第76章 オリビアは納税週間に参加します。 鹵獲品バザール編です。
第76章 オリビアは納税週間に参加します
それから数日後、丘の上町の冒険者ギルドは、いつもより朝から人が多くなっていました。
依頼を探す人より、紙を持って受付の前へ並んでいる人の方が目立ちます。食堂の方でも、仕事へ出る前とは少し違うにぎやかさがありました。
オリビアが中へ入ると、すぐにチャトラが気づきました。
「オリビア、今日は早いね」
「うん。何か人が多いけど、今日って何かあった?」
チャトラは自分が持っている紙を少し上げました。
「納税週間」
「あ、今週なんだ」
オリビアもギルドを使って仕事をしているので、税務の処理そのものは珍しくありません。ただ、普段は依頼の報酬からギルドが必要な分を処理してくれるため、こうして大勢が同じ時期に集まっているところを見るのは久しぶりでした。
受付の前では、還付を受ける人と、追加で支払う人が別々に書類を持っています。
「今年は戻ってくる人が多いのかな」
「分かんない。でも、あっちのテーブルは還付組」
チャトラが食堂の一角を指しました。
何人かがすでに飲み物を並べています。その隣では別の冒険者が、自分の紙を見ながら嫌そうな顔をしていました。
「そっちは追徴組。さっきから、還付になった人に『戻ってきたんだから飲み物おごって』って言ってる」
チャトラが面白そうに説明しました。
「逆じゃない?」
「私もそう思う。でも、戻ってきた方にはお金があるだろ、って」
食堂の中では、本当にそんなやり取りが何度も聞こえています。
大人同士ではそんなやり取りが続いていますが、チャトラたち3人のところへ「おごって」と寄ってくる人はいません。
3人は18歳です。
ただし、小動物系の獣人で体が小さく、見た目だけなら小学校4年生くらいです。紙を持って並んでいても、知らない人には納税に来た社会人には見えません。
「ミミとタマは?」
「受付。私も次」
チャトラがそう言ったところで、受付のお姉さんがオリビアを見つけました。
「オリビアさん、ちょうどよかったです。こちらも1件、ようやく終わりましたよ」
「何ですか?」
「北の国から南の国まで4人を運んだ依頼です。帝国の財務省からの支払いが入りました」
オリビアは少し止まりました。
「あれ、まだだったんですか?」
「外国からの送金ですし、金額でもかなり揉めましたから。契約そのものははっきりしていたので、最後は払ってもらいましたけど」
受付のお姉さんは、カウンターの下から依頼書と精算書を出しました。
「元の条件は、10日かかる想定で1人10フローリン。必要日数が半分になるごとに報酬を2倍。4人分です。ここまでは双方の署名があります」
受付のお姉さんが依頼書の条件欄を指しました。オリビアにも覚えがあります。
「実際の所要時間は20分。南の国で皇帝本人に完了時刻まで署名してもらっていますよね」
「はい。到着してすぐ書いてもらいました」
「ですから、あとから『そんなに早く着くとは思わなかった』と言われても、こちらとしては契約どおり計算するしかありません」
帝国側が不満だったのは、輸送そのものではなく、契約どおりに計算した結果の方でした。
受付のお姉さんは、計算を書いた紙をオリビアの方へ向けました。
「10日は14,400分。20分はその1/720です。1人あたり7,200フローリン、4人で28,800フローリン。回収依頼なので、ギルドの回収手数料が20%です」
「5,760フローリンですね」
「はい。オリビアさんの受取額は23,040フローリンです。税相当分は依頼人側が別に負担しているので、そちらもギルド側で処理します」
オリビアは数字をもう一度見ました。
前の世界で知っている値段へ置き換えると、Bell 505を買えるくらいです。R-22なら5機ほど買えます。
20分飛んだだけです。
「……ヘリコプター買える」
「何ですか?」
「こっちの話です」
受付のお姉さんは聞き返しませんでした。
「帝国側は最後まで、想定していた金額ではないと言っていました。ただ、上限を書かなかったのはこちらではありませんし、実際の所要時間も署名済みです。契約を変える理由がありません」
「ありがとうございます」
「いえ。回収までが仕事ですから」
