↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/103

第72章 皇帝は帰国する船を失います。

挿絵(By みてみん)


スクーナーとシップとバーク


第72章 皇帝は帰国する船を失います


 港では、4隻のクルーザーが一度に大破したことで大騒ぎになっていました。


 この4隻は、海の向こうの帝国が高官の移動にも使っている最新鋭の船です。戦列艦より細身で速力を重視し、シップ型とバーク型の帆装を採用していました。


 皇帝も、この4隻とともに本国へ帰る予定です。


 そのために風を待っていたところで、帰国用の船そのものが動けなくなりました。


 港の責任者、海軍士官、租界の行政官、調査を担当する者たちが、皇帝のところへ次々と呼ばれました。


 最初の報告を聞いた皇帝は、すぐには次の質問をしませんでした。


「4隻とも、同じような壊れ方をしたのか」


「はい。複数のマストが倒れています。浸水も起きており、浅い場所にいた艦は着底しました」


「風が急に変わったとか、どれか一隻が流されてほかの艦へ当たったとか、そういう事故ではない?」


「確認しましたが、その形跡はありません」


 海軍士官が、調査した内容をまとめた紙を広げました。


「それより、失われた物に共通点があります」


「何だ」


「麻、木綿、シュロです。帆、索具、砲を固定するロープ、船板の継ぎ目に使っていた繊維。それに一部の乗員の衣類も消えています」


 皇帝はそこで顔を上げました。


「……それは、東の大国で失った30隻と同じではないか」


「はい。非常によく似ています」


 東の大国へ送った最初の10隻と、その2か月後に送った20隻でも、帆や索具、ブリーチングロープ、オーカム、乗員の衣類までが一度に失われました。


 帝国海軍は最初、その30隻の乗員が反逆し、艦ごと敵へ引き渡したのだと考えました。けれども、買い戻した艦を調べ、戻ってきた艦長、士官、水兵、海兵を別々に事情聴取すると、証言は一致しました。反逆説はすでに撤回されています。


 今回壊れた4隻は最新鋭艦です。


 皇帝は報告書の上へ指を置きました。


「前の30隻については、まだ何か船固有の問題を見落としていたと言い張る余地があった。だが、今度は最新鋭艦だ。同じ材料だけが消えたとなると、偶然では説明しにくいな」


「海軍としても、そう考えています」


「それで、同じ港にいたスクーナーは?」


「無傷です。食料を運んでいた船は、どれも普通に残っています」


「4隻だけ、か」


 皇帝はしばらく考えました。


「今日、この町へ入った者の記録も調べていたな。順番に聞かせてくれ」


 調査担当者が、集めた目撃情報を時刻順に読み始めました。


 昼前、海岸沿いを北から小さな飛行物体が近づいてきたのを、港や周辺にいた人たちが見ています。


 以前、エルフ国へ向かった一行が大きな飛行機械を使ったという報告は、皇帝の周辺にも届いていました。ただ、今回目撃されたものは大きさも音もかなり違います。ローターが回っているところを離れて見た人には、前に報告された大きな機械と同じ種類のものだとまでは分かりませんでした。


 飛行物体は町の外で見えなくなり、その後、長い金髪のエルフが飛行魔法で町へ近づいています。


 門では冒険者カードを使って本人確認を受けていました。


「カードの名前は?」


「オリビアです」


 部屋の空気が変わりました。


 皇帝は椅子へ少し深く座り直します。


「南の国から来た記録と照らしたか」


「はい。長い金髪、エルフであること、外見、冒険者カードの記録。いずれも一致します。エルフ国の女王本人と見てよいと思います」


「本人が、この町へ来ていたのか……」


 少し前、皇帝は丘の上町へ係官を送り、オリビアへ面会希望を伝えようとしました。ところが係官は4時間待っても本人を見つけられず、言葉を届けるところまで行けませんでした。


