第77章 オリビアは3人の部屋で相談します。
第77章 オリビアは3人の部屋で相談します
学校のない日の午後、オリビアはチャトラ、タマ、ミミが住んでいる建物へ行きました。
丘の上町の中でも家賃の安い一角にある、10部屋ほどの小さな共同住宅です。宿として短く使う人もいれば、3人のように長く住んでいる人もいます。
昔ながらの安宿や下宿に近く、部屋の中には水回りを持ちません。
廊下の奥には共同キッチンがあり、3組が同時に調理できます。シャワーは2ブース、トイレは3ブースです。
「ここ、全部で10部屋なんだよ」
チャトラが先に歩きながら言いました。
「朝はシャワーがちょっと混むけど、時間ずらせば平気。台所も3か所使えるから、誰かがずっと使ってなければ大丈夫」
「食事なしで、3人の部屋が1か月1フローリンなんだよね」
「うん。だから出たくない」
「それは分かる」
部屋へ入ると、オリビアはまず壁際を見ました。
3段ベッドがあります。
ただし、普通の3段ベッドではありません。
「これ、本当にベビーベッドなんだ」
「3つとも中古。赤ちゃんが大きくなったらいらなくなるから、もらえたの」
タマが一番下の枠を軽く押しました。
「そのまま重ねたわけじゃないよ。柱は補強してあるから、ちゃんと大丈夫」
「私たちなら長さも足りるし、普通のベッド3つ置くより場所取らないんだよ」
体の小さい3人には、使わなくなったベビーベッドでも十分な大きさがあります。
反対側には、木製のキャレルが3台並んでいました。
「これが図書館の?」
「そう。古くなって入れ替えるから、欲しい人にくれたの」
ミミが1台の天板を手でなぞりました。
「これはもう磨いた。こっちはまだ途中」
図書館で長く使われていたため、最初は表面がかなり荒れていたそうです。傷んだ部分を削って磨くと、木そのものはまだ十分使えます。
「3人の体だと、この大きさでちょうどいいね」
「普通の机だと、奥まで手が届きにくいんだよね。これなら教科書も置けるし、横が仕切ってあるから勉強しやすい」
「椅子はこれ?」
オリビアが足元の木箱を見ました。
「果物の箱。背もたれだけ付けた」
チャトラが座ってみせます。
「座るところでもあるし、中は自分の物入れ。3人分、箱を分けてあるから混ざらないよ」
高い家具はありません。
それでも、寝る場所、勉強する場所、物をしまう場所はきちんと分かれています。
15歳で孤児院を出た3人が、冒険者の仕事をしながら少しずつ揃えてきた部屋です。
「いいね」
オリビアが言うと、チャトラは少し意外そうな顔をしました。
「ほんと?」
「うん。ちゃんと使いやすくしてあるし」
「安い物ばっかりだけどね」
「使えればいいじゃん」
オリビアは部屋を一通り見たあと、3人に別の話を切り出しました。
「そうだ。3人に、ちょっと仕事をお願いしたいんだけど」
「冒険?」
「違う。販売員」
3人がそろってオリビアを見ました。
「販売員?」
「ガレージセールみたいなのをやろうと思ってる。量が多いから、ガレージじゃ無理だけど」
「何を売るの?」
「衣類とか、リネンとか。麻、木綿、シュロ系がいっぱいある」
タマが少し考えました。
「いっぱいって、どのくらい?」
「まだ全部は量ってない。でも、イベントホールを借りるくらい」
「どこからそんなに出てきたの?」
オリビアは少し間を置きました。
「帝国の船」
3人の顔が変わりました。
驚いたというより、最近の話とつながった顔です。
「北の国の港で壊れた船?」
「それも入ってる。あと、本国の軍港の分もかなりある」
「じゃあ、東の大国で鹵獲した戦列艦の分も?」
「それは分けて考えないとだめ」
オリビアは、キャレルの横にあった空いた木箱を借りて座りました。
「東の大国で鹵獲した戦列艦の分は、船と一緒に収納から出して、もう東の大国との間で精算してる。30隻のうち20隻は帝国が買い戻して、10隻は東の大国が研究用に残した。買い戻した20隻には、元の船ごとに取ってあった帆や索具も付けて返したよ」
チャトラは、以前ギルド経由で大量の書類が届いたときのことを覚えていました。
「前に、船ごとの値段まで書いてあった書類が来たやつだよね」
そこまで聞いて、タマが今度の在庫との違いに気づきました。
