第24章 山上村ダンジョンを見学します
第24章 山上村ダンジョンを見学します
ギルドの解体室には、さっき仕留めた熊型の魔物が5匹、5台の解体テーブルを埋めています。
「まだ昼過ぎですよ」
ベラミラ先生にそう言われて、オリビアは時計を見ました。
本当に、まだ午後がかなり残っています。
今日は朝から洗浄魔法を作り、飛翔魔法を作り、タロンの有効質量と重力方向まで変えて走らせました。そのあと魔法の先生と話していたら、町の門から200mほどのところまで熊型の魔物が5匹来ました。
それでも、まだ昼過ぎです。
オリビアはギルドを出ると、いったんしらかば亭へ戻りました。
部屋へ入って収納から出したのは、こちらへ来た最初の日にも開いた地学の参考書です。
森の中で自分の傷を治した直後、元は受験用だったこの本を読んでいて、「ダンジョンの形成と地下構造」という見出しを見つけました。あのときは宿を探す方が先だったので、途中で閉じています。
「今度はちゃんと読もう」
机へ本を置きました。
最初に読み直したのは、地下を流れる魔力の脈動と地質との関係です。そこからダンジョンの章へ進みます。
ダンジョンができる岩石は、石灰岩とチャート。
条件は、生物の殻や骨格などが大量に堆積してできた岩石であることです。溶液が飽和して化学的に沈殿した石灰岩やチャートは対象外で、玄武岩の溶岩チューブもダンジョンにはならない、と書いてあります。
「成分じゃないんだ」
石灰岩なら炭酸カルシウム、チャートなら二酸化ケイ素が主体です。化学成分はまるで違います。
共通しているのは、無数の生き物の死骸からできた岩石であることでした。
その岩体へ地脈から魔力が流れ込むと、長い時間をかけて岩の中に残っていた大量の魂がまとまり、周囲の魔物を呼び寄せ始める。
さらに、ダンジョンへ迷い込んで死んだ動物や、探索中に死亡した人の魂も吸収されます。魂が先に取り込まれ、そのあと遺骸まで吸収されます。
ただし、身につけていた衣類や装備品は別でした。
武器、防具、衣類、道具などは魔力で修復され、箱へ入れられて再び内部へ置かれます。
「宝箱って、遺品なんだ」
オリビアは少し嫌な顔をしました。
箱の配置は、ダンジョン主ができる前はかなりランダムです。
長い時間がたち、吸収された魂が十分に増えると、最深部でダンジョン主が作られることがあります。人の魂を使い、吸収した死体などを材料として身体を再構成し、そこへ魂を入れる。そのため見た目は人になることが多いそうです。
ダンジョン主ができると、ダンジョン全体が知能を持つようになります。
それまでは偶然に近かった箱の位置が、人を奥へ誘い込むように変わります。通路や罠も、獲物の行動を読んだものになっていきます。
参考書には、ダンジョンを「生物としては死んでいるが、極めて大きな魂の細胞群体のように生きている」と説明した図まで載っていました。
食虫植物の捕虫器が、長い進化の中で獲物を誘い込む形になったのと似ています。
「人の魂を使って悪魔を呼ぶ話と、仕組みが似てるなあ」
人が意図的に魂を集めるか、地質学的な時間の中で生物の死骸と地脈の魔力が集まるかの違いはあります。
ただ、魂と魔力が集まり、それが別の存在を呼ぶというところはよく似ています。
ページの欄外には、「身近なダンジョン」という小さな囲み記事がありました。
そこには小さな統計表もあり、観光可能なダンジョンや未制覇ダンジョンについて、5年ごとの利用者数、観光区域より深いところへ入った挑戦者数、帰還者数が載っています。
観光階層だけを利用した人は数万組規模で、帰還率は100%。
その先へ進んだ挑戦者については、ダンジョンごとに数字が大きく違いました。帰還率80%、40%、2%。別の未制覇ダンジョンには0%という欄もあります。
「0%?」
オリビアは分母を確認しました。
観光階層までの利用者は数万組規模で、その一部が深部へ挑戦しています。深部挑戦者も3桁に達するダンジョンがあり、帰還率0%には十分な母数があります。
戻らなかった人が何階層まで進んだのかは分かりません。深部では、なぜか通信手段が一切通じなくなります。外から分かるのは、観光区域を越えて入ったことと、帰ってきたかどうかだけです。
帰還者が持ち帰った記録から少しずつ地図は伸びていますが、戻らなかった人がその先で何を見たかは記録に残りません。
