第30章 盗賊のアジトを見に行きます。
第30章 盗賊のアジトを見に行きます
ベラミラ先生は、返すことになった剣や防具を見たあと、もう一度オリビアへ聞きました。
「オリビアって、なんで人の生き死に気にするんだ?」
「え?」
「ハイエルフだろ。オリビアの一生の間にみんな死ぬよ」
オリビアは少し考えました。
「でも、今は生きてるよ」
「そういう答えになるのか」
「だって、今知ってる人が怪我してたら気になるし、星になったら嫌だよ」
「人族も獣人も、オリビアから見ればすぐ死ぬだろ」
「それ、前にも言われた」
「誰に?」
「デンゼルさんとアルガーさん。短命種にそこまで回復魔法を使うエルフは珍しいって」
ベラミラ先生は笑いました。
「やっぱり言われてるじゃないか」
「でも私、エルフの国にいた時間も短いし、エルフの社会で育った感じがあんまりないんだよね」
「じゃあ何なんだ」
「野良エルフ?」
「犬猫みたいに言うな」
「だって、今も宿暮らしだし」
チャトラが横から笑います。
「しらかば亭で餌もらってる野良エルフ」
「宿代払ってるよ」
「そこはちゃんと払ってるんだ」
「払うよ」
少し笑ってから、ベラミラ先生はまた真面目な顔になりました。
「でも長生きするエルフほど、死ににくくなるのは本当だぞ」
「歳を取って強くなるの?」
「経験が増える。危ないものを覚える。魔法も増える。それにエルフは人族みたいに、歳を取ったから目が悪くなって耳も遠くなって、身体がどんどん動かなくなる、って感じじゃない」
「それなら、前に失敗したことを次から避けられるね」
「そう。何百年もそれをやったハイエルフは面倒だぞ」
「私も防御魔法、昨日より今日の方が増えてる」
「そういうこと」
オリビアは、第5層へ入る前に作った防御層を思い出しました。
危害を加える意図を伴って入ってくるものだけを拾い、危険度に応じて有効質量をk⁻¹、1/1000か、M⁻¹、1/1000000にする式です。
「じゃあ、長生きしたから強いんじゃなくて、生き残った分だけ危ないものへの対策が増えていくんだ」
「それもある。だからオリビアも、あんまり簡単に星になるなよ」
「ならないよ」
「自信あるな」
「死ぬの嫌だもん」
そこへ、受付のお姉さんが戻ってきました。
「デンゼルさんとアルガーさん、呼んでもらっています。もう少しかかると思います」
「ありがとうございます」
亡くなったC級冒険者の持ち物は、家族を知っている人から返してもらうことになっています。
少し待っていると、2人がギルドへ入ってきました。
「オリビア、何かあったって?」
「第6層で、同じギルドの人の持ち物を見つけたの」
デンゼルとアルガーは、並んだ剣や防具を見ました。
「……この人か」
「知ってる?」
「顔は知ってる。家族も分かる」
「じゃあ、全部返したいです」
アルガーが硬貨袋まであるのを見て、オリビアへ聞きます。
「金も?」
「うん。全部」
「第6層なら、拾ったオリビアの物になるぞ」
「聞いた。でも返す」
「分かった。俺たちから話して持っていく」
「お願いします」
受付のお姉さんが必要な手続きを始めます。
オリビアは、少し離れたところに置いてある冒険者カードを見ました。
そこで、能力精査を受けた日のことを思い出しました。
「そういえば、私と一緒に試験を受けた男の子、5人いたよね」
「いましたね」
受付のお姉さんが答えます。
「全員、剣に受かった子」
「はい」
「今どうしてるの?」
受付のお姉さんの手が少し止まりました。
「3人はいます」
「3人?」
「2人は、この前星になりました」
オリビアは返事をしませんでした。
5人とも十代後半くらいでした。順番を待っている間から話していて、剣の構え方にも似ているところがありました。
あのとき、オリビアは、
「同じ道場かな」
と思いました。
「何の仕事だったの?」
「商人の護衛です」
