第65章 オリビアは道路の値段を計算します。
第65章 オリビアは道路の値段を計算します
翌朝、オリビアはしらかば亭で朝食を食べました。
食べ終わると、そのまま冒険者ギルドへ向かいます。今日は途中でどこにも寄りませんでした。
ギルドへ着いたのは、昼になる少し前です。
受付のお姉さんのところへ行くと、昨日の切り通し工事についての話になりました。
「土工量なんですけど、まだ出ていません」
「分からなかったんですか?」
「現地へ行った専門家が、どれくらいの体積を除去したことになるのか見当がつかないそうです」
昨日の朝には、崩れた切り通しと旧道の状態が写真と測量記録に残されています。作業が終わったあとにも、土工量を計算できる専門家が現地へ行き、新しくできた道路の延長や幅、斜面の形を調べました。
しかし、普通の土工なら現場に残るはずの掘削土がありません。山の形そのものが大きく変わり、削られた土砂は残っていませんでした。
歩合制の報酬は、除去した土砂や岩の概算体積で決まります。1m³につき5/10フローリンです。
「概算でいいんですよね」
「はい。もともと土工量は概算です」
「それなら計算できると思います」
オリビアは紙を借りました。
山脈は幅が約3kmあります。中央の鞍部は標高約300mでした。オリビアは、まず山脈を底辺3,000m、高さ300mの三角形として扱うことにしました。
そこへ幅45mの水平な道路を通しています。
「最初は、道路の幅の分ですね」
底辺3,000m、高さ300mの三角形の面積に、道路幅45mを掛けます。
「2,025万m³くらい」
次は道路の両側にできた切土斜面です。
斜面は60度で残っています。道路の中心にある鞍部の高さだけなら300mですが、斜面の上端は鞍部から横へずれます。その分まで含めるため、オリビアは便宜上、最大の高さを400mとして計算することにしました。
3kmの区間で高さが三角形状に変化するとみなし、両側の60度斜面を加えると、こちらは約9,240万m³になります。
「合わせて、中央の3kmだけで1億1,260万m³くらいですね」
受付のお姉さんは紙を見ました。
オリビアは続けて、両側の取り付け道路を計算します。
取り付け道路は合わせて約12kmあります。山脈は片側約1.5kmで標高約300mまで上がるとみなせるので、平均すると5m進むごとに約1m高くなる斜面です。
その斜面へ幅45mの水平な道路を通し、山側を60度で切っています。
道路幅の中で削る分と、山側の切土斜面を合わせて断面積を概算し、それを12km分にすると約275万m³になりました。
「全部で、1億1,540万m³くらいにしておけばいいと思います」
「……1億ですか?」
「はい。概算なので、そのくらいで」
1m³につき5/10フローリンです。
約1億1,540万m³なら、報酬は約5,770万フローリンになります。
1フローリンを約9,000円として日本円に換算すると、約5,193億円です。
受付のお姉さんは、もう一度紙を見ました。
依頼者の側でも、契約書の内容を確認しているところでした。
もとの依頼は、崩れて馬車が通れなくなった切り通しの補修です。ところが完成した道路は、幅4mだった旧道とはかなり違います。幅45mの舗装路が山脈を抜け、両側にも長い水平路ができています。
オリビア自身も、少し考えました。
通れるようにはなりました。
ただ、45mはかなり広かったような気がします。
その代わり、滑走路を召喚したときに地形がどう変わるのかは、誰もいない場所で確認できました。町の近くで最初に試さなくてよかったことも分かっています。
「全部を一度に払ってもらわなくていいですよ」
「どうするんですか?」
「有料道路にして、通行料金から払ってもらえばいいと思います」
昨日まで峠道を通っていた荷馬車は、1日に片道あたり約200台でした。
「荷馬車1台、片道5/100フローリンくらいでどうですか?」
以前の交通量のままなら、両方向を合わせて1日約400台です。通行料金は1日20フローリンになります。
新しい道路はほぼ平らです。荷物を積んだ荷馬車が長い坂を登る必要もなく、幅4mの道ですれ違う必要もありません。以前より通行量が増える可能性は高そうでした。
「通行料金の半分をもらえればいいかな」
「半分ですか?」
「はい。私の分はギルドのカードに入れておいてください」
残りは道路の維持や料金を集めるために使えます。
この料金では、工事費の全額を取り戻すまで非常に長い時間がかかります。
オリビアはそれでも構いませんでした。
道路は使えますし、滑走路の実験もできました。
「これでいいです」
*
数日後、オリビアは町の市場を歩いていました。
リンゴが以前より安く並んでいます。レタスも葉が傷んでおらず、新鮮なものが増えていました。
「北から来たんですか?」
「そうですよ。新しい道ができてから早いんです」
北の寒い地域で作られた食べ物が、状態のよいうちに町まで届くようになっていました。
以前の峠道では、荷物を積んだ荷馬車で長い坂を登るだけでも大変です。下りでは速度を抑えなければならず、幅4mの区間では対向する荷馬車とのすれ違いにも時間がかかります。
今はほぼ平らな道をそのまま通れます。
荷馬車の数も増えていました。
別の変化も起きています。
「また落ちてたよ」
市場でそんな話を聞きました。
「何がですか?」
「魔物です。新しい道に」
山の高いところには、削られずに残った旧道の一部があります。
その旧道へ人や荷馬車が入るための登り口は、もうありません。ところが山にいる魔物は、昔から歩きやすかった旧道の跡へ入ることがあります。
そのまま進むと、道は新しい水平路を造ったところで突然終わります。
旧切り通し側の残った道の末端は崖になっていました。
そこから魔物が、ときどき幅45mの道路へ落ちてくるようです。
「大丈夫なんですか?」
「落ちた魔物は売れますから」
「そうなんだ」
死んだものも、動けなくなったものも、回収できる魔物なら素材や肉として売れます。道路を管理する側にとって、今のところ大きな問題にはなっていないようでした。
*
道路のつながり方も変わっていきました。
オリビアは最初、旧峠道の登り口にあった町を通るように、両側の水平路をつないでいます。
ところが荷馬車を使う人たちからは、もっと近いところから新しい道路へ入りたいという要望が多く出ました。
周辺の道から、幅45mの水平路の最も近い場所へ向かう接続路が少しずつ造られていきました。
上から見ると、長い水平路へ短い道が何本もつながっています。
「櫛みたい」
オリビアにはそう見えました。
そして、道路が平らで広いことを別の目的に使う人たちも出てきました。
夜になると、長い直線区間へ人が集まります。
馬や軽い馬車で速さを競う人たちです。
昼間は荷馬車が行き交う物流の道なのに、夜には横に並んで走っている人たちがいました。
「何してるの?」
「競走です」
「道路なんだけど……」
オリビアが造った道路は、本人が考えていたよりいろいろな使われ方を始めていました。




