第63章 オリビアは女王だと名乗ります。
第63章 オリビアは女王だと名乗ります
爆発で窓が割れた食堂へ、関係者が戻ってきました。
治安部隊からは、さっきオリビアへ剣を向けた2人と現場責任者が入ります。2人とも意識は戻り、自分で歩けています。
食堂にいた、もっと高官の軍人と、その食事仲間も残りました。
さきほどまで全身にガラス片や木片、鉄片が刺さっていた女性も、大きな布を身体へ巻いた状態で店内へ戻ります。その夫である軍の高官も一緒です。
若い女性店員、オーナー、ほかの客たちも残っていました。
店内は窓が割れ、床には落ちた食器もあります。それでも、大量の飛散物が突き抜けた外壁と比べれば、人が話をできる状態が保たれています。
治安部隊の現場責任者が口を開く前に、もっと高官が全員を見渡しました。
「私が確認した事実を時系列で説明する」
声がよく通ります。
もっと高官は爆発前から客として店内にいて、一部始終を自分で見ています。そのため、誰かの説明を待たずに自分の目撃内容を整理して話し始めました。
「爆発前、このエルフの女性は1人で食事をしていた。店員との会話も普通の内容だった」
若い女性店員がうなずきました。
「爆発が発生した。建物が揺れ、窓ガラスが破損した。外壁と周辺には大きな損傷が出ている。一方、店内への飛散物による人的被害は極めて小さかった」
高官はオリビアを見ます。
「本人の説明では、町へ入った時点から防御魔法を常時使用し、この店へ入ってからは、その範囲を内壁の内側全体へ広げていた。外壁は防御範囲の外にある」
「はい」
オリビアが答えました。
「爆発後、店外で重傷者1名を確認した。現在、そこにいる女性だ」
全員の視線が、元ガンガゼ婦人へ向きます。
「爆発時、食堂側の歩道を歩いていた。身体へ多数のガラス片、木片、金属片が刺さり、出血も多かった。本人には意識があった」
高官は続けます。
「このエルフは、治療を始める前に本人へ意思を確認した。本人は治療を希望した」
「はい。私が治してほしいとお願いしました」
女性が自分で答えました。
「その後、3分前を基準とする洗浄魔法を使用し、本人以外の異物を身体から除去した。除去物は、あのバケツに保管されている」
血の付いたガラス片や木片、鉄片が入ったバケツを指します。
「続いて、神経、血管、筋肉その他の内部組織の接続を回復させ、脂肪層と皮膚を復元した。現在、女性の身体に爆発による刺創は確認できない。衣服の損傷は残っている」
夫が妻のぼろぼろの服を見ます。
「その後、このエルフは、防御魔法と治療の内容を女性の夫へ説明した」
「その説明は私も受けた」
夫が答えました。
「説明を終えたあと、このエルフは立ち去ろうとした」
もっと高官の視線が、治安部隊の2人へ移ります。
「そこで1人目が剣を向けた。直後、剣と本人が上方へ移動した」
1人目の兵士が表情を固くします。
「2人目は、その結果を目の前で確認した。その後、このエルフが1mも移動しないうちに、再度剣を向けた。2人目も同様に上方へ移動した」
今度は2人目がうつむきました。
「このエルフは、その時点で我々へ『敵対しますか』と確認した」
もっと高官は自分の発言も同じ調子で続けます。
「私は『敵対はしない』と回答した。武器を下ろすのが遅れた兵には、直ちに武器を下ろすよう命令した」
治安部隊の若い兵士たちが、今度はきちんと武器を身体から離していました。
「その後、このエルフは庇の上にいた2名と剣へ本来の質量を戻し、2名にかかる重力の有効値を10%にして、地上へゆっくり降下させた。2名とも意識を回復し、現在ここにいる」
もっと高官は現場責任者を見ました。
「以上が、私が直接確認した一部始終だ」
説明が終わりました。
現場責任者は、まず若い女性店員へ確認しました。
「今の説明で違うところはありますか?」
「はい。そのとおりです。爆発前から、この方は普通にお食事をされていました。お肉を食べるエルフの方が珍しかったので、私が話しかけていました」
