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第40章 オリビアは王位を継ぎます。


第40章 オリビアは王位を継ぎます


 王の代理と一緒に王都へ入ったオリビアは、まず神殿へ向かいました。神殿の横には、約220年前にピュアエルフの子が現れた聖木、ユグドラシルがあります。大きなトネリコの木で、約20歳で国を出るまでのオリビアが暮らした場所も、この神殿と聖木の近くでした。


 その20年間を今のオリビアは覚えていません。それでも、自分が現れた場所としてここへ戻ってきたことには、しらかば亭や人間の町へ帰るのとは違う感覚がありました。


 植物たちへ頼んだ「なるべく早く戻る」という知らせは、すでにユグドラシルまで届いています。ここからは国として、帰国とこれから正式に王位を継ぐことを国中へ知らせます。オリビアは幹へ手を置き、エルフ語でその内容を告げました。


 幹の内側を何かが走るような感覚があり、その知らせは近くの木から次の木へ、森から森へと渡っていきました。オリビアはそれを見送ってから根元へ座り、背中を幹へ預けて目を閉じます。


 細かな光が身体を包み、よくある魔法の演出のように何度も瞬きました。神殿に残った身体では、その光の中で服装が変わっていきます。王の礼装よりも、最高位の神官が祭祀で身につけるような衣装です。


 同じころ、オリビアの意識は以前に神様と話した場所へ移っていました。


「君が選んだピュアエルフは、エルフの王だよ」


「エルフの国を治めることになる。でも、ピュアエルフが関わるのはエルフの国だけじゃない。魔法全体に関わっているんだ。いわば、この星の管理人だね」


「そうそう、もう矢で命を落とすことはないでしょ。魔法学や自然科学の理解が早くて助かるよ」


「オリビアとして普通に暮らせばいい。何かあったらユグドラシルへ来ればいいよ。全部答えられるとは限らないけど、ヒントくらいなら出せるかもしれない」


「オリビア、君が気にしている男の子2人だけど、天寿は全うしたよ。すべての生き物が、生物学的に生きられる最大限まで生きるわけじゃない。君だって、1本のアルミの矢で命を落とした」


「あそこが天寿だけど、本質は治療ができなかったからなのは分かっていると思う。病院へ行けなかったからね」


「だから、ピュアエルフを選んだ君には、身を守る魔法と回復魔法を渡した。交通手段を召喚できる魔法も、誰とでも交流できる言語の魔法も渡した」


「君は1000年はいきられる。そこまで生きられるものを選んだんだから、この世界に好きなように関わればいい」


 少し間を置いて、神様は続けました。


「でも、その前に王になってね。長い間、国を支えてきたハイエルフにはずっと負担がかかっていた。聖域を守る魔道具へ魔力を入れて、動かしておいて。今この世界にいるハイエルフの魔力を全部合わせても、あれを動かすには足りない」


「そこまで終わったら、あとは自由に暮らしていいよ。君が暮らして、その結果が世界に反映されるんだ」


                *


 オリビアが目を開くと、背中にはユグドラシルの幹がありました。袖へ目を落とすと、白を基調に細かな刺繍と神殿の文様が入った祭祀服へ変わっています。


「服、変わってる」


 立ち上がって周囲を見ると、座る前よりはるかに多くのエルフが集まっていました。神殿の前だけでは収まらず、王都から来た人も、森の方から急いできた人もいます。泣いている人、隣の人と抱き合う人、笑いながら涙をぬぐう人がいて、あちこちからオリビアの正式名が聞こえました。


 王の代理に導かれて神殿の奥へ入り、祭壇の少し手前で足を止めます。そこには、王位継承のために据えられた大きな半透明の器がありました。


 オリビアは集まった人々へ向き直り、エルフ語で告げました。


「これからのエルフ国の王は、^~=+::^~ ~=^^+_=/~ ::^~=+~^=です」


 神殿の中も外も静まりました。オリビアが半透明の器へ魔力を流すと、底へ薄くたまった金色の光が少しずつ深くなり、水のように器の中を満たしていきます。光の粒が周囲へこぼれ、きらきらと舞い上がりました。


