第8章 オリビアは魔石について調べます。
第8章 オリビアは魔石について調べます
空中に浮かべた細長い光は、自分から魔力を注ぐのを止めても、向きと場所が合えばそのまま光っています。
オリビアはその光を読書灯代わりにして、机の上へ生物の本を開きました。
回復魔法の仕組みを調べている途中で、魔物の身体についてまとまった項目を見つけます。
「魔石って、生きてるときからあの大きさで入ってるんじゃないんだ」
魔法を使う生物には、魔法を形成する核として小さな結晶が必要だと書かれています。ごく小さなものでも、この核を欠く個体は魔法を発現できません。
核の周囲には魔力を扱う組織が形成されます。魔物化した生物ではこの魔力組織が発達し、周囲を伝わる魔力波を吸収しながら、通常の生体組織とは違う働きを続けています。
生きている間の小さな結晶は、冒険者が換金する大きな魔石とは役割も大きさも違います。
個体が死亡すると、心臓や呼吸を含む通常の生命活動は止まります。それでも魔力組織はすぐには活動を失わず、周囲の魔力波を吸収しながらしばらく働き続けます。
その間に、生前から個体へ取り込まれていた魔力と、死亡後にも魔力組織が取り込んだ魔力が、生前から存在した小さな核を中心として結晶化します。結晶は魔力組織の近くで成長し、冒険者が魔石と呼ぶ大きさになっていきます。
「死んだあとに育つんだ」
生物の本には、この仕組みが確立されるまでの古典的な実験も載っています。
組織を切り分けたり、移植したりして、どの部分が魔法の発現に必要なのかを調べた一連の実験です。地球の生物学で読んだシュペーマンの実験を思わせるような、現在から見れば古典に属する研究でした。
魔法形成核を含む部分と含まない部分で結果が変わり、核だけでも十分には働かず、その周囲の魔力組織が必要になることが確かめられていきます。死亡後にできる魔石を追跡すると、生前からあった小さな核を中心に結晶が成長していることも分かりました。
さらにページをめくると、かなり印象の強い実験写真があります。
小型のホーンラビットを使った古い実験です。
死亡直後の個体を、魔力波が飽和に近いほど強い人工環境へ置いてあります。通常なら小さな魔石しかできない個体なのに、まだ活動している魔力組織が大量の魔力を吸収し、生前からある核を中心に結晶が急速に成長しています。
小さな身体の内部で魔石が大きくなりすぎ、外から見ても胴体が不自然に膨らんでいました。
「うわあ……」
見た目はかなり怖い写真ですが、研究史としては重要です。
魔石を産業的に作り始めた初期には、この現象がそのまま利用されました。小型の魔物を用意し、死亡直後で魔力組織が活動している間に高強度の魔力波環境へ置き、生体内にある核を種として魔石を成長させていました。
個体差が大きく、身体そのものが結晶育成の容器になるので大きさにも限界があります。それでも、野外で得られる魔石を集めるだけだった時代から見れば、意図的に結晶を大きくできる方法には大きな意味がありました。
その後は、結晶核と魔力組織がそれぞれ何をしているのか、どの波長と強度で成長が変わるのか、どんな環境なら生物を使わず同じ働きを再現できるのかという研究が続いています。
現在は人工環境だけで魔石を成長させられます。
「もう魔物を使わなくていいんだ」
人工魔石の設備には、資源生産とは別の使い方もあります。
魔力波は地磁気と関係し、太陽活動の周期によっても変動します。さらに複数の魔力波が重なることで、強め合う場所と弱め合う場所ができます。
昨夜、部屋の中で細長い光を数センチ動かしただけで明るさが変わったのも、この干渉によるフェージングでした。
地磁気や太陽活動の影響を受けるうえ、干渉してできる強弱の模様は安定していません。そのため、ある場所の魔力が急に強くなり、そこへ生物が入ったことで突然魔物化することもあります。
干渉による細かな強弱を取り除いて見ると、基礎になる魔力波の分布はもっと緩やかに変化します。
人工魔石の製造設備は、魔力が集まりやすい場所から余分な魔力を吸収して結晶へ移すこともできます。いわば魔力の吹き溜まりを除去しながら、そこに集まっていた魔力を魔石として回収する設備です。
「魔石を作りながら、魔物が出やすいところも減らせるんだ」
オリビアは地学の本と、帝国書院の地図帳だった本も机へ出しました。
この世界へ来た直後、森の中で見たのは、神様が最初の町までたどり着けるように用意してくれた案内用の地図でした。該当する地図帳のページと対応させて置いてあったため、海岸線から現在地を探しにくい大陸の内陸へ来ても、場所を見失わずに済みました。
今いる町も地図帳で確認します。大陸の一部にある地方の町で、首都や主要街道の中心からは外れています。それでも宿と冒険者ギルドがあり、周辺から人が集まる程度の交通と生活圏があります。神様の案内地図があったからこそ、転移直後でもこの町をすぐに見つけられました。
通常の場所を探すときには、地図帳の索引で地名を引き、該当するページを開いて周囲の地形を確認します。
地図帳には通常の地形図とは別に、ダンジョン、魔物の出現が多い地域、地下の魔力の流れ、魔力波の性質、地質、聖水が生じる地域、危険度などを重ねて見るための図もあります。
魔物の出現が少ない表示は、長期的な傾向を示しています。その瞬間の安全は別に考える必要があり、干渉による細かな強弱の模様は動き続けています。
今のオリビアは弓使いの能力が高くても、この世界の魔物との戦闘経験はまだゼロです。地図の危険地域へ面白半分で入る気は起こりませんでした。
「狩りに行くなら、ちゃんと安全そうなところを聞こう」
