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第55章 オリビアは沿岸砲の訓練を見ます。  東の帝国も多少は海上侵攻に対策するようです。


第55章 オリビアは沿岸砲の訓練を見ます


 戦列艦が30隻になっても、東の大国はその船を外洋へ出せるようにはなっていませんでした。


 この国には、外洋船を扱った経験のある船員がほとんどいません。遠洋航海術もなく、外洋商船もありません。帆走戦列艦を動かすための当直、索具操作、操帆、航法を教えられる人材も、自前では揃えられませんでした。


 港も1つしかなく、30隻を係留する場所すらありません。


 そこで、まずできることから始めています。


 浜辺の横には大きな岩山がありました。海に面した側へ、オリビアがたくさんのトンネルを掘っています。


 砲を置く高さは平均して約50m。


 トンネルは80本です。


 1本に1門ずつ鹵獲した艦砲を置き、32ポンド砲や24ポンド砲を中心に射撃訓練をしていました。


 砲洞同士の間には十分な岩盤を残してあります。1門で装薬事故や砲身破裂が起きても、隣の砲洞へ被害が広がりにくい間隔です。


「たった80門なんですね」


 オリビアが言うと、受付のお姉さんが振り返りました。


「80門に『たった』を付けるの、やめようよ」


「30隻から降ろした大砲の一部ですから」


「そういう問題かなあ」


 東の大国には、戦列艦で砲撃した経験がありません。


 そこで、まず揺れない地面の上で、大砲そのものを扱えるようにすることになりました。


 砲架やブリーチングロープの使い方は、できるだけ元の船に準じています。


 違うのは砲床が動かないことでした。


「残火を確認!」


「装薬!」


「弾!」


「急げ! だが手順を飛ばすな!」


 兵たちは何度も装填と発砲を繰り返していました。


 練習用の砲弾も火薬も、鹵獲品が大量にあります。


「人のお金で飲む酒はうまい、じゃなくて、よその国の火薬と砲弾でちゃんと射撃訓練してるんですね」


 オリビアが言うと、ギルド長さんが笑いました。


「おかげで、この辺りの海へ撃つデータはかなり揃ったらしいぞ」


 砲台は固定されています。


 海面上の目標位置ごとに、どの砲をどの角度で撃つと、どの辺りへ着弾するか。2か月近く実射を繰り返し、砲ごとの癖まで記録されていました。


「動いている船なら?」


 受付のお姉さんが聞きました。


「速度と進む方向が分かれば、砲弾が着く時の位置を計算します」


「そこまで練習してたの?」


「机の上では」


 その日、見張りから知らせが入りました。


「沖に3隻!」


 ギルド長さんが海を見ます。


「来たな」


 3隻は前の艦隊より慎重に進んでいました。


 その船には、帝国海軍で特に忠誠心が高いと評価された乗員が集められています。政治将校も同乗していました。


 先頭艦の甲板では、政治将校が乗員へ言いました。


「我々は、先の30隻とは違う。諸君の忠誠は帝国が確認している」


 艦長は海図を見ながら答えました。


「浜の艦を確認したら、長居はしない方がいい」


「敵が妨害しなければな」


「沿岸に新しい施設があるという報告もある」


「臆するな。前の30隻が裏切っただけなら、我々には何も起こらん」


 3隻は浜に並ぶ戦列艦を確認するため、さらに湾内へ入りました。


 高さ約50mの岩山は、ただの崖に見えます。砲洞は海へ向いていますが、船側からは目立ちません。


 3隻は砲台の射程へ入りました。


 そして港町へ舷側を向け、砲撃を始めました。


 砲声が海面を渡ります。


「撃てた」


 政治将校が言いました。


「やはりそうだ。前の30隻は裏切った」


 艦長は返事をせず、港町の方を見ていました。


 崖の中では、砲台の指揮官が号令を出しました。


「実戦射撃へ移る! 最初は最後尾艦。1門ずつ撃つ。着弾確認を必ず取れ!」


 80門が一度に火を吹くことはありませんでした。


 最初の目的は、動いている艦への見越し射撃を確認することです。


「速力確認!」


「未来位置、算出!」


「第17砲、発射!」


 砲声が1つ響きました。


 32ポンド砲弾が高い位置から海へ飛び、最後尾艦へ命中しました。


「命中!」


「記録!」


 約30秒後。


「次、第23砲!」


 また1発。


 これも最後尾艦へ当たりました。


 さらに約30秒後、3発目も命中しました。


 帝国側の最後尾艦では、艦長が声を上げました。


「湾外へ出る! 離脱する!」


 政治将校が止めました。


「待て。敵砲台へ舷側を向けろ」


「こちらだけ狙われている! 距離を取るべきだ!」


「我々は帝国海軍だ。反撃しろ」


「崖は後ろだ。旋回すれば速力を失う!」


「命令だ!」


 最後尾艦は旋回を始めました。


 砲台側では、その動きを見ていました。


「目標、旋回中」


「未来位置を修正」


「かなり見やすくなりましたね」


 見学していたオリビアが言うと、受付のお姉さんが顔を引きつらせました。


「向こうは見やすくするために曲がったんじゃないと思う」


「そうですね」


 数発の実射で、移動目標への予測と着弾位置の関係は確認できました。


 砲台の指揮官が次の訓練へ進みます。


