第83章 オリビアはきなこさんから首都の話を聞きます。
第83章 オリビアはきなこさんから首都の話を聞きます
チャトラが名前を呼ぶと、隣の受付に座っていた人が顔を上げました。
「……チャトラ?」
続いてタマとミミを見ます。
「タマ。ミミもいる」
「久しぶり」
「きなこさん、ここにいたんだ」
3人が一度に受付へ寄りました。
オリビアは少し後ろで、その様子を見ています。
きなこさんは、チャトラ、タマ、ミミが孤児院にいたころの2年先輩です。3人とはしばらく会っていませんでした。
北の国境ゲートの花壇工事の完了書類を確認していた受付のお姉さんも、顔を上げました。
「知り合い?」
「はい。孤児院で一緒だった子たちです」
受付のお姉さんは確認を終えた書類を揃えます。
「現地確認のサインもあります。これで完了です」
「やった」
「終わった」
タマとミミが喜びました。
チャトラがオリビアの方を振り返ります。
「あ、きなこさん。こっちオリビア」
「はじめまして」
「きなこです。はじめまして」
「オリビアとは学校も一緒。最近はギルドの仕事も4人で受けること多いよ」
「今日の花壇も4人」
タマとミミも続けました。
「そうなんだ」
きなこさんはオリビアを見てから、3人を見ます。
「3人とも、ちゃんと一緒なんだね」
「ずっと一緒」
チャトラが笑いました。
「きなこさんは、あのあとどうしたの?」
そのままチャトラがすぐに聞きました。
「ヘタレ国が終わったときに、東の大国の首都へ行ったよ。ギルド受付専門学校に特待生で入ったの」
「特待生?」
「きなこさん、昔から優秀だったもんね」
チャトラが納得したように言いました。
「それで首都?」
3人の声が重なります。
オリビアも少し身を乗り出しました。まだ行ったことのない場所の話なら聞きたいです。
「受付だけの学校があるんだ」
「あるよ。ギルドの受付で働く人の学校」
「学費、高そう」
タマが言うと、きなこさんは首を振りました。
「学費はギルドが出すよ。私だけじゃなくて、そこは普通の学生も同じ」
「じゃあ、学校へ行ってる間はどうやって暮らすの?」
「少ないけど給料も出る」
「学校なのに?」
「うん。学校だけど給料」
チャトラ、タマ、ミミがそろって感心した顔になりました。
「それで、首都ってどんなところ?」
「丘の下町よりずっと大きい?」
「人、多い?」
「夜もお店開いてる?」
3人から次々に質問が飛びます。
オリビアも加わりました。
「夜は歩けるんですか?」
きなこさんは、そこで少し変な顔をしました。
「歩けるよ。でも、私は夜8時を過ぎると何度か警備員さんの詰め所へ連れていかれた」
「え?」
チャトラがきなこさんを見ました。
「何かしたの?」
「何もしてないよ。普通に歩いてただけ」
「それで連れていかれるの?」
「うん。警備員さんだけじゃなくて、近くの学校の先生に連れていかれたこともある」
「先生にも?」
タマまで首を傾げました。
「友達と一緒のときも?」
「一緒のときもあったよ」
「友達も連れていかれるの?」
「友達は連れていかれない。私だけ」
今度はミミの長い耳まで、きなこさんの方へそろって向きました。
「なんで?」
「しかも、一度私を詰め所へ連れていった人は、二度目は連れていかないんだよ」
「ますます分からない」
チャトラが言いました。
きなこさんは少し笑いました。
「首都ではね、12歳になっていない子が、夜8時を過ぎて保護者なしで歩いていると保護されるの」
3人が一度、黙りました。
「……きなこさん、それで連れていかれるの?」
「そう」
「でも、きなこさん何歳?」
「20歳」
「20歳?」
きなこさんは自分を指しました。
「首都だと、だいたい10歳とか11歳に見られるんだよ」
そこでようやく3人が一斉に笑いました。
愛玩動物系の獣人は、実際の年齢よりかなり幼く見えます。チャトラ、タマ、ミミにも同じ特徴があります。きなこさんは3人より2歳上の20歳ですが、首都では10歳か11歳くらいに見られていました。
「11歳って言う人もね、なんか『おまけして11歳かな』みたいな顔するんだよ」
「それはひどい」
タマが笑います。
「だから詰め所で20歳ですって言って、確認してもらうの。一度連れていった人は、それで私が20歳だって分かるから、二度目は連れていかない。でも、知らない警備員さんとか先生だと、また最初から」
きなこさんは額を指で押さえました。
「ほんと、おでこに『20歳』って貼っておきたいよ」
今度はオリビアも笑いました。
「オリビアさんみたいに、ちゃんと18歳くらいに見えればいいんだけどね」
きなこさんがオリビアを見ます。
「チャトラたちと学校も一緒で、ギルドの仕事も4人で行くことが多いんでしょ。てっきり同級生だと思ってた」
「同級生みたいなものではあるけど」
チャトラが言いかけて、オリビアの顔を見ました。
「でも、オリビアってエルフだし、見た目と年齢違うよね。年齢って……?」
「あ」
タマもオリビアを見ます。
ミミの長い耳もこちらへ向きました。
オリビアは少し考えます。
「この前のダンジョンでも、高齢者割引で半額だったよ」
「え?」
