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第12章 オリビアは耳と尻尾を治します。

第12章 オリビアは耳と尻尾を治します


 階段を下りると、宿の入口に冒険者ギルドの職員が立っていました。


「オリビアさんですね。ギルドから、できればすぐ来ていただきたいそうです」


「何かありました?」


「回復魔法のことで、見てもらいたい人が来ています」


 それなら理由は分かります。


 カメリアさんが厨房の方から言います。


「夕飯はあとでいいから、行っておいで」


「行ってきます」


 ギルドまでは町の中を歩けばすぐです。


 中へ入ると、受付のお姉さんがこちらに気づきました。


「オリビアさん。急に呼んですみません」


「大丈夫です。治療ですか?」


「はい。こちらの三人です」


 受付の近くに、若い女性冒険者が三人います。


 オリビアは二人を見て、すぐに思い出しました。


「あ、一緒に能力精査を受けた人」


 二人ともネコ系です。


 頭にはネコ系の耳があります。


 でも、二人とも尻尾がありません。


 その横に、もう一人座っています。


 顔には見覚えがあるような気もしますが、誰なのか分かりません。


 頭を見ると、耳がほとんどありません。


「この人も一緒にいた人ですか?」


「そうですよ。ウサギ系の方です」


 受付のお姉さんに言われて、オリビアはもう一度顔を見ます。


「ごめんなさい。耳がないと分かりませんでした」


「やっぱり分からないよね」


 本人が笑います。


 三人は、能力精査で最初に100mを走った人たちです。


 ネコ系二人とウサギ系一人。


 全員が8秒台くらいに見える速さで走り、敏捷性は合格しました。そのあとに受けた剣の精査は三人とも通りませんでした。


「どうしたんですか?」


「かまいたちの討伐」


 ネコ系の一人が答えます。


「三人で行ってきたんだけど、切られた」


 そう言って、自分の後ろを示します。


「身体は避けたんだよ。首も胴も手足も」


「でも尻尾が?」


「置いていかれた」


 もう一人のネコ系の人も苦笑します。


「急に横へ避けたら、身体は動いたけど尻尾がついてこなかった。そこを切られた」


 長くて柔らかい部分は、胴体が急に方向を変えても同時には動きません。


 慣性で遅れた部分だけが、かまいたちの攻撃線に残りました。


 ウサギ系の人が、自分の頭を指します。


「私は耳。頭は避けたけど、耳の先が遅れた」


 両耳とも、根元に近いところからほとんど失われています。


「三人とも、それで済んだんですか」


「うん。首だったらここにいないよ」


 近くで聞いていた冒険者が笑います。


「命に別状ないならいいじゃん」


 別の人も口を出します。


「ウサギ耳なら耳付きの帽子あるぞ」


「尻尾も付け尻尾売ってるしな」


「みんなよく千切れるから、種類いっぱいあるぞ」


 獣人の冒険者では、耳や尻尾を失う事故がかなり多いようです。


 受付のお姉さんが机の上に包みを三つ置きました。


「ただ、この三人は切れた耳と尻尾を拾って帰ってきています」


「あるんだ」


 包みの中には、本人たちの尻尾が一本ずつと、ウサギ系の人の両耳の切断部があります。


「拾ってあるかどうかで、治療がかなり変わります」


「値段もですか?」


「変わります。なくなった部分そのものを新しく作る欠損再生までできる回復術師は、国に一人いるかいないかです。治療費は協定で一万フローリン」


「一万?」


 1フローリンを約9,000円とすると、約9,000万円です。


 周りから口笛が聞こえます。


「拾っていなかったら、とても気軽に頼める金額ではないですね」


「はい。でも今回は本人の耳と尻尾があります。切断したものを接合する治療なので、協定で一人100フローリンです」


 100フローリンなら約90万円です。


 受付のお姉さんが三人へ聞きます。


「オリビアさんにやってもらいます?」


 すぐ横から声が飛びます。


「もったいねー」


「やめとけ、やめとけ。帽子でいいだろ」


「尻尾なんか付けとけば分かんねえよ」


 さらに別の男性冒険者が笑います。


「俺がお嫁さんにもらってやるよ」


「うるさい」


 ネコ系の一人が即答します。


 周りが笑います。


 三人は顔を見合わせました。


「私はやる」


「私も」


 ウサギ系の人も、ほとんどなくなった耳を触ります。


