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第26章 探索講習を受けます

14章を投稿漏れしていたので新規投稿しています。23章の番号ミスでエピソード番号と章番号にずれが起こっていた現象を修正しました。いまの時点で14章とこの章が新規に投稿した章です。



第26章 探索講習を受けます


 部屋でアメシストとトパーズの入った晶洞をしばらく眺めているうちに、しらかば亭の下から夕食の匂いが上がってきました。


 オリビアは2つに分けた岩を収納へ戻して、食堂へ降ります。


 今日の夕食は、丸くて厚い肉料理でした。


「ハンバーグだ」


 こちらの世界へ来てから、初めて見るハンバーグです。


 表面には焼き色がつき、横には温野菜とパンが添えられていました。


 材料は見ただけで分かります。オリビア自身が、熊の魔物肉を0.5mm角と1.0mm角に細かく分け、玉ねぎ、人参、ナツメグ、にんにく、胡椒、塩、卵、破砕したパンを混ぜて、ハンバーグ用の肉まで作ったからです。


「今日も熊の魔物ですよ」


 給仕に来た人が言いました。


「うん。分かる」


 町へ襲ってきた、体長6mほどの熊の魔物5頭です。


 1頭がおよそ2.5t級。食肉として使える部分をかなり少なく見積もっても、1頭から1,000kgほど取れます。5頭なら約5tです。


 大きい割に、肉の買い取り評価は低めでした。


 食肉としては廃用牛くらい。


 原因は味ではなく、筋肉の組織そのものの硬さでした。大きな剣で力いっぱい叩き切るようにしないと塊を分けにくく、焼いても煮ても硬さが残ります。筋切りをしようとすると、その作業だけでも大変です。


 肉だけの値段で考えると、1,000kgで10フローリンほど、だいたい90,000円です。100kgなら1フローリンで約9,000円、10kgなら0.1フローリンで約900円、1kgなら0.01フローリンで約90円、100gなら0.001フローリンで約9円です。


「そりゃ安いよね」


 量は多いのに、普通の肉屋や食堂では加工に手間がかかりすぎます。


 そこでオリビアが、解体された肉の加工を手伝いました。


 薄切りにする分は、空間を細く指定して連続して分離しました。包丁や大きな剣で何度も叩くより、厚みをそろえて一度に作れます。


 挽き肉にする分は、さらに細かくしました。


 0.5mm角と1.0mm角。


 2種類の大きさに分けてから、同じ場所へ戻さず、位置をばらばらにして混ぜます。


 ここまで細かくする理由は、食べやすさのほかにもあります。


 もし、身体を切られても非常に速く再生する魔物がいたら、細かく分けるだけでは、断片がまた集まって戻る可能性があります。


 細胞性粘菌のように、ばらばらになったものが動いて集まり、もう一度まとまる生き物をオリビアは知っています。


 なら、切った場所の近くへ同じ組織を残さない。


 0.5mm角と1.0mm角を混ぜ、さらに位置をランダムに変える。


 それでも戻るなら、敵自身ではない物質を間へ混ぜればいい。


 ハンバーグを作るときには、収納から玉ねぎ、人参、ナツメグ、にんにく、胡椒を出しました。塩も入れます。卵と、硬いパンを細かく破砕したパン粉もつなぎに使いました。


 肉の断片だけが近くに集まらず、植物の組織や香辛料、塩、卵、パンまで入り込みます。塩なら周囲の浸透圧も変わります。将来、再生の速い魔物に同じ考え方を使うなら、ミントや唐辛子のような別の物質を混ぜる方法もあります。


 大量の熊の魔物肉は、その操作を何度も練習するにはちょうどよい材料でした。


 食べ物を作っているので無駄にもなりません。


 最初は時間がかかった処理も、何度も繰り返すうちに速くなりました。


 細断して、位置を変えて、ランダムに混ぜる。


 食肉加工をしているうちに、将来使うかもしれない魔法の練習にもなっています。


「いただきます」


 オリビアはハンバーグを切りました。


 フォークで押すと簡単に分かれます。


「柔らかい」


 口へ入れると、にんにくと胡椒、それにナツメグの香りがします。玉ねぎと人参も細かく混ざっていて、熊の魔物肉そのものの味はしっかり残っています。


「おいしい」


 大きな剣で叩き切るほど硬かった肉とは思えません。


 これなら子どもでも食べられます。


 熊の魔物肉は、しらかば亭から町中の肉屋や食堂へ広がっています。


 薄切り肉も、挽き肉も町の肉屋や食堂へ回っています。さらに、オリビアが作った配合を使ったハンバーグも大量に作られました。今はどの食堂へ行っても、お任せ系の料理には同じ熊の魔物肉のハンバーグが出てきます。塩加減、香草、にんにく、ソースの作り方は店ごとに違うので、同じハンバーグでも味はかなり変わります。


