第5章 オリビアは回復魔法で傷を治します。
第5章 オリビアは回復魔法で傷を治します
ギルドの隣にある建物へ入ります。
中には寝台があります。
包帯を巻いた人もいます。
椅子に座って休んでいる人もいます。
大きな病院というより、冒険者が怪我をしたあとに手当てを受け、そのまま休める療養施設に見えます。
今日は能力精査の日なので、まだ傷の状態が固定していない冒険者にも何人か残ってもらっているそうです。
受付のお姉さんと一緒に来た魔法担当の人が、オリビアへ聞きます。
「どの順番から治療しますか」
「順番を選ぶんですか」
「回復魔法は、使える魔力の総量がありますからね。途中を飛ばしても構いません」
「飛ばしても?」
「はい。低いところから全部試してもいいですし、途中をパスして上を試しても構いません」
走り高跳びみたいです。
低い高さを飛ばして、もっと上から始めることがあります。
ただし、オリビアは自分の魔力がどのくらいあるのか知りません。
森で自分を治したときも、残量を示すものは何も出ていません。
その前に、一つ気になることがあります。
「回復薬は使わないんですか」
さっき売店で見た回復薬は、安い方でも大金貨一枚、高い方は大金貨十枚です。
魔法担当の人がうなずきます。
「使いますよ」
「じゃあ、ここにいる人も回復薬で治せるんですよね」
「傷によります。大金貨一枚の方なら、ちょっとした傷を治せます」
「大金貨十枚の方は?」
「傷口が膿む前なら、かなり大きな傷でも塞いで治せます」
「膿み始めたら?」
「なかなか難しくなります」
オリビアは寝台の人たちを見ます。
「早いうちに使えばいいんじゃないですか」
「そうできればいいんですけどね」
受付のお姉さんが答えます。
「大金貨一枚となると、気軽には出せませんから」
小銀貨一枚で紅茶か肉入りピロシキを買えます。大金貨一枚は、その千倍です。
日本円の感覚で九万円くらいになります。
「小さい傷なら、薬を使わずに治ると思いますよね」
「はい。そうやって10の回復薬を惜しんで、そのあと化膿して星になる方も多いです」
「……それは怖い」
傷そのものでは死ななくても、そのあとで死にます。
日本なら洗って、必要なら縫って、感染を防いで、抗菌薬を使うような傷でも、ここでは同じようにはいきません。
魔法担当の人が話を戻します。
「今日は、回復薬換算で1、10、100を見ます」
「その順番でお願いします」
「分かりました」
まず1、それから10、最後に100。
順番に試せば、自分でも魔力の様子を見られます。
「ロッドは使いますか」
「ロッド?」
渡せるように用意してあるものを示されます。
森で自分へ回復魔法を使ったとき、ロッドは使っていません。
「なくても使えたので、たぶん大丈夫です」
「では、そのままでお願いします」
最初は回復薬換算1です。
患者を探すのかと思ったら、受付のお姉さんが自分の手を出します。
「これでお願いします」
指先に、小さな切り傷があります。
「どうしたんですか」
「事務ばさみで切ってしまいまして」
「それ、地味に痛いやつですね」
「そうなんです」
傷は本当に小さいです。
オリビアは指先を見つめます。
治そうと思います。
緑色の光が、傷のまわりにぼんやり出ます。
傷が消えます。
「……治った」
受付のお姉さんが指を曲げます。
反対側からも見ます。
「はい。きれいです」
魔法担当の人も確認します。
「回復薬換算1、確認します」
最初は簡単に終わります。
次は10です。
女性冒険者が椅子へ座っています。
顔に長い傷があります。
頬から右目のすぐ横をかすめ、そのまま額まで伸びています。
「護衛のときの傷です」
受付のお姉さんが説明します。
「盗賊と戦ったそうです」
「目は大丈夫なんですか」
「眼球そのものは傷ついていません。すぐ横を通っています」
近くで見ると、かなり怖い傷です。
あと少しずれていたら、右目に入っています。
女性冒険者はじっと座っています。
オリビアも傷を見ます。
治そうと思います。
緑色の光が出ます。
二秒ほど見つめます。
頬の傷が薄くなります。
右目の横の線が消えます。
額まで続いていた傷も消えます。
最後には、どこを切られていたのか分かりません。
「終わりました」
女性冒険者が頬へ触れます。
指で何度か確かめます。
「跡、ない?」
受付のお姉さんが近くで見ます。
「ありませんね」
魔法担当の人も確認します。
「回復薬換算10、確認します」
オリビアは少し安心します。
他人へ使っても、ちゃんと治ります。
最後が100です。
今度は寝台にいる冒険者です。
