第29章 第6層に入ります。 怖い魔物と戦います。ぺしっ!
第29章 第6層に入ります
4人は第5層の休憩所を出て、第6層へ続く通路へ向かいました。
第6層へ入って少し進んだところで、オリビアは前を行くチャトラ、タマ、ミミを見ました。
第5層で3人がどうやって罠を抜けていたのかは、昼ご飯を食べながら聞いたばかりです。落とし穴は床が落ちきる前に走り抜け、矢は飛んでくるころにはその場所を離れ、天井から落ちるスライムも着地する前に通過します。
一方、オリビアは罠を見つけると止まり、何でできているのか、どう動くのか、魔力や魂の反応があるのかまで調べます。
同じ速さでは進めません。
「ここから別に行こう。私、1つ1つ調べながら進むから、一緒だと足を引っ張ると思う」
「分かった」
チャトラはすぐにうなずきました。
「じゃあ帰りにまた、あの5層の休憩所でね」
「うん」
チャトラ、タマ、ミミの3人は、そのまま先へ走っていきました。
オリビアはまた1人になります。
第6層は、第5層より洞窟らしい形が残っていました。通路の中央には折れた跡や削れた跡がありますが、壁の割れ目や少し引っ込んだところには鍾乳石が垂れ、床から石筍が伸びています。
周囲の石灰岩には、これまでと同じようにフズリナやサンゴなどの魂が緑色に光っています。
ところが、鍾乳石や石筍は光っていません。
「石灰岩は光るけど、溶けて作り直されたところは光らないんだ」
鍾乳石も石筍も主成分は炭酸カルシウムです。しかし、もともとの生き物の殻や骨格がそのまま残っているのではありません。石灰岩が水に溶け、その成分が別の場所で再び析出してできたものです。
元の生き物の魂が付いた場所と、いったん溶けて作り直された場所では、見え方が違っています。
その違いを見ながら歩くと、改めて壁の中にある魂の数が気になりました。
「1、2、3……いっぱい」
幼稚園の小さい子が数えるようなところで、もう終わりです。
表面だけでも数えられません。岩の奥まで含めれば、どれほどいるのか見当もつきません。
フズリナなどが生きていたのは何億年も前です。その魂が地脈の魔力を受けながら群体になり、さらにダンジョンへ入ってきた生き物や冒険者の魂まで取り込んでいるらしいことは、これまでの観察でだいぶ分かってきました。
220年生きているオリビアでも、この時間の長さと比べれば一瞬です。
「すごいもんだー」
昔見た動画の言い方をまねしながら、オリビアはまた歩き始めました。
少し先に箱がありました。
「箱」
通路の脇に置かれています。
ダンジョンの中にある箱です。普通の宝箱かもしれません。
「油断すると、かじられるやつもいるんだよね」
手を出す気にはなりません。
オリビアは第5層の入口でもらった細い杖を出しました。杖の見た目は、まっすぐに矯正して磨かれたツルのままです。
靱性を上げます。
硬さも上げます。
「いっぱい」
今使える範囲で、できるだけ大きな値にしました。
その杖で箱を、
バシッ。
と叩きました。
箱が開きました。
杖が入るだけの隙間を開け、そのまま逃げられないように強く噛みつきます。
硬く、靱性も大きくしてある杖には傷がつきません。
代わりに箱の歯が折れました。
「やっぱり、かじるやつだ」
杖を引くと普通に抜けます。
オリビアはもう1度、
バシッ。
と叩きました。
今度の箱は、さっきと同じ場所では噛みませんでした。少し横へずれ、まだ折れていない歯が当たる位置で杖を噛みます。
ポキッ。
また歯が折れました。
「あ、場所変えた」
最初に噛んで歯が折れたことを覚えているように見えます。
オリビアは3回目も、
バシッ。
と叩きました。
今度は開きません。
「開かない」
少し待つと、箱の下から手と足が出てきました。
「え?」
箱は立ち上がると、そのまま通路を歩き、途中からかなり速く走ってどこかへ行ってしまいました。
「逃げた」
床を見ると、折れた歯が4本落ちています。どれも幸い箱の外へ飛び出していました。
オリビアは4本とも拾って収納へ入れます。
「これはベラミラ先生に報告しなくては」
1回目に噛んで歯を折り、2回目には噛む位置を変え、3回目には噛むこと自体をやめて逃げました。
少なくとも、まったく同じ動作を繰り返すだけの魔物ではなさそうです。
オリビアは先へ進みました。
しばらくすると、壁の魂の光が妙に濃く見えるところがありました。
「ん?」
立ち止まって見直します。
