第19章 狩りに連れていってもらいます
第19章 狩りに連れていってもらいます
翌朝、オリビアはいつもより早くしらかば亭の食堂へ降りた。
カメリアさんが少し驚いた顔をする。
「今日は早いね」
「狩りに連れていってもらうから」
「昨日帰ってきたばかりなのに、あの二人も元気だねえ」
朝食を食べているうちに、デンゼルとアルガーもやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「本当に起きてたな」
「起きますよ」
「エルフだから、昼くらいまで寝てるかと思った」
「今日は狩りだから」
朝食を終えると、三人で町を出た。
デンゼルとアルガーは普段使っている狩猟道具を持っている。オリビアも収納から弓と矢を出した。普通のアルミニウム製の矢に加えて、高圧CO₂を使う狩猟用の矢も入っている。
町から離れると、二人は森の見方を教えてくれた。
「足跡だけ見るな。枝が折れてるか、草がどっちへ倒れてるかも見る」
「風下から近づくと、先に匂いで気づかれることもある」
「鳥なら水場も見る。カモはあとで池へ行けばいると思う」
オリビアは聞きながら周囲を見る。
自分一人で鹿の魔物を探したときとは違う。
獲物を倒せるかどうかより、どこに何がいるかを先に読む。
その途中で、デンゼルがもう一度念を押した。
「熊がいたら離れるからな」
「はい」
「熊を狩りに来たんじゃないぞ」
「分かってます」
オリビアは返事をした。
ただし、少しだけ別のことを考えていた。
デンゼルとアルガーが前を見ている間に、足元の草へ小さく声をかける。
「ねえ。この近くに熊いる?」
「いるよ」
「どっち?」
「向こう。木が倒れてる方」
「ありがとう」
二人には聞こえていない。
オリビアは教えられた方向を確認する。
熊の場所が分かれば、避けることもできる。
今日は、そちらへ行く。
道を選ぶときに少しずつ進路を寄せた。二人には、オリビアが普通についてきているようにしか見えない。
しばらくして、前方の木立が途切れた。
正面に熊がいた。
熊もこちらを見る。
「熊だ!」
デンゼルの声が低くなる。
「下がるぞ」
アルガーもすぐに後ろへ重心を移した。
熊がこちらへ向いた。
オリビアは距離を見る。
約20m。
頭の中には、すでに式ができている。
近距離で刃物を持った相手に襲われたとき、どうすれば一度で動きを止められるか。上下に分けても、上半身に脳と腕が残れば、短い時間なら剣を振る可能性がある。だから身体を縦に左右へ分ける。
今回は人間ではなく熊だ。
獲物として肉や内臓を使うので、範囲は頭部から臍のあたりまでにする。下腹部まで切って、大腸や直腸を傷つける必要はない。
頭部は必ず入れる。
脳がそのままなら、倒れながらでも動く可能性が残る。
オリビアは頭の中で組んであった式へ魔力を流し、そのまま物理現象へつなげた。
身体の正中を境に、左右の空間を5mmだけずらす。
0.1秒。
すぐに元の位置へ戻す。
熊が止まった。
その場に崩れ落ちる。
森が急に静かになった。
デンゼルとアルガーは、しばらく熊とオリビアを交互に見ていた。
「……何したんだ?」
「真ん中からきれいに5mm切り離して、すぐ元に戻した」
「何を?」
「空間」
「空間?」
「うん」
オリビアは少し離れたまま、熊がもう動かないことを確認する。
「くっつかなかった」
「そりゃ、くっつかないだろ」
「もっと切れ目がきれいならくっつくかもって思ってたけど、これ以上きれいに切るのも難しいよね」
アルガーが熊を見る。
「これ、何のための魔法なんだ?」
「盗賊とかに近距離で襲われたとき用」
「盗賊?」
「剣を持って近くまで来られたら、水平に切っても上半身が残るでしょ。脳も腕も剣も残るから危ない。だから縦」
「それを熊で試したのか」
「人では試せないから。熊の方が強そうだし」
二人が黙る。
「……こわ」
「俺も今そう思った」
デンゼルが熊の腹側を見る。
「でも、下まではやってないんだな」
「熊は食べるから。大腸とか直腸まで切ると汚染しやすいでしょ」
「じゃあ人に使うときは?」
「内臓処理しないから、全部」
二人がもう一度黙った。
「……もっとこわ」
試験は終わった。
今度は狩猟した獲物として処理する。
デンゼルとアルガーに確認しながら、直腸側を結紮し、大腸を含む消化管の内容物が肉へ付かないように取り出す。価値のある内臓は汚染しないように分け、きれいな水で洗ってから収納へ入れた。
血抜きも行う。
肉として使う部分も状態を確認し、処理が済んだものから収納へ入れる。収納の中では時間を止めておけるので、町へ戻るまで傷む心配はない。
「収納まであると、熊一頭でも運べるんだな」