デンゼルが受付のお姉さんの方を見ました。
「例の盗賊か」
「はい」
オリビアは2人を見ます。
「盗賊?」
アルガーが椅子を引いて座りました。
「普通の街道盗賊じゃない。元兵士だ」
「元兵士?」
「旧王国軍の連中だ。国が東の大国へ入ったあと、軍を離れて、そのまままとまって盗賊になった」
「何人くらい?」
「200人くらいだ」
「200人」
受付のお姉さんが記録を出しました。
「その2人が護衛していた商隊は、遠いところから弓で攻撃されています。2人とも、身体に5本から8本の矢を受けていました」
「そんなに」
「剣は使えたんです。でも、剣が届くところまで相手が来なかったんです」
オリビアは、能力精査の日に5人が剣へ合格したところを思い出しました。
「盾は持ってなかった」
「少なくとも、あの日は申告してませんでしたね」
デンゼルが言います。
「回収された矢を見ると、かなり遠くから射ってる。刺さり方も深くなかった。厚い革鎧でも着てれば、何本かは止まったかもしれん」
「でも着てなかった?」
「そうだ」
アルガーが続けます。
「商人はさらわれた。荷も全部取られた。別のギルドから来てた護衛は、死体がなかった。連れていかれたらしい」
「その人たち、まだ生きてるかもしれない?」
「分からん」
受付のお姉さんが答えました。
「身代金で解放された人の証言はあります。あの盗賊団は、捕まえた人を全部すぐ星にするわけではありません」
「どんなふうにしてるの?」
「身代金が取れそうなら拘束します。身元や値段を調べている途中の人も牢へ入れます。別の土地へ売るために置いている人もいます」
そこで少し言いにくそうに続けました。
「女性の中には、そういう目的で使われている人もいます」
オリビアの顔から笑いが消えました。
「牢屋は盗賊が見張ってるの?」
「それが、さらわれてきた人の一部にやらせているそうです」
「さらわれた人が?」
「はい。身代金で帰ってきた人が言うには、盗賊より牢番の方が暴力的だったこともあるそうです」
「なんで?」
「待遇を良くしてもらうためか、権限を持ったからか、そこまでは分かりません。ただ、殴ったり、暴言を吐いたり、盗賊に言われる前から他の捕虜を押さえつける人がいた、と」
オリビアはしばらく何も言いませんでした。
デンゼルとアルガーは護衛の仕事へ出ます。
チャトラ、タマ、ミミも街道を使います。
能力精査を一緒に受けた少年5人のうち、もう2人はいません。
「街道を何本も襲ってるんだよね」
「はい」
「それ、商人が来なくなったり、運ぶお金が高くなったりするよね」
「当然、影響は出ます。護衛を増やせば運賃も上がりますし、避ける道を使えば日数も増えます」
「道を通っただけの人がさらわれるのも嫌だし、デンゼルさんたちが護衛で当たるのも嫌だな」
「俺たちも嫌だ」
デンゼルがすぐ答えました。
「その盗賊のアジト、どこ?」
受付のお姉さんが地図を出しました。
「場所は分かっています」
「分かってるの?」
「約200人いますから、隠せる規模ではないんです。ここです」
地図の一点を指します。
オリビアも自分の地図を出して比べました。
「道だと50kmくらい。でも直線なら30kmくらいだね」
「山と谷を避けるので、街道ではそのくらいになります」
「元は何?」
「旧王国軍の師団施設です」
「師団?」
「はい。1個師団が使っていた駐屯施設です。兵舎、倉庫、厩舎、塀、門が残っています」
「200人なら余裕で入るね」
「入ります」
オリビアは地図を見ながら聞きます。
「昼はそこに200人いるの?」
「いいえ。昼間は複数の街道へ出ています。襲う場所が1本の街道だけではないので」
「夜は?」
「戻ります」
「全員?」
「軍隊だったころの習慣が残っていて、夜はアジトへ戻るそうです。見張りや当番はありますが、野営して各地に散ったままにはならない、と解放された人が話しています」