フズリナの魂が多いわけではありません。
光の点が並ぶ間隔は、周囲と同じです。1つ1つの魂の明るさも、周囲と変わりません。
「ピッチは同じ」
地脈も見ます。
その場所だけ流れが太いわけでも、魔力が強いわけでもありません。周囲と変わりません。
「地脈も同じ……なのに、ここだけ明るい」
少し透明感のある大理石になっているので、表面だけでなく、その奥の光まで見えます。
オリビアは動かずに観察しました。
明るい部分は固定されていません。
大理石の奥で、濃い光が少しずつ広がっています。中心に集まっていたものが周囲へ拡散し、さらに奥へ動いていきます。
「……これ、誰か食べられたばっかり?」
普段の壁では、そこにいる魂の明るさはほとんど同じです。ダンジョンが侵入者を捕食したあと、その魂や魔力を全体へ均等に分けているのなら、今見えているのは、その分配が終わる前なのかもしれません。
「まさか、ミミ」
一瞬だけ思いました。
でも声は出しません。
チャトラたちが生きていて、罠や魔物をかわしながら動いている途中なら、呼び声で注意をそらす方が危険です。
3人が走っていった方へ追いかけることもしません。
何が起きたのか分からないまま動くより、今ここで見えているものを確かめます。
オリビアはそのまま明るい部分を見続けました。
光はやはり動いています。
「何か、食べたんだ」
周囲も見ます。
少し離れた床に剣が落ちていました。
防具もあります。鞄、衣類、靴、下着、革袋、硬貨の入った袋も残っています。
「人のものだ」
衣類はどう見ても男性用です。靴もチャトラたちのものよりずっと大きく、3人の誰かという可能性は消えました。
鞄の中には冒険者カードもあるかもしれません。
オリビアは開けませんでした。
剣も、防具も、衣類も、下着も、靴も、鞄も、硬貨袋も、見つけた状態のまま全部収納しました。
そこから少し戻ると、まだ近くにチャトラ、タマ、ミミの3人がいました。
「ちょっといい?」
「どうしたの?」
「この近くで、誰かダンジョンに食べられたみたい。男の人の持ち物が残ってた」
3人の顔が変わりました。
「何にやられたの?」
「分からない。魔物も見てない」
チャトラはタマとミミを見ました。
「どうする?」
「戻ろう」
タマがすぐに答えました。
「強いやつが近くにいるなら嫌だ」
ミミもうなずきます。
「私も戻る」
「じゃあ、戻ろう」
何にやられたのか分からないから、確かめに行くのではなく帰る。
3人が第5層を速く抜けられるのは、無理をしているからではありません。危険の種類が分からないときには、進まないという判断も早いようです。
4人は第5層へ戻り、昼に使った休憩所へ入りました。
「ここで1回見てもらっていい?」
オリビアは第6層で回収したものを、見つけたまとまりを崩さないように出しました。
「これ、誰のか分かる?」
チャトラたちは剣や防具を見ます。
「あ、この組み合わせの人、うちらのギルドにいたと思う」
「私も見たことある」
「でも、話したことない」
3人とも、顔と装備には見覚えがあるようです。
「名前は?」
「分かんない」
「私も」
「ミミも知らない」
「じゃあ、ギルドへ持って帰ろう」
オリビアは鞄を開けることもなく、全部をもう1度収納しました。
4人はそのまま地上へ戻りました。
探索区域の出口で、オリビアは入口の係の人へ事情を話します。
「第6層で、人がダンジョンに吸収されたみたいな場所があって、剣とか防具とか鞄とかが残っていました。同じギルドの人みたいなので、持って帰ろうと思うんですけど」
係の人は少しも驚かず、確認するように言いました。
「第5層から下で見つけたものですね」
「はい」
「でしたら、こちらは介入しません。持ち帰って構いませんよ」
「遺品でも?」
「観光層より下では、怪我は加入した保険の範囲で対応しますが、死亡については一切対応しない決まりです。残された物も、ダンジョン内で採取した物と同じ扱いになります」
「同じ扱い?」
「はい。発見して持ち帰った人のものです。こちらで所有者を探したり、保管したりはしません」
入口の係の人は続けました。
「冒険者同士で争いが起きても、観光層より下では施設側は対応しません」
「そこも?」
「法で裁こうとすれば、まず何が起きたのか調べなければなりません。でも調査する人を第5層より下へ入れること自体が危険です。身体や血痕もダンジョンに吸収されますし、武器もそのうちなくなります。証拠が残らないことが多いんです」
