第36章 オリビアは本名で呼ばれます。 オリビアが誰だか高位のエルフにばれます。
第36章 オリビアは本名で呼ばれます
辺境伯の城には、周囲を囲む堀がありました。
領主の居城らしく、盗賊団の砦で見た軍事施設とはずいぶん雰囲気が違います。
堀の石積みはきれいに整えられています。
水面も手入れされ、城の建物は防御力を持ちながら、正面の見栄えまできちんと整えられています。
窓や屋根、正面の配置まで含めて、領主の居城としてデザインされたきれいな城です。
「お城だね」
オリビアが言います。
馬車は堀に架かった橋へ進みました。
橋は石で造られた、しっかりした固定橋です。
橋を渡った先には、大きく頑丈な門があります。
門の前には衛兵がいます。
辺境伯の紋章が付いた馬車なので、確認が済むと門が開きました。
馬車はそのまま城内へ入ります。
門を抜けると、馬車は整えられた前庭を進み、城の建物の正面へ向かいます。
石造りの玄関階段が見えてきました。
階段には、上から下まで緑色の絨毯が敷かれています。
馬車が止まりました。
「着きました」
フローラが言います。
イザベルはもう、5日間一緒にピロシキを食べていたときとは違う顔です。
男爵であり騎士でもある人の表情へ戻っています。
外から馬車の扉が開けられました。
そこに立っていたのは、長い耳を持つエルフの男性でした。
オリビアよりずっと落ち着いた雰囲気があります。
男性が手を差し出しました。
「お待ちしておりました」
「あ、ありがとうございます」
オリビアがその手を取ります。
男性は、馬車から降りるのを自然に手伝ってくれました。
あとで聞けば、この人はエンシェントエルフの侯爵です。
階段の上には、さらに2人が待っていました。
1人は、この城の主である辺境伯。
もう1人もエルフです。
こちらはハイエルフの侯爵でした。
辺境伯は、領内に現れた正体のよく分からないハイエルフについて話を聞くために、エルフの高位貴族を2人、先に城へ呼んでいました。
オリビアはエンシェントエルフの侯爵と一緒に、緑色の絨毯が敷かれた階段を上ります。
数段上ったところで、階段の上にいたハイエルフの侯爵の表情が変わりました。
オリビアの顔を見ています。
じっと見ています。
エルフの顔は200年ほどではほとんど変わりません。オリビアも、200年前とほとんど同じ顔をしています。
ハイエルフの侯爵が、一歩前へ出ました。
「……もしかして、^~=+::^~ ~=^^+_=/~ ::^~=+~^=様?」
階段の途中で、オリビアが止まりました。
その名前を、人間の口から聞いたことはありません。
オリビア自身の本当の名前です。
最初が自分の名前。
真ん中が家の爵位。
最後が住んでいるところ。
三つを全部含めた正式な名前で、人間の町では別に「オリビア」という名前を使っています。
オリビアは、ごまかしませんでした。
「……^~=+::^~ ~=^^+_=/~ ::^~=+~^=です」
ハイエルフの侯爵が、長く息を吐きました。
フローラとイザベルには、オリビアと侯爵が口にした音を正確には聞き取れません。
人間にはまともに発音できないエルフの名前です。
それでも、侯爵がオリビアへ「様」を付けて呼んだことと、オリビアがそれを認めたことは分かります。
エンシェントエルフの侯爵も、オリビアの横で表情を変えました。
「やはり……」
ハイエルフの侯爵は、階段を少し下りてきました。
「ずっとお探ししておりました」
「200年ですか?」
「はい。ただ、ご健在であることは分かっておりました」
「分かっていたのですか?」
「植物たちに尋ねました」
オリビアは少し目を丸くしました。
植物たちは、オリビアがピュアエルフであることを秘密にしてくれています。
居場所も教えませんでした。
「どこにいらっしゃるのかは、植物たちは教えてくれませんでした。ただ、ご健在であることだけは知らせてくれていましたので、それについては安心しておりました」
「そうだったのですね」
「はい。ですから、亡くなられたとは考えておりませんでした」
ハイエルフの侯爵は、少し困ったような顔になりました。
「ただ……国の方が、少々困っております」
「何に困っているのですか?」
「現在、王の代理を務めている者では、王家に残る魔道具を作動させることができません」
「ああ、そうでした」
オリビアは以前、資料集で読んでいます。
エルフ国の王位は、本来ピュアエルフが継ぎます。
約500年前からピュアエルフがいなくなり、ハイエルフが王の代理を務めています。
そして約200年前、一度だけピュアエルフが現れました。
王位を継ぐ前にいなくなった、その本人がオリビアです。
ピュアエルフでなければ正式に継承できない王家の魔道具も残っています。
ハイエルフが王の代理をしていても、動かせないものがあります。
「今も動かないのですか?」
「はい」
「200年間ずっとですか?」
「動かせないものは、そのままです」
「それは大変ですね」
「王の代理も、かなり心労を重ねております」
ハイエルフの侯爵は、オリビアへ向き直りました。
「お願いがございます」
「はい」
「一度お帰りになって、王を継いでいただけませんでしょうか」
「私が王位を継ぐのですか?」
「一度、正式に王位を継いでいただきたいのです。そのうえで、王家の魔道具などを動作させていただき、現在王の代理を務めている者を、正式に摂政としていただければと思っております」
オリビアは考えました。
「王位を継いだあとは、ずっと国にいなければならないのですか?」
「その点も含めて、お話しできればと思います。少なくとも、王位を正式に継いでいただき、必要な魔道具を動作させ、代理の立場を正式な摂政としていただければ、今よりずっと整理できます」
「なるほど」
オリビアは階段の上を見ました。
辺境伯が、最初から話を遮らずに待っています。
オリビアを招いたのは辺境伯です。
ところが、玄関前で200年前から続いているエルフ国の王位の話まで始まってしまいました。
ハイエルフの侯爵も、それに気づきました。
辺境伯へ向き直ります。
「いずれにせよ、詳しいお話はお部屋でよろしいでしょうか? 辺境伯殿」
「もちろんです」
辺境伯が答えました。
「まずは中へお入りください。長旅でお疲れでしょう」
「ありがとうございます」
オリビアは、また階段を上り始めました。
後ろでは、フローラとイザベルがまだ少し固まっています。
5日間、同じ馬車でジャム入り紅茶を飲み、ピロシキを食べ、洗浄魔法で服や鎧まできれいにしてもらった相手です。
その人が城へ着いた途端、200年前から探されていたエルフ国の王位継承者として、本名に「様」を付けて呼ばれました。
オリビア自身は、緑色の絨毯の上を普通に歩いています。
「お部屋に紅茶を出すように伝えてください」
「承りました。すぐにお持ちいたしますね」
そばにいた城の使用人が答えました。
イザベルが、ほんの少しだけいつもの顔に戻りました。
3人はそのまま、辺境伯の城の中へ入りました。