地層の厚みから100階層前後あると推定されているのに、入口近くしか分かっていないダンジョンもあります。
「横から掘れば……って、できないのか」
そのすぐ下に、古い失敗例が載っていました。
危険なダンジョンを破壊しようとして、内部に人が残っていないことを確認したうえで大量の酸を流し込んだ例です。
ダンジョンそのものには大きな損傷を与えました。
その代わり、発生したガスと流れ出した水溶液が周囲へ大量の魔力を運び、地域全体に魔力汚染を起こしました。
写真が2枚あります。
1枚は、現在も動いている大きな汚水処理プラント。
もう1枚は、植生が失われたままのはげ山です。
事故から100年ほどたった現在も処理が続いていて、欄外には処理施設の建設費と年間の維持費まで書かれていました。
「100年たっても、今でもお金かかっているんだね」
だから未制覇でも、外から掘り返したり、薬品を流し込んだりして破壊することはできません。
危険なものを、危険なまま管理して付き合っています。
オリビアは、神様にこの世界向けへ変換された帝国書院の地図を開きました。
近くのダンジョンを探すと、思ったより近いところに未制覇のものがあります。帝国書院の地図なので、地名は最初から日本語です。そこには「山上村ダンジョン」と書かれていました。
「山上村……」
今住んでいる町は「丘上町」です。
丘上町の近くに、山上村ダンジョン。
「何たらヶ丘みたい。デベロッパーがまとめて付けた名前じゃないよね」
地名の由来を調べると、2つは別々に付いた名前でした。丘上町は、へたれ国の時代からそのまま残っている古い地名で、山上村ダンジョンは、もっと後に発見者が名付けています。
「意味が似てるだけか」
調べ始めたら止まらなくなり、その日は夕食まで参考書と地図を読んでいました。
翌朝、オリビアはギルドへ行きました。
「山上村ダンジョンを見に行きたいんですけど」
受付のお姉さんはすぐに場所を教えてくれました。
「山上村の iへ行ってください。パンフレットと観光階層の地図がもらえます。チケットもそこで買えますよ」
「観光できるんですね」
「観光できるのは4階層までです。その先は未踏破区域です」
オリビアは弓も持っていこうかと思いましたが、観光階層では弓を使えません。弓は収納へ入れたままにして、ギルドで短めの剣を1本借りました。
全長は70cmくらいで、刃渡りは50cmほどです。
洞窟の中で刃渡り70cmの長剣を振り回すより、こちらの方がずっと扱いやすそうです。
ギルドを出てTALONを呼び出しました。
山上村までは約10kmです。
道を走って村へ着き、最初にインフォメーションセンターへ入りました。
山上村ダンジョンのパンフレットと観光階層の地図を受け取ります。こちらは現地で作られた地図です。普段は言語チートのおかげで「山上村ダンジョン」と自然に読めますが、試しに言語チートを外して文字を見ると、Dorf auf dem Berg と書かれていました。
「これが元の名前なんだ」
アクセス図には、住んでいる町も載っています。こちらは La ville sur la colline。言語チートを戻せば、いつもの「丘上町」です。意味は似ていますが、文字も言葉も別でした。
「60歳以上はシルバー料金です。5/100フローリンになります」
「はい」
受付の人はオリビアを見るなり、最初からシルバー料金で処理しました。見た目がエルフなら、60歳以上として扱うのが普通のようです。
さらにチケットを受け取ろうとすると、もう1つ、小さな入れ物を渡されました。
「100歳以上の方には、長寿のお祝いでチケット入れを差し上げています」
「これも?」
「はい。どうぞ」
首から提げられる記念品です。
オリビアはチケットを入れ、そのまま首へ提げました。
ダンジョン入口へ行くと、見学者は10人のグループになりました。
前には、いかにも体育会系という感じの観光ガイドさんがいます。その横には、いかにも学芸員さんという感じの女性が立っています。
オリビアの首には100歳以上の長寿記念品。
何人かがちらりと見ましたが、エルフなので誰も不思議そうな顔をしません。
入口で人数を確認し、観光階層の地図を持っていることも確認します。
全員に防御魔法がかけられました。
