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第84章 オリビアは宮廷馬車の客室で東京へ出発します。

第84章 オリビアは宮廷馬車の客室で東京へ出発します


 きなこさんから東の大国の首都の話を聞いた帰り道、オリビアは、まだ見たことのない東の都=東京のことを何度も考えていました。


 オリビアの言語チートは、こうした地名を意味で日本語へ置き換えることがあります。東の大国の首都名は、日本の東京と同じく「東の都」という意味なので、オリビアには「東京」と聞こえます。同じ仕組みで、北の国の首都は「北の都」から北京、南の国の首都は「南の都」から南京と聞こえています。東京、北京、南京は、オリビアが言語チートを通して受け取っている日本語名です。


「東京、行ってみない?」


 オリビアが言うと、チャトラがすぐに振り返りました。


「行ってみたい。きなこさんが学校に通ってた町でしょう?」


「私も。夜までお店が開いてるって言ってたし、どんなところか見てみたい」


 タマが続き、ミミも長い耳を立てます。


「博物館もあるって言ってた」


「じゃあ、4人で行こう。せっかくだから3泊くらいして、急がず見て回ろうか」


 3人ともすぐに賛成しました。


 ただし、オリビアには1つ気になることがあります。


 辺境伯へ話を通し、東の大国へ正式に連絡してから首都へ入れば、旅の扱いは隣国の女王による首都訪問になります。出迎えや警護が組まれ、宿泊先も国賓向けに決められるでしょう。


 オリビアがしたいのは、きなこさんから聞いた宿に泊まり、友達3人と町を歩く旅行です。


「今回は4人の旅行として行きたいんだ。辺境伯さんにも知らせず、きなこさんが教えてくれた宿に泊まって、普通に町を歩いてみたい。みんなはどう?」


「その方が楽しそう。大勢に囲まれたら、町も好きに歩けないもんね」


 チャトラがそう言うと、タマも頷きました。


「私も普通に行きたい。きなこさんが泊まるならここがいいって教えてくれた宿にも行ってみたいし」


「ミミもそれがいい」


「じゃあ、そうしよう」


 オリビアは道端の植物へ顔を向けました。


「お願いがあるんだけど、私が元気にしていることは伝えていいよ。でも、どこにいるかだけは、しばらく内緒にしておいてね」


 葉が小さく揺れました。


 植物には、オリビアが元気でいることだけを伝えてもらいます。ユグドラシルを通して様子を気にしているエルフの国の人たちも、それなら安心できます。現在地だけを秘密にしておけば、ハイエルフ侯爵にも東京までは分かりません。そのくらいがちょうどよさそうです。


「植物に何をお願いしたの?」


 タマに聞かれ、オリビアはそのまま説明しました。


「旅行している間も、私が元気なのは伝えてもらうの。今いる場所だけ秘密にしてもらうことにしたよ。元気なのが分かれば、エルフの国の人たちも安心できるから」


「それなら、みんなも安心するね」


「うん。場所は秘密にしてもらうから、東京では4人でゆっくりできると思う」


 これで、お忍び旅行の方針は決まりました。次に考えるのは、東京までどうやって行くかです。


 首都へ行こうと言い出したのは自分です。3人へ候補を1つずつ並べて相談する前に、まず自分の中で使えるものと使えないものを分けた方がいい。しらかば亭へ戻ったオリビアは、部屋でステータスボードの交通機関一覧を開き、1人で検討を始めました。


 この半透明の表示は、オリビア自身にはよく見えます。しかし他人から見えるのは、表示している本人より魔力が強い場合だけです。チャトラ、タマ、ミミには見えません。だから3人の前で一覧を指さして相談しても意味がありません。


 相変わらずオートバイの欄は1台も使えませんでしたが、そこは今日も見なかったことにします。


 東京までは、約2000kmです。最初に速さだけで考えると、新幹線が目に入りました。これなら移動時間は短いはずです。しかし、この召喚は車両だけを好きな場所へ置けば終わるものではありません。走行に必要な軌道、架線や給電設備、信号、列車制御まで一緒に成立する可能性があります。


 ここから東京までの約2000kmには、家も畑も町もあり、人や荷馬車が使う道も続いています。そのどこかを押しのける形で高速鉄道の設備一式が連続して現れたら、便利な移動手段を出すどころではありません。周囲を巻き込む大事故になるので、この案は却下です。


 船も使えません。東の大国は内陸国で、東京にも海はありません。


 航空機の一覧には、使えそうなものがかなりありました。


 セスナ172のような軽飛行機なら、機体は小さく扱いやすそうです。ただし2000kmをそのまま飛び切るには航続距離が足りません。途中で降りる場所と燃料を考える必要があります。それ以上に、到着側で使用に必要な滑走路まで召喚されたら困ります。


 ビジネスジェットなら距離は問題になりにくい。旅客機も一覧にはあります。けれど、機体が大きくなるほど必要な滑走路も大きくなります。東京のどこかへいきなり滑走路を出すなど、考えるだけで怖い話です。


