第4章 オリビアは能力精査を受けます。
第4章 オリビアは能力精査を受けます
「じゃあ、続き説明するぞ」
受付の男性がそう言って、手元の書類を一枚めくります。
そこで、何かに気づいたように目を止めます。
「ああ、お嬢ちゃんは受け取り時講習だったな」
「受け取り時講習?」
「申し込んだときに聞くか、カードを受け取るときに聞くか選べるんだよ。そっちで頼む」
男性が隣のカウンターへ声をかけます。
「お願いできるか」
女性の受付係が顔を上げます。
「はい。オリビアさん、こちらへどうぞ」
名前を呼ばれて、オリビアはカードと身分証明書を持って移動します。
女性の前には帳簿と何枚もの書類がきちんと並んでいます。
「オリビアさんは、申込時講習ではなく、冒険者カード受け取り時講習を選ばれています。こちらへお掛けください」
「お願いします」
数日前の自分は、自分の知らないところでちゃんと選んでいます。
今の自分には都合のいい方です。
女性はオリビアの冒険者カードを確認します。
「先ほど、身分証明書との違いや残高については説明を受けられましたか」
「はい。そこまでは聞きました」
「では、少し重なるところもありますが、能力の登録とランクからご説明しますね」
話し方が丁寧です。
さっきの男性とはずいぶん雰囲気が違います。
冒険者ギルドの受付は、この世界では女性にとってかなり良い就職先です。毎日仕事があり、収入も安定しています。身分の確認、依頼の契約、お金の受け渡し、冒険者カードの記録まで扱うので、町の中でも信用のある勤め先として見られています。
受付のお姉さんも、言葉遣いがやわらかく、書類の扱いに慣れています。
「冒険者カードは、表から見えるのは基本的にお名前だけです」
「ほんとに名前しかないですね」
カードを返してもらって見ると、表面にあるのは「オリビア」という名前だけです。
「必要な方法で照会すると、種族、身長、髪の色、目の色、肌の色、年齢などの本人情報も確認できます。お仕事の記録や残高、確認済みの武器や魔法も入ります」
「そんなに入ってるんですか」
「はい。武器や魔法は、ご本人の申告から登録を始めます」
「申告するんですか」
「ご本人に申告していただきます。そのあとギルドで精査して、実際に使えると確認できたものだけ登録します」
女性は申し込み記録を見ます。
「オリビアさんは、弓と回復魔法を申告されていますね」
「はい」
収納魔法は書いてありません。
それでいいようです。
収納魔法を登録してしまうと、国境や町の出入りで荷物を確認するときに面倒になることがあるらしく、持っていても登録しない人は珍しくないと説明されます。
見えない場所に何を入れているのか、毎回話をすることになるからです。
通関が面倒になるなら、オリビアも書かなくていいと思います。
「ランクはEです」
「一番下ですか」
「一般的には、そこから始まります」
「Eだと受けられない仕事があります?」
「ランクだけを理由に受けられない仕事はありません」
少し意外です。
「危ない仕事も?」
「受けることはできます。ただ、こちらで把握している経験や能力に比べて危険が大きい場合は、受付からお伝えします」
「それでも受けると言ったら?」
「最終的にはご本人の判断です」
かなり厳しい世界です。
「同じ仕事でも、Eだと報酬が安いとか」
「ありません。同じ条件の仕事なら同じ報酬です」
「じゃあ、ランクは何のためにあるんですか」
「実績や信用の目安ですね。長く仕事をして、きちんと戻ってきて、依頼を果たしている方ほど上がっていきます」
女性は別の紙を一枚取り出します。
「昇格条件はこちらにまとめてあります」
受け取って見ると、思ったよりずっと細かな条件が並んでいます。
「……あとで読みます」
「はい。なくさないようにしてくださいね」
オリビアは折らずに収納へ入れます。
大学受験の参考書なら読むのですが、今はランクアップの条件を覚える気になりません。
「護衛のようなお仕事は、特に最初は気をつけてください」
「やっぱり危ないんですか」
「危ないですね」
女性は普通の調子で答えます。
「平均すると、二十回から五十回ほど護衛へ出る間に星になる方も出ます」
「そんなに」
「ただ、その平均は新人の方にかなり引っ張られます。一回目や三回目で星になる方もいます。経験を積んだ方は、危険の見分け方も逃げ方も上手になりますから」