「防御魔法があるからといって、柵を越えたり、勝手に別の通路へ入ったりしないでくださいね。落とし穴へ飛び込んでも助けられません」
観光ガイドさんの声がよく通ります。
ダム見学と同じです。
決められたところを歩いている限りは観察できますが、自分から危険区域へ行けば普通に危険です。
山上村ダンジョンの入口は山の中腹にありました。
入ってすぐ、通路はいったん上ります。
「地下へ行くのに上るんですね」
誰かが言うと、学芸員さんが答えました。
「水没防止です。この先から下ります」
外から雨水が流れ込んでも、そのまま深部へ入らないようになっています。
自然にできた入口なら、山腹から内部へ緩やかに下っていく方が普通です。
オリビアは上りの先を見ました。
「管理人、やるな」
ダンジョン主ができると、こういうところまで変えるようです。
上り切ったところから、本格的に内部へ下り始めました。
壁を見ると、細かな光が無数にあります。
「あ」
近づいてみると、フズリナです。石灰岩の中に含まれているフズリナの魂が、細かくキラキラ光って見えます。
表面だけでこれです。
見えない岩盤の内部にも、同じものがびっしり入っています。
「すごいもんだー」
北関東の方言で話す交通系YouTuberの真似が、思わず口から出ました。
周囲全部が、気の遠くなるほど大量の魂に包まれています。
光が見えている人は限られていました。
「今、光って見えています?」
学芸員さんが聞きます。
「はい。フズリナがいっぱい」
「見える方ですね」
10人のうち、見えているのはオリビアと学芸員さん、それから見学者の2人だけでした。
2階層へ下り、しばらく歩いたところで、100mほど向こうに箱が現れました。
「あっ、箱!」
「本物だ!」
それまで普通に歩いていた見学者たちが急に騒ぎ始めました。
何人かは歩調まで速くなっています。
学芸員さんと観光ガイドさんは平気です。
オリビアも特に何も感じません。
「止まってください。箱の誘引が強く出ています」
学芸員さんの声で観光ガイドさんがすぐに動きました。
持っていたポーションを、反応の出た人へ順番に飲ませます。
学芸員さんたちは、仕事で入る前に誘引対策のポーションを飲んでいるそうです。一般見学者に強い誘引症状が出る例はまれなので、観光ガイドさんが非常用のポーションを人数分準備しています。
「オリビアさんは大丈夫ですね」
「はい。何ともないです」
ポーションを飲んだ人たちは、少しすると落ち着きました。
「こんなこと、よくあるんですか?」
「ここまでまとめて出るのは珍しいです。以前のエルフの団体は普通に見学を終えていますから、オリビアさんの種族が原因とは考えにくいですね」
学芸員さんも少し不思議そうです。
どうしても、このグループを食べたいらしい。
3階層へ下りました。
フズリナのキラキラは続いています。
それに加えて、サンゴ系の光が増え、海百合のものも見えるようになりました。
「あれ、海百合だけ色が違う」
「身体の成分が少し違いますからね」
学芸員さんも同じものを見ています。
同じ石灰岩の中に入っていても、元になった生物の違いが魂の見え方にも残っています。
少し進んだところで、観光ガイドさんが足を止めました。
「この先に罠がありますよ」
観光ガイドさんは自分の剣先で床の決まった場所を押しました。
壁から矢が飛び出しました。
見学者の誰もいない空間を横切り、反対側の壁へぶつかって砕けます。
「速い」
オリビアは破片へ近づき、学芸員さんに確認してから1つ拾いました。
白っぽい石ですが、結晶がきれいです。
「方解石。熱変成を受けてる」
「この辺の石灰岩が熱変成した大理石です」
矢の中には、魂の光がたくさん見えます。
魂だけでなく魔力もあります。しばらく観察してから床へ戻すと、破片は少しずつ消えていきました。
「これ、人に当たるとまずくないですか?」
「そうですね。近距離で重い矢ですから、よく刺さります」
観光ガイドさんは普通の調子で続けます。
「しかも、しばらくすると矢が消えます。刺さった矢を抜いたのと同じになりますから、出血が止まりにくいですね」
「嫌な罠だなあ」
その先で通路が2つに分かれました。
「右へ入ると、こうなります」
観光ガイドさんが小石を拾い、右の通路へ投げました。
上から、どさどさと何かが落ちてきます。
