第79章 オリビアは港の魔法を解きます。 南の国と北の国が帝国とまた戦います。
第79章 オリビアは港の魔法を解きます
鹵獲品の大量在庫バザーが終わったあと、チャトラ、ミミ、タマは学校と依頼へ戻り、オリビアもいつものように丘の上町のギルドとしらかば亭を行き来していました。
そのころ、南の国では軍の会議が開かれていました。
机の上には、帝国海軍の動静をまとめた報告が何枚も並んでいます。本国の主要軍港では軍船が動けなくなり、北の租借港では皇帝のクルーザー4隻と迎えに来た高官用スクーナーまで使えなくなった一方、商船は動いていました。
「本国の軍港まで止まっているなら、今度は艦隊をすぐ回せない」
軍人の一人が地図を指しました。
「前は、こちらが租界を取り戻したあと、海から艦隊が来ました」
南の国は一度、帝国の租界を取り戻しています。そのとき、帝国が建てた行政建築は壊さず、市役所の別館として使いました。
その後、帝国は海軍力を使って戻ってきました。南の国だけでは押し返せず、租界は再び帝国側へ戻りました。
北の国でも同じことが起きています。
北では租界を取り戻したとき、帝国の総督府に相当する建物まで壊して火を入れました。それをきっかけに帝国との戦争になり、沖から艦砲射撃を受け、陸戦隊まで入ってきて、租界を再び占領されています。
「一度目は、海軍で取り返された」
「今回は、その海軍が動けない」
前回の失敗を覚えているからこそ、今度ならいけるという判断になりました。
南の国側の作戦は単純でした。
「内陸側から入って、そのまま海まで押す」
「租界の中で止まるな。港まで押し切る」
北の国でも、ほとんど同じ結論が出ていました。
海の向こうの帝国の力が落ちた今なら、前に取り戻せなかった租界を取れる。
南の国は南の租界へ、北の国は北の租界へ、それぞれ軍を進めました。
◇ ◇ ◇
南の租界では、帝国軍も北の租借港や本国軍港で起きたことを受け、陸上防衛を強化していました。
港の軍船から大砲と砲弾を陸へ移し、在庫の火薬もまとめて、租界の外側へ向けた砲列を作っていました。
「弾薬は?」
「あります。船から下ろした分と、倉庫の分です」
「砲は?」
「配置済みが百九十余り。予備を入れれば二百門近くです」
北の租界も似た状態でした。
帝国側は、海上戦力が使えなくなる場合も想定して、両租界を陸上で守れるようにしていました。
租界には守備隊がおり、艦艇から上がった陸戦隊も加わっています。
さらに、敵船へ乗り移って戦うような切り込みを得意としてきた海兵も残っていました。
南の国の軍が近づくと、租界の外側から砲声が続きました。
「撃ってきた!」
「止まるな。海まで押せ!」
南の国側も砲を持っています。それでも、帝国側は港の船から外した火砲まで並べています。最初に予想していたより、ずっと多い砲弾が飛んできました。
租界の町には、兵士以外の人も大勢住んでいます。
帝国人の商人も職人もいます。何代も住んでいる家族もいます。学校も店も倉庫もあり、港で働く人も大勢います。
南の国側は、住民区域と軍事区域を分けるより、租界へ入ってそのまま海まで押し切る作戦を取っていました。
そのため、帝国軍は町へ入られる前の場所で止めるしかない。
「陸戦隊、前へ」
砲撃の間を守備隊と陸戦隊が埋めます。
距離が詰まったところでは、切り込み系の海兵まで出てきました。
北側でも同じころ、砲撃と接近戦が始まっていました。
それでも南北の軍は、まだ押せると考えていました。
「東の大国も来るはずだ」
「帝国とは戦ったばかりだ。少なくとも帝国側には立たない」
南の国も北の国も、そこはかなり強く思い込んでいました。
東の大国の港を帝国艦隊が砲撃し、陸戦隊まで入れたことは、まだ新しい出来事です。
その東の大国が軍を出すなら、自分たちの側だろう。
ところが、来た辺境伯軍は、南北の軍の後ろへ付きませんでした。
「東の大国の軍だ!」
南の国側の前線で声が上がりました。
一瞬、味方が来たと思った者もいました。
ほどなく、辺境伯軍から伝令が来ました。