剣を持てるだけで安全になる仕事ではないようです。
ランクが信用になる理由が少し分かります。
生きて帰ってきた回数も、その人の実績です。
女性は記録をもう一度見ます。
「それから、ちょうど今日の午後から、今週の能力精査試験があります」
「今日なんですか」
「はい。あと一時間ほどです」
朝寝坊して、朝食をぎりぎりまで食べてから来ました。
それで、ちょうど一時間です。
「弓と回復魔法を登録されるなら、受けてくださいね」
「受けます」
「では、それまでこちらでお待ちになるとよいですよ。売店と、軽く召し上がれるところもあります」
「ありがとうございます」
講習が終わります。エルフは急がないらしく、今日はそのおかげで都合のいい時間に来られました。
待っている間に、オリビアは財布を出します。
日本で入っていたのは、一万円札が一枚と硬貨が数枚です。
こちらへ来ると紙のお金はなくなり、財布の中は硬貨だけになっています。この国の通貨単位はフローリンです。
この世界の貨幣は十進で、大金貨一枚が10フローリン、小金貨一枚が1フローリン、大銀貨一枚が1/10フローリン、小銀貨一枚が1/100フローリン、銅貨一枚が1/1000フローリンです。
硬貨にも、その分数がそのまま刻まれています。
財布の中には、小金貨が一枚、大銀貨が三枚、小銀貨が七枚、銅貨が八枚あります。
「全部で1.378か」
分母を見れば硬貨の種類が分かります。
分子を見れば、その硬貨を何枚出せばいいか分かります。
かなり便利です。
今の自分には、日本の現金がこちらでどのくらいの価値になったのかを知る方が大事です。
売店を見ます。
回復薬が二種類並んでいて、安い方でも大金貨一枚、もう一方は大金貨十枚です。
「高っ」
隣の魔力補充薬は小金貨一枚です。
薬の値段だけ見ても、まだ基準がありません。
食べ物を見ます。
具がたくさん入って、一杯でお腹が膨れそうなスープは、小銀貨二枚と銅貨五枚です。
大きなステーキに付け合わせまで付いたセットは、小銀貨三枚と銅貨五枚。
ジャムの入った紅茶と肉入りのピロシキは、それぞれ小銀貨一枚です。エールは半リットルで小銀貨二枚です。
「食べ物は安いなあ」
小銀貨一枚を、日本円で九十円くらいと考えてみます。
紅茶と肉入りピロシキがそれぞれ九十円くらいで、大きなステーキセットでも三百円少しです。
それくらいなら、感覚として分かります。
財布の中身も、日本で持っていた現金から大きく外れていません。
仕事の掲示も見てみます。
薬草採取があります。
安い薬草なら、一日頑張って大銀貨一枚ほど。
高価なものになると、小金貨一枚と大銀貨五枚くらいになるものや、小金貨二枚になるものまであります。
同じ薬草採取でもずいぶん違います。
護衛は一日、大銀貨五枚から小金貨一枚くらいです。
「高いけど、さっきの話を聞くと安いような気もする」
一回目や三回目で星になる人がいる仕事です。
日本円へ換算するだけでは、値段の意味までは分かりません。
オリビアはジャム入り紅茶と肉入りピロシキを一つずつ買います。
小銀貨を二枚出します。
「ほんとに支払いは楽」
紅茶には甘いジャムが入っています。
ピロシキを割ると、中に肉が入っています。
朝食を食べたばかりなので、これくらいでちょうどいいです。
食べながら、もう一度薬の棚を見ます。
大金貨一枚の回復薬と、その十倍もする回復薬が並んでいます。
自分の回復魔法が、あれと比べてどのくらいなのかは分かりません。
森では、ほとんど死んでいる状態から自分を治しました。
比較するものがなかったので、それが普通なのか特別なのかも知りません。
紅茶を飲み終えるころ、受付のお姉さんがカウンターから出てきます。
「能力精査を受ける皆さん、そろそろ参りましょう」
「はい」
ちょうど食べ終わったところです。
ギルドの前に、受験者が集まります。
オリビアのほかに八人いて、ネコ系に見える女性が二人、ウサギ系に見える女性が一人、残りは十代後半くらいの少年が五人です。
ギルドでは、星になったり仕事をやめたりして、週ごとに冒険者が何人か減っていきます。人数を保つには、一週間に五人ほど新しく入ってくれるとありがたいようです。今日はそれより多いので、新人が多い週なのでしょう。
受付のお姉さんも一緒に来ます。教官兼検査官が二人。そのほかに、服装や持ち物を見ると魔法を扱う人らしい人が一人います。
