第53章 オリビアは海の向こうから来た船を拾います。 海の向こうの帝国による大規模侵攻がはじまります。
第53章 オリビアは海の向こうから来た船を拾います
山のお祭りが終わってから、しばらくたっていました。
オリビアはそのあいだも、町の近くへ出た大型の魔物を片付けたり、街道で荷馬車を襲っていた盗賊を捕まえたりしながら、いつものように冒険者ギルドへ通っていました。
その日、受付のお姉さんはオリビアを見るなり手招きしました。
「オリビアちゃん。ちょっとこっちへ来て」
「はい。どうしました?」
「海の方が大変なことになってるの」
「海ですか?」
この町は、旧ヘタレ国がなくなったあと、東の大国の最西部になっています。丘を下った先に町が続き、そのさらに先には、この国が持つ数少ない港町がありました。
「海の向こうの大国から、大きな船が10隻来たんだって」
「10隻」
「横に大砲がいっぱい付いてる船。片側だけで80門くらいあるらしいよ」
「そんなにですか」
「港町を撃ってる。丘の下の町にも砲弾が届いて、被害が出てるって」
ギルド長さんも奥から出てきました。
「上陸した連中は町へ入って、物を持っていってる。海賊と同じだな」
「軍隊じゃないんですか?」
「軍隊だ。軍隊が海賊みたいなことをしてる」
「こっちの軍は?」
「陸じゃ押されてない。上陸してきた人数には限りがあるからな。ただ、港へ追い返そうとすると沖の船から砲弾が飛んでくる」
東の大国は長いあいだ内陸国でした。河川用の砲艦は持っていましたが、外洋で戦うための海軍はありません。
「河川用の砲艦も出したんだけどね」
受付のお姉さんが困った顔をしました。
「すぐ沈められたみたい」
「大きさが違いすぎますよね」
「そういうことらしいよ。それで……」
お姉さんは少し言いにくそうにしてから、オリビアを見ました。
「オリビアちゃん、なんとかなる?」
「私ですか?」
「大きな魔物も、盗賊も、結局なんとかしちゃったでしょう」
オリビアはしばらく考えました。
「見ないと分からないので、行ってみます」
「私も行く」
受付のお姉さんが言いました。
「俺も行こう」
ギルド長さんも続きました。
3人で丘の下町まで行くと、海の方から低い砲声が聞こえていました。
さらに見晴らしのいい場所へ上がると、港町の沖に巨大な帆船が並んでいるのが見えます。船体の横には四角い砲門が何列にも並び、その奥には大砲の黒い砲口が見えていました。
オリビアはじっと見ました。
「あれ、下の方ほど大きい大砲ですね」
「分かるの?」
「たぶん上が12ポンド砲、中が24ポンド砲、下が32ポンド砲です。下の方なら重い砲を置けますから」
「船の中、あんなに大砲が並んでるの?」
「士官室や食堂にも大砲があるような船です。戦う時は家具を片付けて使います」
受付のお姉さんが、沖の船をもう一度見ました。
「それが10隻……」
オリビアは隣のギルド長さんに聞きました。
「ギルド長さん。あの船、鹵獲して使いますか。それとも壊してもいいですか?」
「……先にそこを聞くのか」
「後で困るといけないので」
ギルド長さんは少し考えました。
「取れるなら、取った方がいいだろう。うちの国にはあんな船は1隻もない」
「分かりました」
「本当に取れるのか?」
「やってみます」
オリビアは風向きを確認しました。今の風なら、動けなくなった船は沖へ逃げず、近くの砂浜側へ流れます。
「船が来る3日前を基準にします」
「何の基準?」
「洗浄魔法です。3日前には、あの船はこの水域にいませんでした」
「ああ……前に使ってた、後から増えた汚れだけ取る魔法?」
「それを少し変えます。今回は、この水域へ3日前より後に入ってきたシュロ、麻、木綿を取ります」
受付のお姉さんが首をかしげました。
「何がなくなるの?」
「帆布ですね。それから、マストを支えているシュラウドやステイ、帆やヤードを動かすハリヤード、シート、ブレース。係留索や曳航索、錨索も、シュロや麻を使っている物は取れます」
