第66章 オリビアは国境門を移築します。
第66章 オリビアは国境門を移築します
ある日の昼、オリビアは冒険者ギルドの食堂で昼ご飯を食べていました。
今日の日替わりはカルボナーラです。以前、チャトラがここで食べていたものと同じ料理で、卵は1皿に2個使っています。卵とチーズ、それに肉の脂で麺をまとめ、黒胡椒がかかっています。肉も具としてしっかり入っていました。
オリビアが食べているあいだ、食堂ではあちこちの席から、新しくできた道の話が聞こえてきます。
「昨日、走って向こうまで行って戻ってきたぞ」
「何時間だった?」
「前の峠道とは比べものにならない」
「あの道、競走するにもいいよな」
「朝に出れば、向こうで商売して日があるうちに帰ってこられる」
「雨でも車輪が沈まないのがいい」
「途中に屋根があると助かるな」
「食堂も欲しい」
「やっぱり東の大国は違うな。ヘタレ国のころには、あんな道はできなかった」
別の席では、荷物を運んでいる人たちが話していました。
「レタスも魚も、傷まないうちに持ってこられるのがいいな」
「丘の下町なら、状態がよければいい値段で売れるし」
「前は氷を積まないと無理だっただろ」
「しかも途中で溶ける」
「氷代を品物の値段に乗せないといけないしな」
「そもそも氷そのものが重いんだよ」
「その分、荷物を減らさないといけなかったし」
「今なら朝に積んで、そのまま持っていける」
「魚も前よりずっと楽になった」
「俺らが運ぶから、ここの食堂の飯もうまくなったしな」
「魚も野菜も前より新しい」
「丘の下町じゃ高く売れる」
「こっちじゃ新しいのが食える」
「俺らも儲かるし、悪いことないな」
今度は、国境を越えて商売をしているらしい人たちの話が聞こえてきました。
「北の国の物をこっちへ持ってくるのも楽になったな」
「国境もほとんど止まらない。フリーパスみたいなもんだ」
「ヘタレ国のころは、国境で品物にかかる関税を4割取られたぞ」
「あれはきつかったな」
「しかも、向こうでいくらで買ったか分かる書類をなくしたら、荷物全部没収だ」
「魚積んで、氷積んで、峠越えて、最後に書類1枚なくして全部取られたら泣くぞ」
「今は道も平らだし、国境でもほとんど止まらない」
「そりゃ運ぶわな」
「俺らが儲かるし、ここの飯もうまくなる」
「今は何でも関税がかからないのか?」
「何でもじゃないよ。東の大国になってから、こっちで作れない物には関税をかけない方針らしいぞ」
「だから北からリンゴ持ってきてもただ?」
「リンゴと黒スグリとレタスはな」
「じゃあ何でも持ってくればいいじゃないか」
「そうでもない。ミカンとスイカは関税がかかる」
「こっちでも作れるからか」
「そういうことらしい」
「キャベツは?」
「2割」
「高っ」
「知らずに北から山ほど積んでくると泣くぞ」
「リンゴにしとけ」
「魚もいいぞ。氷を山ほど積まなくても、その日のうちに丘の下町まで持っていける」
「道は平らだし、国境でもほとんど止まらないしな」
少し離れたところでは、酒の話になっています。
「酒の関税も分かりやすくなったな」
「度数だけだろ?」
「そう。どこの酒かとか、何で作ったとかじゃなくて、アルコールが何%あるかで決まる」
「計算する方も楽だな」
「前みたいに税関のやつに『これはこの酒だから別の税だ』とか言われないし」
「払ったはずの金が、税関の人間のポケットに吸い込まれることもない」
「それが一番でかい」
「税金が高い安いより、最初からいくら取られるか分かる方が商売しやすいんだよ」
「でも、この前すごい馬鹿なやつ見たぞ」
「何したんだ?」
「60度の酒を持ってきたのに、仕入れ値の書類なくしてた」
「ああ……」
「酒はいざとなったら関税を現物で払えるだろ。腐らないから」
「まさか」
「金額が証明できないから、税関で6割そのまま持っていかれてた」
「60度だから6割か」
「そう。10樽持ってきたら6樽が税関へ行って、持って帰れるのは4樽だ」
「書類、あとから持っていけば?」
「だめだよ。通関したあとに持ってきても認めない」
「そりゃ泣くな」
「だから書類は酒より大事にしろって言われてるんだよ」
「でも、あれで終わりじゃないぞ」
「何が?」
「しばらくしたら入札に出る」
「あの酒が?」
「そう。税関で物納された品は、品目が壁に貼り出されるんだよ」
