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第7章 オリビアは魔法と科学の関連性を調べます。

第7章 オリビアは魔法と科学の関連を調べます。


 夕食を終えると、オリビアは二階の部屋へ戻ります。


 食事のあとは読書の時間です。


 昨日は地図帳や世界史、それに地学の本を少し読みました。今日は、数研出版の物理と生物だった本を収納から取り出します。


 数研出版の物理と生物だった本は、神様の力でこの世界に合わせて内容まで書き換えられています。


 神様の説明では、この世界の材料で成立する物は同等品へ置き換わります。本も同じで、地球と共通する物理法則や生物学はそのまま残り、この世界にしか存在しない現象は、最初からその学問体系の中へ組み込まれています。


 机の上へ物理の本を開きます。


 力学や熱、波、電磁気など、見慣れた項目が続いています。


 電磁波のところには、電波、赤外線、可視光、紫外線、X線、γ線などが並んでいます。


 そこまでは日本で使っていた本と同じです。


 ところが、その先に別の項目があります。


「魔力波……」


 電磁波とは別の現象です。


 魔力波は魔法を使ったときにも生じますが、自然界にも存在し、地域によって強さが変わり、地中の構造とも関係しています。


 オリビアはページを戻します。


 約200年前、この世界で魔力波に相当する現象が発見されています。


 魔法の発動と離れた場所で観測される変化を結びつけ、一定の条件で検出できることに気づいた研究者がいました。その後にも、強さを比べようとした人、物質による違いを調べた人、生物と魔力の関係を測ろうとした人が何人か現れています。


「ちゃんと調べようとした人、いたんだ」


 そこまで読んで、今度は世界史の本を出します。


 同じ時代を探します。


 名前があります。


 けれど、物理の本で読んだ研究の続きとは様子が違います。


 魔力を数量で扱おうとした研究者の一人は、大きな権威を持つ司祭と対立しています。別の研究者は、大学で従来の魔法学を代表していた学者から強く批判されています。研究費を失った人もいれば、大学を去った人や、著作が広く読まれないまま終わった人もいます。


「ここで止まってる」


 地球でも、ガリレオのように権威と衝突して研究を妨げられた人はいました。


 それでも、そのあとに観測し、測定し、実験し、再現しようとする人たちが続きました。ニュートンのように、ばらばらに見える現象を数量的な法則へまとめる人も現れ、研究を支え、成果を出版し、広げるハレーのような人もいました。


 地球では、誰か一人が妨げられても、後続の研究者が観測、測定、実験、再現という科学的方法を引き継ぎました。


 この世界では、その流れが続かなかったようです。


 魔法そのものは使われ続けています。長い経験もあり、どの詠唱なら成功しやすいのか、どの土地で魔法が強くなるのか、どの種族や家系がどんな魔法を得意とするのか、といった知識も大量に積み上がっています。


 けれど、条件をそろえて実験すること、測定すること、仮説を立てること、別の人が再現して確かめることが、学問全体の基本にはなりませんでした。


 そのため、伝承と経験は豊富なのに、なぜそうなるのかという原理の部分はあまり分かっていません。


 オリビアは机の上の物理の本へ視線を戻します。


 こちらでは研究が止まっていません。


 約200年前の発見から、検出方法の改良、強度の測定、伝わり方、物質との相互作用へと研究が続いています。途中で間違った解釈も出ていますが、別の実験で修正され、測定装置も改良され、後の研究者が前の実験を再現して条件を変えながら確かめています。


「こっちだと、潰されなかったんだ」


 この本は、日本で大学受験に使っていた数研出版の物理の体系を土台に、この世界に実在する魔法現象が自然科学の対象として割り込むように書き換えられています。


 そのため、この世界では途中で途切れた魔法研究も、科学的方法が続いていた場合の発達が、地球の現代科学と同程度の水準まで整理されています。


 扱う範囲は日本の大学受験レベルの自然科学です。未来技術や神様の全知識まで踏み込まず、その範囲の中で、この世界の自然現象として魔法が組み込まれています。


 それでも、現地の大学で知られている内容よりはるかに先まで進んでいます。


「高校の物理なのに」


 今度は生物の本を開きます。


 細胞、DNA、RNA、代謝、神経、免疫など、地球で学んだ内容が続いています。その中へ、この世界の生物が魔力を受け取り、処理し、魔法として発現する仕組みが組み込まれています。


