第13章 オリビアは本当の名前を話します。
第13章 オリビアは本当の名前を話します
耳と尻尾の治療が終わったあと、オリビアは三人のE級冒険者と、そのままギルドのバー食堂で軽食を取りながら話していました。
三人とも若い女性です。
顔や身体つきはかなり人間に近く、獣の特徴は耳や尻尾にはっきり出ています。
茶トラ模様のネコ系の女性が、戻った尻尾を椅子の横へ下ろしています。
もう一人のネコ系は白ネコです。
ウサギ系の女性は、野生のウサギというより飼いウサギに近い白い個体で、治ったばかりの長い耳が頭の上で動いています。
「そういえば」
オリビアは三人を順番に見ます。
「名前、まだ聞いてなかった」
「そうだっけ?」
「治す方が先だったから」
「それはそうか」
茶トラのネコ系が自分を指しました。
「チャトラ」
白ネコ系が続きます。
「タマ」
白いウサギ系は、長い耳をぴくっと動かしました。
「ミミ」
「チャトラ、タマ、ミミ」
オリビアは三人を見直します。
「分かりやすいね」
「何が?」
「ううん。こっちの話」
「またそれ?」
三人が笑います。
この世界の言葉は、オリビアには最初から意味まで分かります。
本人たちがどんな音で名乗っているのかとは別に、オリビアの頭の中では、茶トラのネコ系はチャトラ、白ネコ系はタマ、白いウサギ系はミミとして自然に理解されています。
今度はチャトラが聞きました。
「オリビアは?」
「私?」
「そう。オリビアって本当の名前?」
「こっちで使ってる名前だよ」
「じゃあ、本当の名前は別にあるの?」
「あるよ」
「聞いていい?」
「いいけど、たぶん言えないよ」
「名前なのに?」
「私には普通なんだけどね」
オリビアは少し考えてから、本名をそのまま口にしました。
「^~=+::^~ ~=^^+_=/~ ::^~=+~^=」
三人が黙ります。
チャトラがタマを見ます。
タマがミミを見ます。
ミミがオリビアを見ます。
「……今、何て?」
「^~=+::^~ ~=^^+_=/~ ::^~=+~^=」
「二回とも同じこと言った?」
「うん」
「同じに聞こえない」
「同じだよ」
「最初のところからもう無理」
「だからオリビアにしてる」
ミミが首を傾げます。
「三つに分かれてる?」
「うん」
「全部が名前?」
「最初が私の名前。真ん中が家の爵位。最後が住んでるところ」
「真ん中、名前じゃないんだ」
「家の爵位」
「最後は住んでるところ?」
「そう」
タマが少し考えます。
「じゃあ、名前だけなら最初だけ?」
「うん」
「最初だけ、もう一回」
「^~=+::^~」
三人がまた黙りました。
「……オリビアで頼む」
「だからそうしてる」
「ちゃんと理由があったんだね」
「あるよ」
「オリビアって短くていい名前だよ」
「私もそう思う」
また笑い声が出ます。
少し前まで、三人は治療を受ける側で、オリビアは回復魔法を使う側でした。
今は同じテーブルで軽食を食べながら、名前の話をしています。
オリビアは、チャトラとタマの尻尾、それからミミの長い耳を見ました。
「そういえば、かまいたちって、どういう方法で仕留めようとしたの?」
「網」
「網?」
「三人で持っていったの」
「三人で広げて?」
「そう。囲んで、上からかぶせようと思って」
「捕まえてから倒すつもりだったんだ」
「うん」
「それで?」
チャトラが自分の尻尾を手元へ回して見せます。
「切られた」
「網を?」
「最初に網」
タマも言います。
「網の強度が足りなかったんだよ」
「かぶせたところまではいったの?」
「いった」
「捕まえたと思った」
「そしたら切られた」
「網を切って出てきたの?」
