第10章 オリビアは鹿の魔物を解体してもらいます。
第10章 オリビアは鹿の魔物を解体してもらいます
冒険者ギルドへ戻ったオリビアは、朝に相談した受付のお姉さんのところへ行きました。
「鹿の魔物を2頭仕留めてきました。丸ごと持ってきたんですけど、どこへ出せばいいですか?」
「丸ごと?」
「はい。2頭とも収納に入っています」
約4tの獲物を出す場所として、オリビアはギルドの解体場へ案内されました。
そこには大型の魔物を処理できる、大きな木製の解体テーブルが並んでいます。
空いている2台を使わせてもらい、1台につき1頭ずつ出すことになりました。
オリビアは出現させる範囲と位置を指定します。
まずメスを、脚や身体が台から大きく外れない位置へ出します。
続いて、角のあるオスを隣のテーブルへ出しました。
2t級の鹿が2頭並ぶと、狩場で見たとき以上に大きく見えます。両耳も付いたままなので、討伐証明は個体そのものを見て確認できます。
解体を担当する人が、オリビアの方を見ました。
「解体を見るのがつらかったら、受付のカウンターへ戻っててもいいし、食堂で待っててもいいよ。終わったら呼ぶから」
若いエルフの女の子に見えるので、気を遣ってくれたようです。
「ありがとうございます。でも、見ていてもいいですか?」
「いいけど、無理はしなくていいからね」
「はい」
オリビアは昨夜、生物の本で魔力組織と魔法形成核、死亡後の魔石成長について読んだばかりです。
海外留学中に狩猟も経験しているので、解体作業も落ち着いて観察できます。
むしろ実物を観察したいと思っていました。
見学用の椅子を1脚借り、作業の邪魔にならない位置へ置いてもらいます。
収納からノートを出しました。
まず2頭の外形を簡単に描き、矢が入った場所も書き込みます。
1頭目は頸部、2頭目は首の下です。
解体が始まると、オリビアは手順を追ってスケッチしていきました。
皮を傷めないように処理しながら内部へ進み、魔力組織のある場所を開いていきます。
「教科書の図と同じところにある」
生物の本では模式図だった魔力組織が、実際の身体の中ではどのように周囲の組織とつながっているのかが見えます。
その近くから魔石が取り出されました。
生前から存在した小さな魔法形成核を中心に、死亡後も活動を続けた魔力組織が魔力を取り込み、ここまで結晶を成長させています。
オリビアは位置関係と形をノートへ描きます。
魔石を外したあとは、可食部が順番に切り出されていきます。
2頭とも傷は狩猟用の矢が入った首周辺に限られているので、胴体側の肉や皮は広い範囲できれいに残っています。
皮も商品になる部分を広く取ることができ、オスの角も根元から外されました。
魔石、可食部、皮革用の皮、角が、それぞれ分けられていきます。
オリビアは、どの部位が商品になり、2t級の個体から実際にどのくらい取れるのかもノートへ書き込みました。
解体が終わると、それぞれを計量して査定します。
魔石も洗浄され、付着していた血液や魔力組織を落とした状態で計量されました。
2個の魔石は同じ質量でした。
「同じなんだ」
昨夜は、2頭仕留められたら片方だけ時間停止させ、死亡後に魔石が成長する様子を比較しようかと考えていました。
今回は2頭とも時間を進めたまま持ち帰り、同じくらいの時間を経過させています。その2個が同じ質量になったことが分かったので、初回の確認としてはそれで十分です。
魔石は、洗浄後にギルドへ売るか、自分で使うために持ち帰るかを選べます。
「これも買い取りでお願いします」
研究用に1個を残すこともできますが、同じ質量だと分かった時点で、今は5フローリンになる物を手元へ置く理由は薄くなりました。
生活を始めたばかりなので、今回も生活優先です。
査定を終えると、受付のお姉さんが金額を説明してくれます。
「依頼書に書いてあった個体の平均買い取り額は2フローリンだけど、あれは今まで持ち込まれた物の平均だからね。今回は2頭とも全体がそろっていて、皮も肉も状態がいいから、メスが10フローリン、角のあるオスが15フローリンになるよ」