 第5章で回復魔法を使ったとき、オリビアは傷の中にある砂や小石を異物として認識できました。患者本人のDNAやRNAとは異なる細胞や微生物も分かりました。


 傷を閉じるだけでなく、異物を外へ出し、血管や神経、筋肉、皮膚を元の状態へ戻しています。


 そのときは、治そうと思えば何を残して何を外へ出せばいいのか分かる、としか考えていませんでした。


 生物の本を読むと、その現象も魔力と生体の相互作用として説明されています。


「だから分かったんだ」


 回復魔法も、魔力と生体の相互作用によって働く一つの魔法として説明されています。


 生物側で魔力を受け、対象を認識し、必要な変化を起こしているのなら、別の現象にも魔力を使える可能性があります。


 オリビアは物理の本へ戻ります。


「ということは、回復以外も使えるのかな」


 回復魔法は神様から使えるようにしてもらいました。


 けれど、魔力そのものを扱えるなら、物理の本に書かれている条件を使って別の魔法を発生させられるかもしれません。


 宿の部屋で試すなら、危険なものは避けた方がよさそうです。火は困りますし、強い風や衝撃を出すものも、部屋の中では試せません。


「光ならいいかな」


 物理の本を読みます。


 発光させる位置、発光領域の大きさ、必要な魔力量、出力と発光の関係が、式と図で説明されています。


 オリビアは部屋の中央より少し上を見ます。


 視線で、光らせたい場所を指定します。


 そこへ魔力を注ぐつもりで、式に書かれている条件を頭の中で組み立てます。


 何も起きません。


「足りない?」


 もう一度、本を確認します。


 発動するのに必要な大きさまで魔力を増やします。


 今度は、指定した場所が白く光ります。


「出た」


 明るい光です。


 球というより、中央が抜けた太い輪のような形になっています。


 高速道路で夜間工事をするときに使われる、ドーナツ状で周囲へ光を散らす照明に似ています。狭い一点を照らすのではなく、部屋の中へ広く光が回ります。


「明るっ」


 実験としては成功しています。


 でも、部屋で使うには大きすぎます。


 オリビアは物理の本をもう一度見ます。


 単純に魔力を弱くするのではなく、発光領域そのものを小さくするように式を変えます。輪の直径を小さくし、発光する部分の太さも小さくして、必要な魔力量もそれに合わせて変えます。


 もう一度、机の少し上を見ます。


 今度は小さな光が現れます。


「これならいい」


 大きな作業灯のようだったものが、部屋で使える大きさになりました。


 ただ、光が白すぎます。明るいのですが、夜の部屋で本を読むには少し落ち着きません。


「色も変えられるかな」


 発光スペクトルに関係する部分を見ます。


 色温度を下げるように式を変え、青側の成分を減らして赤から橙側を増やします。


 もう一度発動します。


 今度は、同じ光でも少し暖かく見えます。


「こっちの方がいい」


 読書をするには十分な明るさがあります。


 ここまでできると、もう少し試したくなります。


 物理の本だけではなく、昨日読んだ地学の本も取り出します。


 地学の本の付録には、地域ごとに観測された魔力波の波長をまとめた表があります。


 オリビアは今いる地域の欄を探します。そこには、この地域で観測されている代表的な魔力波の波長が数字で載っています。


「波長まで測ってあるんだ」


 オリビアは、さっき作った小さな光を見ます。


 物理の波の項目を開き、アンテナの説明も思い出します。


 光を球のままにせず、一方向へ引き伸ばしてみます。


 全長を、この地域で観測される魔力波の1/2波長に合わせます。


「これでどうなるんだろう」


 式を変えます。


 魔力を注ぎます。


 細長くなった光が発生します。


 最初は普通に光っています。


 そこで、オリビアは自分から注いでいる魔力を止めます。


「……消えない」


 光はそのまま残っています。


 少し向きを変えると暗くなります。


「え?」


 もう少し回すと、また明るくなります。


「方向がある」


 オリビアは、細長い光をもう一度ゆっくり回して、最も明るくなる向きを探します。


 地学の付録の表から使ったのは、この地域の魔力波の波長です。方向によって明るさが変わることは、今の実験で初めて分かりました。


 ある向きでは、自分から魔力を注ぐのを止めても光が残ります。そこから向きを外すと暗くなり、もう一度戻すと明るさも戻ります。


 条件が合えば、周囲に存在する魔力波を受けて光っているようです。


「半波長だから?」


 半波長アンテナと似たことが起きているように見えます。


 さらに、光の位置を少し動かしてみます。


 同じ向きなのに明るさが変わります。数センチずらすと弱くなり、別の場所ではまた強くなります。


「フェージングまである」


 魔力波は電磁波とは別の波です。それでも波として伝わる以上、複数の経路を通った波が重なり、強め合う場所と弱め合う場所ができても不思議ではありません。


 地形があり、地下の魔力の通り道があり、岩盤や建物もあります。反射や屈折、散乱に相当する現象が起きている可能性もあります。


 オリビアは、小さく引き伸ばした光を少しずつ動かします。


 明るくなった場所から少しずらすと暗くなり、さらに動かすとまた明るくなります。


 自分の魔力を注いでいないのに、条件の合う場所では光り続けます。


 物理の本を見ます。


 地学の付録を見ます。


 もう一度、空中の光を見ます。


「これ、電波と同じようなことしてる……」


 この世界へ来て二日目の夜です。


 オリビアは、回復魔法以外の魔法を初めて自分で組み立てました。


 そして、その光は今も、オリビアの魔力を使わずに部屋の中で光っています。


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