 その本人が、今度は皇帝の滞在している港へ来ていました。


「それで、女王は町で何をしていた」


「特別なことはしていません。租界の中を歩き、戦災を受けた市街地を見ています。港へ来るまでに、複数の住民と復旧作業員が姿を見ています」


「そのあとが食堂か」


「はい」


 共同食堂の入口にいた警備員も呼ばれていました。


 男はかなり緊張した様子で立っています。


 皇帝は、いきなり責めるような聞き方はしませんでした。


「まず、普段どおりに何をしたのか話してくれ。女王だと知っていたかどうかは、そのあとでいい」


「知りませんでした。エルフの女性が来たので、住所を聞きました」


「住所を?」


「はい。二つの食堂は利用する者を分けています。海の向こうの大陸の者はこちら、こちらの大陸の者は隣です」


「本人は何と答えた」


「今は東の大国に住んでいる、と」


「それで隣へ行くように言ったのか」


「はい」


 租界の行政官が横から確認しました。


「何を食べようとしていたかは分かるか」


「魚介類だと思います」


「それは、こちらの厨房では出せない料理だったのか」


 警備員は一度、行政官の方を見ました。


「魚介類は、どちらの食堂にもあります」


 皇帝はそこで少し眉を寄せました。


「厨房を分けている理由は宗教上の食事規定だと聞いている。肉の種類や処理の方法、器具の扱いが違うから、それぞれ別に作る。そこまでは分かる」


「はい」


「だが入口では、何を食べられるかではなく、どこに住んでいるかで振り分けているのだな」


 行政官が答えました。


「現在の運用は、そのようになっています」


「なるほど……」


 皇帝は報告書へ視線を戻しました。


「それで、食堂を出たあと?」


「女王と思われるエルフは、人の少ないところから飛行魔法で港側へ移動しています。4隻の近くを飛んだという証言はあります。ただ、何か魔法を使った瞬間を直接見た者はいません」


「船に異常が出た時刻は」


「その直後です」


 しばらく、部屋の中が静かになりました。


 海軍士官が先に口を開きます。


「30隻の件と同じ能力だと考えれば、かなりきれいにつながります」


 別の高官が首を横に振りました。


「つながることと、証明できることは別だ。誰も、女王が船へ魔法を使うところを見ていない」


「それはその通りです。ただ、麻、木綿、シュロだけが消えた。同じ現象が前にも起きている。女王が港にいた時間とも一致する。さらに今回は、4隻だけが被害を受け、貨物スクーナーは残った」


「そのスクーナーを残した意味まで、こちらで決めるのは危険ではないか」


 皇帝が二人を見ました。


「そこは決めつけるな。ただし、無視もできん。なぜ4隻で、なぜスクーナーではなかったのか。考えられる理由は出しておきたい」


 租界の行政官が少し考えてから話しました。


「あのスクーナーは、この町へ食料を運んでいます。二つの共同食堂も、あの船が持ってくる食材に頼っています。女王が町を歩いていれば、それに気づいた可能性はあります」


「つまり、住民の食料を運ぶ船は残した、と?」


「そうかもしれません。ただ、そこまで本人の意図だったのかは分かりません」


「分からないことばかりだな」


 皇帝はそう言いましたが、怒ってはいませんでした。


 分からないことが多すぎるのが、いま一番の問題です。


「食堂で追い返された。それで4隻を壊した。そう考えるのが一番単純ではある」


 海軍士官が言いました。


「時系列だけなら、そう見えます」


 皇帝はすぐに続けました。


「だが、食堂だけの話にしてよいのか?」


 誰もすぐには答えません。


「我々は、その女王が今暮らしている地域を先に砲撃している。港町だけではない。砲弾は丘の下町にまで届き、住民に死者を出した。陸戦隊も町へ入り、物を奪い、住民を殺している」


「はい」


「そのあとで30隻が動けなくなった。今になって同じ材料が消える現象を見れば、あのときのことも無関係だったと考えにくくなる」


 別の高官が、南の国の報告書を開きました。


「南の国の租界では、爆弾事件のときに女王が店内を守り、外で重傷を負った女性も治しています。その直後、こちらの治安兵2人が剣を向けました」


「その件は、本人から返事が来ていただろう」


「はい」


 高官は文面を確認しました。


「『この件については、100年ほど考えてから返答する。それまでは必要な教育をしたうえで現在の仕事を続けてよい。処分や配置などの現状変更は、100年後に必要があれば改めて知らせる』という内容です」