「スライム!」
巨大なゼリーみたいなものが、いくつも床へ落ちました。
色はさまざまですが、どれも半透明です。
「きれいですね」
「ここの個体は、汚染物質や濁りになるものをほとんど食べていませんからね」
オリビアは床を見ました。
スライムが通ったあとも、石灰岩の床は元のままです。
ここは石灰岩のダンジョンです。
「よくある話だと、酸で獲物を溶かすんだけど……表面に酸は出てないね」
学芸員さんへ聞きました。
「餌をあげてもいいですか?」
「少しなら大丈夫ですよ」
収納から黒スグリの実を1つ出して近くのスライムへ置きました。
黒スグリは取り込まれ、体内へ入るとかなり速く崩れて消えました。次に干し肉を与えると、これも取り込まれてすぐに消化されます。
「中では消化してる」
今度は借りた剣の刃を少し差し入れてみました。
しばらく待ってから抜きます。
見た目ではよく分かりません。
「鋼だと短時間では分かりにくいか」
銅貨も1枚入れてみました。
こちらは戻ってきたとき、薄汚れていた表面がきれいになっています。
「酸化銅の汚れは溶けた。内部は弱い酸性みたいですね」
表面を這っているだけのときには酸を出していません。
餌や異物を体内へ取り込んでから、内部で消化液が働くようです。
しばらくすると、スライムたちは光ったり煙になったりすることもなく、そのまま消えました。
床にも何も残りません。
「これ、酸で殺す罠じゃなくて窒息系かな」
上から大量に落ちて身体や顔を包み、動きを止めて呼吸できなくする。そのあと中へ取り込めば、内部で消化できます。
見学用に実演されると面白いですが、知らずに通路へ入って頭から降ってこられたら笑えません。
4階層へ下ります。
今度は天井が高く、洞窟の中に森があるような場所でした。
しかも、かなり密生しています。
「ジャングルだ」
太い茎や葉が通路の左右から伸びています。
これでは長剣を大きく振れません。
ギルドで借りた刃渡り50cmほどの剣なら、身体の近くで扱えます。
「この長さで正解だった」
観光ガイドさんが少し先にある大きな草を示しました。
「近づかないでくださいね」
オリビアは許可を取って、小石をその草へ投げました。
当たった瞬間、種の入ったさやがはじけました。
大きな球形の実が、ぱらぱらと飛び散ります。
大きいので遠くまでは飛びませんが、近くで当たれば危険です。
葉は3つ葉で、花はピンク色。
「オオカタバミです」
「大きすぎるカタバミだ」
「5階層より下には、よく似た種類でもっと危険なものがあるそうです。戻ってきた冒険者の記録では、種は少し小さくなりますが、さやの中にたくさん入っていて、球形のまま密度が高い。500m近く飛んだという記録があります」
「500m?」
「壁へ当たって跳ね返ります。その種が別のさやへ当たると、そこも破裂します」
肉をそぐものや、そのまま身体を貫通した例もあるそうです。
「連鎖するのか」
4階層のものを見て安全だと思い込み、その感覚で下へ行くと危険です。
さらに進むと、通路が暗くなりました。
「ここにも罠があります」
床の一角だけ、透明な板が見えるように展示されています。
正方形で、1辺は約1m。
下は暗くて底が見えません。
「本来は透明じゃないんですか?」
「板の上に周囲と同じ床模様の薄い岩石層が載ります。展示では、その層だけ剥がしてあります」
透明な板を覗くと、下の像が2重に見えます。
「方解石だ。複屈折してる」
厚さは約2cmで、この大きさなら大人が乗れば踏み抜きます。
「どこまで落ちるんですか?」
「分かっていません。重りを付けた紐を下ろしたことは何度もありますが、20mくらいで千切れます」
オリビアは透明な板をもう一度見ました。
「これ、少し外して見てもいいですか?」
「割ってもすぐ戻りますから、構いませんよ」
オリビアは板を砕きませんでした。
方解石板の位置と厚さを確認し、周囲との境界を指定します。
自分の魔力で、その部分の位置だけをごくわずかにずらしました。
板が周囲から離れます。
さらに有効質量を調整し、外から見た平均密度を空気とほぼ同じにしました。
大きな透明板が、ふわりと浮きます。
手元へ引き寄せました。
「1m四方で、厚さ2cmくらい」
結晶の方向もよく分かります。
板を外したところには、正方形の縦穴が口を開けています。
