第41章 オリビアは育ての父母に会います。
第41章 オリビアは育ての父母に会います
爵位関係の書類へ最初の手をつけたところで、オリビアには会っておきたい人がいました。約220年前に現れたピュアエルフを育てたことになっている父と母です。
ユグドラシルで神様から受け取った情報には、その2人が誰なのかも含まれていました。オリビアは山川の世界史を開き、エルフ国の項目の欄外も確認します。そこには約220年前に現れたピュアエルフを育てた2人の名があり、ユグドラシルで得た情報と一致していました。
オリビア自身には、2人と約20年間暮らした記憶がありません。日本で高校生として生きた記憶と、この世界へ来てからの記憶が本人にとっての連続した時間です。一方、この世界には、聖木のそばに現れたピュアエルフを2人が家族として育て、約20歳になった娘が国を出たという履歴があります。オリビアが神様の前でピュアエルフを選んだときに成立した過去でした。
2人にとっては、約20年間育てた娘が約200年ぶりに戻ってきたことになります。しかも今日、その娘は正式にエルフ国の王になりました。
*
オリビアが2人の前へ行くと、父は何か言おうとして、一度言葉を止めました。母もオリビアの顔を見たまま動きません。約200年ぶりに帰ってきた娘へどう声をかけるかと、国王へどう接するかが同時に来たようでした。
オリビアの方から口を開きました。
「お久しぶりです。お父様、お母様」
母の表情が変わり、先に近づいてきました。伸ばしかけた手が一度止まったので、オリビアから距離を詰めます。そのまま抱きしめられ、父もすぐそばまで来ました。
「本当に、戻ってきたのですね」
「はい。戻ってきました」
200年という年月を挟んだ再会なのに、3人を並べても誰かだけが大きく年を重ねたようには見えません。父も母も老いた姿ではなく、オリビア自身も見た目は18歳ほどのままです。長命なエルフの家族にとって、過ぎた時間は外見へほとんど現れていませんでした。
少し落ち着いたところで、3人は席につきました。オリビアは収納から紅茶とジャムを出します。
「人間の国の飲み物です」
紅茶へジャムを入れて2人にも勧めました。収納には肉入りのピロシキや水牛のステーキもありますが、そうした料理を平気で食べるのは、エルフとしてはかなり変わっているハイエルフ侯爵とエンシェントエルフ侯爵の2人くらいです。養父母と話す席には、ジャム入り紅茶の方が合いました。
「ジャムを入れるのですか?」
「はい。こうして飲むんです」
母が少し口をつけ、父も続きました。約200年ぶりに帰ってきた娘が人間の国から持ち帰った飲み物を囲みながら、オリビアは今回なぜ戻ることになったのかを話し始めます。
「私、最近になって冒険者を始めたんです。今は人間の町のしらかば亭で暮らしています。人間の友人もいますし、獣人の友人もできました」
「冒険者を始めたのですか」
「はい。いろいろありましたけど、大きかったのは盗賊ですね。約200人いたので、やっつけました」
父と母が同時にオリビアを見ました。
「さらわれていた人たちもいたので、その人たちは守って外へ出しました。それから東の国の辺境伯に呼ばれて、そこでハイエルフの侯爵とエンシェントエルフの侯爵に会ったんです」
2人の侯爵の話が出ると、父母の表情が少し変わりました。オリビアはそのまま続けます。
「2人から、エルフの国が今どうなっているのかと、私がどういう立場なのかを聞きました。それで戻ってきました」
「それで今日、王位まで継いだのですね」
「はい」
母はジャム入り紅茶のカップを両手で持ったまま、しばらくオリビアを見ていました。
「外では、そのように暮らしていたのですね」
「最近の私は、そんな感じです」
しらかば亭で過ごし、冒険者ギルドへ行き、人間や獣人の友人と関わってきた日々も、オリビアがこの世界で暮らした結果の一部です。ユグドラシルで聞いた「君が暮らして、その結果が世界に反映される」という言葉には、しらかば亭での日々もそのまま含まれていました。
*
今度は、オリビアが自分の知らない約20年間について尋ねました。
「私、ここにいたころはどんな子だったんですか?」
父と母は顔を見合わせました。父が最初に口を開きます。
「弓が得意でした。ずいぶん熱心でしたし、よく当てていましたよ。それから、物の仕組みや原理を知りたがる子でした」
母も懐かしそうに続けました。
「道具を見れば、どうして動くのか、どうしてその形なのかを聞きました。自然の現象を見ても、答えだけでは納得しませんでしたね」
初めて聞く昔話なのに、オリビアには妙に納得できます。今の自分も弓を使い、魔法を見れば現象だけで済ませず式や条件を考えます。
父はさらに昔の話を続けました。
「自分がピュアエルフであることも、私たちが育ての父と母であることも知っていました。物心がついたころには、生物としての父母がいないことまで理解していましたよ」
当時のオリビアは、その事実を知ったうえで2人を父と母として呼び、家族として暮らしていました。
「いなくなる少し前から、自分がどのように現れたのかを強く気にするようになりました。聖木のそばに現れるという説明の先まで、あなたは知りたがっていたのでしょう」
母が、そのころの様子を思い出すように話しました。
「どうして現れるのか、身体はどこから来るのか、何もないところから出てくるのか。何日もそんなことを考えていました」
父が続けました。
「そして、その数日後にいなくなりました」
約200年前、弓を使い、物の仕組みや原理を知りたがったピュアエルフは、自分自身の出生原理へ疑問を向けた数日後に国から姿を消しました。オリビアにはその約20年間の記憶がありませんが、養父母が語る昔の娘には、今の自分と重なるところがいくつもありました。
テーブルの上には、人間の国から持ってきたジャム入り紅茶があります。オリビアはカップを持ち直して、2人を見ました。
「これからは、前よりは帰ってきますね」
母が笑いました。
「それなら、今度は200年待たなくて済みそうですね」
父もようやく笑いました。