「じゃあ、収納に残ってるのは別に取った分なんだ」
「うん。北の国の租界で、カフェテリアから追い出されたときの分。皇帝用の船と高級官僚用の船の分もある。それから、海の向こうの帝国本国の主要軍港で取った分」
今回の大量在庫は、東の大国との精算案件ではありません。
ミミがキャレルの仕切り板へ肘を置きました。
「本国の軍港って、この前みんなが噂してたところ?」
「うん」
「オリビア、あれやっぱり知ってるんだ」
「知ってるよ」
オリビアはそれ以上ごまかしませんでした。
「東の大国で返した船の帆とかも、本国の母港まで戻ったあとでまた対象になったものがある。でも、それは東の大国との精算をやり直したわけじゃないよ。いったん返して精算が終わったあと、帝国本国で新しく取った分だから」
「じゃあ、今収納にあるのは東の大国の物じゃないんだ」
「そう。私と帝国の間の物。丘の下町で売るなら、売った分をこっちで申告すればいいだけ」
そこは3人にも分かりやすかったようです。
チャトラが次に気にしたのは、衣類の状態でした。
「でも、前に戦列艦の人たちの服、ぼろぼろになってなかった?」
「なった。あれは失敗だった」
「やっぱり失敗だったんだ」
「素材だけで拾ったからね。麻と木綿を指定してたら、縫ってある糸まで対象になって、服がばらばらになったの」
オリビアは自分の袖の縫い目をつまみました。
「北の国の租界から魔法式を組み替えた。いまは、麻とか木綿が主体の衣類なら、服として一緒に持ってくる。縫製用の糸が絹糸くらいなら、それも残すし、ボタンや衣類用の金具も付いたまま」
ミミはキャレルの上に置いてあった糸巻きを見ました。
「縫い糸が混紡だったら、どうなるの?」
「麻か木綿が入ってる混紡糸なら、混ざってる相手ごと来る。そこだけ別に分解しないようにした」
タマは、逆の場合が気になったようです。
「じゃあ、ウールの服を木綿糸で縫ってあったら?」
「それは服ごと残す。ウールとかシルク主体の衣類は対象外。木綿糸だけ抜いて、また服をばらばらにすることはしないよ」
戦列艦で起きた失敗を、そのまま繰り返す式ではなくなっています。
タマが少し笑いました。
「じゃあ司令官が急に裸になったりはしないんだ」
「しないよ。前みたいに何でも素材単位で洗い流す式じゃないから」
軍港にいる水兵でも、麻や木綿主体の衣類は消えます。しかし、ウールやシルク主体の高級衣類や礼装は残ります。
オリビアが本国の主要軍港を対象にした結果、帝国海軍は一時的にほぼ動けなくなりましたが、報復の範囲は軍の中にとどまっています。
チャトラが少し声を落としました。
「帝国、こっちで一般の人まで死なせてるもんね」
「うん。砲撃もしたし、陸戦隊が町へ入って略奪もした。カフェテリアの件とか、南の国に着いたときの態度が違ってたら、もう少しましだったかもしれないけど」
オリビアは、しばらく考えてから続けました。
「でも、私がやったのは軍港と軍船の中だから。軍人なら、先に戦争を仕掛けて負けたらそうなることもある仕事だと思う。まあいいか、って」
3人はそこで反論しませんでした。
この地域で帝国軍の砲撃による死者が出たことも、略奪があったことも知っています。
「それで、その服を今度は売るんだ」
チャトラがようやく最初の話へ戻しました。
「うん。洗浄魔法できれいになってるから、中古衣料として使える。軍服もそのまま売れるよ。階級章とか勲章は付いてないし」
「高いのと、普通の服は分けるの?」
「麻とか木綿の中でも、仕立てのいい軍服はある。ウールの儀礼服みたいなのは来ないから派手なのはないけど、高級な敷物とかも少しある。それは別室で1点ずつ値札を付けるつもり」
そこまでなら普通のバザーに近いのですが、一般品の量が違います。
「普通の服は1枚ずつ値段を付けないよ。1kgで1/100フローリンにする」
ミミが、今度は売り方の方へ関心を移しました。
ミミが一度聞き返しました。
「1kgで?」
「1/100フローリン。1枚ずつ値段付けてたら終わらないから」
「どうやって量るの?」
「袋とか鞄を持ったまま入口で量って、帰るときにもう1回量る。増えた分だけ精算」
チャトラが笑いました。
「それならいっぱい詰めてもいいんだ」
「いいよ。むしろ持って帰ってほしい」