「どうやって入札するんだ?」
「金額を書いて、店のはんこと名前を書いた紙を出すだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
「じゃあ、あの60度の酒も出るのか」
「たぶんな。欲しいなら参加するといいぞ」
新しい道ができてから、税関そのものも慌ただしかったようです。
「道が広くなって、税関も忙しそうだな」
「最初は上り坂の町にいたからな」
「新しい道、途中から入れただろ。あれだと税関通らずに行けたぞ」
「あれ、すぐ塞がれたな」
「次の日には切り通しに小屋建ってた」
「早かったよな」
「そりゃ、あそこなら全員通るからな」
「今は税関もあっちへ移ったみたいだぞ」
「前より荷馬車の数が多いから、大変そうだけどな」
「でも止められる時間は短いよ。書類見せたらすぐ通れる」
「北の国側もしばらく面白かったよな」
「ああ、あの小屋」
「あんな広い道の横に、板張りの掘っ立て小屋が1軒だけ」
「東の大国側も最初は似たようなもんだったぞ」
「道だけ立派すぎるんだよ」
「北の国も、まさか一晩で通る場所が変わるとは思ってなかっただろ」
「税関の人、机と椅子だけ持ってきて仕事してたな」
「雨の日どうしてたんだ?」
「屋根はあったぞ。壁は怪しかったけど」
「工事するところと税金取るところ、ちゃんと話してなかったのかね」
「大国って部署が多いからな」
「縦はつながってても、横は遅いんだよ」
「それで翌日、慌てて小屋か」
「北の国まで同じことしてたのが面白かったけどな」
「ははは。どこの国も同じか」
オリビアはカルボナーラを食べながら聞いていました。
税関のことまで気が回らなかったな。
南の国へ行ったとき、ついこの前、税関を通ったばかりなのに。
道を造ることばかり考えていて、その道を使う人たちや、途中にある役所のことまでは考えていませんでした。
食べ終わってから、今日の依頼が貼られている掲示板を見ます。
「税関移築工事……」
切り通しには、最初の掘っ立て小屋よりはましな税関施設ができていますが、まだ応急的なものです。
依頼書に書かれていたのは、ヘタレ国時代の国境ゲート全体を切り通しへ移築する工事でした。
元の山道は幅4mしかありません。それなのに、国境ゲートは7階建ての豪華な門で、横には5階建ての管理棟があります。
図に描かれている形には見覚えがありました。以前、南の国との国境で見た国境門とほとんど同じつくりです。あの門そのものではなく、ヘタレ国が借金をして各地の国境へ造った、ほぼ共通デザインの別の門でした。8つのスローガンを掲げるところまで同じです。
「これ、受けます」
オリビアは依頼書を受付のお姉さんのところへ持っていきました。
詳しい移設希望位置を聞き、図面も受け取ります。
「井戸や下水などはどうするのですか?」
「そちらは別の業者が受注済みです」
井戸や下水、配管などは別の工事です。今回の依頼は、国境門と管理棟の移築になります。
図面を見ると、移設希望位置は新しくできた滑走路の上です。国境門と管理棟の荷重なら、滑走路には問題ありません。
それなら曳家で移せます。
ちょうどチャトラ、ミミ、タマもギルドにいたので、3人にも手伝ってもらうことにしました。移設予定地に人がいると、建物の下敷きになります。
切り通し側の人払いなら、3人で十分です。
翌朝、4人は飛行魔法で切り通しへ向かいました。チャトラ、ミミ、タマの3人には図面を渡し、移設予定地に人が入らないよう見てもらいます。
オリビアは1人で、現在の国境門が建っている場所へ向かいました。
その途中、オリビアには交通機関を召喚する魔法について、まだ気になっていることがありました。
完成した交通機関だけでなく、部品だけでも呼び出せるのか。
部品の電源などは、たぶん問題ありません。これまで召喚した交通機関には燃料などがどこかから供給されています。エネルギーの方は何とかなるようです。
知りたいのは、その部品自体が出てくるかどうかでした。
指定がうまくいかず、交通機関全体が出てくると危険です。
そこで、広い場所で試すことにしました。
もし指定に失敗して電車そのものが現れても、ここなら周囲にぶつかる危険が少なくなります。
思い浮かべたのは、日本にいたころ通学で使っていた電車です。
