第17章 商隊を迎えに行きます
第17章 商隊を迎えに行きます
ミミとチャトラとタマと一緒に紅茶を飲み、ピロシキを食べ終わっても、まだ午前中だった。
オリビアは三人と別れてから、そのままギルドの依頼板を見た。今日はもうかまいたちを一匹狩っているが、収納には弁当も入っている。日帰りで戻れる範囲なら、もう一つくらい仕事を受けられそうだった。
受付のお姉さんが声をかけてきた。
「まだ何か行くの?」
「近いところなら。お昼ご飯も持ってるから」
「じゃあ、これ見てみる?」
出された依頼書には、護衛付きの商隊が戻ってこないと書かれていた。
「商隊?」
「荷車二台。馬も二頭。予定より二日遅れてるの。護衛の冒険者もついてるから、盗賊に襲われて全員いなくなった、みたいな可能性は低いと思うんだけどね」
「こういうの、よくあるんですか?」
「一番多いのは荷車の故障かな。車輪とか車軸とか。馬が脚を痛めて止まることもあるよ」
「どこまで行けばいいですか?」
「この道をずっと。商隊が使った経路は分かってるから、道沿いを探せばいい。原因だけ確認して帰ってきたら1フローリン。人を連れて帰れたら2フローリン」
「荷車と荷物は?」
「その2フローリンには入ってないよ。救助対象は人。荷車や積荷まで運ぶことになったら、それは代理輸送で別の扱い」
「分かりました。見つからなかったら、今日中に往復できるところで引き返します」
「それでいいよ。無理して夜まで探さないでね」
依頼を受け、オリビアは町の門へ向かった。
門番に挨拶して外へ出る。
「今日はどっちへ?」
「戻ってこない商隊を探してきます」
「また森か。気をつけてな」
「はい」
門からしばらくは歩いた。道を行く人がいなくなり、町の門からも見えないところまで離れてから立ち止まる。
「タロン」
収納からマウンテンバイクが現れた。
オリビアは乗って走り始める。
20 km/hくらいなら、長く走っても無理がない。荷物を積んだ馬車なら5 km/hくらいだろうから、およそ4倍の速さで道をたどれる。
町からしばらくは路面がよかった。東の大国が整備した街道は幅もあり、車輪の跡でひどく掘れているところも少ない。
ところが、さらに奥へ向かう道へ入ると様子が変わった。
「うわ、こっちはすごいな」
石が出ている。雨水に削られた溝もある。坂では細かな石が転がり、車輪が何度も通ったところだけ深くへこんでいた。
タロンなら、路面を選びながら進める。大きな石を避け、斜面では少し速度を落とし、走りやすくなればまた20 km/hくらいまで戻す。
それでも荷車にはきつそうだった。
「車軸が壊れるって、こういう道なら分かるかも」
さらに進む。
走り始めて約2時間。距離にすれば40 km前後まで来たところで、道の先に人影と荷車が見えた。
「あれかな」
速度を落とした。
荷車は二台。馬も二頭いる。
商人らしい男性と、そのそばに腰へ武器を下げた人間の男性が二人いた。依頼書にあった護衛の冒険者たちらしい。
相手もオリビアに気づいた。
「おい、こっちだ!」
護衛の一人が手を上げる。
オリビアは近くまで行ってタロンから降りた。
「冒険者ギルドから来ました。オリビアです」
「助かった。ほんとに来たか」
「皆さん、怪我してます?」
「人間は大丈夫だ。問題はこっちだ」
護衛の一人が馬の方を指した。
オリビアは二頭を見て、すぐに脚へ目がいった。
「両方とも?」
「ああ」
二頭とも左の後ろ脚がかなり腫れている。立ってはいるが、ほとんど体重をかけられていない。
オリビアは近づきすぎないようにしながら様子を見た。
「いつからですか?」
商人が答えた。
「一頭目は二日前です。ここを通っている途中で急に脚を痛めまして。荷を分けて何とか動かせないかと思っていたら、もう一頭まで同じようになりました」
「二頭とも左の後ろ脚ですね」
「そうなんです」
道を見る。
すぐ近くに、車輪の跡と石に隠れた深いへこみがいくつもあった。
「同じところに脚を入れたのかな」
護衛の一人も地面を見た。
「あり得るな。馬の脚くらいなら入る穴が、石の陰にいくつもある。踏んだ瞬間は俺も見えてなかった」
「一頭目が脚を痛めた時点では、もう一頭の馬で助けを呼びに行くこともできましたよね?」
護衛の一人がうなずいた。
「できた。俺たちは最初から二人いるからな。ただ、どっちか一人が馬で町へ戻れば、ここに残る護衛は一人になる」