「そう」
「そのあとが私たち」
ミミが戻った耳を触ります。
「身体は避けたんだよ」
「首も胴も手足もね」
「でも尻尾が遅れた」
「私は耳」
オリビアは三人を見ます。
「チャトラとタマが尻尾一本ずつで、ミミが耳二本」
「そう」
「私だけ二本」
「一人で二人分だね」
「うれしくない」
「耳は二本あるからね」
「そこを数えなくていいよ」
三人で笑います。
オリビアは少し考えました。
「もっと丈夫な網にしたら?」
「それも考えた」
「金属の網なら切られにくいんじゃない?」
「重いよ」
「三人で持って走るのに邪魔になる」
チャトラたちは能力精査の百メートル走で、三人とも八秒台くらいに見える速さで走っていました。
三人にとって、自分たちの速さは大きな武器です。
丈夫さだけを考えて重い網を持てば、その速さを自分たちで削ることになります。
「軽くしたかったんだ」
「そう」
「それで強度が足りなかった」
「そういうこと」
「じゃあ、次も網?」
「次はやめる」
「どうするの?」
「毒餌」
「毒餌にするんだ」
「うん」
「置いて帰れるの?」
「それは駄目」
「どうして?」
「見張ってないといけない規則なの」
「ずっと?」
「置いてる間はずっと」
「食べなかったら?」
「回収するまで見張る」
「大変だね」
タマが少し嫌そうな顔をします。
「しかも、食いつきがいい毒餌って困るんだよ」
「何が?」
「見てる方がお腹すく」
「そっち?」
「だって、食べたくなるような餌にするんだよ」
「かまいたちが?」
「見張ってる私たちも」
「毒入ってるんでしょ?」
「入ってる」
「食べちゃ駄目じゃん」
「だからつらいの」
「かまいたちより先に食べないでね」
「食べないよ」
「たぶん」
「たぶんって言うな」
テーブルの周りでまた笑い声が上がりました。
今度はミミがオリビアの方を見ます。
「オリビアは弓を使うの?」
「そうだね」
「今日の鹿も弓?」
「弓だよ」
「二頭とも?」
「うん。でも、鹿の魔物が二頭いたから、よく考えて仕留めないと二頭目に星にされちゃう」
「弓なら遠くから射てるじゃん」
「一頭だけならね」
「二頭だと違う?」
「一頭目を射った瞬間、もう一頭がどう動くか分からないでしょ」
「逃げるかもしれないし」
「こっちへ来るかもしれない」
「今日のは来たの?」
「来た」
「速かった?」
「速かったよ」
「逃げれば?」
「私、チャトラたちみたいには逃げ切れないかな」
三人が顔を見合わせます。
「私たち?」
「能力精査のとき、百メートル走を見てたから」
「八秒台って言ってたやつ?」
「そう。あの速さなら、私よりずっと速いよ」
「でも今日、オリビア一人だったんでしょ?」
「一人だった」
「じゃあ、どうしたの?」
「一頭目は、こっちを見つけにくいところから二百メートルくらい離れて射った」
「二百メートル?」
「うん」
「それなら安全そう」
「一頭目まではね」
「やっぱり二頭目?」
「一頭目を射ったら、もう一頭がこっちを向いた」
「それで?」
「二射目を射ったときには、もう二十メートルくらいしかなかった」
「二十メートル?」
「うん」
「近いじゃん」
「あと一秒ちょっとで踏み潰されちゃうくらい」
「一秒?」
「それ、逃げる時間ないよ」
「だから逃げるつもりでは考えなかったの」
「二射目で倒したんでしょ?」
「心臓は止まったみたいだったよ」
「じゃあ止まるじゃん」
「身体は止まらないよ」
「え?」
「二トンくらいある身体が、もう十分に加速してこっちへ走ってるから。心臓が止まっても、その場で急に消えるわけじゃないでしょ」
「そのまま来る?」
「来るよ」
「こわ」
