第7章 空から見たカッパドキア
第7章 空から見たカッパドキア
海が後ろへ遠ざかると、Bell 505の下はアナトリアの陸地になりました。
オリビアは地図と方位を見ながら、大きな町、川、山並みを順に照合して進みます。
「まだ半分じゃないですよね」
タマが聞きました。
「まだ」
「遠いです」
「今日は移動の日だからね」
チャトラは窓から下を見ています。
「道路をずっと行くよりは早いですよね」
「ずっと早いよ」
ミミは膝の上で指を動かしました。
「絵、描きたいです」
「今は揺れるから、着いてからにしよう」
「覚えておきます」
「画材は私が持ってるから、ホテルで出すね」
「はい」
*
飛行が長くなっても、燃料計の減り方は通常よりゆっくりでした。
ベラミラ先生が燃料計を見ます。
「まだかなり残っていますね」
「重力を使わなければ、途中で1度降りて給油していたと思います。今日は荷物もほとんど積んでいませんし、3人も軽いので条件もいいです」
後ろからチャトラの声がします。
「軽いって言われました」
「事実だよ」
「まあ、そうですけど」
タマが笑いました。
「私たち3人で、大人3人分よりずっと軽いです」
「その分、燃料に余裕ができる」
「役に立ってるならいいです」
オリビアは進行方向へ傾けている重力を少しだけ調整しました。
「風が変わった」
「分かるんですか」
「計器の負荷が少し変わるから」
前へ足している力を増やしすぎれば、機体は勝手に加速しようとします。足りなければ、その分をエンジンが受け持ちます。
オリビアは巡航速度を保ったまま、空気抵抗で失う分に近づくように合わせました。
*
数時間後、地形が変わりました。
高原の中に、削られた岩の谷が現れます。
「見えてきた」
オリビアが少し高度を調整しました。
窓の下に、細長い岩、丸い岩、上だけ硬い石を載せたような岩が次々に現れます。
「何ですか、これ」
ミミが窓へ顔を寄せました。
「カッパドキア」
「全部、自然にできたんですか」
ベラミラ先生が身を乗り出します。
「柔らかい岩が削られています。たぶん火山灰が固まった岩ですね。硬さの違う層が残って、形が分かれている」
「先生、もう調査が始まっていますね」
「これは見ますよ」
Bell 505は谷の上をゆっくり進みました。
岩壁には穴が開き、その穴が部屋のようにつながっている場所もあります。
「人が住んでるところもある」
タマが言いました。
「明日は下から見よう」
「今日見た谷を?」
「うん。上から見てから歩いた方が、つながりが分かりやすいから」
ベラミラ先生がうなずきました。
「賛成です。谷の方向と岩の違いを地上で確かめたいです」
少し先に、大きな岩山が見えてきました。
何層にも穴が開き、岩そのものが城のようにそびえています。
「ウチヒサール城」
オリビアが言いました。
「ホテル、この近くにしよう」
「窓から見えるところがいいです」
ミミがすぐに言いました。
「探してみよう」
城の近くに、宿泊客を受け入れている大きめのホテルがありました。
建物の脇に平らな空き地があります。
「ここなら降りられる」
オリビアはホテルから人が出てこない位置を選び、ゆっくり高度を下げました。Bell 505が地面へ着き、ローターの回転が落ちていくと、建物から出てきた従業員が見たことのない機械を見ながら立ち止まりました。ローターが完全に止まったところで、オリビアはBell 505を収納します。
「泊まりたいんですけど、部屋あります?」
オリビアが聞きました。
「5名様ですか」
「5人です。3部屋ほしいです」
「ご用意できます」
「窓からお城が見える部屋があれば、そっちでお願いします」
従業員は城の方を見てからうなずきました。
「3部屋とも、城側をご用意します」
「ありがとう」
5人はホテルへ入りました。
*
夕食はホテルのレストランにしました。
「この辺りの料理を食べたいです。おすすめでお願いします」
オリビアが頼むと、最初にレンズ豆の温かいスープとパンが出てきました。
そのあとに、ヨーグルトを使った冷たい料理、葡萄の葉で包んだ料理、野菜の小皿が並びます。
チャトラがパンをスープへつけました。
「これ、落ち着きます」
「今日は長かったからね」
タマはヨーグルトの料理を食べています。
「朝のとは違います」
「味付けがあるからね」
しばらくすると、店員が熱い壺を運んできました。
ミミが手を止めます。
「壺です」
「中に料理が入っています」
ベラミラ先生が壺を見ます。
「これをどうするんでしょう」
店員が壺の首へ道具を当てました。
「割ります」
「割るんですか」
軽い音がして壺の首が外れると、中から湯気が上がりました。肉、玉ねぎ、トマトなどを煮込んだテスティ・ケバブです。
「壺ごと調理するんだ」
オリビアが覗き込みました。
ベラミラ先生は料理より先に割れた壺の断面を見ています。
「先生は、そちらが気になるんですね」
「焼き方も気になります」
「まずは、いただいてからにしましょう」
「そうします」
ブルグルの料理と一緒に取り分けました。
チャトラが1口食べます。
「おいしいです」
ミミもうなずきました。
「やわらかい」
「先生、辛くない料理ですが、こちらで大丈夫ですか?」
「毎食辛くなくても大丈夫ですよ」
「よかった」
最後に果物と甘い菓子が出ました。
タマが菓子を見て、オリビアを見ます。
「ケーキ、20個ありますよね」
「今日はここのを食べよう」
「そうします」
*
食事のあと、3部屋の鍵を受け取りました。
ベラミラ先生が自分の荷物を受け取ります。
「私は1人で使わせてください。今日、上から見た地形をまとめておきたいです」
「はい。先生は1人部屋ですね」
チャトラがタマを見ました。
「じゃあ、私とタマで」
「いいよ」
ミミがオリビアの方を見ます。
「私は?」
「今日は私と一緒にしようか。画材、私が持ってるし」
「はい」
これで、ベラミラ先生が1室、チャトラとタマが1室、オリビアとミミが1室になりました。
部屋へ入ると、窓の向こうにウチヒサール城が見えます。
日が沈み、岩山の輪郭が暗くなり始めていました。
「画材、出してもらっていいですか」
「うん」
オリビアは預かっていた画材を収納から出しました。
ミミは窓際の机へ紙を置きます。
「まだ描くの?」
「今の色も描きたいです」
「じゃあ、暗くなる前に」
「はい」
ミミは窓の外と紙を交互に見ながら、鉛筆を動かし始めました。
オリビアはベッドへ腰を下ろし、少しだけ窓の外を見ます。
「明日は、あの下の谷を歩こう」
ミミは手を止めずに答えました。
「上から見たところですね」
「うん。今度は地面から」
「楽しみです」
窓の外では、ウチヒサール城が少しずつ夜の色へ沈んでいきました。