1フローリンを約9,000円とすると、メスだけで約90,000円、オスは約135,000円です。
普通なら2t級の個体を丸ごと運ぶこと自体が難しく、討伐証明の両耳だけを持ち帰ったり、現場で運べる部位だけを回収したりすることもあります。依頼書の平均2フローリンは、そうした持ち込みも含んだ数字でした。
「魔石は2個とも同じ重さで、1個5フローリン。2個で10フローリンだね」
魔石だけで約90,000円です。
「それから討伐報酬が1頭5フローリンだから、2頭で10フローリン。解体費用は1頭0.5フローリンで、2頭分だから1フローリンを引くよ」
個体買い取りが10フローリンと15フローリン、魔石が10フローリン、討伐報酬が10フローリン、そこから解体費用1フローリンを引きます。
合計は44フローリンです。
日本円の感覚なら約396,000円になります。
「44フローリン……」
昨日、回復魔法の精査で受け取った88.8フローリン、約799,200円には届きません。それでも、初めて狩りへ出た日の収入としては十分すぎる額です。
しかも、個体買い取りが高くなった大きな理由は収納魔法で2頭とも丸ごと運べたことでした。
精算を終えると、オリビアはギルドに併設されたバー食堂へ移ります。
「ジャム入りの紅茶と、ピロシキをお願いします」
ジャム入り紅茶が0.01フローリン、ピロシキも0.01フローリンです。
合わせて0.02フローリン、約180円です。
朝、カメリアさんに作ってもらった4/100フローリンの弁当も収納に入ったままです。食べ物として自動時間停止されているので、朝に受け取った温かい状態から何も変わっていません。
今日は狩場へ着いてすぐ2頭を見つけ、仕留めたあとは別の怖い魔物が出る前に急いで戻ってきました。弁当を開く前に町まで戻っています。
「お弁当はあとでも食べられるし」
オリビアはジャム入りの紅茶を飲み、ピロシキを食べながら、今日の狩りを思い返します。
依頼書を見たときには、鹿の魔物という名前から、前世で知っている鹿の延長で考えていました。
実際に出てきたのは、1頭約2tに見える巨体です。
「あれ、槍とかで倒せるのかな」
考えてみると、かなり難しそうです。
槍や剣で致命傷を与えられたとしても、その距離まで2tの動物を近づけることになります。心臓が止まっても身体はすぐには止まらず、倒れる巨体や角、脚に巻き込まれれば、それだけで大怪我になります。
弓なら距離を取れますが、今日の2頭目のようにこちらへ向かってくる場合は、致命傷に加えて巨体が停止するまでを考える必要があります。
何本も射ってようやく致命傷になるようでは、その間に速度が乗ります。最後の矢で心臓を止めても、2tの身体には慣性が残り、そのまま自分へ届くかもしれません。
今日は、こちらを見つけにくい位置を選び、2射目を速度が乗る前に入れました。それでも身体は動き続け、事前に作った幅1m、長さ5m、深さ0.5mの溝と、その自分側に置いた約7tの岩塊がなければ、もっと近くまで来ていた可能性があります。
「ソロって、普通は成立しないんだ」
ゲームや物語で見てきた冒険者のパーティー編成も、この世界では巨大な魔物を安全に処理するための実際的な仕組みに見えてきます。
この大きさの魔物を相手にするなら、1人で攻撃も停止も安全確保も全部やるより、複数人で相手の進路を制限し、離れた位置から攻撃できる人を置き、負傷したときに助けられる人もいた方がいいに決まっています。
オリビアが今日1人で2頭を仕留められた条件には、弓使い200の能力と狩猟用の矢に加えて、収納魔法による地形変更がありました。
約7tの岩盤を一度で収納して地形を変え、終わったら元へ戻せる収納魔法があったから、2tの巨体が止まる場所まで先に用意できました。
「5フローリンって、ちゃんと危険な仕事の値段だったんだ」
朝に依頼書を見たときとは、同じ数字の見え方が変わっています。
オリビアはもう一口、ジャム入りの紅茶を飲みました。
この世界で初めての狩りは、無事に終わりました。




