第34章 オリビアは水牛の魔物を柔らかくします。 筋切り魔法です。
第34章 オリビアは水牛の魔物を柔らかくします
盗賊団を丘の上町へ運び込んでから、数日が過ぎました。
約200人の拘束者と、さらわれていた62人、それに取引商人まで一度に増えたので、丘の上町の役所と冒険者ギルドはしばらく忙しいままでした。
オリビアがギルドへ行くと、受付のお姉さんが一枚の書類を持ってきました。
「オリビアさん。丘の下町から、もう一度お話を聞きたいという連絡が来ています」
「また?」
「はい。拘束者の移送後に、追加で確認したいことが出てきたそうです」
「何人分?」
「まだ全部じゃないですけど、人数が多いので……」
オリビアは少し考えました。
「200人くらい?」
「最終的には、そのくらいになるかもしれません」
「嫌」
すぐに答えました。
受付のお姉さんも、無理に勧めません。
「そうですよね」
「こっちで、かなり書いたよね」
「書いていただいています。印の意味も、誰が何をしていたかも、こちらで記録しています」
「じゃあ、それを見てもらって。分からないところがあったら、質問を書いて送ってくれたら答えるよ」
「そう伝えます。必要なら向こうの担当者に、こちらへ来てもらいます」
「それならいい」
丘の下町から呼ばれたからといって、約200人分の確認のためにオリビアが出向く話にはなりません。
事件の記録はすでに丘の上町で作られています。
追加の確認が必要なら、記録を読むか、具体的な質問を送るか、担当者がこちらへ来れば済みます。
話が終わると、オリビアはギルドのバー食堂を見ました。
この数日、食堂の料理には見覚えのあるものが増えています。
「またクモ?」
「またクモだよ」
食堂のおばさんが笑いました。
巨大なクモ型魔物の脚は、見た目よりずっと食べやすい肉でした。
茹でたものもあります。
揚げたものもあります。
鍋にも入っています。
「まだあるの?」
「脚だけで2tくらい持ってきたの、誰だったかねえ」
「私」
「しばらく出せるよ」
大きな魔物を1頭持って帰ると、町の食堂の献立が何日も変わります。
オリビアはそれを見ながら考えました。
「今度は牛がいいな」
「牛?」
「お肉」
解体場へ行って聞いてみると、牛に近い大型魔物なら近くにいるそうです。
水牛型の魔物。
大きいものは3tほどあります。
よく見かける魔物です。
むしろ、身体が大きくて丈夫なので、肉食の魔物にも襲われにくく、かなり数がいます。
ただし、肉がとても硬い。
しかも巨大なので、倒してから町まで運ぶのも大仕事です。
「値段は?」
解体屋さんに聞くと、答えが返ってきました。
「肉100gで、だいたい1/1000フローリンくらいだな」
「安いね」
「硬いからな」
100gで1/1000フローリン。
1kgなら0.01フローリンです。
仮に3t全部が同じ値段で売れたとしても30フローリンです。
実際には骨も内臓もありますから、肉として売れる量はもっと少なくなります。
巨大な魔物を危険を冒して倒し、何tもの身体を運んで、それでは狩る人が少ないのも分かります。
でも、オリビアには収納があります。
運ぶことは問題になりません。
「硬いだけなら、柔らかくできないかな」
「どうやって?」
「魔法を作ってみる」
「またか」
解体屋さんが笑いました。
*
水牛型の魔物がいる場所へ行くと、すぐに見つかりました。
大きいです。
黒っぽい身体が草の間をゆっくり動いています。
急いでいる様子もありません。
オリビアは少し離れたところから身体を観察しました。
肉が硬くなる原因の一つは、筋肉の周囲にある結合組織です。
ただし、結合組織を片端から切ると、肉どころか身体そのものが崩れます。
「筋肉のところだけ」
さらに条件を絞ります。
消化管や血管の壁には平滑筋があります。
そこまで対象にすると、内臓が壊れて内容物が漏れる可能性があります。
「平滑筋は除外」
そして、柔らかくしたいのは、噛み切りにくさへ強く関係する部分です。
オリビアは条件を組み立てました。
「ミオシンを含む筋細胞に接している結合組織のうち、一定以上の引張強度を持つもの」