「これ以上、租界の住民区域へ軍を入れないよう求めます」
「帝国を守るのか」
「住民を保護します」
南の国側の指揮官は、少し言葉に詰まりました。
「帝国は、東の大国を攻撃した国だろう」
「それと、今回の侵攻は別です」
伝令はそこで言葉を切りました。
「南の国が租界を一方的に取り戻そうとするのは、これで二度目です。前回も契約と条約を一方的に破っています」
北の国へ出た伝令も、同じ趣旨を伝えました。
一度目に南北両国が租界を取り戻し、帝国との戦争になった経緯は、東の大国も把握しています。
今回は帝国海軍が弱ったのを見て、もう一度同じことをしました。
しかも、ここは東の大国と同じ大陸です。
辺境伯軍が見ていたのは、帝国と南北のどちらへ味方するかという話ではなく、契約と住民の方でした。
契約と条約があり、そこへ長く暮らしている住民がいる。その町へ、二度目の一方的な侵攻が始まった。
旧ヘタレ国周辺の軍事を担当している辺境伯は、そこで軍を出しました。
「辺境伯軍は住民区域を守れ。正面は帝国軍に任せる」
辺境伯軍の命令はそれでした。
結果として、正面では帝国軍が南北の軍と戦い、その後ろでは辺境伯軍が租界の住民区域へ侵攻軍を通さない形になりました。
南北の軍にとっては、予想と反対です。
「東の大国はこちらに付くんじゃなかったのか」
「押せない。いったん下げろ!」
南側でも北側でも、侵攻軍はかなりの被害を出して撤退しました。
租界の町へ入られる前に押し返したため、市街地や住民区域の被害はほとんど出ませんでした。
被害が集中したのは、町の外側の防衛線と、そこへ続く進路でした。
◇ ◇ ◇
撃ち合いが止まったあと、南側と北側では別々に停戦の話し合いが始まりました。
南側は、旧ヘタレ国が造った巨大な国境ゲートです。
北側は、オリビアたちが切り通しの横へ移築した同型の国境ゲートでした。
帝国側の現地責任者は、最初に確認しました。
「我々は、帝国を代表して新しい条約へ署名する全権を持っていない」
東の大国側の担当者が答えました。
「では、今日は停戦協定までにしましょう。正式な条約は、本国から全権が来てからです」
南北双方の代表が、まず停戦協定までを結ぶことに同意しました。
まず撃つのを止める。
辺境伯軍は住民保護のために出てきた軍なので、停戦が成立すると撤退する。
そこまではすぐ決まりました。
続いて、東の大国側から今回の介入費用が示されました。
「辺境伯軍を動かした費用は、今回侵攻した側に支払ってもらいます」
「期限は?」
「7日以内です」
さらに条件が付きました。
「7日以内に支払いが完了しない場合、または3度目の侵攻を行った場合、その国の首都にある行政庁を東の大国が管理します」
南の国側の席が静かになりました。
北側でも同じ条件が示されています。
旧ヘタレ国のように、その場で国そのものをなくすところまでは進めません。
ただし、次に同じことをすれば首都の行政へ直接入る。
南北両国は、その条件で停戦協定へ署名しました。
辺境伯軍は、協定が成立すると引き上げました。
◇ ◇ ◇
停戦のあと、オリビアのところへエルフ侯爵から東の大国の方針が伝わりました。
オリビアは内容を読みながら、少し首をかしげました。
「租借をやめるんだ」
東の大国は、南と北の租界を正式な帝国領へ切り替え、国境線を確定する方針でした。
もともとは帝国が賃料を払う有償租借でした。
前回、南北両国が租界を取り戻し、帝国が再占領したあとの処理で、条件が変わっています。
北側は、それまで有償だった租界を無償にし、期限を1000年へ変更しました。
南側では、もとの租界に加えて港の半分近くと市街地の一部まで広げ、新しく加わった部分も1000年間の無償租借になっています。
今回、東の大国は、その状態を続けるより、帝国領と南北両国の領土をはっきり分けたいようでした。
租借ではなく、割譲にする。
「そうすると、私の式の条件がなくなるね」
オリビアが港へ掛けた魔法は、1000年間の租借が終わるまで、という条件で組んであります。