「爆発後の治療も見ましたか?」
「はい。治療する前に、ご本人へ聞いていました」
オーナーにも確認します。
「私が見た範囲も同じです。この方が店の中で何かをしたのは、防御と治療です」
もっと高官の隣にいた食事仲間も口を開きました。
「私も爆発前から同席していた。説明に相違はない」
そこで、その人は自分の役職を名乗りました。
「私は政治将校だ」
現場責任者の姿勢が少し変わりました。
単に高い階級の軍人が1人そう言っているだけではなく、その食事仲間だった政治将校も同じ流れを最初から確認しています。
政治将校は治安兵2人を見ました。
「最初に武器を向けたのはこちら側だ。2人目は、1人目の結果を確認したあとで武器を向けている。それも見ている」
「……はい」
現場責任者が答えました。
元ガンガゼ婦人も、自分からもう一度言いました。
「治療は私がお願いしました」
夫も続けます。
「私は治療後に到着した。妻本人からも聞いた。この方からは、防御魔法の範囲、外壁が対象外だったこと、妻への治療内容まで説明を受けた。そのあと、この方は帰ろうとした」
誰が先に剣を向けたのかも、治療が本人の希望によるものだったかも、店内が守られた理由も、確認が取れました。
もっと高官は、しばらくオリビアを見ていました。
治療魔法を使える時点で、ハイエルフです。
しかも、そうした治療魔法を使えるハイエルフなら、ほぼ侯爵以上の貴族になります。
服装も、長い金髪も、普通の人族とは違います。
それでも、この人が具体的に誰なのかまでは分かりません。
「申し訳ないが」
もっと高官が、今度はオリビアへ尋ねました。
「君は誰か、教えてくれないか」
「はい」
オリビアは本名を答えました。
エルフ語で発音すれば、オリビア自身には普通の名前です。
ところが、人間の耳では音としてうまく拾えません。口の形や発音の仕組みも違うため、そのまま繰り返してもらうことも難しい名前です。
相手の顔を見ると、やはり聞き取れていません。
「あ、人間語にしますね」
オリビアは、元の音をかなり無理やり人間の発音へ寄せました。
「マリア・サロメア・スクウォドフスカです」
もっと高官の表情が変わりました。
「スクウォドフスカ……」
「はい」
「エルフ国の王族ですか?」
「そうです。女王ですね」
店内が静かになりました。
治療魔法を使えるハイエルフなので、侯爵以上だろうというところまでは読まれていました。
実際には、その国の女王本人です。
治安部隊の現場責任者が、さっき剣を向けた2人を見ました。2人とも顔色が変わっています。
オリビアとしては、誰かと聞かれたので本名と立場を答えただけでした。
「これで、帰ってもよろしいですか?」
もっと高官がすぐ答えました。
「もちろんです」
現場責任者も、政治将校も、妻の夫も止めません。
誰も止める理由を持っていませんでした。
オリビアは店を出ました。
TALONは、食堂へ入った時点からずっと収納に入っています。乗らないときは収納へ戻す、いつもの運用です。
「ちょっと面倒になっちゃった」
このまま地上を歩けば、また治安部隊や別の人に声をかけられそうです。
オリビアは飛行魔法を使いました。
重力の方向と大きさを一気に変え、その場から上空へ移動します。
ゆっくり見送られる高さでは止まりません。
地上から姿を確認しにくいところまで、すぐに上がりました。
「これなら大丈夫かな」
そこからは速度を落とします。
帰りはTALONを使わず、飛行魔法のまま上空から町を見ていくことにしました。
新租界と旧租界の境目は、地上を歩いていたときよりよく分かります。
昔からの旧租界には、大きな商館、行政施設、軍関係の建物がまとまっています。そこから外側へ、新しく租界になった区域が広がっていました。
新租界では、荷物を運び出している建物がいくつも見えます。
帝国語へ看板を替えて営業を続けている店もあり、そのすぐ近くには、真新しい帝国語の看板を掲げたまま閉まっている店もあります。
