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第61章 オリビアは租界の食堂に入ります。

第61章 オリビアは租界の食堂に入ります


 租界の入口には警備の人がいました。


 道路を越えただけなのに、歩いている人の服装も、聞こえてくる言葉もかなり変わります。海の向こうの帝国から来た人たちが多く、南の国の人は同じ町の中にいながら、少し違う場所へ入ったように見えました。


 オリビアはTALONを収納して、歩いて見て回ることにしました。


 教科書で読んだ説明では、もともとの租界は、海の向こうの帝国が賃料を払って借りている区域だけでした。


 ところが最近の戦争と、その後の条約で条件が大きく変わりました。


 港の半分近くと、市街地の一部までが租界へ加えられています。期間は1000年。しかも新しく広がった部分は無償です。


「1000年って、長いよね」


 エルフの感覚なら人間ほど途方もない数字には感じません。それでも、町の一部を1000年間、外国へ無償で貸すというのは大きな話です。


 新しく租界になった区域を歩くと、制度が変わったばかりだということが目に見えました。


 家の前へ荷物を積み上げている人がいます。家具を運び出している家もあり、商店では棚の商品を箱へ詰めています。南の国の人たちが、住居や店を片づけて移動している最中でした。


 一方で、そのまま残ろうとしている店もあります。


「看板だけ変えたんだ」


 建物も店の人も以前のままなのに、店名だけ海の向こうの帝国の文字へ書き換えた食堂がありました。少し先では、夜に営業するらしい店も同じように看板を替えています。


 新しく来る帝国人を客にしようとしているのでしょう。


 成功した店の隣には、早くも商売を続けられなくなった店もありました。


 真新しい帝国語の看板がかかっているのに、扉は閉じ、窓の内側も暗い店が何軒もあります。


「看板は新しいのに閉店してる」


 出ていく人、残って商売を変える人、試してみたものの店を閉じた人。その全部が同じ通りに混ざっています。


 オリビアは歩きながら、さっき設定した防御魔法をそのまま動かしていました。


 エルフの服と長い金髪はかなり目立ちます。南の国の人たちから見れば完全な外国人ですし、帝国人から見ても同じです。


 少し進むと、町並みがまた変わりました。


「ここが昔からの租界かな」


 新しく編入された市街地より、建物の配置が整っています。大きな商館が目立ち、行政機関らしい建物、軍関係の施設もまとまっていました。ここは以前から賃料を払って借りていた旧租界です。


 入口には警備がありました。


 南の国の人が来ると止められています。


「入れないんだ」


 ところがオリビアが近づくと、警備の人は服と髪と耳を一度見ただけで、そのまま通しました。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 オリビアは中へ入りました。


 南の国の人を締め出す一方で、明らかな外国人であるオリビアは通す。ここでは、南の国の人が支配される側として扱われ、帝国人が上にいる関係がかなりはっきり見えます。


 オリビア自身は、その上下関係の外側にいる外国人として通されたようでした。


「教科書で読むより分かりやすいかも」


 しばらく歩くと、古そうな帝国風の食堂がありました。


 建物の造りを見る限り、新租界ができてから急いで作った店ではなく、昔からの有料租界の時代からありそうです。


 朝、しらかば亭で作ってもらったお弁当は収納に入ったままです。


「お弁当はあるけど……ここで食べてみたい」


 租界を見に来たのですから、そこで暮らす帝国人が普段どんな店へ入り、何を食べているのかも見てみたくなりました。


 オリビアは扉を開けました。


「いらっしゃいませ」


 店内で使われているのは帝国語でした。


 店員も客も、見える範囲では全員、海の向こうの帝国の人です。南の国の人らしい店員は厨房にも客席にも見当たりません。


「1人です」


 席へ案内され、メニューを受け取りました。


「長い名前が多い」


 料理名には、どこそこの地方風、何とか地方の何とか煮込み、何とか式の包み料理といった説明がたくさん付いています。


 本国の料理をそのまま作るというより、この土地で手に入る材料を使って、本国の味へ寄せるために長い名前になっているようでした。


 価格は2種類の通貨で書かれています。


 海の向こうの帝国の通貨と、フローリンです。


 南の国の通貨はメニューに載っていませんでした。


「ここ、南の国の中なんだけどね」


 メニュー上の通貨表示は帝国通貨とフローリンだけで、この店が普段想定している客と決済は帝国側へかなり寄っています。


 オリビアは何品か選びました。


 1つ目は、赤い根菜を使った酸味のあるスープです。日本にいたころの感覚なら、かなりボルシチに近い料理でした。


 2つ目は、豚肉を衣で包んで揚げたカツレツに、果物を煮詰めた甘酸っぱいソースをかけたものです。見た目はとんかつに近いのに、ソースの方向がかなり違います。


 3つ目は、小麦の皮で肉や野菜を包んだ料理でした。形を見ると餃子を思い出しますが、香辛料も加熱の仕方も少し違います。


 付け合わせには、普通のクネドリーキがありました。


 飲み物はフルーツジュースにします。


「これでお願いします」


「かしこまりました」


 料理を待っているあいだ、オリビアは防御魔法の範囲を少し変えました。


 町へ入ってから、身体の周囲だけで常時動かしていました。この食堂は古い建物で、外の雰囲気にも少し警戒したくなります。


「建物が壊れて埋まるのは嫌だな」


 そこで、防御範囲を食堂の内壁の内側いっぱいまで広げました。


 外壁そのものを包むのではなく、室内側の空間を守ります。窓や壁を抜けて中へ飛び込むもの、室内へ向けて衝突する軌道に入る危険物を、内側へ届く前に拾えるようにします。


 防御の式は町へ入る前に組んだものと同じです。


 石や飛来物、武器はM⁻¹。武器を持って攻撃する人は武器ごと全体をM⁻¹。素手の人ならk⁻¹。減った質量は金へ戻して収納し、光も熱も出しません。体積は残るので、軽くなったものほど空気の影響を強く受けます。