さらに、別の問題もあります。
「意識へ介入する魔物もいます。普段はおとなしい人でも、状態異常を受けたあとに何をするか分かりません。本人の意思で争ったのかどうかまで、あとから判断できない場合があります」
「なるほど」
「ですから、観光層より下はそういう場所だと思ってください」
入口の係の人には、回収したものを同じギルドへ持ち帰ることを伝え、それで話は終わりました。
外へ出ると、チャトラたちは町へ向かって走り始めようとします。
「その速さでは歩けないな」
オリビアは収納からGIANT TALONを出しました。
「タロン」
サドルへまたがり、チャトラ、タマ、ミミの3人の走る速さに合わせます。
こうして4人で丘上町へ戻りました。
冒険者ギルドへ入ると、オリビアは受付へ行きました。
「第6層で、これを見つけました」
収納から回収品を出します。
剣、防具、衣類、下着、靴、鞄、革袋、硬貨袋。
受付のお姉さんが、並んだものを見ました。
「どういう状況でした?」
「壁の魂の光が、そこだけ濃いところがあったんです。フズリナの間隔は周りと同じで、地脈も周りと変わりませんでした。でも全体的に明るくて」
「それで?」
「少し透明っぽい大理石だったので見ていたら、明るい光が奥へ広がっていきました。止まっている光じゃなくて、動いてました。ダンジョンが何か食べた直後なのかなと思って周りを探したら、これがありました」
「鞄は?」
「開けてません。何も開けずに、そのまま持ってきました」
受付のお姉さんは剣を見て、次に硬貨袋を見ました。
「剣も、お金も残ってたんですか?」
「はい」
「それなら、かなり直後ですね。数分くらいしかたっていなかったと思います」
「そんなに?」
「剣やお金まで残っていることは、まずありませんから」
ちょうどそのとき、ギルドにベラミラ先生がいました。
話を聞いてこちらへ来ます。
「何があった?」
受付のお姉さんが事情を簡単に説明すると、ベラミラ先生も一緒に奥のテーブルへ移ることになりました。
オリビア、チャトラ、タマ、ミミ、ベラミラ先生、受付のお姉さん。
6人です。
受付のお姉さんは、ここで初めて鞄を開けました。
中から冒険者カードが出てきます。
カードを確認し、ギルドの記録と照合しました。
「うちの所属です。C級冒険者ですね」
チャトラが言いました。
「やっぱり。見たことある人だった」
「でも話したことはないよ」
ベラミラ先生は、並べられた品より先にオリビアを見ました。
「オリビア、第6層に入ってから起こったこと、全部話して。関係なさそうなことも省かないで」
「全部?」
「全部」
オリビアは、第6層へ降りたところから話しました。
「最初は4人で入りました。でも、チャトラたちは罠を止まらずに抜けていくから、私が一緒だと邪魔になると思って別れました」
チャトラがうなずきます。
「帰りに第5層の休憩所で会おうって言って、うちらは先に行った」
「それから、第6層は第5層より洞窟っぽくて、鍾乳石と石筍が残ってました」
「そこは普通ね」
「でも、周りの石灰岩の魂は光ってるのに、鍾乳石と石筍は光ってませんでした」
ベラミラ先生が少し身を乗り出しました。
「同じ石灰質なのに?」
「はい。石灰岩が水に溶けて、別のところで炭酸カルシウムとして作り直されたものだからだと思います。元の生き物の殻そのものじゃないので」
「なるほど」
「壁の魂は、もう数えられないくらいありました。1、2、3、いっぱいです」
「いっぱいなの?」
「いっぱいです。何億年も前からいるみたいで、すごいもんだーって見てました」
ベラミラ先生は少し笑いました。
「それから?」
「箱がありました」
「宝箱?」
「かじるやつかもしれないと思ったので、杖の靱性と硬さをいっぱいにして、バシッて叩きました」
「叩いたの?」
「はい。そしたら開いて、杖を噛みました。歯が折れました」
「それで?」
「もう1回バシッて叩いたら、今度は少し横へずれて、まだ折れてない歯で噛みました」
「場所を変えた?」
「はい。それも折れました」
「その次は?」
「3回目にバシッて叩いたら、今度は開きませんでした。しばらくしたら手と足が出てきて、走って逃げました」
「……逃げた?」
「はい」
オリビアは収納から4本の歯を出しました。
「歯は4本、全部外に落ちてたので拾いました」
ベラミラ先生は歯とオリビアを交互に見ました。