1000年後に期限が来るなら、その時点で終わればよかったのですが、租借そのものが途中で消えるとなると話が変わります。
「参照してる条件がなくなったら、エラーが出るかも」
わざわざ不安定なまま残す理由もない。
割譲後は帝国の領土です。
「自分の国の中なら、好きにすればいいよね」
オリビアは南と北の租借港に掛けていた魔法を解きました。
それから、帝国本国の軍港に掛けていた魔法も解除します。
そちらは最初から帝国本国の中です。
もう一度、東の大国へ艦隊を送ってくる可能性も低そうでした。
「こっちも終わりでいいかな」
解除したことは、ハイエルフ侯爵には分かるようにしておきました。
帝国へ直接知らせることはしませんでした。
◇ ◇ ◇
南と北の租借港には、東の大国の上級貴族から情報が届きました。
「港で起きていた現象は、解除されたらしい」
租借港の帝国側責任者は、その一文を何度か読みました。
「本国にも?」
「同じようです」
「誰が解除した」
「そこまでは書かれていません」
分かっているのは、解除されたらしいということだけです。
それでも本国へ知らせる価値は十分にありました。
正式な停戦条約を結ぶには、本国から全権を送ってもらう必要があります。
東の大国が今回、契約と条約、それに租界住民の保護を理由に辺境伯軍を出したことも伝えなければなりません。
さらに、1000年の租借をやめ、港周辺を割譲して国境を明確にしたいという東の大国の意向もあります。
「一番速いスクーナーを使おう」
「軍船ではなく?」
「今すぐ確実に出せる船だ」
商業船として使っていた高速のスクーナーが、臨時の連絡船に仕立てられました。
南の租借港から一隻。
北の租借港からも一隻。
それぞれ本国へ向かいます。
◇ ◇ ◇
帝国本国の軍港では、修理を途中でやめた軍船が並んでいました。
何度か直しています。
索具を張り直し、帆を付け、大砲の固定索を戻し、船板の継ぎ目も整える。
ところが、直したところからまた外れ、元のようにばらばらになりました。
「まただ」
「もうやめよう。直しても同じだ」
それを何度か繰り返したあと、修理班は本格的な復旧を止めています。
同型艦の資料と、取り付けずに保管していた予備の索具や部材があります。
必要品の生産速度も、最初の被害が出たあとから上げていました。
足りないのは技術でも部材でもなく、直してもまた壊れる状態が終わったという確信でした。
そこへ、租借港から来た高速スクーナーが見えました。
「入港船です」
見張りが声を上げます。
軍港の入口へ近づくスクーナーを、岸壁にいた人たちが見ました。
以前なら、港へ入ったところで帆や索具に異変が出ています。
スクーナーは、そのまま進みました。
帆は張ったままです。
マストを支える索具も残っています。
港内へ入っても何も起きません。
「……壊れない」
誰かが言いました。
連絡船が岸壁へ着いた時点で、軍港側はもう気づいていました。
そのあとで、船から持ってきた文書が渡されます。
「東の大国の上級貴族筋では、港で起きていた現象は解除されたらしい、とのことです」
「先に船が証明してくれたな」
修理担当者が港内の軍船を見ました。
「予備を出せ。まず索具から戻す」
「また外れたら?」
「この船がここまで入ってきて、そのままだ。やるぞ」
修理は、そこから急に進みました。
修理の中心は、残っている船へ索具や部材を戻し、必要な整備をする作業です。
同型艦の図面と整備資料を見ながら索具を再び取り付け、保管していた予備を使い、傷んだところを整備します。
すでに生産を増やしていた工場からも、必要な部材が届きました。
今度は、取り付けたものが再び消えません。
何隻もの軍船が順番に元の姿へ戻っていきました。
◇ ◇ ◇
租借港からの文書は、皇帝のところにも届きました。
停戦はできています。
ただし、帝国側の現地責任者に国家として条約を結ぶ全権がないため、正式な処理が残っています。
「全権を送れ、か」
皇帝は文書を読みました。
そこには、東の大国が今回どう動いたかも書かれています。
南北の国は、東の大国が自分たち側へ付くと思って侵攻した。
