同じで、この先がまだなんだ」
ページと展示を交互に見ると、この世界の現在地がよく分かります。科学館は今の研究者が確認できているところまでを示し、生物図表は、昔の科学者たちへの迫害が起こらず研究が続いたなら、この世界の科学が到達できたところまでを受験生向けに整理しています。
その差が最も大きく見えたのが、魔力に関する展示でした。
現在の科学館では、魔法を使った場所から離れたところでも生じる小さな変化を測り、場所や向き、地下構造、周囲の物質によって値が変わることを確かめています。これらをまとめて説明するために、「魔力波」と呼ばれるものが存在すると考えると非常によく合います。
しかも、単に都合のよい仮定を置いただけではありません。魔力波が存在するなら起きるはずだと予想された現象が、実際にいくつも観測されています。そのため、現在の研究者たちは魔力波が存在する可能性をかなり高く見ています。
ただし、理論を特に強く確定できるはずの決定的な現象だけは、まだ直接測定できていません。あるはずの変化が小さすぎて、現在の測定器では誤差の中から確実に取り出せないのです。
オリビアは展示の前で足を止めました。
「足りないの、理論じゃなくて測定精度なんだ」
そこで初めて、科学館の現在地がはっきり分かりました。魔力波の存在を考えれば複数の現象が説明でき、その理論から予測した現象も実際に観測されている。研究者たちはすでに「何を測れば決着するか」まで分かっていて、最後に残っているのは、その小さな変化を誤差から分離できるだけの精度です。
オリビアは、地球で年周視差が予想されてから実際に測定されるまでの長い時間を思い出しました。
1543年、コペルニクスが『天球の回転について』で地球が太陽の周囲を公転する体系を示します。地球が半年ごとに太陽の反対側へ移るなら、近い恒星は遠い恒星を背景に少し位置を変えるはずです。原理としては、この時点ですでに年周視差が予想できます。
ただし、コペルニクスの体系では惑星運動を円運動の組み合わせで表していました。精密な観測値と比べると、円軌道では吸収しきれないずれが残ります。1609年、ケプラーはティコ・ブラーエの火星観測を使って『新天文学』を著し、惑星軌道を楕円とすることで、円軌道では残った約8分角のずれを捨てずに説明しました。1610年にはガリレイの望遠鏡観測で木星の衛星や金星の満ち欠けが知られ、地球だけを宇宙の運動中心とする見方はさらに苦しくなります。
ここまで来れば、地球が太陽の周囲を動くという考えは観測とよく結び付きます。それでも恒星の年周視差そのものは小さすぎて、まだ測れません。
1728年にはブラッドリーが恒星の光行差を発見し、地球が公転しているなら現れる別の効果を観測しました。年周視差そのものを直接測るより先に、地球の運動を示す大きな現象が見つかったことになります。
そして1838年、ベッセルがフラウンホーファー製のヘリオメーターを使い、はくちょう座61番星の年周視差を測定しました。理論の原理が分かり、軌道の形が正され、間接的な証拠も積み上がってから、最後に測定器の精度が追いついて直接測定へ届いたのです。
今、科学館で見ている魔力波研究もそれに近い。理論の形はかなり整い、そこから予測された現象も観測されている。直接測定が難しいので、別の大きな効果も探している。そして最後に残っているのは、決定的な現象を誤差から分離できる測定精度でした。
オリビアは今度は物理の本を開きました。こちらでは、魔力波の存在を説明する理論がどのように育ったかが、受験生向けに整理されています。
最初は、魔力波のようなものが存在すると考えれば、観測されている現象をおおむね説明できるという段階でした。しかし測定値には小さなずれが残り、そのずれを生む条件を取り込むことで、計算と観測がさらによく一致するようになります。そこから、普通の物理的な力や現象と並んで、魔力に由来する力や現象も存在すると考える方が自然になりました。
理論がまとまれば、次は実験で確かめればよい。ところが、当時の装置では決定的な測定に必要な精度が足りませんでした。そこで直接測定とは別の現象を探し、予測と観測を重ねながら研究を進めていきます。
生物図表や物理の本では、その先まで研究が続いています。科学館の現在の研究は、約200年前にその人たちが到達していた場所へ、長い時間をかけてもう1度近づいていました。
「ここまで、戻ってきてるんだ」
約200年前にいったん途切れた研究と比べても、現在の研究者たちはほぼ同じ地点まで登り直しています。理論の形も、間接的な観測も揃い、あとは決定的な現象を測り切れる装置だけが残っていました。