強くて、肉を硬くしている組織だけを選びます。
「これでやってみよう」
水牛型の魔物へ魔法をかけました。
大きな身体が一度震えます。
数歩進みました。
それから脚の力が抜け、地面へ倒れました。
起き上がりません。
オリビアは近づいて確認しました。
「死んでる」
筋切り魔法そのものが死因でした。
骨格筋だけでなく、心臓も筋肉です。
全身へ一度に作用させたため、心臓の構造と働きも保てなくなり、循環が止まりました。
「狩る魔法にもなっちゃった」
今回は食べるために狩りに来ています。
目的には合っています。
オリビアは約3tの水牛型魔物を、そのまま収納し、解体は町へ戻ってから行うことにしました。
*
ギルドの解体場へ戻って、水牛型魔物を出します。
解体屋さんが身体へ手を当てました。
「……ずいぶんふにゃふにゃした水牛の魔物だね」
「筋切りした」
「丸ごと?」
「うん」
普段の水牛型魔物とは、触った感触から違います。
「ちょっと切ってみるか」
解体が始まりました。
刃の入り方も違います。
肉の塊を扱っている人たちが、何度も首を傾げています。
「ほんとに柔らかいぞ」
「ミスジある?」
「あるよ」
「500gくらい欲しい」
「自分で食べるのか?」
「うん」
切り分けてもらった肉を持って、オリビアはそのままバー食堂へ行きました。
「これ焼いてください」
食堂のおばさんが肉を見ます。
「これ、さっきの水牛の魔物のミスジでしょ。オリビアちゃんのあごではかみ切れないと思うよ」
「今日はたぶん大丈夫」
「何したの?」
「筋切り」
「また魔法?」
「うん」
味を確かめたいので、調味料は塩だけにしてもらいます。
約500gあった生肉は、焼くと水分と脂が抜けて、だいたい450gほどになりました。
皿に載せてもらいます。
使うのは、食堂で普通に出てくるナイフとフォークです。
オリビアがナイフを入れると、すっと切れました。
「あ」
食堂のおばさんも見ています。
ひと口食べます。
「おいしい」
赤身の味があります。
脂は多すぎず、それでもぱさぱさせず、十分に柔らかい。
日本で食べた肉を思い出します。
「コストコのUSプライムくらいかな」
「何それ」
「こっちの話」
松阪牛や神戸牛とは違う方向ですが、スーパーで安く売っていたオーストラリア産の牛肉よりは、明らかに柔らかくて食べやすい。
オリビアの記憶では、コストコで買ったUSプライムの肉に近いところまで来ています。
「食べてみる?」
「いいの?」
「うん」
近くにいた人たちへ少しずつ切ります。
解体屋さんも様子を見に来ました。
「俺もいいか?」
「どうぞ」
「手、血だらけなんだよ」
「じゃあ、食べさせる」
オリビアは一口分を切り、フォークへ刺して差し出しました。
「ほら」
「なんか変な感じだな」
「口開けて」
解体屋さんが食べます。
噛みます。
もう一度噛みます。
「……水牛じゃないみたいだ」
「水牛だよ」
「普通はこんなに噛み切れない」
毎日のように水牛型魔物を扱っている人の反応なので、比較としてはかなり確かです。
買い取り価格は、元の水牛型魔物としての市場価格が基準です。オリビアの魔法で柔らかくなっていても、それだけで何倍もの値段になる仕組みではありません。
でも、自分で食べる分にはかなり便利です。
「これなら水牛でもいいな」
食堂のおばさんが言いました。
「じゃあ、内臓も煮てみようか」
「それは柔らかくなってないと思う」
「なんで?」
「平滑筋は外したから」
「まあ、煮れば食べられるでしょ」
その日の夕方。
水牛型魔物の内臓を使った煮込みも出ました。
見た目はよく煮えています。
何人かが口へ入れます。
「……硬い」
「硬いな」
「肉はあんなに柔らかかったのに」
オリビアも少しだけ食べました。
噛みます。
まだ噛みます。
「やっぱり平滑筋はそのままだ」
「先に言ってたでしょ!」
「言ったよ」
食堂のおばさんが笑いながら鍋を見ました。
「じゃあ、こっちはもっと煮るよ」
「それがいいと思う」
水牛型魔物の肉は柔らかくなりました。
内臓は、いつもの水牛型魔物のままでした。
07EA09110F1C2E