 この町は、食事を安く出し、一緒に飲む酒で利益を出す店が多いようです。酒そのものも安いのですが、食事をしながら何杯も飲む客が多ければ商売になります。


 加工済みの熊の魔物肉を廃用牛くらいの値段で仕入れられるなら、店にとっても使いやすい食材です。


 5頭分もあるので、しばらく町から熊の魔物肉が消える心配もなさそうです。


 夕食を食べ終えるころには、外はすっかり暗くなっていました。


「講習に行ってきます」


 しらかば亭を出て、夜のギルドへ向かいます。


 昼間とは違って、依頼を受けに来る人は少なくなっています。それでも酒場の方からは話し声が聞こえていました。


 受付で今晩の探索講習に来たことを伝えると、奥の部屋を案内されます。


 扉を開けたところで、知っている3人がいました。


「あ、オリビア」


 タマが最初に気づきました。


「チャトラ、ミミ。オリビアいるよ」


「みんなも今日なんだ」


「同期なんだから、同じ日になるよ」


 チャトラが笑いました。


 オリビアと3人は、ほとんど同じ時期に冒険者として登録しています。週に1回しかない探索講習なら、受ける日が重なる方が自然です。


 タマが席を少し詰めて、オリビアを呼びました。


「あのハンバーグって美味しいよね」


「うん。今日、しらかば亭で食べてきた」


「あのお肉捕まえたの、オリビアでしょう?」


「捕まえたというか、倒したのは私だよ」


「あれだけ大きくて5/100だから、すごいよね」


 店によって多少違いますが、大きな熊の魔物肉のハンバーグが5/100フローリン、だいたい450円くらいで食べられます。


「肉が安いからね。1kgでも0.01フローリン、だいたい90円くらいだよ」


「安い」


 ミミがすぐに反応しました。


「また熊の魔物、来ないかな」


 タマが言うと、チャトラとミミも少し考えてからうなずきました。


「またハンバーグ食べられるし」


「薄切りもおいしかった」


「3人とも不届き者だよ。町、壊されたんだから」


 オリビアが言うと、3人とも笑いました。


 熊の魔物が5頭で町へ向かってきたときには、荷車や樽も壊され、町の防御に人が出る騒ぎになりました。


 それでも今は、町のあちこちで夕食になっています。


 やがて講師が入ってきました。


 今晩の講習は探索区域へ入るためのものです。


 観光階層の先へ行くには探索用入場許可証が必要で、パーティーで入るなら全員が許可証を持っていなければなりません。1人でも未受講者が混じっていれば、そのパーティーは探索区域へ入れません。