名古屋鉄道1000系パノラマスーパー。
「ミュージックホーンだけ」
オリビアは、その部品を思い浮かべて召喚魔法を使いました。
現れたのは、ミュージックホーンのパーツとペダルスイッチでした。
電源らしいケーブルもありますが、どこにもつながっていません。
「鳴るかな?」
オリビアはペダルを踏みました。
しっかり鳴りました。
かつて通学のときにいつも聞いていた、懐かしいメロディーです。
でも警告音なので、かなりうるさいです。しばらく聞いているものではありません。
ペダルを踏むのをやめると、音も止まりました。
「使えそう」
オリビアはミュージックホーンを持って、現在の国境門へ行きました。
今回の移築を担当する係の人と話します。
「この建物は、曳家で切り通しまで移動します」
職員さんたちは建物の中にいてもらって構いません。
すぐに作業へ入ります。
オリビアは2階の、門が進んでいく方向にある部屋へ行きました。窓際へ机を移し、その上にさっきのミュージックホーンを置きます。椅子の下にはペダルスイッチを置きました。
窓を開けます。
「移動中に前に人がいて邪魔なときは、このペダルを踏んで音を鳴らしてくださいね。ちょっとした音楽になっているので、1フレーズそのまま鳴らすのが効果的です」
前方の警告は、ここからしてもらいます。
オリビアは国境門の建物全体に加わる重力の有効値を、少しずつ減らしていきました。
浮力とほぼ釣り合うところまで減らします。
次に移動魔法を使います。
対象にしたのは、地表に出ている基礎部分の最下部から上です。
「0.1mmだけ」
建物全体を、移動する方向へ0.1mmだけずらしました。
大きくずらすと振動します。
それから浮力を少しだけ過剰にして、建物を地面から0.1mほど浮かせました。
そのまま、重力の向きを少し前方へ傾けます。
国境門はゆっくり動き始めました。
少しずつ加速させ、6km/hまで上げます。そこまで来ると前方へ加速させる成分を戻し、そのまま等速で移動させました。
国境門は、職員さんたちを中に乗せたまま進んでいきます。
1時間ほどかけて、切り通しまで来ました。
チャトラたち3人が移設予定地から人をどけています。
ところが、7階建ての国境門がそのまま近づいてくるので、どけてもまた人が集まってきます。
2階の窓際にいる係の人が、初めてペダルを踏みました。
「ぱららぱららぱらららー」
いつも聞いていた音です。
「ぱらららぱららぱらららー」
人がどいていきます。
「やっぱりこれよね」
オリビアは確信しました。
移設希望位置が近づくと、オリビアは重力の向きを後ろ向きに少しだけ変えました。
国境門は徐々に減速していきます。
ほぼ停止したところで、重力の有効値をわずかに増やしました。
鉛直下向きの加速度が出ます。
すぐに浮力と重力が釣り合うように戻すと、国境門はごくわずかな一定速度のまま滑走路面へ接近していきました。
接地します。
ほんの少しだけ滑走路面がくぼみ、国境門は止まりました。
オリビアは建物全体にかけていた重力の有効値を、少しずつ元に戻しました。通常の重力に戻っても、それ以上大きく沈むことはありません。
これで作業完了です。
あとは別の業者さんが受注している配管などの工事がありますが、オリビアたちの仕事ではありません。
今回の係の人に依頼書へサインをもらい、チャトラ、ミミ、タマと合流しました。
4人で飛行魔法を使って、冒険者ギルドへ帰ります。
朝から始めて半日ほどの仕事でした。ギルドへ戻ったときは、まだお昼ご飯の前です。
受付のお姉さんへ、サインをもらった依頼書を渡しました。
報酬は400フローリンです。
4人でやった仕事なので、オリビア、チャトラ、ミミ、タマで100フローリンずつになりました。
そこで受付のお姉さんが、チャトラたち3人に聞きました。
「今回の100フローリンのうち、ギルドへの支払いにいくら使いますか?」
3人は相談しました。
今回の100フローリンは、突然入った臨時収入のようなものです。
「全部払っちゃおうか」
「うん」
「私もそれでいい」
3人とも同じ意見でした。
それぞれ100フローリン全額を、ギルドへの支払いに充てることにしました。
これで3人とも、以前の治療費の支払いが終わりました。
ミミが言いました。
「すっきりしたわー」