実際には、辺境伯軍は租界住民を保護した。
停戦すると撤退した。
1000年の租借をやめ、国境線を明確にするため割譲を望んでいる。
皇帝は少し考えました。
「余が行こう」
部屋にいた者の何人かが顔を上げました。
「陛下ご自身が、ですか」
「前回も行った。今度は船も動く」
皇帝は懲りていませんでした。
ただし、連れていく部下の選び方は変えました。
「忠誠心だけで選ぶな」
皇帝は人選をしていた者へ言いました。
「余を裏切らない者、余に心酔している者、という理由はいらない。状況を見て、違うと思えば違うと言える者を選べ」
「実務能力を優先します」
「それでいい。東の大国が何を基準に動いているのか、自分たちの考え方を当てはめずに見られる者が欲しい」
今回、東の大国は、軍事的にその気になれば租借地を自分の領土にすることもできました。
そこにいる帝国人を捕虜として扱う展開さえ考えられました。
実際には住民を守り、停戦後は軍を引き、租借地は帝国へ割譲して国境を明確にする方針を示しました。
皇帝は、その違いに気づける部下を選びました。
準備された艦隊は6隻です。
修理を終えた艦も入り、皇帝一行を乗せて大陸へ向かいました。
◇ ◇ ◇
航海の途中、皇帝は選んだ部下たちを艦内へ集めました。
机の上には、旧ヘタレ国についてまとめた資料が置かれています。
「東の大国は、あの国をなくして自国へ組み込んだ」
皇帝が最初に言いました。
「今回は段階を置いて処理している。何が違う」
一人が資料をめくりました。
「旧ヘタレ国には、東の大国が以前から人権保障の観点で併合を申し入れています」
「王家は断った」
「はい。東の大国には、併合した地域の旧王家を、そのまま王族として残す方針がなかったためです」
別の部下が続けました。
「それでも経済的な結びつきは深くなっています。旧ヘタレ国は何度も戦争に負け、領土を失い、借金を増やし、爵位まで売っていました」
「最後はどうなった」
「南と北に占領されていた旧領を、東の大国が仲介していったん旧ヘタレ国へ戻しました。穀倉地帯も戻しています」
皇帝は、資料の最後のページへ指を置きました。
「その翌日だな」
「はい。旧領を揃えた翌日に、国全体を東の大国へ併合しています」
皇帝は南北両国の資料へ手を移しました。
「では今回は」
「問題になっているのは、まず租界への二度目の一方的な侵攻です」
「それだけを処理している、と?」
「今のところは、そう見えます。侵攻軍を押し返し、住民を守ったあと、辺境伯軍は撤退しました。軍を動かした費用は7日以内に支払わせます。3度目なら首都の行政庁を管理する、と段階を置いています」
別の部下が、少し間を置いてから言いました。
「それに、我が帝国は少し前に東の大国を攻撃しています」
「そうだ」
「それでも今回は、帝国の租界住民を守りました」
皇帝はその部下を見ました。
「続けてくれ」
「東の大国は、帝国との敵味方より、契約と住民の扱いを基準に動いています」
「何を見ていると思う」
「契約と条約、それに住民の扱いです。少なくとも今回の行動だけを見ると、そう見えます」
皇帝は少し黙りました。
「帝国ならどうするか、で相手を考えると外すな」
「はい」
「それに気づける者を連れてきたつもりだ。会議でも忘れないでくれ」
部下たちはうなずきました。
◇ ◇ ◇
6隻の艦隊は、南の租借港へ無事に入りました。
国境ゲートはここから近いため、皇帝一行はその日は租借港の軍施設へ泊まりました。
翌朝、出発前に朝礼が行われました。
今回の防衛戦で租界の町を守った指揮官と兵士たちが前へ並びます。
帝国軍は、町へ侵攻軍を入れずに正面で戦いました。
皇帝は報告を受けながら、功績のあった指揮官と兵士を順番に表彰しました。
「町を守ったことは聞いている」
皇帝は最後の一人まで表彰を終えると、用意されていた馬車の方を見ました。
「では、国境ゲートへ行こう」
皇帝と、今度は冷静に相手を見るために選ばれた部下たちが馬車へ乗りました。
向かう先は、旧ヘタレ国が造った南側の巨大国境ゲートです。