その展示の続きには、ダンジョンでごく少数の人が見る緑色や青色の光についても説明がありました。オリビア自身も見たことがありますが、科学館では、その光そのものを魔力波だとは決めていません。魔力波が何かと作用した結果として、別の光が生じている可能性も残しています。
それを読んで、オリビアは霧箱とスーパーカミオカンデを思い出しました。
霧箱では、放射線そのものを肉眼で見ているわけではありません。荷電粒子が通ったところで気体が電離し、その跡に沿って過飽和の蒸気が凝結するため、飛跡が白い筋として見えます。
スーパーカミオカンデも同じ考え方です。ニュートリノそのものを目で見るのではなく、巨大な水槽の中でごくまれにニュートリノが水の原子核や電子と反応したときに生じる荷電粒子を捉えます。その荷電粒子が水中を、その水の中での光の速さより速く進むとチェレンコフ光が発生し、壁面に並んだ光電子増倍管が、その淡い光の輪を検出します。見ているのはニュートリノそのものではなく、相互作用の結果として生じた光です。
「これと同じかもしれない」
ダンジョンでごく少数の人が見る緑色や青色の光も、魔力波そのものが人の目に見えているとは限りません。魔力波がダンジョン内の物質や生体、あるいは別の何かと相互作用した結果として可視光が生じ、その二次的な光だけを一部の人が見ている可能性があります。
もしそうなら、「緑や青の光が見える人がいる」という事実は、魔力波を直接見た証拠というより、魔力波が何かへ作用した痕跡を人間の感覚で拾っていることになります。
生物図表には、この現象についても詳しいカラー図があります。科学館では研究中で、生物図表ではさらに先まで整理されています。
そして、魔力波が確認されたとしても、それだけで魔法そのものを理解したことにはなりません。魔力波は、この世界に存在する自然現象の1つです。その先には魔力式があり、式を見つけ、その構造と意味を理解し、必要な部分を書き換えられるようになって初めて、魔法によって普通の物理現象へ意図した変化を起こせるようになります。
ここまで読むと、オリビアはベラミラ先生のことを思い出しました。
人間でも、あらかじめ形が決まった単純な魔力式なら覚えられることがあります。小さな物を少し持ち上げる、弱い光を作る、わずかに空気を動かして風を起こす。その程度の固定された魔法を1つ使える人間は、ごくまれにいます。
2つ使えるところまで行けば、さらに珍しい。
人間全体で平均すれば、使える魔法の数は0個に限りなく近くなります。
それは、学校へ行かなかったからでも、努力が足りなかったからでもありません。人間の脳で扱える魔力式の複雑さに、生物として限界があるからです。
ベラミラ先生が使う、小さな物を持ち上げる魔法も、先生自身が一から組み立てたものではありません。先生が師から教わった、すでに形を整えて簡略化された完成済みの式です。
人間がその魔法を覚えるときには、式の内部にあるものを全部理解しているわけではありません。どこへ力が働き、どのように発動させれば同じ結果になるかという、表面に近い部分を理解して使っています。
それでもベラミラ先生は、そこで止まりませんでした。
完成した魔法を覚えるだけで満足せず、その内側に何があり、なぜその式で物が持ち上がり、どの部分が普通の物理現象へ働きかけているのかを調べ続けています。
オリビアは以前、その研究がどのくらいで終わりそうなのかを聞いたことがあります。
ベラミラ先生の答えは、今の速度なら約800年でした。
しかも、それは単に研究を続ける時間です。
もし先生の頭の中にある研究の構造を、途中経過も含めて別の人間が追える形で本へ書き出そうとすれば、それだけで約500年かかるという話でした。
オリビアはその数字を聞いたときにも驚きましたが、科学館で研究史を見ている今は、別の意味がはっきり分かります。
地球の科学なら、1人の研究者が一生で終わらなかった問題でも、論文や本へ書き残し、次の世代がそこから続きを始められます。ニュートンが全部を1人で完成させる必要はなく、ライプニッツやベルヌーイやオイラーのような人たちが、それぞれ前の成果を受け取りながら先へ進めます。
ベラミラ先生がやっていることも、知的な大きさだけを見れば、そのような新しい数学や方法を押し広げる研究に近いものでした。
ところが魔力式の深い部分では、頭の中にある構造そのものを十分な形で外へ出すことが難しい。研究を完成させるのに約800年、書き残すだけでも約500年かかるなら、人間の寿命ではどちらにも届きません。