「一斉射撃へ移る。後方2艦へ40門ずつ割り付け!」


 80門は3隻へ同数では割れません。


 そこで今回は、後方2艦へ40門ずつ割り当てました。


「全砲、射撃準備!」


 32ポンド砲と24ポンド砲が狙いを定めます。


「発射!」


 80門がほぼ同時に火を吹きました。


 平均約50mの高所から放たれた砲弾が、後方2艦へ降り注ぎます。


 海面近くの船から見れば、横から飛んでくる砲弾というより、空から落ちてくるような角度でした。


 先頭艦には1発も割り当てられていません。


「装填!」


 砲台では、すぐに次の訓練が始まりました。


「急げ! 事故を起こすな!」


「残火確認!」


「次弾!」


 砲床は揺れません。


 弾薬の位置も、砲員の足場も、後座する位置も毎回同じです。


 兵たちはこの2か月、同じ場所で何度も装填していました。


 約1分後。


「80門、準備完了!」


「第2斉射!」


 再び80門がほぼ同時に発砲しました。


 砲弾は、また後方2艦へ集中しました。


 先頭艦の艦長は、後ろを振り返りませんでした。


「湾外へ出る! 全速!」


 後方にいた2隻は、短時間に多数の32ポンド砲弾と24ポンド砲弾を受けました。


 やがて、船の形を保てなくなります。


 海面に残ったのは、折れたマスト、砕けた甲板材、外板、樽などの部材でした。


 先頭艦は無傷のまま射程外へ出ました。


「逃げましたね」


 受付のお姉さんが言いました。


「はい。先頭艦には砲を割り当てていませんから」


「追撃はしないの?」


「砲台の人たちも追っていません。帰還させる判断みたいです」


 ギルド長さんが海の向こうを見ました。


「1隻戻れば、向こうも何が起きたか報告を受けるだろう」


 砲台の兵たちは、発砲を終えるとすぐに各砲の状態を確認し始めました。


 東の大国の陸軍兵は、浜からカッターを出しました。


「救助に行くみたいですね」


「カッターはだいぶ扱えるようになったらしい」


 海に投げ出された帝国の乗員たちを、陸軍兵が次々と引き上げていきました。


 戦闘が終われば、今度は遭難者として救助します。




◇ ◇ ◇




 一方、無傷で帰還した先頭艦では、政治将校が言いました。


「これで確定した」


 艦長が横を見ました。


「何がだ」


「我々は正常に航行できた。砲撃もできた。前の30隻には、同じ現象が起きたのではない」


「……」


「奴らは敵へ艦を引き渡した。完全な裏切りだ」


 艦長は、後ろに残した2隻のことを考えていました。


 海の向こうの帝国へ帰った船は、その結論を本国へ持ち帰りました。




◇ ◇ ◇




 皇帝の前には、海軍大臣、海軍幹部、大陸方面司令官、帰還艦の艦長と政治将校が集められました。


「3隻のうち、帰ったのは1隻だけか」


「はっ」


「だが、その1隻は無傷」


「はい」


「そして敵港を撃った」


「間違いありません」


 海軍大臣が言いました。


「陛下。これで、先の30隻について結論が出ました。今回の3隻には帆装も火薬も異常がありませんでした。前の2隊は、内部の反逆者によって艦ごと敵へ引き渡されたものと判断します」


「信用できる乗員はどうなった」


「3隻分のうち、2隻分を失いました」


 部屋が静まりました。


「船だけではないのだぞ」


 皇帝が言いました。


「分かっております」


「熟練水兵も士官も、すぐには増えん」


「はっ」


 海軍大臣は頭を下げました。


 30隻の戦列艦とその乗員を失い、さらに最も信頼できる乗員の約2/3まで失いました。


 帝国海軍にとって、船体を造り直すだけでも大仕事です。大量の木材、帆布、索具、大砲、造船所の船台が必要になります。


 さらに、経験のある乗員は造船所では作れません。




◇ ◇ ◇




 そのころ、帝国へ貢ぎ物をしていた南の国と北の国にも、話はすぐ伝わっていました。


「東の大国は滅びていない」


「それどころか、戦列艦を30隻取ったらしい」


「確認に行った3隻も、2隻が帰らなかった」


「それなら、どうしてうちだけ貢ぎ物を続ける?」


 南の国も、北の国も、海の向こうの帝国への貢ぎ物を止めました。




◇ ◇ ◇




 その知らせは、東の大国の最西部にあるこの町にも届きました。


「南も北も、もう払わないんだって」


 受付のお姉さんが言いました。


「そうなんですか」


「たぶん、また来るよ」


 オリビアは少し考えました。


「来ますね」


「即答なんだ」


 ギルド長さんは海の方を見ました。


 浜には30隻の戦列艦が並んでいます。


 この国には、それを動かす外洋海軍も、遠洋航海術も、十分な係留地もまだありません。


 それでも、崖の中では80門の沿岸砲を扱う兵たちが、今日の射撃結果を記録していました。


「次に来た時は、どうする?」


 受付のお姉さんが聞きました。


「来てから考えます」


「まあ、オリビアちゃんはそう言うと思った」


 オリビアは、いつものように冒険者ギルドの依頼板を見ました。


 海の向こうの帝国が次に何をするかは、まだ分かりません。


 今日は今日で、町の近くに出た魔物の依頼が残っていました。





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