第16章 かまいたちを狩ります
第16章 かまいたちを狩ります
朝ご飯を食べたあと、オリビアはギルドへ寄ってみた。
中にはミミとチャトラとタマがいた。三人ともこの前のかまいたちに耳や尻尾を切られたものの、傷はもう治っている。オリビアが近づくと、ちょうど三人でかまいたちの話をしていた。
「毒餌、どうだった?」
聞いてみると、三人の顔がそろって微妙になった。
「だめだった」
「置いたんだけど、いい匂いがするから気になって……」
「みんな、ちらちら見ちゃった」
オリビアは少し想像した。毒を入れた餌を置いて、その近くに三人がいる。その三人が何度も同じ餌の方を見る。
「それ、かまいたちから見ても怪しいよね」
「うん。それに、別の獣人が餌だと思って近づいてきた」
「危ないから止めた」
かまいたちが食べる前に、別の誰かが食べかねない。獣人なら匂いにも気づきやすい。三人が仕掛けを気にして見てしまうことまで含めると、毒餌は実用にならなかったらしい。
「じゃあ、かまいたちはどこに出たの?」
三人から場所を聞くと、オリビアは一人で行ってみることにした。
「一人で行くの?」
「うん。近づかないで、遠くから見てみるよ」
三人の耳と尻尾を切った相手である。近くまで寄ってから逃げようとしても遅いかもしれない。まず距離を取って観察するつもりだった。
かまいたちの姿は、神様にこちらの世界向けに改変された資料集の図版で見ている。図版で見たイタチ型の姿を覚えていたので、どんな魔物を探せばよいかは分かっていた。
教えてもらった場所まで行き、周囲を探していると、思ったより簡単に見つかった。
「いた。……図版で見たのより、ちょっと大きい」
小さなものを草の間から探すつもりでいたので、実物の大きさなら遠くからでも見つけやすかった。
オリビアはそれ以上近づかず、十分に逃げる余地を残して観察した。
気になっていたのは、ミミたちを傷つけたという風の刃だった。
空気の圧力差そのものが刃の形で飛んでくるのか。それとも、切断する魔法が飛んでいるのか。
オリビアには、普通の物理現象に魔法が介入しているように思えた。空気を高速で動かし、自然ならすぐに広がってしまう薄い流れを、魔法で形を保ったまま飛ばしているのかもしれない。
「試してみよう」
狩猟で暮らしていくことになるからと、神様から矢はたくさんもらっている。こちらの町で作った矢ではなく、教科書の世界の技術で作られた矢だった。使った分も補給してもらえるので、試すために数本使っても困らない。
最初は普通のアルミ製の矢にした。
遠くから弓を引いて、かまいたちへ向けて放つ。
矢がかまいたちから約40 mのところまで来たとき、かまいたちが反応した。判断そのものは、それより少し前に済ませていたのだろう。
風の魔法が発動する。
次の瞬間、矢が残り約30 mのところへ来たあたりで、何かとぶつかった。
矢が切れた。
切断された矢は姿勢を崩し、向きがばらばらになって落ちた。当然、かまいたちには届かなかった。
「40 mくらいで出して、30 mくらいで当たった……」
その間に矢が進んだのは約10 m。向こうから来た風の刃は約30 m進んだことになる。
「矢の3倍くらい。手元の矢の速度を基準にすれば、150 m/sくらいかな」
少なくとも、触れたものを無条件に消したり切ったりする現象には見えなかった。アルミの矢そのものが物理的に切断され、その結果として飛翔が乱れている。
オリビアは次の矢を取り出した。
今度は細身のタングステン製だった。密度が高いので、必要な質量を持たせてもずっと細くできる。正面から飛んでくる姿も、アルミの矢より見つけにくいはずだ。
「これならどうかな」
二本目を放った。
細い矢がかまいたちへ飛んでいく。
それでも、かまいたちは一度目とほとんど同じ、約40 mのところで風の魔法を出した。
「見えにくくしても同じくらいで反応するんだ」
何を使って飛来物を判断しているのかは、それだけでは分からない。
残り約30 m。
風の刃とタングステンの矢がぶつかった。
今度は切れなかった。
細い矢はそのまま進み、かまいたちに命中した。その勢いのまま後ろの木まで達し、かまいたちの体を木に固定した。
オリビアは弓を持ったまま、その場から動かなかった。