「それで、その箱のあとに光の濃いところを見つけたの?」
「はい」
オリビアは、大理石の壁で見たことをもう1度説明しました。
「魂の間隔は周りと同じでした。数が多いわけじゃありません。地脈も周りと同じ。でも、その一帯だけ全体的に明るくて、少し透明な大理石の奥で、明るいものが広がってました」
「どんなふうに?」
「中心に濃かったのが、少しずつ周りへ広がって、奥へ動いていく感じです。だから、ダンジョンが何か食べて、まだ全体へ分けてる途中なのかなって」
「それで遺品を見つけた」
「はい。最初はミミかもって思ったけど、呼びませんでした。生きてて何かと戦ってたら邪魔になるし、そっちへも行かずに光を見てました」
ミミがオリビアを見ました。
「私かもって思ったんだ」
「ちょっとだけね。でも周りを見たら男の人の服と下着があって、靴も大きかったから、みんなじゃないって分かった」
「それで全部収納した?」
「うん。鞄も開けてない」
そこでベラミラ先生が、さっきの箱の歯をもう1度見ました。
「ああ」
「何?」
「オリビア、あなた、遺品の回収係を追い返しているわ」
「え?」
「逃げた彼。あの箱よ」
「回収係?」
「人がダンジョンに吸収されると、衣類みたいな有機物はゆっくり吸収される。でも剣やお金みたいに残るものは、あの箱型の魔物が回収していくの」
ベラミラ先生は、床に並んだ剣と硬貨袋を指しました。
「回収した価値のあるものは、地脈の魔力で傷や錆を直して、新品みたいにする。それから、今度はかみつかない普通の宝箱に入れて、冒険者に与えるの」
「リサイクルしてるんだ」
「そういうこと。だから普通は、剣やお金まで1式残ってることなんてないのよ」
ベラミラ先生は4本の歯を見て笑いました。
「いまごろ歯が痛いって泣いているわ。遺品から価値のあるものを回収するどころじゃなかったのね」
「私が追い返したから?」
「そう。魔力の濃いところでは、身体もまだ吸収されている途中だったはず。吸収が終わるころに回収係が残ったものを持っていく。それが先にあなたに会って、歯を4本折られて逃げたんじゃ、こうなるわね」
チャトラが箱の歯を見ます。
「じゃあ、あの人の剣とかお金が残ってたの、オリビアのせいでもあるの?」
「そういう意味ではね」
ベラミラ先生は続けました。
「でも、あの箱、下層から仲間を呼んでくるから面倒だよ。帰ってきてよかったね」
「仲間を?」
「そう。下から呼んでくるの」
チャトラ、タマ、ミミの3人が顔を見合わせました。
「戻ってよかった」
「うん」
「ほんとに」
何にやられた人なのか分からないから戻る、と決めたときには、箱型魔物が仲間を呼びに行っていることなど誰も知りませんでした。
それでも戻った判断は正しかったようです。
受付のお姉さんは、C級冒険者のカードと登録記録をもう1度確認しました。
オリビアは聞きます。
「それで、この人のものはどうしたらいいですか?」
「オリビアさんのものです」
「私の?」
「第5層から下では、残されたものはダンジョン内の採取品と同じ扱いです。回収した人の所有になります」
普通なら、衣類などの有機物は時間をかけてダンジョンへ吸収され、剣や硬貨など価値のあるものは箱型の回収係が持っていきます。
冒険者カードを含めて、これほどまとまった形で地上へ戻ってくること自体がほとんどありません。
「だから遺品がギルドへ持ち込まれることも、まずないんです」
「家族の人はいますか?」
受付のお姉さんは登録記録を確認しました。
「います」
「じゃあ、これ、家族に返したいです」
「できます。ただ、今はオリビアさんの所有物ですから、オリビアさんから譲る形になります」
「それでいいです」
オリビアは剣、防具、硬貨袋、衣類、靴、鞄を見ました。
「私が直接持っていくより、知ってる人から渡してもらった方がいいですよね」
「そうですね。しらかば亭の息子さんたちが、ご家族の知り合いです。オリビアさんが渡しにくければ、あちらから戻してもらうのがいいと思います」
「じゃあ、お願いします。全部返します」
冒険者カードはギルドで必要な確認と手続きに使うことになり、ほかのものは家族へ戻すことになりました。
ベラミラ先生は、そのやり取りを横で聞いていました。
少しして、オリビアに聞きます。
「オリビアって、なんで人の生き死に気にするんだ?」
「え?」
「ハイエルフだろ。オリビアの一生の間にみんな死ぬよ」