もう一人の護衛が二台の荷車を見た。
「商人一人と荷車二台、それに積荷まで、一人で全部守ることになる。盗賊が絶対に来るとは言えないが、来ないとも言えない。それじゃ護衛を二人つけてる意味がない」
商人も苦笑した。
「それで荷を分けて、二人とも残ったまま何とか進めないか試していたんです。そうしたら、もう一頭まで脚を痛めまして」
「二頭とも動けなくなったあと、歩いて戻るのは?」
「40 km歩くこと自体はできる。でも一人が救援を呼びに行けば、結局ここに残る護衛は一人だ」
「だから、二人とも残って待ってた」
もう一人の護衛が言った。
「商人も荷車も積荷も、置いてはいけないからな」
「馬も置いていけないですしね」
オリビアが言うと、護衛の二人の表情が少し真面目になった。
「この骨折で歩けないなら、普通はかなり厳しい。連れて帰れなければ、ここで楽にしてやる話も出る。死んだ馬をそのまま置けば、今度は獣や魔物を寄せる餌になる」
「やっぱり、骨折なんですね」
「たぶんな。腫れ方が普通じゃない」
オリビアは二頭を順番に見た。
「私、回復魔法が使えます。馬も治せると思います」
商人がすぐにこちらを見た。
「治せるんですか?」
「やってみないと全部は分かりませんけど、骨折なら治療できます。ただ、勝手にはやれないので、治療しますか?」
「お願いします」
「料金は冒険者ギルドの協定料金になります。あとで金額を変えたとか言われると困るので、先に依頼を書いてもらっていいですか?」
「もちろんです」
オリビアはいつものノートを出した。
商人に一枚使ってもらい、
『馬二頭の骨折治療を依頼する。治療費は冒険者ギルド協定料金を支払う』
という内容を書いてもらう。日付と名前も入れてもらった。
護衛の二人も横から見ていた。
「ちゃんとしてるな」
「あとで揉めるの嫌なので」
「それは正しい」
オリビアはまず一頭目の左後肢を調べた。
皮膚は破れていない。
「よかった。皮膚は閉じてます」
商人が聞く。
「それだと違うんですか?」
「骨が皮膚を破って外へ出ていたら、土や泥が入って感染まで考えないといけません。これは閉じた骨折だから、その心配はかなり少ないです」
護衛の一人が馬の手綱を持った。
「俺は何をすればいい?」
「頭を押さえていてください。急に暴れないように。もう一人の方は身体の横を見ていてください。商人さんは反対側にいて、落ち着かせてあげてください」
「分かった」
オリビアは腫れた脚へ手を添えた。
中の状態を探る。
「骨の位置、ずれてる」
まず骨を元の位置へ戻す。
折れた部分が正しい位置関係へ戻ったところで、その状態を保つ。
次に、腫れの原因になっている炎症性の液体を取り除いていく。圧迫されていた組織が少しずつ元の形へ戻る。
「血管と神経もつなぎます」
切れたり押しつぶされたりしている細い血管を戻す。神経も連続する位置へつなぎ直す。
そのあと、傷んでいる筋肉を元の形へ戻した。
最後に全体へ回復魔法をかける。
淡い光が馬の左後肢を包んだ。
オリビアは少し目を細めた。
「青い」
「何が?」
護衛の一人が聞く。
「人を治すときは緑色だったんです。馬だと薄い青なんですね」
「そういうものなのか?」
「分かりません。生物の種類で色が違うのかな」
まだ一頭目なので、そうだと決める材料はない。
光が消える。
大きく腫れていた部分はかなり引いていた。
馬が左後肢を地面へつける。
少し体重をかける。
もう一度踏み直す。
商人が息を吐いた。
「立ってる……」
「歩かせるのはあとで少しだけ確認しましょう。もう一頭も治します」
二頭目も同じだった。
左後肢の骨折。皮膚は破れていない。
骨の位置を戻して固定し、炎症でたまった液体を除き、血管と神経をつなぎ、筋肉を戻す。
こちらも回復魔法の光は淡い青だった。
「二頭とも青だ」
オリビアが言うと、護衛の一人が笑った。
「じゃあ、馬は青なのかもな」
「今のところは、です」
二頭目も自分の脚で立った。
少し歩かせても、強くかばう様子はない。
商人は何度も二頭の脚を見た。
「これなら荷車を引けますか?」
オリビアが答える前に、商人自身が首を振った。
「いや、やめましょう。治ったばかりの脚で、またこの道を二台引かせるのは怖い」
護衛の二人もうなずく。