「私もお願いします」


「分かりました」


 受付のお姉さんがオリビアへ向き直ります。


「治療費はギルドが立て替えて、オリビアさんへ支払います。三人からの集金はこちらでします」


「私があとから取りに行かなくていいんですね」


「はい。その代わり、集金と立て替えの手数料で2割いただきます」


 一人100フローリンが三人なので、治療費は300フローリン。


 そこから2割を引くと、オリビアの受け取りは240フローリンです。


「分かりました」


 今日の鹿2頭の狩りと買い取りを全部合わせて44フローリンでした。


 それよりずっと大きな金額です。


 治療は、ギルドに隣接する療養施設で行うことになりました。


 三人とも全身状態は安定しています。切断した傷口はすでに洗浄され、出血を止めたあと縫合されています。


 オリビアは最初に、ネコ系の一人を寝台へ座らせます。


「尻尾、見せてください」


「お願いします」


 傷口と、拾ってきた尻尾を確認します。


 まず、きれいな水でもう一度切断部を洗います。


 傷口を閉じていた縫合糸を一本ずつ抜きました。


 切断面が見えるようになります。


 拾ってきた尻尾の方も洗い、元の位置へ近づけます。


 向きが違えば、神経も血管も筋肉も合いません。


 オリビアには、回復させようとすると、どの組織がどこへ戻るのかが分かります。


「ここ」


 尻尾を少し動かします。


 切断された神経を、破損する前の位置関係へ戻します。


 血管も元のつながりへ戻します。


 筋肉と皮膚は、切断面に再生芽を作らせます。


 双方の再生芽を接触させ、元の筋肉、皮膚、周囲の組織へ再分化させていきます。


 位置が合ったところで、全体へ回復魔法をかけます。


 緑色の光が、腰から尻尾の付け根を包みます。


 切断面が消えていきます。


 筋肉がつながり、血管の流れが戻り、神経も連続します。


 切れていた尾椎も、元の位置でつながりました。


 最後に皮膚の表面まで戻し、そこに生えていた毛も元の状態へ戻します。


 緑色の光が消えます。


「動かしてみて」


 女性が少し緊張した顔で尻尾を動かします。


 ゆっくり右へ動き、左へ戻ります。


 もう一度動かします。


「動く」


「痛い?」


「全然」


 付け根を触り、尻尾の途中も自分で確かめます。


「ほんとに戻った」


 次はもう一人のネコ系の女性です。


 同じように、きれいな水で傷口を洗い、縫合糸を抜きます。


 拾ってきた尻尾を元の位置へ合わせ、神経と血管を破損前の位置関係へ戻します。筋肉と皮膚には再生芽を作らせ、接触させて再分化させます。


 回復魔法の緑色の光が出ます。


 尾椎までつながり、皮膚と毛も戻りました。


「動く?」


「うん」


 こちらも問題なく動きます。


 最後はウサギ系の女性です。


 両耳とも、切断された部分を拾ってあります。


 耳の傷口を洗い、縫合糸を抜きます。


 左右を間違えないように位置を確かめ、耳の軟骨、神経、血管を元の位置へ合わせます。


 皮膚と周囲の組織には再生芽を作らせ、接触させたあと、元の組織へ再分化させます。


 オリビアが回復魔法をかけると、また緑色の光が出ます。


 ほとんどなくなっていた耳が、元の長さへ戻っていきます。


 表面の毛も戻ります。


 光が消えるころには、どこで切れていたのか外から見ても分かりません。


 ウサギ系の女性が耳を動かします。


 片方が向きを変え、少し遅れてもう片方も動きます。


「動いた」


 自分で耳を触ります。


「ちゃんとある」


 三人とも治りました。


 オリビアは、机の上に残った包みを見てから三人を見ます。


「拾ってきて良かったね」


「ほんとに」


 ウサギ系の人が何度も耳を触ります。


「途中で、持って帰ってどうするのって言われたんだけど」


 ネコ系の一人も尻尾を自分の前へ回して見ています。


「捨てなくてよかった」


 受付のお姉さんが笑います。


「拾っていなかったら、一万フローリン協定の方でしたからね」


「無理無理」


 三人とも笑います。


 治療した場所に痛みもありません。


 歩くことも、尻尾や耳を動かすことも普通にできます。


 療養施設に寝ている理由がなくなったので、そのままギルドのバー食堂へ移動することになりました。


「今日は私たちが出すから」


「治療費100フローリン払うんでしょ?」