「上から見ると、広がり方まで分かるね」
港の半分近くと市街地の一部が、条約で1000年間、無償の租界になった区域です。
爆発した食堂の周辺も見えました。
治安部隊が道路を区切り、建物と荷車の間にあった爆発地点を調べています。
食堂側の損傷が強く、両隣もかなり壊れています。両隣は新租界の広い建物へ移ったあとで無人でした。
道路の反対側は、割れた窓が目立つ程度です。
「本当に、片側へ飛んだんだ」
爆発の位置と被害の広がり方まで、上からなら分かりやすく見えました。
そのまま租界を離れ、南の国の町と海岸線を上空から見ながら北へ戻ります。
行きはTALONで、上り坂ごとに前向き重力を増やし、下りでは後ろ向きを足し、曲線では横向き成分を調整しました。
帰りは同じ地形を上から見ます。
岬と砂浜、その間の集落、道が斜面を回り込む位置までよく分かりました。
国境が近づくと、オリビアは高度を下げました。
「ここはちゃんと手続きしないとね」
国境の手前では地上へ降り、いつもどおり正規の出入国手続きをするつもりでした。
南の国側の国境施設の手前へ降り、冒険者カードを出して出国手続きをします。
係員の確認が終わると、小さな川を渡りました。
向こうには、旧ヘタレ国が造った大きすぎる国境門が立っています。
朝に見た看板跡も、建物の脇へ置かれた8枚の看板もそのままです。
現在は東の大国の国境施設になっています。
オリビアは冒険者カードと、行きに受け取った出国時のカードを出しました。
確認が終わり、正規の入国手続きを済ませます。
「ありがとうございました」
国境施設を離れてから、再び飛行魔法を使いました。
そこからは丘の上町まで、海岸や地形を見ながら戻ります。
しらかば亭へ着くころには、もう夕食の時間が近くなっていました。
「ただいま」
「お帰りなさい」
朝に作ってもらったお弁当は、収納の中にそのまま残っています。
租界の食堂で、ボルシチ風のスープ、ポークカツレツのフルーツソース添え、餃子に似た包み料理、クネドリーキ、フルーツジュースまで食べたので、お弁当は朝のまま収納に残りました。
「お弁当、残っちゃった」
時間停止の収納なので傷みません。
そのまま残して、しらかば亭の夕食を食べることにしました。
料理を食べながら、今日見てきたものを順番に思い出します。
新租界では、家や店から荷物を運び出している南の国の人がいました。
帝国語の看板へ替えて商売を続ける店もありました。
看板だけ替えたあと、閉店した店もありました。
旧租界へ入ると、南の国の人は止められ、外国人のオリビアはそのまま通されました。商館や行政施設、軍関係の建物が集まり、帝国人だけで営業している食堂もあります。
その食堂が爆弾で狙われました。
日本にいたころの社会科の教科書にも、租界や外国人が強い権利を持つ区域をめぐって対立が激しくなり、外国人が襲われた事件が載っていました。
「やっぱり、無理があるとギスギスした世界になるね」
南の国の中にありながら、南の国の人が下に置かれ、場所によっては入ることまで止められています。
そこへ外国の軍人や商人が集まり、最近は港の半分近くと市街地の一部まで1000年間の無償租界へ広がりました。
制度として決めても、そこに暮らす人の気持ちまで同じ方向へ動くとは限りません。
だからといって、爆弾を置けば別の人が傷つきます。
今日、食堂側の歩道を歩いていただけの女性が、ガラス片や木片、鉄片を全身に受けて、ガンガゼみたいになりました。
「関係ない人に刺さるんだよね」
オリビアは夕食を食べます。
朝は、教科書に出てきた租界を一度見てみたいというだけでした。
実際に行ってみると、町並みも、商売も、食事も、人の移動も、警備も、対立も、教科書の文章よりずっと複雑でした。
「社会科見学としては、濃すぎたかな」
それでも、見たから分かったことはたくさんあります。
オリビアは残りの夕食を食べながら、収納の中に残った朝のお弁当を、明日どうしようかと考えました。