「俺もその方がいいと思う。ここでまた折れたら、今度こそ笑えない」
「私も、今日は歩かせるだけにした方がいいと思います」
オリビアは空を見た。
町を出てから2時間。治療にも時間がかかった。そろそろ昼を過ぎている。
「お昼ご飯食べてから、運ぶ方法を考えます」
「弁当持ってきたのか?」
「はい」
収納から弁当を出す。
商人と護衛の二人も、自分たちの残っている食料を出した。
四人で道端に座り、休みながら食べる。
護衛の一人がオリビアを見た。
「さっきの二輪のやつ、あれで町から来たのか?」
「はい。タロンっていいます」
「40 kmくらいあるぞ」
「20 km/hくらいで来たので、2時間くらいです」
「馬車の四倍か」
「だいたいそのくらいですね」
「そりゃ助けが来るのも早いわけだ」
少し食べてから、オリビアは聞いた。
「予定より二日遅れてるって聞きました。護衛の契約、大丈夫なんですか?」
護衛の一人が商人を見た。
「そこは俺も聞きたいところだな」
商人が困った顔をする。
「多少遅れることは見込んで契約していましたよ。でも、その余裕を使い切った上で二日延びています。追加分は払います」
「ならいい」
「よくないですよ。帰ったら馬の治療費もあるし、荷もまだ売れていません」
「俺たちの延長分をまけろって話なら聞かないぞ」
「言ってません」
商人と護衛の一人が少し笑った。
もう一人の護衛がオリビアへ向き直った。
「商売ってのは、荷が無事なら終わりってわけにもいかないらしい。二日遅れたら、その二日分だけ金が止まる」
「売ってから次の仕入れもあるんですよね」
「そういうことです」
商人が答えた。
「荷を失うより何百倍もましです。でも、帰った瞬間に全部現金になるわけでもありません」
オリビアは弁当を食べ終えた。
「じゃあ、荷車も持って帰らないといけないですね」
「できればそうしていただけると本当に助かります」
「ちょっと探してみます」
オリビアは、自分が呼び出せる交通手段の一覧を開いた。
必要なのは、荷車二台を引けるもの。
一覧をたどっていると、農業用車両のところに見覚えのある名前があった。
「New Holland T5」
前世で一度、乗せてもらったことがあるトラクターだった。
実際に自分で運転した経験はない。それでも、この能力で呼び出した交通手段には、その車両を扱うための操縦能力まで一緒についてくる。
「これなら引ける」
護衛の一人が聞いた。
「何かあるのか?」
「農業用の車です。荷車も引けます」
「車?」
「見た方が早いです」
オリビアは道路脇の広いところを選んだ。
「New Holland T5」
大きな青いトラクターが現れた。
商人と護衛の二人が黙った。
最初に口を開いたのは護衛の一人だった。
「……馬は?」
「いません」
「これだけで動くのか?」
「動きます」
オリビアは運転席へ上がった。
座席へ座ると、操作の仕方が自然に分かる。ブレーキ、前後進、変速、エンジンの始動。初めて自分で触る車両なのに、どこをどう扱えばいいか迷わない。
始動操作をする。
ディーゼルエンジンがかかった。
低い音と振動が車体全体から伝わる。
護衛の一人が一歩下がった。
「生き物じゃないのに音がするな」
「エンジンです」
「それで荷車二台?」
「つないでみます」
問題は接続だった。
荷車は馬に引かせるためのものなので、New Holland T5の牽引用金具へそのまま合う形にはなっていない。
オリビアは丈夫なワイヤーロープを出し、両端を大きな輪にした。
最初の荷車は、牽引力が車輪や細い部材へ集中しないよう、荷車の頑丈な主枠と引き棒へ左右から力が入る形でワイヤーロープを回し、それをトラクターの牽引用金具へつないだ。
オリビアが少し引いてみる。
ワイヤーロープが張る。
荷車がまっすぐついてくる。
「ここは大丈夫」
二台目は、一台目の薄い後板へ荷重をかけないよう、ワイヤーロープを一台目の左右の主枠へ回して後方へ出し、二台目の引き棒へつないだ。
護衛の二人も接続部を見ている。
一人が一台目の主枠を確かめ、もう一人が二台目との接続を見る。
「片側だけで引いたら、荷車が斜め向きそうだな」
「そうなんです。左右で受けるようにしておきます」
「俺が一台目を見る」
「じゃあ俺は二台目だ。外れそうならすぐ止める」
「お願いします」
治した二頭の馬は荷車から外した。