きなこさんが聞き返しました。
「60歳以上のシルバー料金。それと、100歳以上だと記念品ももらえるの」
オリビアは収納へ手を入れました。
最初に出したのは、首から提げられるパスケースです。
「1回目がこれ」
「記念品?」
「うん。100歳以上の長寿のお祝い」
続いて、細い杖を取り出します。
「2回目がこれ」
「杖?」
「杖」
きなこさんは、オリビアの顔と杖を交互に見ました。
「ちょっと待って。100歳以上で2回目?」
「うん」
「何歳なの?」
「220歳」
今度はきなこさんが黙りました。
チャトラ、タマ、ミミはオリビアの年齢を聞いたことがありますが、20歳のきなこさんにとっては、さっきまで18歳くらいの同級生だと思っていた相手です。
「220……」
きなこさんがもう一度言いました。
「見た目も18歳くらいだしね」
チャトラが言いました。
きなこさんはまだ杖を見ています。
「その杖、本当に高齢者の記念品なの?」
「うん。この杖で、かみつく箱を殴ったら、脚が生えてきて逃げていったよ」
「……何が?」
「箱」
「箱に脚が?」
「うん。とっても変だった」
オリビアは杖を持って説明します。
「最初に叩いたら、箱が杖に噛みついたの。でも杖を硬くしてあったから、箱の歯が折れた」
「歯が折れたの?」
「もう1回叩いたら、今度は噛む場所を変えたけど、また折れた」
「それで?」
「3回目は口を開けなかった」
オリビアは箱が持ち上がる様子を手で示しました。
「そしたら、下からタイツをはいた人みたいな脚が2本出てきて、箱が持ち上がったの。横からも人みたいな手が2本出てきた」
「お尻は?」
チャトラが聞きます。
「ないよ。箱からそのまま脚」
「それで走ったの?」
「うん。最初は歩いて、それからすごく速く走って逃げていった。たぶん、もう我慢できなかったんだね。歯も4本欠けてたし」
ミミが、急に自分のバッグを開けました。
「描く」
「今?」
「今」
使い古しの紙を1枚出します。片面には前に使った文字が残っていますが、裏側にはまだ描ける場所があります。
ミミは黒いペンを持つと、ぱぱっと線を引き始めました。
箱。
箱の下から生えた、人型の脚が2本。横からは手が2本出ています。後ろ姿なので顔の代わりになるものは見えません。箱の身体には人間のようなお尻もありません。そのまま2本脚でダンジョンの通路を走って逃げています。
その後ろには、杖を振り上げたオリビア。
床には三角形の歯が4本落ちています。
「できた」
ミミが紙を持ち上げました。
チャトラが最初に吹き出しました。
「箱、逃げてる」
「脚がすごい」
タマも笑っています。
きなこさんは紙とオリビアを見比べました。
「これ、本当にこんなだったの?」
「だいたいこんな感じ」
オリビアが普通に答えると、また笑いが起きました。
ミミは満足したように絵を見てから、もう1枚、使い古しの紙を出しました。
「もう1枚」
今度も同じ場面を描きます。
黒い線ができると、バッグから色鉛筆まで出してきました。箱、杖、オリビアの服、ダンジョンの壁へ色をつけていきます。
受付の近くでこれだけ笑っていれば、周囲にも聞こえます。
少し離れたテーブルで酒を飲んでいた冒険者たちが、こちらを見ました。
「ミミちゃん、何描いてるんだ?」
1人が椅子から立ち、こちらへやってきます。
「逃げる箱」
「逃げる箱?」
ミミが最初の黒ペンだけの絵を見せました。
冒険者は数秒見てから、大きく笑いました。
「なんだこれ!」
後ろのテーブルからも声が飛びます。
「見せろよ」
冒険者は黒ペンの絵を持ったまま、自分たちのテーブルへ戻ってしまいました。
すぐに向こうでも笑い声が上がります。
「その杖持って殴りかかって追いかけるやつ、初めて見たわ!」
「普通、その杖持ってるやつ走れんだろ!」
「高齢者の記念品だって!」
「使い方が違うだろ!」
オリビアは手元の杖を見ました。
「でも、軽いよ」
「そういう問題じゃない!」
向こうのテーブルでまた笑いが起きました。
別の冒険者が絵を指さします。
「ミミックって脚生えるんだ。それも初めて見た」
「私も初めて見たよ」
オリビアが答えます。
「殴ったら生えたんだろ?」
「3回目に逃げた」
「俺も見かけたら殴ってみるか」
「普通に噛まれるぞ」
隣の冒険者が笑いながら言いました。
「でも逃げるところ見たいだろ」
「歯4本折れるまでやるのかよ」
「俺の大型バール貸してやるから、みんなで行こうぜ」
「それいいな」
「どの階だ?」
「第6層」
オリビアが答えたころには、向こうのテーブルではもう誰が行くか話し始めています。
「次の休みでいいだろ」
「大型バール持ってこいよ」
「ミミちゃんも来る?」
ミミの長い耳がぴんと立ちました。
「行く」
「チャトラも」
「タマも行く」
「オリビアは場所分かるよな」
「分かるけど」
「じゃあ決まりだ」
「何が決まったの?」
オリビアが聞き返しましたが、もう誰も行くかどうかの相談はしていません。
話しているのは、いつ行くかと、誰が大型バールを持つかです。
きなこさんは色鉛筆で描かれた、逃げる箱の絵を見ながら笑っていました。