「……近づくのは、まだやめておこう」
かまいたちに動きは見えない。
周囲に生えている草へ聞いてみた。
「ねえ。あのかまいたち、息してる?」
「息してない」
それでもすぐには近寄らなかった。ミミとチャトラとタマの耳や尻尾を切った魔物だ。もしまだ動けたら危ない。
しばらく距離を取ったまま見ていたが、体はまったく動かず、新しい風の魔法も飛んでこなかった。
そこで初めて近づいた。
木に固定されていたかまいたちを外し、タングステンの矢を回収する。先に切られたアルミの矢も、比較できるように切断された部分を拾って持ち帰った。
実物を見比べれば違いははっきりしている。アルミの矢は切られ、細身のタングステン矢は切られなかった。
「硬いものまで何でも切れる風じゃないんだ」
少なくとも、内骨格動物の肉や皮膚、耳や尻尾のような部分を傷つけるには十分すぎる切断力がある。一方で、硬く細いタングステン製の矢には通用しなかった。
「チャトラたち、ほんとに危なかったんだ……」
風の刃が約150 m/sなら、100 mを8秒で走れるチャトラたちの速さは12.5 m/s。速度だけ比べても12倍になる。
40 mを150 m/sで飛べば約0.27秒。その間、最初から全力で走っていたとしても約3.3 mしか動けない。
耳や尻尾で済んだのは、本当に運がよかった。
オリビアはかまいたちを持ってギルドへ戻った。
三人はまだいた。
「ごめんねー。毒餌諦めたって言ってたし、危ないから狩ってきたよ」
「え?」
三人の視線が、オリビアの持ってきたかまいたちへ集まった。
「これ……あの、かまいたち?」
「うん。買い取ってもらおうと思って」
オリビアはギルドに買い取りをお願いしてから、回収してきた二種類の矢を三人に見せた。
まず、途中で切られたアルミの矢。その隣に、切断されなかった細いタングステンの矢を置く。
「これは切られちゃって、当たらなかったけど、こっちは切れなかったから当たったよ」
三人は二本を見比べた。
「風の刃、150 m/sくらいだったよ。チャトラたち、100 mを8秒くらいで走るんだよね」
「うん」
「それでも12倍くらい速いよ。40 mなら0.27秒くらいで来るから、全力で走ってても3 mちょっとしか動けない。本当に危なかったね」
三人は、自分たちの耳や尻尾を切ったものと、目の前の切断されたアルミ矢を交互に見た。
「耳とか尻尾で済んで、本当によかったよ。首とか体に当たってたら、もっと大変だったと思う」
やがて買い取りの査定が出た。
「かまいたちは通常2フローリンです。今回は被害者が出ている個体とみられますので、割増を含めて2.6フローリンになります。魔石が1フローリンです」
「じゃあ、全部で3.6フローリン?」
「はい」
オリビアは受け取った中から0.6フローリンを分けると、ミミとチャトラとタマの前へ出した。
「これ、お見舞いと治ったお祝いね。痛かったの、チャトラたちだから」
三人は顔を見合わせたあと、素直に喜んで受け取ってくれた。
「ありがとう!」
「もらっていいの?」
「うん。だって、この0.6フローリンは被害が出たから増えた分だもん」
三人が喜んでくれたので、オリビアもほっとした。
「それと、今日は紅茶とピロシキおごるよ」
四人分の紅茶とピロシキを注文した。
ミミとチャトラとタマ、それにオリビア。四人で紅茶を飲み、温かいピロシキを食べる。
少し前まで、150 m/sほどで飛んでくる風の刃の話をしていたのに、今は四人で軽食を囲んでいる。
かまいたちはもういない。三人の傷も治っている。割増でもらった0.6フローリンも、痛い思いをした三人のところへ渡った。
オリビアは紅茶を飲みながら、切断されたアルミの矢と、無事だった細いタングステンの矢をもう一度見た。風の刃の仕組みにはまだ分からないところが残っている。それでも、何でも切れるものではなく、速さもおおよそ測れた。
向かいではミミとチャトラとタマがピロシキを食べている。三人が素直に0.6フローリンを受け取って喜んでくれたことも、オリビアにはうれしかった。
「ピロシキ、もう一個食べられそう?」
危ないかまいたちの話はそこでいったん終わり、四人の軽食はそのまま続いた。
『オリビア』