「だから二射目を当てることだけじゃなくて、突っ込んでくる二頭目の身体をどう止めるか考えないと駄目だったの」
チャトラが聞きます。
「壁を作れば?」
「分かりすぎる壁だと回避してくるでしょ」
「じゃあ穴」
「大きな穴も、見えたら横へ避けると思う」
「でも何かないと止まらないよ」
「だから、避けなくてもよさそうに見えるものにしたの」
「何それ?」
「収納魔法で、地面を幅一メートル、長さ五メートル、深さ〇・五メートルだけ抜いた」
「それ、穴じゃん」
「穴だけど、二トンくらいの大きな鹿から見たら、幅一メートルなら飛び越えられそうでしょ」
「飛べそう」
「だから横へ避けずに、そのまま来るかなって」
「深さは〇・五メートル?」
「そう」
「それだけで止まる?」
「掘り出した岩も使ったよ」
「岩?」
「固い岩みたいな地盤だったから、抜いたところが七トンくらいあったの」
「七トン?」
「それを溝の自分側に置いた」
「待って。七トンを?」
「収納魔法で」
「それ便利すぎない?」
「私もそう思う」
オリビアは指でテーブルの上に位置関係を作ります。
「鹿から見ると、幅一メートルの溝があって、その向こう側に掘り出した岩があるの」
「飛び越えようとする?」
「実際にそうしたよ」
「それで?」
「踏み込んだ脚が溝へ落ちて、前へつんのめって、そのまま岩との段差に引っ掛かって止まった」
「二射目が当たったあと?」
「うん」
「じゃあ、穴がなかったら?」
「そのまま私のところまで来てたかもしれない」
「二十メートルから?」
「もう速度が乗ってたからね」
「よく一人でやったね」
「一人だったから、先にそこまで考えたんだよ」
ミミが少し考えてから聞きました。
「でも、横から射った方が安全じゃない?」
「それも考えたよ」
「正面から来させる方が危ないよ」
「相手の身体がどのくらい頑丈なのか、よく分からなかったから」
「頑丈さ?」
「大きな魔物でしょ。横から射って、矢の速さだけで当てても、どこまで深く刺さるか分からない」
「正面だと違うの?」
「矢を止めておいて、正面からリンゴをぶつければ刺さるよね」
「リンゴを矢に?」
「そう」
「たぶん刺さる」
「矢もこっちから飛んで、向こうもこっちへ走ってきたら、ぶつかる速さはもっと大きくなるでしょ」
「ああ」
「だから正面から当てた方が、矢は深く入ると思ったの」
「でも、その向こうにオリビアがいる」
「そう」
「やっぱり怖いじゃん」
「だから、射つことと止めることを一緒に考えたの」
「横からだと?」
「相手が大きいから、効き方が足りないかもしれないでしょ。初めて見る魔物だし、皮も筋肉も骨も、どれくらい強いのか知らなかったから」
「頭を狙えば?」
「頭蓋骨の硬さも分からなかったよ」
「じゃあ、どこ?」
「二射目は首の下」
「そこなら通ると思った?」
「頭よりは確実かなって」
「一発で?」
「一発だった」
「それでも身体は止まらない」
「そう。それが一番怖かった」
そこへ、別の椅子が一つ増えました。
「何が一番怖かったの?」
受付のお姉さんです。
受付時間が終わり、カウンターの仕事を終えてバー食堂へ入ってきました。
「あ、お姉さん」
「受付は終わったよ。今は仕事じゃないから」
「今日の鹿の話」
「二頭の?」
「うん」
チャトラがすぐ説明します。
「二射目を射ったとき、もう二十メートルしかなかったんだって」
「二十メートル?」
「あと一秒ちょっとで踏み潰されるって」
「それで七トンの岩を置いた」
「ちょっと待って。順番に聞かせて」
受付のお姉さんも軽食の席へ加わりました。
