第71章 オリビアは港の食堂から追い出されます。
戦列艦
第71章 オリビアは港の食堂から追い出されます
オリビアは租界の通りを何本か歩きました。
帝国の文字で書かれた看板は読めます。商館、衣類を扱う店、修理途中の店、倉庫らしい建物は見つかります。
食事を出している店だけが、なかなか見当たりません。
「ほんとにないなあ」
南の国の租界では、古くからある帝国風の食堂へ普通に入れました。こちらも昔から帝国人が住んでいる区域なので、何軒かは営業しているだろうと思っていました。
少し歩くと、食堂だけの問題ではないことが分かってきます。
市場として使われていたらしい場所も十分に戻っていません。魚や肉、野菜、穀物、油、塩などを毎日扱う店が少なく、倉庫や荷さばきの場所にも修理中のところがあります。
「店があっても、仕入れが続かないのか」
毎日の食材が入ってこなければ、食堂だけ直しても営業はできません。
そのまま港へ近づいていくと、急に人の流れが増えました。
「あ、あそこかな」
広場に、大型の建物が二棟並んでいます。
どちらも大きな骨組みにテント屋根を張ったような造りで、中には長いテーブルが何列も並んでいました。盆を持った人たちが列を作り、順番に料理を受け取っています。
「カフェテリアみたい」
入口を見ると、二棟に分かれている理由も分かりました。
一方は、北の国を含むこちらの大陸の人たちが使う建物。もう一方は、海の向こうの大陸の人たちが使う建物です。
「食べるところまで分けてるんだ」
食材の加工には、宗教上の決まりがあります。使える肉の種類が違い、処理の方法も違います。調理器具や保存場所まで分ける必要があるなら、一つの巨大な厨房で全部を扱うより、最初から建物を分けてしまった方が運用は簡単です。
「それなら、厨房を分けるのは分かるかな」
戦闘のときに避難した住民の中には、まだ戻っていない人が大勢います。現在この町にいる住民は、基本的にこの二棟で食事を取っていました。
この二棟には、飲料水の供給も集められていました。市街地の生活インフラが十分に戻っていないためです。調理で出る生ごみや排水も、この施設でまとめて処理していました。各建物へ水を配り、それぞれの場所からごみや排水を回収する仕組みを町全体で戻すより、まず人が集まる場所へ集中させた方が動かしやすかったのです。
「ここへ来れば、ごはんも水も何とかなるのか」
食材を運んでいるのは、さっき上空から見た3本マストの貨物スクーナーでした。
穀物、保存食、油、塩、肉などを船でまとめて運び、港から共同食堂へ回しています。町の市場や流通網が十分に戻るまで、この船が食料供給を支えています。
シップ型やバーク型のクルーザーが沖で風を待っているあいだにも、縦帆主体のスクーナーは出入りを続けていました。
「これが止まったら、町のごはんが止まりそう」
復旧工事の費用も、共同食堂、給水、排水、生ごみ処理を動かす費用も、北の国が負担しています。
租界の外でも、港町に近い都市圏は帝国軍の占領下にありました。そこに駐留する占領軍の費用も北の国が負担し、占領地域で集められる税は、戦争賠償を少しずつ支払う原資へ回されています。
「占領されて、そこの費用も出して、税金は賠償に回るのか……」
考え始めると話が重くなります。
オリビアは食堂の方へ向き直りました。
「まあ、先にお昼にしよう」
今日は魚介類を食べたい気分でした。
二つの建物を見比べると、どちらにも魚や貝を使った料理があります。せっかく帝国の租界まで来たので、オリビアは海の向こうの大陸側の建物へ行ってみることにしました。
入口へ近づいたところで、ゲートの横にいた警備員に止められます。
「住所はどこ?」
「今は東の大国です」
警備員は、もう一方の建物を指しました。
「それなら向こうだ。こっちは海の向こうの大陸の者が使う」
「え?」
「食べるなら、あっちへ行ってくれ」
オリビアは入口の中を見ました。
魚介類の料理は、こちらにも並んでいます。
厨房を別にする理由は分かりました。肉の種類や処理の仕方まで違うなら、設備を分けた方が楽です。
けれども、ゲートで聞かれたのは宗教でも、食べられる物でもありませんでした。
住所です。
「……魚を食べるだけなのに」
警備員はもう一度、隣の建物の方を示しました。
オリビアは少しのあいだ二棟を見比べました。
「もういいや」
そのまま食堂から離れます。
人の少ないところまで歩くと、飛行魔法で地面を離れました。
港が見える高さまで上がると、さっきの4隻のクルーザーと、食料を運ぶ貨物スクーナーが見えます。
スクーナーは、この町の生活を支えていました。
オリビアはそちらを魔法の対象から外しました。
狙うのは、シップ型とバーク型の4隻だけです。
洗浄魔法の対象を、麻、木綿、シュロに合わせます。
前に戦列艦へ使ったのと同じように、帆布、索具、ブリーチングロープ、タックル、船板の継ぎ目へ詰められたオーカムなど、4隻に使われている対象物をまとめて回収しました。木綿や麻でできた衣類も同じ条件に入ります。
回収したものは収納へ入りました。
オリビアは、船がそのあとどうなるかまで見ていません。
「かえろっと」
そのまま飛行魔法で城壁の外へ出ます。
朝にBell 505を収納した草地まで戻り、機体を出しました。一通り確認してからエンジンを始動し、ローターが安定するのを待って離陸します。
帰りも海岸線をたどります。
高度を上げ、港町の上を通り過ぎるところで、オリビアは何気なく下を見ました。
「えっ」
さっきまで立っていた4隻のマストが、何本も倒れています。
マストを支えていた索具がなくなったため、上の構造を保てなくなっていました。さらに、船板の継ぎ目から海水が入り、船体が大きく傾いています。港の浅いところへ着底した船もありました。
「そこまで壊れたの?」
4隻とも大破しています。
そのすぐ近くでは、貨物スクーナーが残っていました。
「スクーナーは無事か。よかった」
オリビアはBell 505の機首を南へ向けました。
港町は、少しずつ後ろへ遠ざかっていきました。