先生が一生かけて進んでも、次の人間がそのまま続きから始めるための完全な記録を残せない。
人間の科学で当たり前になっている、世代を越えた研究の受け渡しが、ここでは生物的な能力差に引っ掛かります。
だから、ベラミラ先生が「努力の人」だからすごい、というだけでは足りません。
限られた人間の脳で、普通なら表面しか扱えない魔力式の奥を少しずつ読み解き、1人の寿命では終わらないと分かっている問題を、それでも研究している。その研究そのものが、オリビアには途方もないことに見えました。
エルフやハイエルフから見れば、印象はまた違います。
人間には難しいことでも、エルフならもっと多く扱えます。ハイエルフなら、さらに深い構造を理解し、魔力式を書き換えるところまで届くことがあります。
人間が一生かけて1つの単純な式を覚えたり、わずかな仕組みを理解したりしても、エルフ側から見れば、できて当然の小さなことに見えてしまう場合があります。
人間を嫌っているから関心を持たないとは限りません。
自分なら普通にできることを、人間がどれほど大きな制約の中でやっているのか、実感しにくいのです。
オリビアは元人間でした。
だから、ベラミラ先生が人間としてどれほど無茶なところまで手を伸ばしているのかが分かります。
そして、科学館の展示に戻って考えると、もう1つ怖いことにも気づきました。
もともと人間には、深い魔力研究を次世代へ完全に渡しにくいという弱点があります。そのうえで、研究の転換点にいた少数の研究者がまとめて失われ、記録や装置まで消えたなら、研究の流れは地球の科学以上に簡単に切れてしまいます。
オリビアはそこで本を閉じました。科学館へ来たかった理由が、自分でも少しはっきりしてきました。この世界には科学があり、分野によってはかなり先まで来ています。そして魔力研究だけは、約200年前に大きく進みかけた形跡があるのに、その流れが途中で切れています。
その切れ目が単なる研究停滞ではないと気づいたのは、魔力波の展示を見終え、同じ時代の科学者たちを紹介する区画へ進んだときでした。
今のように研究分野が細かく分かれていなかった時代なので、1人の科学者がいくつもの分野へ手を伸ばしています。光学を調べた人が流体も扱い、測定器を改良した人が植物や鉱物の記録も残しています。
その中に、オリビアが物理の本や生物図表で見た名前がいくつもありました。
「この人、こっちにもいる」
展示に載っている業績は立派です。光学、測定、自然観察、鉱物、植物など、それぞれの成果が詳しく紹介されています。
ところが、科学が大きく進み始める転換点にいたはずの人たちなのに、魔力波の研究だけがありません。
最初は展示の都合で省かれているのかと思いました。けれど、次の人にも、その次の人にもありません。物理の本では魔力波研究の流れの中に並んでいた人たちなのに、科学館では別分野の科学者として紹介され、魔力研究だけが丸ごと抜けています。
オリビアは魔力波の展示へ少し戻り、現在の研究史をもう1度確認しました。そこでは、後世の研究者たちが観測を積み重ね、今ようやく強い理論へ到達したことになっています。約200年前の科学者たちが同じ道を先に進んでいた形跡はありません。
「なんでだろう」
人物紹介を順に見直しているうちに、もう1つ、もっと気になることに気づきました。
科学の転換点にいた研究者たちの没年が、不自然なほど近いのです。
同じ時代に活動していた研究者なら、多少近くなることはあります。それでも、何人もの没年がかなり狭い時期へ集中しています。しかも、同じころを境に魔力研究の流れまで途切れています。
オリビアは展示板の前でしばらく考えてから、近くにいた学芸員へ声をかけました。
「すみません。この辺の科学者の没年が近いのは、なぜですか?」
学芸員は人物紹介の年を確認し、すぐに答えました。
「この時期、この地域でペストが流行しています。こちらの科学者たちも、記録ではペストで亡くなっています」
「みんなですか?」
「はい。詳しい伝記もありますよ。資料室で閲覧できます」
ペストなら、同じ時期に何人も亡くなったこと自体は説明できます。
それでも、科学が大きく変わろうとしていた時期に、その中心にいた研究者たちがまとめて亡くれ、同時に魔力研究だけが歴史から消えている。オリビアには、単なる疫病死としてそのまま受け取るには出来すぎているように見えました。
「見せていただけますか?」
「もちろんです」
学芸員は資料室の利用方法を説明してくれました。オリビアは生物図表を収納へ戻し、人物名をもう1度確認してから、詳しい伝記を調べに行くことにしました。