「これでいいですね」


 設定を終えたころ、料理が運ばれてきました。


「おいしそう」


 まず赤いスープを飲みます。


 酸味があり、肉の味も入っています。知っているボルシチと同じ料理と呼ぶには少し違いますが、方向はよく分かりました。


「ちゃんとおいしい」


 次にカツレツを切ります。


 揚げた豚肉に果物のソースを合わせるので、見た目から想像した味とは少し違います。それでも甘味と酸味が脂に合い、無理に本国料理を真似した失敗作という感じはしません。


「工夫してあるんだ」


 包み料理も食べます。


「餃子っぽいけど、餃子ではないね」


 皮の厚さも中身の香りも違います。クネドリーキは普通に帝国側の料理として作られていて、ソースやスープを吸わせると食べやすいものでした。


 最後にフルーツジュースを飲みます。


 全部合わせて、2/10フローリンでした。


「意外と安い」


 0.2フローリンで、スープ、肉料理、包み料理、クネドリーキ、フルーツジュースまで付きます。かなり手頃です。いわゆる発展途上地域で見かける極端な激安価格とは距離があり、普通の外食として現実的な価格帯でした。


 南の国の一般的な小さな食堂より少し高くてもおかしくない帝国人向けの店で、この内容なら十分に安いというくらいでした。


「国境の手数料と同じだ」


 入国時に払ったのも2/10フローリンです。


 朝のお弁当は収納に残っていますが、ここへ入ってよかったと思える味でした。


 オリビアがスープをもう一口飲んだところで、さっき料理を運んできた若い女性店員が、少し迷ったように近づいてきました。


「あの……失礼ですが、エルフの方ですよね」


「はい」


「そのスープ、お肉が入っていますけど、大丈夫ですか?」


 オリビアは器を見ました。


「入っていますね」


「こちらのポークカツレツも、お肉です」


「はい。分かって頼みました」


 店員は少しほっとしたような、まだ不思議そうな顔をしました。


「注文を間違えられたのかと思いました」


「どうしてですか?」


「この店には、今まで20人くらいエルフの方がいらっしゃったんです。でも、皆さんお肉を召し上がらなかったので」


「20人くらい来たんですか」


「はい。お魚や野菜の料理を選ばれていました」


 オリビアには、その話の方が納得できました。


「食べられる方を、私は2名だけ知っていますし、食べたから病気になるということでもないようですね」


「2名だけですか?」


「はい。私は普通に食べます」


 2名は、オリビアが知っている侯爵たちです。


 エルフの大多数が肉を食べないことは知っています。オリビア自身は水牛型魔物のステーキも、クマ型魔物の肉を使ったハンバーグも普通に食べてきました。


 若い店員は、オリビアの皿をもう一度見ました。


「本当に召し上がってますね」


「おいしいですよ。果物のソースも合いますね」


「ありがとうございます」


 店員が少し笑った、そのときでした。


 外から、腹に響くような大きな音が来ました。


 ドンッ!


 床が跳ね、建物全体が揺れます。


「きゃっ!」


 窓ガラスが一斉に割れました。


 食器が鳴り、何枚かの皿が床へ落ちます。客が椅子を引き、若い店員はその場で身を低くしました。


 割れた窓から、ガラス片だけではなく、木片や小さな金属片まで室内へ飛び込んできます。


 その瞬間、オリビアが広げていた防御魔法が一斉に作動しました。


「動いた」


 室内へ衝突する軌道に入った飛来物を拾い、M⁻¹をかけます。


 100万分の1まで質量が落ちると、元の運動量と運動エネルギーも急激に小さくなります。体積はそのままなので、空気抵抗と浮力の影響が一気に大きくなりました。


 窓を抜けて凶器になるはずだった破片が、室内へ届く前に勢いを失います。


 減った質量に相当する分は金へ変換され、収納へ入りました。光も熱も出ません。


 オリビアの席だけを守っているのではなく、内壁の内側全体が防御範囲です。


 店内のあちこちで人が伏せていますが、飛び込んだ破片による大きな負傷は見当たりませんでした。


「建物の中は大丈夫そう」


 揺れが収まってから、オリビアは入口の方へ行きました。


 外へ出ると、店内との違いに驚きます。


「うわ」


 食堂の外壁には、ガラス片、木片、鉄片、石片、金具、そのほか何だったのかすぐには分からないものまで、数え切れないほど突き刺さっていました。


 長いものも、細いものも、斜めに深く入ったものもあります。


「外壁、ガンガゼみたい」


 防御範囲は内壁の内側です。外壁は普通に爆発を受けています。


 周囲の建物にもかなり被害が出ていました。






新しいエピソードのアップロードまだかな?とお待ちの際は、ぜひこちらも読んでみてください。長編なので読み応えがあります。

ドロティアとフランソワは空を飛びます どろちゃんの飛行日誌  航空機と言語チートだけで活躍する貴族令嬢のお話  ←もうすぐ最終回です。

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