太ももには入口と出口の大きな傷があり、何かが貫通したことが分かります。
「イノシシ系の魔物の牙です」
魔法担当の人が説明します。
「太ももを通り抜けています」
「これ、今は大丈夫なんですか」
「今はまだ」
その言い方が気になります。
「このままだと?」
「明日か明後日あたりから、ひどく腫れることがあります。高い熱が出て、そのまま悪くなると四日目あたりで星になる。よくある経過です」
「よくあるんですか」
「こういう傷では」
大きな血管は外れていて、今は会話もできます。
それでも数日後には死ぬことがあります。
「大金貨十枚の回復薬なら?」
「化膿が始まる前の今なら、治せます」
だから回復薬換算100です。
オリビアは太ももの貫通創を見ます。
さっきまでの二つとは違います。
表面だけを閉じればいい傷には見えません。
中へ砂が入っています。
小さな石や、牙が通ったときに剥がれたものも残っています。
治そうとすると、何を残して、何を外へ出せばいいのかが分かります。
貫通創の内側で、傷んだ表面の組織が剥がれます。
緑色の光の中で、砂や小石、牙から剥がれて入り込んだものが外へ押し出されます。
それだけでは終わりません。
患者本人のDNAやRNAとは違うものとして認識される細胞や微生物も、傷の中から外へ出ていきます。
傷の中から異物と微生物が出ると、今度は身体の方が戻り始めます。
神経が、切れる前の位置へ戻ります。
血管も戻ります。
筋肉も、牙が通る前の形へ戻っていきます。
切れた端と端をつないでいる感覚とは違います。
傷つく前の状態そのものへ、組織が復元されていきます。
最後に皮膚が戻ります。
入口だった傷が消えます。
反対側の出口も消えます。
緑色の光が薄くなります。
オリビアは太ももを見ます。
「治りました」
傷がありません。
さっきまで牙が貫通していた場所とは思えません。
魔法担当の人が近くで確認します。
受付のお姉さんも横から見ます。
患者本人も自分の太ももへ手を当て、脚を少し曲げてから、また伸ばします。
誰かが小さく声を出します。
「おー」
オリビアも同じことを思います。
本当に元へ戻っています。
「回復薬換算100、確認します」
魔法担当の人が記録します。
これで精査は終わりです。
「もう終わりですか」
「はい。今日はここまでです」
自分の魔力がどれくらい減ったのかは、結局分かりません。
疲れて動けない感じもありません。
森で自分を治したときも、同じ感覚です。
比較するものがないので、これが多いのか少ないのかも分かりません。
三人でギルドへ戻ります。
ほかの受験者たちは、もう先に手続きを進めています。
受付のお姉さんがオリビアを自分のカウンターへ呼びます。
「オリビアさん、カードをお願いします」
「はい」
冒険者カードを渡します。
受付のお姉さんが記録を確認します。
それから、カードをカウンターの装置へかざします。
ほんの少し待つだけです。
「登録できました」
「もう?」
「はい」
カードを返してもらいます。
確認すると、能力欄には「弓使い200」と「回復魔法100」が増えています。ランクはEのままで、能力の記載とは別に扱われています。
「それから、今日の回復魔法の精査には報酬があります」
「試験なのに、もらえるんですか」
「実際に治療していただいていますから」
それは確かにそうです。
受付のお姉さんが続けます。
「ただし、精査中の治療ですので、通常の治療報酬から二割引きになります」
「二割引き」
「はい」
奥から硬貨が用意され、受付のお姉さんが大金貨八枚、小金貨八枚、大銀貨八枚を数えて並べます。
オリビアは、並べられた硬貨を見ます。
「……これ、全部ですか」
「全部です」
「私がもらうんですよね」
「オリビアさんの治療分ですから」
もう一度見ます。
さっき、ジャム入り紅茶と肉入りピロシキを食べて、小銀貨を二枚払いました。
大きなステーキセットでも、小銀貨三枚と銅貨五枚です。
目の前には大金貨八枚に加えて、小金貨も大銀貨も八枚ずつ並んでいます。
「回復魔法って、こんなにお金になるんだ」
「治せる方は多くありませんからね」
硬貨を受け取ると、手にずしりと重さが来ます。
日本から持っていた財布には、小金貨一枚と少ししか入っていません。
銀行に入っていたお金は、冒険者カードの残高になっています。
宿代は一週間分、もう払ってあります。
そして今日、試験を受けただけで、目の前の硬貨が増えました。
オリビアは財布とカードを見ます。
「生活、安定したかも」
少なくとも、明日の食事を心配する必要はなさそうです。
この世界へ来て二日目です。
お金の心配は、かなり遠くなりました。