全員で歩き始めます。
訓練施設までは、ギルドから少し歩きます。
弓を二百メートルまで射つのなら、それだけでも町中では無理です。
魔法まで使うなら、なおさらです。
しばらく歩くと、広い施設が見えてきます。
形は陸上競技場に少し似ています。
長い直線が取れ、その外側にも余裕があります。
着くと、すぐに試験が始まります。
最初に、ネコ系の二人とウサギ系の一人が直線の端へ並びます。
「敏捷性の精査を行います」
「敏捷性って、走るんだ」
試験は百メートル走です。
時間を測る道具を見ると、ストップウォッチはありません。
重錘で動く振り子時計を使っています。
検査官が合図を出します。
三人が走り出すと、すぐに速さが分かります。
オリビアも頭の中で「一、二、三……」と数えてみますが、三人はあっという間に遠くなります。
「……八秒台?」
頭で数えただけなので、正式な記録は検査官の時計に任せます。
それでも、三人ともそのくらいに見えます。
日本で見ていた百メートル走より、明らかに速いです。
百メートル走が終わると、三人は今度は剣の精査へ移ります。
三人とも剣も申告しています。
一人目の判定は失格です。
次の一人も通りません。
最後の一人も失格になります。
「速いだけじゃ、剣は載らないんだ」
敏捷性はカードへ記載できます。
剣は、まだ使える技能としては認められません。
それでも、確認済みの技能を一つ持つ冒険者にはなれます。
次は少年五人です。
申告しているのは全員が剣です。
一人ずつ精査を受けて、こちらは五人とも合格します。
順番を待っているときから互いに話しています。
構え方にも共通するところがあります。
「同じ道場かな」
オリビアにはそう見えます。
盾を申告している人はいません。
近くで話しているのを聞くと、盾や別の技能は冒険者になってから練習し、使えるようになってから精査を受けて追加する人が多いようです。
最初から全部できる必要はありません。
「次、オリビアさん。弓をお願いします」
「はい」
オリビアは自分の弓を用意します。
弓は当然、持ち込みです。
張力も調整も人によって違います。
借りた弓で同じように射てと言われても困ります。
検査官は、二十、五十、百、二百メートルの距離ごとに、直径十センチほどの的を一枚ずつ準備します。
「各距離二本です。一射目は調整用。二射目を判定します」
「分かりました」
「的の後ろは板です。命中しても、はね返った場合は無効になります」
「はい」
一射目で照準のずれや風の影響を見て、二射目を得点にします。
まず二十メートルです。オリビアは弓を引いて一射目を放ち、矢の刺さった位置を見てわずかに合わせます。二射目の矢は的のほぼ中央へ刺さります。
次は五十メートルです。一射目を射って少し修正すると、二射目も中央近くへ入ります。
百メートルへ下がっても同じです。一射目を見て調整し、二射目を放つと、また中央近くへ入ります。
後ろで、少年たちの声が小さくなります。
最後は二百メートルです。
さすがに遠く見えます。
「これは、ちょっと心配」
オリビアは長いスタビライザーを取り付けます。
ここだけは使った方が安心です。
スタビライザーを付けた弓を構え、一射目の矢が刺さった位置を見て照準を直します。それから二射目を放ちます。
矢が長い距離を飛んで、遠くの的へ刺さります。
検査官が確認します。
判定に使われた四本は、二十、五十、百、二百の全部で、ほぼ中央に入っています。
「弓使い200で記録します」
「ありがとうございます」
後ろにいる少年たちから声がします。
「エルフすげー」
もう一人も、遠くの的を見ながら何か言っています。
オリビアは自分の弓を見ます。
「エルフだから、なのかなあ」
日本にいたころから使っていた弓です。
練習もしてきました。
ただ、今は身体そのものがエルフです。
どこまでが自分の練習で、どこからがこの身体なのかは、まだ分かりません。
弓の精査が終わります。
ほかの受験者たちは、検査官に引率されてギルドへ戻っていきます。
オリビアには、回復魔法の試験がもう一つ残っています。
「オリビアさんはこちらです」
受付のお姉さんが呼びます。
魔法担当の人も一緒です。
三人で訓練施設を出ます。
ギルドの方へ戻りますが、三人が入るのはその隣にある療養施設です。