商人が二頭の手綱を取り、荷を引かない馬を並べて歩かせる。護衛の二人は、それぞれ一台ずつ荷車の接続と車輪を見る。
オリビアは運転席へ戻った。
「ゆっくり動かします」
前後進レバーを前進へ入れ、低い段を選ぶ。
エンジン回転を上げすぎない。
ゆっくり駆動をつなぐと、New Holland T5が前へ出た。
後ろで一台目の荷車が動き、そのさらに後ろから二台目も動き始める。
「動いた!」
商人の声が聞こえた。
オリビアはすぐに速度を上げなかった。
後ろを確認し、荷車がまっすぐついてきているのを見てから少しずつ進む。
荒れたところではさらに速度を落とす。大きな石のある場所は、前輪をできるだけ避けて通す。荷車の車輪が溝へ落ちそうなところでは止まり、護衛の二人にそれぞれ一台ずつ見てもらって進路を少しずらす。
「右、もう少し行ける!」
後ろから声が来る。
「これくらい?」
「そこでまっすぐ!」
「分かりました」
坂へ入る。
New Holland T5には十分な牽引力がある。それでも速く引けば、荷車の方が先に壊れる。
平らなところでも10 km/hを超えないくらいに抑え、荒れたところではさらに遅くした。
護衛の一人が一台目の横を歩きながら笑う。もう一人は二台目の車輪と接続を見ている。
「馬より力あるんじゃないか、これ」
「あります。でも荷車は普通の荷車だから、速くは走れません」
「そこまで分かってるなら安心した」
治った馬二頭は、荷を引かずに歩いてついてくる。
途中で何度か止まり、脚の状態も見た。腫れは戻っていない。歩き方にも大きな異常はない。
帰り道は、来るときのタロンよりずっと時間がかかった。
それでも二台の荷車と積荷、二頭の馬、商人一人と護衛二人を置き去りにせずに町へ戻れる。
夕方、町の門が見えてきた。
朝に話した門番が、こちらを見て固まった。
「……朝は一人だったよな?」
「はい」
「ずいぶん増えたな」
「商隊、見つかりました」
「それは見れば分かる」
門番はNew Holland T5を見上げた。
「その青いのは何だ?」
「荷車を引く車です」
「馬なしで?」
「はい」
後ろから護衛の一人が言った。
「俺たちもさっきから同じことを聞いてる」
門番が笑った。
「とにかく無事でよかった。二日遅れの商隊だろ。ギルドが待ってるぞ」
町へ入り、そのままギルドへ向かった。
荷車を置ける場所で止まり、オリビアはエンジンを止めた。
低いディーゼル音が消える。
ワイヤーロープを外し、二台の荷車を切り離す。
最後にNew Holland T5を収納へ戻した。
受付のお姉さんが外まで出てきた。
「おかえり。全部連れて帰ってきたの?」
「はい。人も荷車も馬も」
「依頼の方から聞くね。戻れなかった原因は?」
「馬二頭の骨折です。二頭とも左の後ろ脚でした」
護衛の一人が横から補足する。
「商人も俺たちも怪我なし。荷車も壊れてない。馬が二頭とも歩けなくなって、それで止まってた」
「なるほど。それなら救助依頼は完了。人を連れて帰ってきたから2フローリンね」
受付のお姉さんが記録する。
「荷車と積荷はその2フローリンには入らないから、そっちは別ね」
「代理輸送ですよね」
「そう。距離は約40 kmでいい?」
「そのくらいです」
「荷車二台。代理輸送は荷車一台につき10 kmで1フローリンだから、一台4フローリン。二台で8フローリン」
商人がうなずいた。
「それでお願いします」
「それから馬の治療」
オリビアはノートを出した。
「先に書いてもらってます」
受付のお姉さんが内容を読む。
「馬二頭の骨折治療。冒険者ギルド協定料金で支払い。はい、これで大丈夫」
商人が聞いた。
「いくらになりますか?」
「今回の骨折治療なら一頭20フローリン。二頭で40フローリンです」
商人は少しだけ黙った。
受付のお姉さんが続ける。
「代理輸送8フローリンと合わせて48フローリン。今ここでお支払いできます?」
「48フローリンなら払えます。ただ……」
商人は護衛の二人を見た。
「二日遅れて、護衛の延長分もあります。荷もまだ一つも売っていません。ここで48フローリンを全部現金で出すと、次の仕入れまでかなり厳しくなります」
護衛の一人が言う。
「俺たち二人の延長分は別だからな」
「分かっていますよ」
受付のお姉さんは変わらない調子で聞いた。
「では、商業ギルド扱いにします?」