「そんなに?」
「大砲を止めているブリーチングロープと、砲架を動かすタックルにも使っています。あと、船板の継ぎ目へ詰めてあるオーカムもです」
「船、沈まない?」
「継ぎ目から水は入ります。だから後で動かします」
ギルド長さんが咳払いしました。
「とにかくやってくれ」
「はい」
オリビアは洗浄魔法を使いました。
沖の10隻で、張っていた帆が一斉に消えました。
続いて、シュロや麻で作られていた索具が消えていきます。マストを支えていたシュラウドやステイ、ヤードや帆を動かしていたハリヤード、シート、ブレースが失われ、ヤードが傾きました。支えを失った部分が崩れ、甲板の上で大きな動きが起きます。
係留索、曳航索、錨索も同じです。甲板上に残った金具や滑車だけでは、船をつなぎ止めたり、小艇で曳いたりすることはできません。
船板の継ぎ目に詰められていたオーカムも抜け、喫水線より下では海水が入り始めました。
受付のお姉さんが、船の上を見て固まりました。
「……ねえ。あの人たち、服まで消えてない?」
「木綿と麻も洗浄対象ですから。シルクやウールの服を着ている人以外は、みんな素っ裸に近くなってます」
「そこも一緒に取れたの?」
「同じ材料なので」
砲のブリーチングロープと、砲架を前後させるタックルも消えています。重い砲は保持を失い、その後の揺れや傾きで砲架から落ちたり、砲架そのものを壊したりしていました。
「すごいことになってるよ」
「砲は残ってます」
「残ってても、あれ撃てるの?」
「理屈では火薬と砲身はあります。でも固定できていません。撃ったら危ないです」
帆を失った10隻は風下へ流れていきました。
東の大国の陸軍は、艦砲射撃が止まったのを見るとすぐに動きました。町へ入っていた上陸部隊を小集団ごとに包囲し、武器を捨てさせていきます。
「こっちは早いですね」
「陸軍は強い国だからな」
やがて10隻は、オリビアが確認していた風下の砂浜へ次々と座礁しました。
船板の隙間から水が入っている船もあります。
「かなり浸水してるね」
「大丈夫です」
オリビアは重力魔法を使いました。
船にかかる重力の有効値を小さくして、向きを砂浜側へ、さらに少し上向きに変えます。
巨大な戦列艦が、砂の上をゆっくり移動し始めました。
「……船って、こうやって運ぶものだったっけ」
「普通は違うと思います」
10隻すべてを波が届かないところまで移し、船底が大きく傾かないように並べてから、重力を元へ戻しました。
船内へ入っていた海水は、開いた継ぎ目や砲門などから少しずつ外へ流れていきます。
「これなら中も調べやすいですね」
「調べるどころか、船が10隻そのまま残ったぞ」
洗浄魔法で取り除いた物は、消滅していません。水分を減らした状態でオリビアの収納へ入っています。
オリビアはそれを船ごとに分けて、砂浜へ出しました。
「これは1番の船です。こっちは2番です」
「ロープも帆もあるね」
「どこに使っていた物か調べられます」
「服も?」
「あります」
受付のお姉さんが顔を覆いました。
「それは、とりあえず船ごとに置いておこう」
「はい」
海の少し沖には、戦いに加わらず、ずっと様子を見ていた1隻が残っていました。
ギルド長さんが目を細めます。
「あれは?」
「観察してるみたいですね」
「帰って報告するんだろうな」
◇ ◇ ◇
遠く離れたその船には、海の向こうの帝国の高級将官が乗っていました。
「10隻すべて、座礁しました」
士官の報告に、将官は望遠鏡を下ろしました。
「砲撃を受けたようには見えん」
「はい」
「それなのに、全艦が帆を畳んだように見え、そのまま風下へ流れた」
「原因は確認できません」
「本国へ戻る。見たまま報告する」
「はっ」
その船は10隻を残して沖へ離れていきました。
砂浜には、海の向こうの帝国が誇っていた大きな戦列艦が、きれいに10隻並んでいました。