「重さは気にしなくていいから」
「便利すぎる」
処理を終えて少し移動したところで、オリビアはまた足元の草に気づいた。
「大きい角の子もいるよ」
「大きい角?」
「水牛」
オリビアは少し考えた。
鹿の魔物を狩ったとき、2頭目は約20mまで迫っていた。あのときは、この世界の魔物の頭蓋骨がどの程度硬いか分からなかったため、頭部を避けて首の下へ射った。
普通の大型動物なら、頭蓋骨はどの程度強いのだろう。
「水牛、見に行きたい」
デンゼルがすぐにこちらを見る。
「今度は何を試す気だ?」
「頭蓋骨の強さ」
「やっぱり何か試すんじゃないか」
「鹿の魔物の頭は硬さが分からなかったから、普通の水牛と比べたいの」
「弓で?」
「エルフだからね」
水牛を見つけたとき、距離は約200mあった。
オリビアは高圧CO₂を使う狩猟用の矢を一本出す。
矢の本体はアルミニウム製。先端の鏃に見える部分は、ごく小さな高圧CO₂ボンベになっている。
「二百メートルあるぞ」
「大丈夫」
弓を引く。
狙うのは頭部だ。
放つ。
矢は飛びながら、エルフ特有の風の誘導を受ける。
大きく外れることはない。
その瞬間、水牛がこちらを向いた。
「あっ、目が合っちゃった」
風に誘導された矢は、そのまま水牛へ向かう。
眼窩から入り、その奥へ達した。
高圧CO₂を使う狩猟矢だ。
水牛はその場で倒れ、動かなくなった。
「当たったな」
デンゼルが言う。
「失敗」
「なんでだ?」
「頭蓋骨を通ってない」
知りたかったのは、普通の水牛の頭蓋骨を矢が通せるかどうかだった。
眼窩から入ってしまえば、その比較にはならない。
「命中して失敗って初めて聞いたぞ」
「でも頭蓋骨の強度なら、解体したあとでも調べられるね」
「最初からそうしろよ」
「今気づいた」
水牛も無駄にはしない。
直腸などを結紮し、大腸を含む消化管を内容物が漏れないように取り出す。血抜きをして、利用しない胆嚢などは分けて廃棄する。肉や使う内臓は汚染しないように処理し、順番に収納へ入れた。
頭部は、あとで頭蓋骨の強度を調べられるよう別にして収納する。
「これで、もう水牛をもう一頭撃たなくていい」
「ぜひそうしてくれ」
熊と水牛の処理を終えたあと、三人は池の方へ向かった。
「今度こそ普通の狩りだぞ」
「カモだよね」
「そう。カモ」
池には何羽かいた。
オリビアは今度は高圧CO₂入りではない、普通のアルミニウム製の矢をつがえる。
最初のカモまでは約200m。
「それも遠いと思うぞ」
「射ってみる」
放つ。
矢は風の誘導を受けながら飛び、カモへ命中した。
水面へ落ちる。
「当たった」
続いて、さらに遠い一羽を見る。
「今度は三百メートルくらいあるぞ」
「うん」
次の矢をつがえる。
放つ。
こちらも風に誘導され、そのまま命中した。
また池へ落ちる。
「三百でも当たるのか」
「風が手伝ってくれるから」
「それ、弓が上手いだけじゃないだろ」
「エルフだからね」
問題は二羽とも池の中にいることだった。
「さて、どうやって取る?」
アルガーが言う。
オリビアが何か出そうとするより先に、水面の水草がゆらゆら動いた。
カモのそばへ寄り、少しずつ岸の方へ押してくる。
一羽。
もう一羽。
二羽とも、最後にはオリビアが手を伸ばせば届くところまで運ばれてきた。
「ありがとう」
オリビアは水草に礼を言い、二羽を受け取った。
デンゼルとアルガーが水草を見る。
「今、水草にありがとうって言ったか?」
「運んでくれたから」
「……そうか」
二人とも、今日はもう細かいことを気にしないことにしたらしい。
オリビアは池を見た。
「そうだ」
「今度は何だ」
「遊ぼう」
収納から大きなものを出す。
四人乗りのアヒルボートだった。
「なんだこれ」
「足でこいで進む船」
「アヒルなのは?」
「そういう形だから」
三人で乗る。
ペダルを踏むと、水の中で羽根車が回り、アヒルボートがゆっくり池へ出ていった。
さっきまで熊を避ける話をしていた森の中で、今は三人でアヒルボートをこいでいる。
「これ、楽しいな」
「だろ?」
「アルガー、そっちばっかり踏むな。曲がる」
「お前も踏め」
「私も踏んでるよ」
池を一周して、岸へ戻った。
オリビアはアヒルボートを収納へ戻さず、そのまま岸辺へ置いた。
「置いていくのか?」
「うん。午後からでも子どもたちと遊んでね」
「いいのか?」
「四人乗りだから、ちょうどいいでしょ」
デンゼルとアルガーがアヒルボートを見る。
それから二人とも笑った。
「じゃあ、午後また来るか」
「ダリアとアマリリス、喜ぶぞ」
オリビアも笑った。
朝から熊、水牛、カモと続いた狩りは、最後だけずいぶんのんびりしたものになった。
『オリビア』