 金色の魔力が縁まで達した瞬間、神殿の奥で低い音が響きました。続いて別の場所から光が立ち上がり、長く止まっていた聖域の魔道具が次々に起動していきます。


 神殿の外では、緑が薄くなっていた森に変化が現れました。枝先に新しい葉が開き、地面を覆う植物も起き上がり、失われかけていた緑が森の奥へ広がっていきます。


 ユグドラシルの地下でも、魔道具の起動に合わせて流れが戻りました。地中へ入った巨大な根はすぐに3つの大きな系統へ分かれ、その最初の分岐に近いウルズの泉、フヴェルゲルミル、ミーミルの泉では、約200年ぶりに光を含んだ聖水が湧き始めます。水位は少しずつ上がり、3つの泉を満たしました。


 3つへ分かれた根はさらに枝分かれしながらエルフ国の外へ伸び、国境を越えて山や平原の地下を通り、その先は海の向こうにまで続いていました。細く分かれた根まで含めれば、その広がりはこの星全体に及びます。長い間止まっていた流れが、ユグドラシルの根を通して再び動き始めました。


 神殿へ集まった人々から歓声と泣き声が一緒に上がりました。半透明の器は金色の魔力で満ち、聖域の魔道具は動いています。ピュアエルフの王にしか行えない王位継承の儀式は、ここで完了しました。


                *


 王位を継いだオリビアは、約200年間王の代理を務めてきたハイエルフを正式な摂政へ任じました。この人物は、約500年前に先代のピュアエルフがいなくなったあと、新しいピュアエルフが現れない約300年間を正式な摂政として国を治めています。


 約220年前にオリビアが現れ、幼い王位継承者を支える期間を経て、健康な成年として自分で王位を継げるようになると、摂政の立場は終わりました。しかしオリビアは正式な継承の前、約20歳で国を出ています。それから約200年間、同じハイエルフは摂政ではなく王の代理として国を支え、通常の案件でも議会や長老会などの承認をその都度得ながら国政を動かしてきました。


 今は正式な王が戻っています。オリビアは長く国を支えてきたハイエルフの前へ立ちました。


「これより、あなたをエルフ国の摂政に任じます」


「謹んでお受けいたします」


「爵位など王にしかできないことは私がやります。それ以外の通常の国政は、ご自分の判断で決裁してください」


「承知いたしました」


 オリビアは少し表情を緩めました。


「書類仕事はお願いね」


「はい」


 摂政へ通常の国政を任せても、王本人にしか処理できない仕事は残ります。その中で大きく積み残されていたのが、約500年分の爵位関係でした。


 王宮の執務室へ運ばれた書類は、枚数だけでなく保存状態にも問題がありました。記録の途中が抜けていたり、後から追記した紙だけが残っていたり、最初の申請とその後の事情が別の帳簿へ分かれていたりします。


 約500年にわたって王位が正常に継承されなかった影響は、とくに爵位関係へまとまって残っていました。爵位の授与や剥奪、昇格や降格、さらに次の者へ継がせることまで、いずれも王の権限です。世襲の爵位にも王から後継者へ継がせる命令が必要で、一代貴族の爵位は本人が亡くなればそこで終わります。


 オリビアは古い書類を机へ並べました。


「これは、書いてあることだけでは足りませんね」


「その頃の事情でしたら、私が覚えているものもございます」


 摂政は、約300年にわたるピュアエルフ不在期とオリビアが成人するまでを摂政として過ごし、その後の約200年は王の代理として国政の中心にいました。その記憶は、古い書類を読み解くための重要な手掛かりになります。


 オリビアは収納から山川の世界史を出し、エルフ国の項目を開きました。続いて世界史図表も出し、書類の年月と摂政の記憶、世界史の記述、図表の年表を照らし合わせていきます。


 それでも足りない案件では、窓際の枝へ声をかけました。


「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 葉が揺れました。植物から得る情報は、古い書類の事実関係を確かめるための材料の1つです。古い屋敷が今も使われているか、その土地に誰が住んでいるか、何代も前の記録に出てくる家が今も同じ場所にあるかを、植物同士のつながりをたどって確かめてもらいます。


 エルフは長命なので、人間の国の500年ほど急速には上位貴族の世代交代が進みません。そのため、期間の長さから想像するほど案件数は膨れ上がっていませんでした。


 それでも書類の欠落を埋め、現在の本人や家の状況を確かめたうえで、王の専権事項として1件ずつ判断する必要があります。オリビアは書類を読み、摂政へ聞き、本を開き、必要な案件では植物にも確認しながら、約500年分の止まっていた仕事を動かし始めました。





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