現実なら、入口で重い物を持ち込み、会場内で捨てて差分をごまかす方法も考えられます。
収納魔法を持っている人なら、もっと簡単なやり方もあります。
ただ、この世界ではそういう不正をする人がほとんどいません。
収納魔法を使えること自体は、面倒事を避けるために隠す人が多いのですが、それを密輸や会計のごまかしへ使う人もほぼいません。
神様が信仰上の存在ではなく、実際にいる世界であることも関係しているのかもしれません。ただし、誰かが教義で禁止しているわけではありません。
もしごまかしが見つかれば、得をした人ではなく、周りの笑いものになります。
旧へたれ国の王侯貴族や公務員は別でした。
あの国がへたれて凋落し、最後には消えたのは、そういうことばかりしていたからだと考える人も少なくありません。
「会場は、丘の下町のイベントホールを借りるつもり。予約もギルドを通すよ」
チャトラは、いま自分たちへ直接話していることとの違いが少し気になったようです。
「私たちには直接頼んでるのに、仕事はギルドを通すの?」
「頼むのは直接でいいよ。でも正式には指名依頼にする。報酬の記録も税務もギルドでやってくれるから、その方が圧倒的に楽」
納税週間を経験したばかりなので、3人にも、ギルドを通す意味そのものはすぐ分かりました。
「ギルドの仕事なら、税金の処理も向こうでやってくれるんだよね」
チャトラが確認すると、オリビアもうなずきました。
「うん。学生の条件を満たしていれば、納税週間で還付される分もあるし、自分たちで別に申告するより楽だと思う」
それなら3人にも都合がいい話です。
「販売、手伝ってくれる?」
「学校と重ならなければ大丈夫」
「私もやる」
タマもうなずきました。
販売方法がだいたい決まったところで、ミミが会場の入口に何を出すか気にしました。
「ポスターもいるよね」
「いるね。ミミ、描いてくれる? 絵が入ってた方が何を売ってるか分かりやすいと思う」
「いいよ。じゃあ、いちばん大きく何て書く?」
オリビアは迷いませんでした。
「『鹵獲品の大量在庫バザー』」
ミミが少し笑いました。
「そのままだね」
「そのままでいいよ」
「もっと柔らかい名前じゃなくて?」
「柔らかくしない」
オリビアは、チャトラたちの部屋にある、もらってきたキャレルや木箱の椅子を見ました。
使える物は、使える人のところへ行った方がいい。
それに、この地域の人たちは帝国から一方的に奪われただけではありません。
「帝国に奪われるだけじゃなくて、奪ってやろう、っていう意味もあるから」
タマがうなずきました。
「死んだ人もいるしね」
「うん。だから、鹵獲品って分かるように売る」
単なる在庫処分だけではありません。
帝国軍に砲撃され、略奪された側が、今度は帝国海軍から取った物を自分たちの生活に使います。
それ自体が、少し気持ちを戻すことにもなります。
「じゃあ、その名前で描く」
ミミはキャレルの上に紙を広げました。
「服の山も描いていい?」
「いっぱい描いて」
「会場も入れておくね」
「お願い」
決済方法も決めました。
商用ギルドカードと冒険者ギルドカードは、そのまま使えます。現金しか持っていない人は、先に商用ギルドで汎用トークンを買って、それを会場で使います。
「会場で現金を数えなくていいなら、4人でも何とかなるかな」
チャトラが言いました。
「一般品は重量差だけ、高級品は値札。入口と出口の計量、高級品の部屋、売り場の補充を4人で回す」
「足りなくなったら?」
「私が収納から出す」
「それならいけそう」
ミミはもうポスターの下書きを始めています。
オリビアはその横で、最初に会場へ出す量を考え始めました。収納の中にある物を全部並べる必要はありません。売れた区画だけ補充すれば済みます。
「最初は30tくらい出そうかな」
何気なく言うと、3人がいったんポスターから顔を上げました。
「30t?」
「夏用、春秋用、冬用、酷寒用、肌着とか、リネン系。それぞれ5tずつなら30tでしょ。足りなくなったら追加する」
ミミは自分で書いた『大量在庫』の文字を見直しました。
「……名前、そのままでいいね」
「でしょ」
3日間のバザーで何t動くのかは、まだ4人とも知りませんでした。