「それができるならお願いします」
「分かりました。商業関係の債権は商業ギルドへ回します。分割にするか、いつまでに払うか、その先の支払い契約は商業ギルドと相談してください」
商人がほっとした顔をした。
「助かります」
オリビアが聞いた。
「私の分はどうなるんですか?」
「オリビアさんが自分で48フローリンを回収するなら、そのまま48。商人さんが今ここで払ってくれても48。その回収をこちらへ渡すなら、額面の8割でギルドが買い取るよ」
「じゃあ38.4フローリン?」
「そう。治療40フローリンの8割で32。代理輸送8フローリンの8割で6.4。合わせて38.4フローリン」
「それでお願いします」
「早いね」
「あとで40 km先とか別の町まで取りに行く方が大変です」
「正解」
受付のお姉さんが笑った。
「商人さんの48フローリンの債権は、こちらから商業ギルドへ回す。商業ギルドは額面の85%で引き取る契約になってるから、こちらは40.8フローリンで譲渡する。そのあと商人さんと商業ギルドで支払い条件を決めてもらうの」
「なるほど」
「冒険者ギルドが商人さんへ何か月払い、何年払いっていうローンを作り始めたら、本業じゃなくなるからね」
護衛の一人が笑った。
「そりゃそうだ。こっちは冒険者だけでも大変だろ」
オリビアはそこで思い出した。
「そういえば、チャトラたちの治療費も2割引かれて私に入りましたよね。あれも商業ギルドですか?」
「違うよ。あの三人は冒険者だから、こっちで回収する」
「一人100フローリンですよね。E級だと払うの大変じゃないですか?」
「大変だと思うよ。だから一度に全部取りません」
受付のお姉さんは、いつものやさしそうな顔で答えた。
「依頼報酬や買い取りの精算を見ながら、生活と仕事が続けられる分は残す。その上で、払えるところから少しずつ回収するの」
「途中で別の町へ行ったら?」
「記録は残るよ」
「別の支部でも?」
「もちろん」
護衛の一人が少し嫌そうな顔で受付のお姉さんを見た。
「この人の担当になった債権、逃げ切った冒険者を俺は知らない」
「そんな言い方しなくてもいいでしょう」
「でも本当だろ?」
受付のお姉さんは笑顔のまま、帳簿を閉じた。
「生きている限り、最後まで払ってもらいますよ。無理な月に無理な額を取ることはしません。でも、帳簿から消すこともしません」
オリビアは少し黙った。
「……回収率100%?」
「生きている人についてはね」
もう一人の護衛が肩をすくめる。
「だからギルドも潰れないんだよ」
「怖い人みたいに言わないでください」
「見た目は全然怖くないから余計に有名なんだ」
受付のお姉さんは、やさしそうな顔のままオリビアの冒険者カードを受け取った。
「はい。今日の精算ね。救助依頼が2フローリン。治療債権の買い取りが32フローリン。代理輸送債権の買い取りが6.4フローリン。全部で40.4フローリン」
「ありがとうございます」
カードへ金額が入る。
オリビアは40.4フローリンという表示を確認して、カードをしまった。
「原因を見に行くだけのつもりだったんだけどな」
受付のお姉さんが笑う。
「荷車二台と馬二頭まで連れて帰ってくるとは思ってなかったよ」
護衛の一人も言った。
「俺も、二輪の変な乗り物で来た女の子が、最後は馬なしの青い車で荷車二台引いて帰るとは思わなかった」
「私もです」
三人で少し笑った。
外では、治った二頭の馬が自分の脚で立っている。商人の荷物も二台の荷車も、丸ごと町まで戻ってきた。
そこで護衛の一人が受付のカウンターへ肘をついた。
「じゃあ、次は俺たちの延長分だな」
商人が顔を向ける。
「まだ精算がありますね……」
「二人とも二日分あるぞ」
「分かっていますよ」
受付のお姉さんが、また別の帳簿を開いた。
「護衛契約を見せてください。お二人分の延長分も今日のうちに計算しておきましょう」
「ほらな」
護衛の一人が笑う。
商人はため息をつきながら契約書を出した。
オリビアはそのやり取りを見て、今日の自分の精算が終わったことを確認すると、商人と護衛の二人へ手を振った。
「じゃあ、私は帰ります。またね」
「今日は本当に助かりました」
「ありがとな、オリビア」
「助かったよ」
「はい」
ギルドを出ると、夕方の町の空気の中で、二頭の馬が自分の脚でゆっくり歩いていた。