オリビアは、一頭目を約二百メートルから射ったこと、一射目のあと二頭目がこちらへ向かってきたこと、二射目の時点では約二十メートルまで接近していたことを話します。
そして、致命傷を与えても二トン級の巨体は慣性ですぐには止まらないので、事前に幅一メートル、長さ五メートル、深さ〇・五メートルの溝を作り、抜いた約七トンの岩塊を自分側へ置いていたことも説明しました。
「大きな壁や深い穴だと、見た時点で回避すると思ったから」
「それで、飛び越えられそうに見せたの?」
「うん」
「実際に飛び越えようとした?」
「したよ。脚が溝に落ちて、体勢を崩して止まった」
「止めるところまで先に作ってから射ったんだ」
「二頭いたからね」
受付のお姉さんは少し考えてから、オリビアを見ました。
「オリビアちゃん」
「はい」
「まだEクラスだし、いろいろ分かるまでは無理しないでね」
「うん」
「今日みたいに考えてから動くのは大事。でも、知らない魔物には、考えても分からないことが残るから」
「そうだね。身体がどれくらい頑丈なのかも分からなかった」
「そこ」
受付のお姉さんは、チャトラ、タマ、ミミの方も見ます。
「三人もね」
「私たちも?」
「三人ともEクラスでしょ」
「そうだけど」
「Eクラスのうちに、半分近くいなくなっちゃうから」
一瞬、テーブルが静かになります。
「半分近く?」
「そんなに?」
「仕事をやめる人もいるよ」
「うん」
「星になる人もいる」
三人の表情が少し変わります。
「それから、行方不明も多い」
「行方不明?」
「戻ってこないの。何があったのか分からないままの人も多いよ」
「……それは嫌だな」
「だから、分かるようになるまでは無理しないで」
「はい」
「分かった」
「気をつける」
ミミが自分の耳を触ります。
「私たち、今日これで済んだもんね」
チャトラも尻尾を一度動かします。
「身体に入ってたら終わってた」
「そういうこと」
受付のお姉さんが頷きます。
「耳も尻尾も大事だけど、拾って帰ってこられたから治せたんだからね」
「次は毒餌にする」
「ちゃんと見張ってね」
「分かってるよ」
「受付終わったのにまだ仕事してる」
「聞こえたんだから仕方ないでしょ」
また笑い声が戻りました。
名前の話から始まって、網、毒餌、弓、鹿の魔物まで、ずいぶん長く話していました。
窓の外を見ると、もうかなり暗くなっています。
「私、そろそろ帰るね」
「もうそんな時間?」
「暗くなってる」
「またね、オリビア」
「またね」
三人が笑います。
オリビアはチャトラ、タマ、ミミ、それから受付時間を終えて一緒に話していた受付のお姉さんに手を振って、ギルドを出ました。
泊まっている宿は、しらかば亭です。
ギルドでは話をしながら軽食を取っていましたが、それで夕食を済ませたわけではなく、しらかば亭へ戻ってからもう一度しっかり食べます。
宿へ入ると、カメリアさんが迎えてくれました。
「おかえり、オリビアちゃん」
「ただいま」
「遅かったね」
「ギルドで話してた」
「何か食べてきた?」
「軽く食べたけど、ちゃんと食べたい」
「ちょうどいいよ。今日は鹿肉の入ったスープ」
「鹿肉?」
「野菜も肉もたっぷり入ってるよ」
「食べる」
出てきたのは、鹿肉と野菜が大きめに切られた、具がごろごろ入ったスープです。
オリビアは匙を取りました。
「いただきます」
今日は朝から鹿の魔物を二頭仕留め、解体を見て、三人の耳と尻尾を治し、その三人と初めてゆっくり話しました。
軽食を食べながらずっとしゃべっていたので、しらかば亭へ戻るころには、またしっかりお腹が空いています。
オリビアは鹿肉と野菜を一緒にすくい、今度はゆっくり夕食を食べました。