「今日は、罠、魔物、ダンジョンそのものの特徴、暗い場所での判別、パーティーが危険になったときの決まり、それからトレインについて確認します」


 講師が最初に説明しました。


 講習は座学だけで、難しい魔法を使わせたり、実際のダンジョンで戦わせたりはしません。


 ただし、知らないと仲間ごと危険にする内容なので、最後に確認のテストがあります。


 最初は罠です。


 床の色がわずかに違う場所、壁に不自然な穴が並ぶ場所、天井の一部だけ新しく見える場所、箱の前だけ床がきれいな場所など、いくつもの図が出されます。


「罠そのものを解除できなくても構いません。見つけた人が勝手に触らず、全員へ知らせることが大事です」


 山上村ダンジョンで見た矢の罠を思い出します。


 剣先で床を押した瞬間、壁から石の矢が飛び出しました。


 透明な方解石板で塞がれた縦穴もあります。


 観光階層では薄い擬装層を剥がして展示してありましたが、本来は周囲の床と同じ見た目になります。


 次は魔物でした。


 絵だけで終わりません。


 部屋の奥から、剥製が次々に運び込まれます。


「実物の大きさを覚えてください。図で見た大きさを勝手に想像すると、初めて会ったときに距離を間違えます」


 牙の長いもの、平たいもの、天井に張り付くもの、脚の多いもの。


 小さな標本でも、形だけで近づきたくないものがあります。


 その中に、胴体だけで50cmほどあるクモ型の魔物がありました。


 頭胸部と腹部があり、脚は8本。


 目も8個あります。


 日本にいたころなら、この大きさのクモを目の前へ出された時点で、オリビアは泣いていたと思います。


 写真でも嫌だったものが、実物大で50cmです。


 ところが今は、逃げたいとも、見たくないとも感じません。


 脚の付き方を見て、頭胸部と腹部の境を見て、目の位置まで普通に数えています。


「8個……脚も8本」


 8と8で、88です。


 そこまで考えたところで、昔の記憶がつながりました。


「韓国人なら、きっと縁起がいいって喜ぶな。88だし」


 1988年のソウルオリンピックで、88という数字がずいぶん前面に出ていたことまで思い出します。


「パルパル」


 頭の中でそんなことを言ってみます。


 50cmのクモ型魔物を目の前にして考えることではない気もします。


 でも、考えられています。


 オリビアはそこで、自分の反応の違いに気づきました。


 知識は変わっていません。


 日本で18歳まで生きてきた記憶も、そのとき何を怖いと思っていたのかも残っています。


 クモが苦手だったことも覚えています。


 それでも、今の身体は同じ反応をしていません。


「……そういうことか」


 神様に何になりたいか聞かれたとき、オリビアは自分でピュアエルフを選びました。


 長い耳、長い寿命、魔法の使いやすさに加えて、生物としての反応まで変わっていました。


 自分という生き物そのものをピュアエルフにする、と選んだのです。


 何を危険として感じるか、何を見たときに身体が先に縮こまるか。理屈より前に出る生物的な恐れの部分まで、人間だったころとは違っています。


 人格と18歳までの記憶は、そのまま自分のものとして続いています。


 だからこそ、前の自分との違いが分かります。


「私、ちゃんと生き物としてエルフになってるんだ」


 小さな声で言いました。


「何か言った?」


 隣のタマが聞きます。


「ううん。クモ見ても平気になったなと思って」


「これ、小さい方だよ」


 講師がちょうど説明を続けました。


「親は、この個体の10倍から20倍くらいになります」


 教室の何人かが一斉に剥製を見ました。


「5mから10m……」


 オリビアも計算します。


 胴体だけでそのくらいになるなら、脚を広げた大きさはさらにあります。


「大きいなあ」


 それでも、泣きたくはなりませんでした。


 魔物の説明が一通り終わると、講師が窓の覆いを閉じました。


「ここから暗い場所での確認をします」


 部屋の灯りが少しずつ減ります。


 薄暗い状態、カンテラ1個だけの状態、ほとんど何も見えない状態と、何段階かに分けて同じ剥製を見ます。


「暗い場所が見えにくい人は、照明やカンテラを使って構いません。ただし、戦っている途中で消えることがあります」


 講師がカンテラを1つ消しました。


 部屋の一角が急に暗くなります。


「落とすこともあります。割れることもあります。魔物に壊されることもあります。自分がどのくらいの暗さまで見えるのか、照明が1つ消えたら何が分からなくなるのかを知っておいてください」


 予備の照明を持つこと、1人のカンテラだけにパーティー全員が頼らないことも説明されました。


 オリビアは暗くなった部屋を見ます。


 ピュアエルフの目だけでも、人間だったころより暗所で形を拾いやすくなっています。


 それとは別に、せっかくなので、前から考えていた赤外線を見る魔法も試してみることにしました。


 角膜の外側ぎりぎりに、非常に薄い魔法の層を置きます。


 眼球の中へ入ってから変換すると、水晶体や硝子体が赤外線を通すかどうかまで考えなくてはいけません。外から来た電磁波を角膜へ入る前に可視光へ変えてしまえば、その先は普通の眼として扱えます。


 まず、波長8µm以上の長波長赤外線を選びます。


 周波数を20逓倍する。


 8µmなら400nm、10µmなら500nm、12µmなら600nm、14µmなら700nmになります。


 人や大型動物の体温で強く出る8~14µm付近を、そのまま可視域へ移せます。


 逓倍にはエネルギーが必要です。


 1個の光子を20倍の周波数へ上げるなら、足りない分は魔力から供給します。


 変換する層では光の向きを変えません。


 屈折もさせず、入ってきた方向のまま周波数だけを変えます。変換後の可視光が通常の角膜へ入り、そこで初めて普通に屈折して網膜へ像を作ります。


 眼球側から外へ向かう熱や、そのほかの物理エネルギーは変換層へ入れないようにしました。


 自分の目が出している熱を、自分で20逓倍して見ることを避けるためです。


 さらに帯域通過フィルター(BPF)の機能を加えます。


 逓倍の結果が紫外線側へ入るものは眼球側へ通しません。安全な可視域だけを使います。


 8µmより短い赤外線については20逓倍すると周波数が高くなりすぎるので、必要な帯域だけ低い逓倍率を使います。


 最後に、赤外線を外へ照射する光魔法も組み合わせました。


 生きている人や温かい魔物なら、自分自身が出す熱で見えます。


 室温とほとんど同じ剥製や壁は、熱だけでは差が小さくなります。そこへ赤外線を当て、反射して戻ってきたものを角膜外側で可視光へ変換すれば、真っ暗でも形を確認できます。