「食事くらいは別」


 かなり感謝されます。


 さっきまで耳も尻尾もなかった三人が、もう普通に食べ物を取り、飲み物を注文しています。


 周りの冒険者も一緒になって、明るい食事会になりました。


 ギルドから治療費の支払いも処理されます。


 三人分300フローリンから2割を引いた240フローリンが、オリビアの冒険者カードへ入ります。


 約216万円です。


「治療って、やっぱり高い」


「その尻尾、一本100フローリンだからな」


 近くの冒険者が言います。


「大事にしろよ」


「次はちゃんと避ける」


「それができたら苦労しないって」


 また笑い声が出ます。


 食事が進むうちに、仕事の話はだんだん減っていきます。


 ネコ系の一人がオリビアを見ます。


「そういえば、オリビアちゃんって5日くらい前からいたよねー」


「知ってたの?」


「見たことあるよ。エルフだもん。目立つし」


「私、全然覚えてない」


「話したことなかったからね」


 もう一人も頷きます。


「市場の方にもいたでしょ」


「いたことになってると思う」


「なにそれ」


「こっちの話」


 三人が笑います。


 今度はウサギ系の人が聞きます。


「どっから来たの?」


「森からなんだけど、町の名前はないんだ」


「森?」


「うん。標高が1900mくらいあってね。そこで弓の練習をしてた」


「エルフだもんね」


 自然に納得されました。


 オリビアは少し笑います。


「泊まれるところがあって、みんなで練習してたよ。弓だけじゃなくて、速く走る練習をしてた人もいた」


 三人の顔が同時にこちらを向きます。


「速く走る?」


「100mとか」


「それ、私たちがやった試験みたいなやつ?」


「そうそう。ああいうの」


「どのくらい速いの?」


「速い人はすごく速かったけど、あなたたちも十分速いよ。試験のとき、8秒台くらいに見えたし」


「見てたんだ」


「そりゃ見るよ。私が前にいたところで見てた人より速かったから」


 オリビアはそのまま続けます。


「練習してた場所は、近くにあるちょっと大きな町から、山を越えて谷へ下りて、また山に登ったところ」


「近く?」


「近くっていっても、歩いたら3日くらいかな。馬なら1日くらい」


「それは遠いよ」


「山だからね」


 ネコ系の一人が聞きます。


「その町はどんなところ?」


「リンゴがいっぱいあるよ」


「リンゴ?」


「町の中の道の横に木が植えてあるんだけど、それがリンゴなんだよ。街路樹っていうの。畑もいっぱいあって、季節になるとリンゴがいっぱい」


「道の横のリンゴ、取って食べていいの?」


「いいと思うよ。たくさんあるし。全部取ったらだめだろうけど」


「いい町だなあ」


「リンゴだけで決めるの?」


「大事でしょ」


 食卓がまた笑いに包まれます。


 オリビアは、山の景色を思い出します。


「練習してたところのそばには、大きな穴もあるよ」


「穴?」


「空から星が降ってきて、できた穴」


 三人が少し静かになります。


「星が?」


「降ったのはすごく昔。誰も見たことはないよ。でも、できた大きな穴だけ山の上に残ってる」


「そんなところで練習してたの?」


「穴の中で射ってたわけじゃないよ」


「そりゃそうか」


 また笑います。


 ウサギ系の人が思い出したように聞きました。


「それで、そこからここまで来たの?」


「うん。弓の練習をしてたら、そうしたらこの町に突然来たんだよ」


「突然?」


「気がついたらこっち。何か魔法が暴発したのかも」


「エルフの魔法?」


「分かんない」


「帰れるの?」


 オリビアは少し考えます。


「今は分かんない。でも、こっちで暮らせるようにはなってきたよ」


「今日だけで鹿2頭取って、私たち3人治したもんね」


「そう考えると、だいぶ暮らしてるね」


 この世界へ来てから、受付、試験、買い物、依頼、解体、治療と、必要な話ばかりしてきました。


 今は、食べ物の話をして、故郷のように聞こえる場所の話をして、リンゴの話で笑っています。


 耳と尻尾を治した三人は、もう治療を受ける人ではなく、一緒に食事をしている知り合いになっています。


 夕食前に呼び出されただけのはずなのに、気がつくとオリビアもずいぶん長く笑っていました。


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