 1度東京へ行き、郊外で滑走路に使える土地を正式に買ってからなら話は別です。ここなら出していいと決めた場所があれば、固定翼機は使いやすくなります。つまり、この方法を使えるのは2回目以降です。


 ヘリコプターも何種類かありました。Bell 505も使えます。滑走路はいりませんし、降りる場所の自由度は高い。しかし2000kmの移動では途中の給油も考えなければならず、それより何より、うるさい。


 東京の近くまで来てローター音を響かせれば、静かに遊びに来た意味がありません。しかも、この世界では誰も見慣れていない飛ぶ機械です。そんなものが首都上空へ現れれば、誰が使ったのか調べられます。そこからオリビアへたどり着けば、結局「隣国の女王が来ている」とばれてしまいます。


 これも今回は使えません。オリビアは一覧をゆっくり見直し、その中に、以前、博物館の公開乗車イベントで実際に乗った王室用の宮廷馬車があるのを見つけました。博物館は王室用の馬車を複数台所蔵していて、ときどき保存車を実際に動かし、来館者が乗れる催しを行っています。オリビアはそのときに乗車していたので、利用可能な交通機関として一覧に残っていました。


 馬車をそのまま出す必要はありません。以前、名鉄1000系のミュージックホーンを試したときには、車両1編成ではなく、ホーンとペダルだけを取り出しています。同じように、宮廷馬車も必要な部分だけを召喚できます。


 必要なのは4人が入るキャビンだけです。馬も車輪も車台もいりません。キャビンそのものは重力魔法で浮かせればいい。


 これなら線路も滑走路もいりません。ローターもプロペラもないので、速度を落とせばほとんど音を出さずに降りられます。


「これならいいかも」


 ようやく案がまとまりました。


 翌朝、オリビアはしらかば亭で朝食を済ませました。3泊分の着替えや洗面道具は、すでに収納へ入れてあります。4人が手で持つのは、いつもの小さなバッグだけです。


 食後、チャトラ、タマ、ミミを迎えに行きました。3人の大きな荷物もオリビアが預かって収納し、持っているのはそれぞれ小さなバッグだけです。


「3泊なのに、ずいぶん身軽になったね」


 オリビアが笑うと、チャトラが自分のバッグを軽く持ち上げました。


「小さいバッグだけで2000km行けるなら、私はこっちがいい。帰りに何か買っても、また預かってもらえるんでしょう?」


「もちろん。入るものなら収納して帰れるよ」


「それなら、お土産も収納に入れて帰れるね」


 タマがうれしそうに言い、ミミも頷きます。


 そこでオリビアは、昨夜決めた方法を3人へ話しました。


「東京までの行き方なんだけど、前に乗ったことがある王室用の宮廷馬車を使おうと思うの。4人が乗る客室だけを出して、それを私の重力魔法で飛ばす。東京では開けた場所へそのまま降ろせるし、ゆっくり降ろせば静かに着けるから、今回の旅行には一番合ってると思う」


 チャトラは少し驚いたあと、すぐに笑いました。


「馬車の客室だけが飛ぶの? それなら乗ってみたい」


「窓から下も見られるよね。2000kmなら、途中の景色もかなり変わりそう」


 タマも興味を示します。


「地図を持っていけば、どこを通ってるか分かる?」


「分かると思う。国内地図を持っていくよ。高度も、地形が見やすいくらいにして飛ぼう」


「ミミもそれがいい。空から湖を見たい」


「じゃあ決まりだね」


 3人が納得したので、4人は町から少し離れた開けた場所へ向かいました。


 オリビアが召喚したのは、王室用宮廷馬車のキャビン部分だけです。黒を基調にした客室が地面へ現れ、車輪も車台もありませんが、王室用馬車らしい外装飾はそのまま付いています。中へ入れば厚い座席も窓も、落ち着いた内装も公開乗車イベントで乗ったときのままでした。


「本当に客室だけなんだ。車輪もない」


 チャトラが外側を一周しました。


「今日は空を飛ぶから、馬も車輪も使わないよ。4人で乗る客室だけ出して、これを重力魔法で浮かせることにしたの」


 4人が乗り込み、扉を閉めます。


「最初はゆっくり上がるね。景色を見てて大丈夫だよ」


 オリビアがキャビン全体へ重力魔法をかけると、黒い客室は音もなく地面を離れました。


 木々の高さを越え、町が少しずつ小さくなります。チャトラたちは窓際へ寄り、いつも歩いている道や屋根を上から探しました。


「しらかば亭、あれじゃない?」


「たぶんそう。上から見ると、いつもの町なのに全然違って見えるね」


 海面上高度が約1000mになったところで、オリビアは上昇を止めました。


 次に、重力の加速度方向を少しだけ前方へ傾けます。


 キャビンは静かに東京のある方角へ動き始めました。

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