「見える」


 講習用の剥製が、暗い部屋の中でも分かります。


 近くにいる人たちは、剥製よりずっと目立ちます。


 人間だけでも安静時に相当量の熱を出しています。眼へ入るのは外界へ放射された熱のごく一部ですが、それを可視域へ変換すれば、暗闇では十分な情報になります。


 講師が別の魔物の剥製を示します。


「暗い状態でも、特徴が分かるところを見てください。目だけ光る種類、輪郭が消えやすい種類、天井にいると床から見落としやすい種類があります」


 オリビアは、赤外線を見る魔法を入れたり切ったりしながら確認しました。


 普通に暗所を見る場合と、熱を見る場合と、赤外線を照射して反射を見る場合では、得られる情報が違います。


 講習の目的は、照明が消えたときに自分が何を見失うかを知ることです。オリビアも3つの見え方を切り替えながら、その違いを確認しました。


 そのあと、ダンジョン自体の特徴について説明が続きました。


 自然の洞窟と同じ形をしているとは限らないこと、以前通れた場所が変化していることがあること、罠や箱が再生する場所があること、奥へ行くほど帰還者から得られる情報が少なくなること。


 山上村ダンジョンで、入口から入った1階層がいったん上ってから下っていたことを思い出します。


 自然洞窟なら入口から水の流れる方向へ緩く下がる方が普通です。あの上りは、外からの水がそのまま流れ込まないようにダンジョン側が作った構造に見えました。


 最後は、パーティー行動とトレインです。


「誰かが負傷したとき、戦利品を拾うために撤退を遅らせないでください。人数を確認して、負傷者を動かす人、後ろを警戒する人を決めます」


 全員が勝手に走り出すと、さらに人数が減ります。


 奥へ助けに戻る場合も、誰が戻るのかを他の人へ伝えます。


「では、最後に確認します」


 簡単な筆記問題のあと、講師が受講者へ順番に質問しました。


 罠の特徴を1つ挙げる。


 剥製を見て危険な部位を答える。


 照明を消した状態で、見えている魔物の特徴を答える。


 ダンジョンの壁や床が変化していたときにどうするかを答える。


 どれも、講習中に説明されたことを聞いていれば答えられます。


 講師がオリビアを見ました。


「では、トレインして逃げてくるパーティーと遭遇したら、どうしますか?」


 オリビアは少し考えました。


「逃げている人を先に通します」


「はい」


「最後の人が私のところを通過した瞬間に、通路いっぱいに魔法の被膜を出します」


「被膜?」


「そこを通った魔物が細かく分かれて、断片の位置もランダムに混ざるようにします」


 講師の手が止まりました。


 チャトラが横からオリビアを見ます。


「それ、熊の魔物で練習してたやつ?」


「そう。0.5mmと1.0mmでやってたやつ」


「ハンバーグ作ってただけじゃなかったんだ」


「ハンバーグも作ってたよ」


 講師が少し困った顔をしました。


「逃げている最後の人が通過したことを確認してから、ですよね?」


「はい。人が残っている間は出しません」


「それなら、退路を塞がないという点は合っています」


「食べられる魔物だったら、ミンチにはしません」


「え?」


「頸部だけ分離します。身体を細かくしたら、お肉がもったいないので」


 今度はタマが大きくうなずきました。


「それ大事」


「さっき熊また来ないかなって言ってたもんね」


 オリビアが言うと、タマは笑いました。


 講師は少し間を置いてから、次にミミを指しました。


「では、自分たちがトレインを引いてしまった場合は?」


「相手の検知能力の距離より離れます」


 ミミはすぐに答えました。


「うん、そうそう」


「それが一番」


 チャトラとタマも続けます。


 講師もうなずきました。


「まず追跡を切れるなら、それが一番です。魔物によって、視覚、臭い、音、魔力など、何を使って追ってくるかが違います。特徴を知っていれば、どこまで離れればいいか、何を遮ればいいか判断できます」


 逃げ続けて別のパーティーへ押しつける前に、自分たちで追跡を切る。


 講習の前半で魔物ごとの特徴を覚えたことが、そのままここへつながっています。


 全員の確認が終わりました。


「今日の受講者は全員合格です」


 部屋の空気が少し緩みます。


 この講習は、探索区域へ入る前に最低限知っておくことを全員が同じように確認するために行われています。


 受付で、受講者それぞれに探索用入場許可証が発行されました。


 オリビアも自分の許可証を受け取ります。


「これで探索区域へ入れます」


「パーティーなら全員分、ですよね」


「そうです。1人でも持っていない人がいたら、そのパーティーは入れません」


「分かりました」


 チャトラ、ミミ、タマも、それぞれ許可証を受け取っています。


 山上村ダンジョンでは、4階層までは観光客として歩きました。


 その先へ行くための条件が、これで1つそろいました。


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