「少し静かにしてくださいね」
全員が黙ったところで、オリビアは開いた穴の上で手をパチンと叩きました。
音が下へ消えます。
しばらくして、はっきりした反射音が戻ってきました。
エルフの耳なら、周囲の小さな残響と下から戻ってきた音を分けて聞けます。
気温もほぼ一定です。
穴はまっすぐ下へ続いていて、曲がりによる反射の乱れも聞こえません。
「往復で650mくらい。深さは325mくらいですね」
「そんなにありますか」
学芸員さんが穴を覗きました。
「紐は20mくらい下ろすと、いつも千切れるんです」
「人が落ちたら、まず助からないですね」
「そうですね」
この罠は、壊れても1分もかからず元に戻るそうです。
その間に、床の方はもう再生を始めています。
話しているうちに、落とし穴は元どおりになりました。
透明な方解石板の上に、周囲と同じ床模様の薄い層まで載っています。
観光ガイドさんが慣れた手つきで、その薄い層を剥がしました。
「展示では、こうして透明にしておきます」
1度剥がせば、板が割れない限り透明なままです。
オリビアは手元の方解石板を見ました。
「これ、消えないですね」
さっきの大理石の矢は、壁へ当たって砕けたあと消えました。
普段、この落とし穴の方解石板も、踏み抜かれて砕ければ破片が消えるそうです。
ところが、今取り出した板は残っています。
「私も初めて見ました」
学芸員さんの目が変わりました。
「オリビアさん、もう1枚、研究用に取り出せますか?」
「やってみます」
同じように、再生された板の位置をずらしました。
2枚目も残ります。
「1枚、砕いてみてもいいですか?」
「お願いします」
魔法を解除して床へ置き、剣の柄でごつんと叩きました。
方解石はもろいので、簡単に割れました。
矢が壁へ当たって砕けたときと、見た目の条件はよく似ています。
それでも、破片は消えません。
オリビアは魔力も見ました。
「魔力がない」
魂反応も0です。
「ただの方解石ですね」
矢は熱変成を受けた大理石で、内部に大量の魂があり、魔力もありました。
透明板は、フズリナなどの殻部分を構成していた炭酸カルシウムを集め、再結晶させたものです。
それだけなら、普段割れた破片が消える理由は説明できません。
オリビアは、さっき自分が何をしたかを思い返しました。
「私、板を壊す前に、位置をずらしたんですよね」
周囲の魂の群体とつながったまま踏み抜けば、破片もダンジョンの一部です。
ところがオリビアは、ダンジョン側の魔力より強い魔力で位置をずらし、物理的に壊れるより先に周囲との接続を切りました。
その瞬間、方解石板はダンジョンとのつながりを失い、普通の鉱物になったらしい。
「だから割っても消えない」
2階層で箱の誘引が異常に強かった理由も、これで分かりました。ダンジョン側から見れば、自分の魔力を上回って構造物と魂の群体との接続まで切れるオリビアは危険な存在です。以前来たエルフの団体は普通に見学を終えています。今回ダンジョンが食べたがった相手は、エルフという種族より、危険な能力を持つオリビア自身だったようです。危険なものを遠ざけるより、捕食して自分の魂の群体へ加えようとしたらしい。
学芸員さんは砕けた破片を拾いました。
「これは研究したいですね」
結局、再生を待ちながら合計10枚を取り出しました。
1枚は実験で砕いています。
無傷のうち4枚は、オリビアがもらうことになりました。
5枚は研究用です。
砕いた1枚の破片にも魔力がなく、ダンジョンとのつながりが切れていることが確認できたので、一緒に入った見学者たちも記念に持って帰ってよいことになりました。
何度も再生を待ってもらったので、みんな少しうれしそうです。
オリビアは自分の4枚と研究用の5枚を収納へ入れました。
見学は4階層までです。
来た道を戻り、全員で地上へ出ました。
見学者が持っている方解石の破片は、入口を出ても消えません。
「本当に残りましたね」
学芸員さんは自分の手にある破片を見てから、オリビアの方を向きました。
「オリビアさん。このまま村のダンジョン博物館まで来ていただけますか」
「今から?」
「はい」
声は丁寧ですが、断る選択肢はあまりなさそうです。
ダンジョン見学へ来ただけだったはずなのに、オリビアはそのまま博物館へ連れていかれることになりました。