 皇帝はしばらく黙りました。


「100年保留か。本人にとっては、本当に『少し考える』くらいの感覚なのかもしれんな」


「我々の側は、ほとんど入れ替わります」


「だから困る。待てと言われた件については待つしかない。だが、今回は何も言われていない」


 そこで、話は今後の対応へ移りました。


 最初に出たのは、食堂の警備員を処分する案です。


「それは早すぎます」


 南の国の件を担当していた高官が止めました。


「向こうでは、処分や配置を変えず、教育したうえでそのまま働かせてよいと本人が明確に返答しています。今回も同じ考えとは限りませんが、こちらが勝手に『処分を望んでいる』と決めるのは危険です」


 皇帝は警備員の方を一度見ました。


「では、何もしないのか」


「それも違うと思います。なぜ住所で振り分ける運用になっていたのかは調べるべきです。宗教上、厨房を分ける必要はあります。一方、住所だけで入口を分ける運用は別の話です」


 別の者が続けました。


「運用を改めるにしても、女王への機嫌取りのように見えない形で、住民側の問題も確認した方がよいでしょう」


「なるほど。直すべきところは直す。ただし、『女王が船を壊したから変えました』という話にはしない、か」


「その方がよいと思います」


 次に、謝罪の使者を出す案が出ました。


 皇帝はすぐには賛成しませんでした。


「何について謝る?」


「今回の食堂での扱いです」


「そこだけ取り出すのか。我々は彼女の生活圏を砲撃している。陸戦隊が住民を殺した。南の国では治療をした本人へ剣を向けた。そのうえで今回だけ謝れば、ほかは問題ではないと言っているように見えないか」


「では、すべてをまとめて謝罪しますか」


「それも考えた。だが、本人が何をどう受け取っているのか分からないまま、こちらで問題を全部並べて押しかけるのも違う気がする」


 皇帝は少し考えてから、前に丘の上町へ送った係官の報告を思い出しました。


「そもそも、面会希望すら本人へ届いていないのだろう」


「はい。係官は4時間待ちましたが、本人を見つけられませんでした」


「拒否されたわけでもなく、受けてもらったわけでもない。こちらはまだ、入口にも立てていないということか」


「そうなります」


 話せば話すほど、簡単な対応策は消えていきました。


 普通の国家なら、相手が求めているものを探せます。領土、交易、金、軍事的な安全、条約。どれかが交渉材料になります。


 ピュアエルフは、その前提から外れていました。


 長命なエルフは、もともと短命種の国家に強い関心を示しません。オリビアも帝国へ領土を要求していません。貢納も要求していません。何かを差し出せとも言ってきません。


 それなのに、ピュアエルフが本気で怒った場合の力については、帝国側にも記録があります。


 国中の穀物を実らなくすることもできる。


 雨を降らせなくすることもできる。


 船や兵を増やしても、その力への対抗にはなりません。


 皇帝は、机の上に置かれた4隻の被害報告を見ました。


「もし、これが本当に女王のしたことなら……4隻壊されたこと自体は、まだ小さいのだな」


 誰もすぐには答えませんでした。


 やがて海軍士官が慎重に口を開きます。


「国そのものへ力を向けられていない、という意味では、そうなります」


「安心できる言い方ではないな」


「私も、そう思います」


 皇帝は苦い顔をしました。


「短命種にほとんど興味を示さない相手から、要求もされず、ただ不評だけを買っているとしたら、それが一番扱いに困る」


「何か要求があれば、まだ交渉できます」


「そうだ。ところが、何も言ってこない」


 その日の会議で決められたことは多くありませんでした。


 共同食堂の運用と、当日の対応について詳しく調べること。警備員個人の処分を先に決めないこと。オリビアが何を問題にしたのか、分からないまま決めつけないこと。


 皇帝への帰国手段は、それとは別に手配しなければなりません。


 この港から南へ向かい、南の国の租界港にも寄る沿岸連絡船があります。その船へ伝令を乗せ、南の租界へ知らせを送ることになりました。


 南の租界には、帝国の高官を運ぶためのスクーナーがあります。連絡を受けたら、その船を北へ回し、皇帝一行を迎えに来させます。


 少し前まで、皇帝は風を待っていました。


 今度は迎えの船を待つことになりました。


 帰国の問題だけなら、時間をかければ片付きます。


 皇帝は会議の最後に、もう一度オリビアの報告書を開きました。


「帰る船は手配できる。少し待てば済む。だが、エルフの女王の方はどうする?」


 誰も答えません。


「こちらから何か動くべきなのか。それとも、下手に動かない方がまだましなのか。そこからして分からんな」


 今度も、答えは出ませんでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。