「騎兵はいる?」
「います。正確な人数は分かりませんが、数十騎です。街道の監視や追跡に使っています」
「一番上の人は?」
「元大佐です」
「大佐までいるんだ」
「います。元将校も何人かいます。ですから、ギルドだけで討伐できる相手ではありません」
デンゼルもうなずきました。
「200人の元兵士を正面からやるなら軍隊が要る。こっちが同じくらいの人数を集めても、待ち伏せされたら被害が出る」
「アジトの場所が分かってても?」
「分かってるから簡単、にはならん。元師団施設だから守る側に使いやすい」
「なるほど」
オリビアは地図を閉じませんでした。
「夜になったら、様子を見に行ってくるよ」
「行くのか?」
デンゼルがすぐ聞き返します。
「見るだけ」
「一人で?」
「音を出したくないから飛んで行く」
「飛ぶ?」
「飛行魔法」
アルガーが額を押さえました。
「また知らないのが出た」
「まだあんまり使ってないから」
ベラミラ先生が横から言います。
「オリビア。見るだけだからな」
「うん。見ないと、何したらいいか決められないし」
「何かする気はあるんだな」
「まだ決めてないよ」
話がいったん終わったところで、オリビアは思い出しました。
「あ。クモ」
「クモ?」
「第5層で取ったの、まだ出してなかった」
ギルドの解体場へ行きます。
解体屋さんが作業台の向こうから顔を上げました。
「何持ってきた?」
「大きいクモの脚」
「何本?」
「8本」
「8本?」
オリビアは収納から1本目を出しました。
根元側の最初の節だけで長さは約6mあります。太さは、オリビアが日本で見ていた太めのコンクリート電柱くらいです。その先の節も約4mあり、電柱の先端くらいの太さがあります。
解体屋さんの顔が止まりました。
「……これ、根元?」
「うん」
「よく根元取れたね」
「まだあるよ」
「まだ?」
「あと7本」
「ちょっと待って」
作業場の空いているところへ、1本ずつ出します。
8本並びました。
「全部、根元から?」
「うん。胴体側の関節を弱くしたら、自分の重さで取れた」
「そんな取り方するのか……」
解体屋さんは太い根元側を見ます。
「あまり先の方は食べるとこないけど、根元側は美味しいよ。なかなか入らない部位なんだよね。先っちょはよく来るけど」
「なんで根元は来ないの?」
「胴体の近くまで行かないと取れないだろ。大きいクモがまだ動いてるところへ、わざわざ一番太いところを切りに行くやつは少ないよ」
「なるほど」
「それに、これだけ太いと殻を外すのも大仕事だ」
「殻ならずらせるよ」
「ずらす?」
オリビアは、1本の外殻を指定しました。
肉や内部の組織はそのままにして、外殻だけを少し外側へ移動させます。
硬い殻が、形を保ったまま横へずれました。
中身がそのまま出てきます。
「……それ、8本ともできる?」
「できるよ」
「じゃあ、やって」
「うん」
8本とも外殻をずらします。
解体屋さんは露出した中身を見て、しばらく計算していました。
「食べられるところだけでも、全部で2tくらいあるかな」
「そんなに?」
「根元がこの太さで8本だからね」
「じゃあ、食べる分は少し残して、あとは売ってください」
「分かった。魔物肉だから今日中に全部やらなくても腐らないし、順番に査定しておくよ」
「あと子グモもある」
「まだあるの?」
「4体」
収納から出した子グモは、どれも身体が縦に真っ二つになっています。
「きれいに半分だな」
「空間を少しずらしたの」
「……そう」
解体屋さんは、もう聞き返すのをやめました。
「こっちも食べられるところ見ておくよ」
「お願いします」
「それと?」
「箱の魔物の歯」
今度は4本です。
「第6層で箱に杖を噛ませたら折れた」
「4本も?」
「3回叩いたら逃げた」
「……これも素材になるか見ておく」
「ありがとう」
オリビアが帰ろうとすると、解体屋さんが声をかけました。