魔物の身体と魔石について読んでいるうちに、実物も見たくなっています。
魔物を倒してすぐ片方だけ時間停止させ、もう片方は時間を進めて、死亡後に魔石がどれくらい成長するのか比べれば分かりやすそうです。
そこまで考えてから、オリビアは首をかしげました。
「でも、教科書はかなりちゃんとしてるし……」
片方だけ時間停止させれば、その個体では死亡後の結晶成長が進まず、売れる魔石も小さくなります。今回考えている比較なら、ギルドへ戻るまでの短い時間で十分です。
この世界での生活は始まったばかりです。科学的な興味だけで売り物を減らすより、まず生活を安定させる方が大切です。
「実験は、お金に余裕ができてからでいいや」
明日は、ギルドで相談して狩りに行ってみることにします。
そこまで考えたあたりから、文字を追った記憶が途切れています。
目を開けると朝でした。
机の上には、生物と地学の本が開いたままになっています。
「寝ちゃった」
この世界で迎える3日目の朝です。
オリビアは身体を起こし、顔を洗って歯を磨き、髪を整えて着替えます。今日の予定は町の外へ出ることなので、動きやすい格好にして、必要な物が収納へ入っていることも確認しました。
朝の支度を終えると、1階の食堂へ降ります。
朝食を食べながら、前から気になっていたことをカメリアさんに聞きました。
「カメリアさん、洗濯ってどうすればいいんですか?」
「ここへ出してくれてもいいし、町の洗濯屋へ直接持っていってもいいよ。うちは取次の手数料を取ってないから、どっちへ出しても値段は同じだね」
カメリアさんは、洗濯物を入れる袋が2色あることも教えてくれます。
白い袋は普通の洗濯物用で、料金はkg単位です。赤い袋は、大事な衣類や、ボタン、レースなどがあって普通にまとめて洗うと破損が心配な物を入れ、1点ずつ単品料金で精算します。
「重さって、服だけですか?」
「袋ごと量るよ。中身だけのネット重量じゃなくて、袋まで入れたグロス重量だね。そうしておかないと、下着1枚だけ洗ってください、みたいな手間のかかる注文ばかり増えるだろう?」
「ああ、なるほど」
少量でも袋そのものの重さが加わるので、普通の洗濯物はある程度まとめて出した方が得になります。
今日は狩りへ行くつもりだと話すと、カメリアさんは昼食のことも教えてくれました。
「狩りなら弁当も作れるよ。普通の量なら3/100フローリン。よく食べる冒険者向けの多い方なら4/100フローリンだよ。容器は貸し物だから、帰ったら返しておくれ」
1フローリンを約9,000円と考えると、3/100フローリンは約270円、4/100フローリンは約360円です。
今日は町の外を動き回るので、オリビアは4/100フローリンの方を頼みました。
「容器を壊すと1/10フローリンだから、そこだけ気をつけてね」
1/10フローリンなら約900円です。
「はい。気をつけます」
受け取った弁当を収納へ入れると、表示が少し変わります。
「食べ物……時間停止?」
収納は食べ物と判定した物に自動で時間停止をかけています。
保温しているだけなら少しずつ状態が変わるはずですが、ここでは時間そのものが進みません。温かい弁当は入れたときの温度のままになり、腐敗も進みません。
薬草なども同じで、採取した状態のまま時間を止められます。
ただし、弁当を食べ終えて容器だけになれば、食べ物としての自動時間停止は外れます。食べかすや汁が残った弁当箱をそのまま何日も収納しておけば、普通に時間が進みます。
「月曜日の朝に、学校の鞄から金曜日の弁当箱が出てくるやつだ……」
想像しただけで嫌です。
もちろん、収納には物品ごとに時間停止を指定する機能もあります。食べ終わった容器でも、自分で時間停止を設定すればその状態で止めておけます。
「忘れないようにしよう」
朝食を終えたオリビアは、弁当を収納したまま宿を出て、冒険者ギルドへ向かいました。
ギルドへ入ると、まず依頼書を見ます。
常設になっている依頼の中に、鹿の魔物の駆除があります。
「鹿……」
報酬は1頭につき5フローリン、約45,000円です。
その下には、駆除によって生じた武器や防具の破損、負傷と治療費は冒険者側の自己負担と書かれています。
倒した個体は別途買い取り可能で、これまでの平均買い取り額は1頭あたり2フローリン、約18,000円。魔石はその金額に含まれず、別査定です。
討伐証明は両耳になっています。
「これ、やってみようかな」
収納には、こちらへ移るときに競技用のアーチェリー用品から狩猟にも使えるよう調整された装備が入っています。その中には、高圧CO₂を封入した狩猟用の矢もありました。
前世で海外留学をしたときに狩猟を経験しているので、生き物を狩ること自体には慣れがあります。そこで長く迷うことはなく、注意を向けるのはこの世界の魔物としての性質でした。
こちらの鹿の魔物については、大きさも性質も現地で確認してから判断する必要があります。
オリビアは依頼書を持って、昨日から世話になっている受付のお姉さんのところへ行きます。
「この鹿の常設依頼を受けようと思うんですけど、この世界で狩りをするのは初めてなので、少し教えてください」
受付のお姉さんは依頼書を見て、鹿の魔物がよく出て住民が困っている地域を示した地図を出してくれました。
町から約4kmです。
討伐証明は依頼書にあるとおり両耳で、持ち帰れるなら個体そのものも買い取ってもらえます。魔石は個体の買い取りとは別に査定されます。
オリビアは地図を受け取ります。
「分かりました。行ってきます」
初めての魔物狩りへ出発します。