受付のお姉さんは普通に答えましたが、この人が担当した回収から逃げ切れた依頼人はいない、とギルドでは言われています。
しかも回収実績は受付側の評価にも関係します。
今回も、その記録が1件増えたようです。
「ギルドを通しておいてよかった」
「金額が大きい依頼ほど、その方がいいですよ。個人で直接受けると、契約書も回収も税務も全部自分でやることになりますから」
「ですよね」
オリビアは精算書を受け取りました。
ギルド経由の仕事については、報酬、徴収、税相当分の処理までここで記録がつながっています。オリビアの場合、所得税相当分はエルフ国へ、住民税相当分は居住地である東の大国へ回りますが、それもギルド側で処理されます。
直接得た収入だけは、自分で必要な申告をしなければなりません。
オリビアが書類を収納へ入れたところで、受付の横からミミとタマが戻ってきました。
「オリビア、見て」
ミミが紙を差し出します。
「戻ってきた」
タマも同じような紙を持っています。
「どのくらい?」
「まだ細かいところあるけど、1人100フローリン近いよ」
「そんなに戻るの?」
「学校の証明書を出したから」
ミミの紙には、丘の下町の学校が発行した在学と受講実績の証明が付いています。
学生証を持っているだけでは、この扱いにはなりません。実際に授業へ出て勉強していることを学校側が証明して、初めて学生としての税制上の扱いを受けられます。
「夜間休日課程でも同じなんだ」
「私たち、仕事しながら通ってる学生だから」
「カタリナは?」
「通信課程だから、これは違うって先生が言ってた」
チャトラも受付を終えて戻ってきました。
「私も同じくらい」
3人とも紙を見ています。
今年は3人にとって、冒険者になってから一番収入が多い年でした。
「でも、今年かなり稼いだんでしょ?」
オリビアが聞くと、チャトラは少しだけ考えてからうなずきました。
「今までで一番。でも、治療費が大きかったから、残ってる感じはあんまりしない」
タマも自分の紙を折りながら言いました。
「怪我したとき、しばらく仕事もできなかったしね。治してもらえたから今こうしてるけど、お金まで元に戻るわけじゃないし」
オリビアは、最初に3人を治療したときの姿を思い出しました。
耳も尻尾も大きく傷つき、皮1枚でつながっているところまでありました。あの状態では、治療後すぐに冒険者へ戻れるはずもありません。
E級冒険者には、ギルドの扶助があります。
低い級だから収入が少ない、というだけの制度ではありません。
E級は人数が目減りします。
怖い意味で、です。
怪我で続けられなくなる人もいれば、そのまま帰ってこない人もいます。15歳で孤児院を出て冒険者になった3人も、これまではその扶助を受けながら暮らしていました。
チャトラが紙を見たまま言いました。
「でも、今年からは扶助なしでもいけそうなんだよね。大きい怪我をもうしなければ、だけど」
チャトラは最後のところだけ少し慎重に言いました。
「それは大事だよ。冒険者になってから、扶助なしでやれそうなのは初めて?」
「うん。自分たちで稼いだ分だけで、家賃も食費も学校も何とかできそう」
タマも横でうなずきました。
「家賃が安いのも大きいよ。3人で1か月1フローリンだから」
「それ、やっぱりものすごく安いね」
1人分ではなく、3人合わせて1か月1フローリンです。
「どんなところに住んでるの?」
オリビアが聞くと、3人は少し顔を見合わせました。
「今度、見に来る?」
「いいの?」
「いいよ。狭いけど」
「じゃあ行く」
学校のない日に遊びに行くことだけ決めました。
話が決まると、チャトラはもう一度還付の紙へ目を落としました。
「これ、来年も同じくらい戻るかな」
チャトラがまだ還付の紙を見ています。
「ちゃんと学校へ行って、来年も条件が同じなら戻るんじゃない?」
「じゃあ学校行かないと」
あまりにも税金の方へ話が寄ったので、ミミが笑いました。
「勉強するために行くんでしょ」
「もちろんそれもあるよ」
今度はタマまで笑い出しました。
食堂の別のテーブルでは、追徴になった冒険者が、還付になった仲間から本当に飲み物を1杯もらっていました。
納税週間のギルドは、もうしばらくこの調子が続きそうでした。