「夜に盗賊のアジト見に行くんだって?」
「もう伝わってる」
「この建物の中だからね。査定はこっちでしておくよ。それより、行くならアジトのこと、分かってる範囲でちゃんと聞いておいた方がいいよ」
「うん。受付のお姉さんにもっと聞いてくる」
受付へ戻ると、オリビアはさっきの地図をもう一度広げました。
「もう少し聞いていい?」
「もちろんです」
「門はいくつ?」
「正門と、荷物を入れる大きな門が確認されています。昔の軍用施設なので、ほかにも小さな出入口がある可能性があります」
「牢屋はどの建物?」
「そこまでは分かりません」
「さらわれた女の人は?」
「同じです。身代金で帰った人も、すべての建物へ入れたわけではありません」
「大佐の部屋は?」
「本部棟だった建物を使っている、という証言があります」
「武器庫は?」
「旧軍の倉庫をそのまま使っていると思われますが、正確には分かりません」
「馬は?」
「厩舎があります。騎兵だけでなく荷運びにも使うので、数十頭以上いるはずです」
「夜の見張りは?」
「門、塀の角、旧本部棟の周り。少なくともそこにはいるそうです」
「さらわれた人を見張ってるカポみたいな人は、盗賊と一緒に寝るの?」
「それも人によるようです。牢の近くにいる人もいます」
「人を星にした人もいる?」
「解放された人から、そういう話は聞いています。ただ、人数や名前までは確認できていません」
「分かった」
オリビアは地図を収納しました。
「じゃあ、夜になったら自分で聞いてみる」
「誰に?」
「草」
「草?」
「うん。砦の中に生えてるでしょ」
受付のお姉さんは少し黙りました。
「……エルフって便利ですね」
「私もそう思う」
夕方になり、オリビアはいったんしらかば亭へ帰りました。
夕食を食べます。
今日は遠くへ飛ぶので、いつもより少し多めに食べました。
食堂にはデンゼルとアルガーもいます。
「本当に行くのか」
「うん」
「30kmだぞ」
「直線ならね」
「夜の山だぞ」
「飛ぶから道は通らないよ」
「そこじゃない」
デンゼルが言いました。
「見つかったら200人だ」
「見つからないように500mくらい離れるよ」
「その数字、もう決めてるのか」
「森の木の上なら見えにくいし、草にも聞けるから」
アルガーが聞きます。
「もし、あの2人をやった連中がいたら?」
「見てから決めるよ」
「怒ってないのか」
「怒ってるよ。でも、誰が何したか分からないのに、200人まとめて同じにはしない」
オリビアは水を飲みました。
「それに、さらわれた人も中にいるんでしょ」
「そうだな」
「だから見るの」
食事を終えると、オリビアは外へ出ました。
夜です。
TALONは使いません。
「音、立てたくないし」
身体の周りへ飛行魔法を組みます。
地図で見た直線距離は約30kmです。
町の灯りが小さくなり、山と谷の上を越えていきます。
夜風の中を飛び、しばらくすると、暗い森の向こうに旧師団施設の輪郭が見えてきました。
塀があります。
兵舎だった建物が並んでいます。
厩舎もあります。
ところどころに灯りがあります。
「いた」
オリビアは砦から約500m離れた森へ降りました。
地面には降りません。
太い木の枝へ座ります。
「こんばんは」
木の葉が少し揺れました。
「ねえ。あそこの砦にいる草に聞いてほしいことがあるの」
葉が、さわさわと鳴ります。
「さらわれてきて、帰れなくなってる人がいると思う。どこにいるか分かる?」
夜の風が、森から砦の方へ流れていきました。
木の葉が揺れます。
草が揺れます。
砦の中の草も、同じ風を受けます。
人に聞こえるのは、ただの、
さわさわ。
という音です。
でも、オリビアには意味が分かりました。
「……いるんだ」
もう一度、風が戻ってきました。
「1か所じゃない?」
さわさわ。
「じゃあ、全部教えて」




