第9話 秘密の紳士協定と魔法少女の電撃編入
「孫をやる。妻としてではない。妾でも愛人でも、それより下のあつかいでも構わぬ。我が一族からの詫びとして受け取って欲しい」
こいつ、礼儀正しい態度でとんでもないことを言いやがった。
俺はこいつが口を開く直前に嫌な予感に襲われて、慌てて姫さんの耳を両手で塞いだ。
「教育に悪いことを言わないで下さい。それに詫びる相手は俺じゃないでしょう」
「おばあさまっ!? 謝罪は私から」
「黙れ無能」
ギルド長の声も態度も、血族に向けるそれではない。
怒りすら存在しない、物を見る目に近い。
「小僧。納得しづらいだろうが今は聞け。今回被害を受けた生徒に謝罪と賠償をしようにも、法でも慣習でも存在を認められておらぬことについて謝ることも賠償もすることもできぬ。被害を受けた生徒はおるのにの」
「そういうときは別の名目で謝罪も賠償もするものでしょう。少なくとも親父の代からは、そういうやり方に変わったはずですよ」
「そっちの手配は既に済んでおるわ。本人たちがそれで納得するかは別じゃがな」
ギルド長は苦々しげに息を吐く。
「モンスターが人間を支配しているようにも見えるな」
「ふん。怪異をモンスターと呼ぶなら、この国の人間の半分はモンスターとの混血じゃ。かつては陰陽師、今では拝み屋は血の濃い者を怪異と呼んで排除するがな」
百夜の言葉にギルド長、いや、おそらく長いときを生きた怪異が答える。
言っていることは嘘ではないが、俺としては「立場によって見方が変わるのは当然です」としか言えない。
「怪異が力をつければ人食いを始めるでしょう。親父の仕事を見学してた頃から、何度も見ましたよ」
「全員ではない!」
「身内で自浄できないなら外から介入されるのが当然でしょう。それとも人間対怪異の絶滅戦争が望みですか? 俺は嫌ですよ。どうせ俺が前線に立たされることになるんですから」
お互いに落としどころを承知した、筋書きありのお芝居のようなものだ。
まだ姫さんに聞かせるのは早いから、耳を塞ぐ手は離していない。
「小僧がまだ理性的なのに感謝すべきかのう」
「俺は、国の中に冒険者ギルドなんて治外法権的なものを怪異に作られた国に絶望すべきかどうか悩んでいますよ」
お互い、今攻撃する気はないということで同意した。
怪異をぶっ殺す拝み屋と怪異の有力者の間での談合に文章を残すと露見したときに絶対に揉めるので、交渉の場所でも明確に言えないんだ。
「おにいちゃん、て、かたい!」
ご機嫌斜めになった姫さんが、俺の手を自分の耳から遠ざけた。
ペンや筆の使いすぎで実際に固くなっているので文句は言いづらい。
「小僧が受け取るかどうかもどう扱うかも自由じゃ。こやつにはようっく言い聞かせておく。好きに使え」
「だから姫さんの教育に悪いものは受け取れないんですよ。……そろそろ本題に入って下さい」
「鈴木くんっ!? まったく興味を持たれないのも傷つくんだけど!?」
この生徒会長、やらかしたのに反省がほとんど感じられないクソだから、礼節を維持して接するのが大変な相手だ。
「小僧の札の行方じゃがな。海外に流れておる」
「誰が流したか分かりますか?」
「国じゃよ国。ダンジョン特需で経済が上向くまでは、あらゆるものを切り売りしながら破綻を辛うじて回避していたからの。今は切り売りしたものを慌てて買い戻しておる最中よ。社会の裏側にいる人間の持ち物を奪う程度、当然にやらされるわい」
ギルド長はうんざりした表情だ。
百夜は表情を消し、聖女さんは悲しげな表情で、姫さんは配信設備がある部屋へ探検に向かった。
「危険な札は百夜と聖女さんに保管してもらっています。親父の頃にも戦闘中に何度か紛失したこともありますし、大きな問題にはならないと思います」
俺は逮捕される前に、危険な札は2人に預け、事務所にある札も回収してもらった。
警察が手に入れたのは【強化】だけだ。
【洗脳】や【疫病】のような、扱いを間違えれば社会に多大な害を及ぼすような札は、一枚も手に入れていないはずだ。
「聖女どの。まずくはないか?」
「はい。マナバッテリーは魔力技術の根幹です。社長さまの札は、使用には一定以上の魔力操作技術が必要であることがセキュリティになっていますが、無理に扱おうとすれば問題が起きかねません」
「最近はこの階層の魔力濃度が上昇傾向だ。札が自然発火することはないとは思うが」
「のうおぬしら。小僧の札を入手したと思われる国で、地質的に地震がまず起きないはずの場所で地震が起きとるのじゃ。何か心当たりはあるかの?」
ギルド長は、百夜と聖女さんに対しては全力で下手に出ている。
要求されれば足の裏でも舐めそうな態度だし、おそらく無意識だろうが揉み手もしている。
「地震?」
「社長さまのマナバッテリーでも、地震に匹敵するエネルギーを出すのは不可能です。あり得るとしたら、札を書き換えて周辺魔力を操作しようとして失敗して爆発……。仮にそうだとしても地震に匹敵するエネルギーは無理だと思います」
聖女さんの説明を聞いて、ギルド長の顔色は悪くなるばかりだ。
「おぬしらの知識や技術を馬鹿にするつもりはないという前提で聞いてほしいのじゃ。ダンジョン出現直後の騒動で大打撃を受けたこの国では無理じゃが、先進国の技術も研究速度もすさまじいものじゃ。小僧の札という見本があれば、何らかの成果は必ず出るはずじゃ」
過去を直接知る怪異の言葉には、奇妙なほどの説得力があった。
そして、和服美女の姿をした怪異は、袖からUSBメモリを取り出す。
放送室にあるパソコンに差し込むと、自動でプログラムが起動して、複数の写真を表示する。
この国とは雰囲気が違う土地ばかりで、どれも目立つ地形があった。
「クレーター、ですか?」
「社長。これは魔力を使った爆発だ。意図的に引き起こしたとしたら中途半端な規模ではあるが……」
「まさかこれ、爆発の跡なのですか? こんな、都市ひとつ崩壊しそうな爆発が、本当に?」
俺の問いに、百夜は静かに頷いた。
「ここまでが前提じゃ。小僧、否、鈴木社長」
怪異は姿勢を正す。
殺し合いになれば絶対に勝てない相手がいるのに、一歩も退かない覚悟で俺たちと向かい合う。
「儂は冒険者ギルド長として、鈴木清掃に同盟を申し込む。冒険者ギルドが下の同盟で構わぬ」
「お断りです」
俺は一瞬も迷わなかった。
怪異がまたたきする。
何を言われたか理解するまで数秒かかって、理解してから眉をしかめた。
「小僧。この状況で冗談はよすのじゃ」
「冗談じゃありませんよ。聖女さんは表に立つ気がないんです。公表してもしなくても大事件になる同盟なんて結ぶわけないでしょう」
「社長。私は?」
「百夜はもうあれだけ目立ったんです。百夜個人が冒険者ギルドと組むなら止めはしませんよ」
「百夜さま。社長さまはわたくしにお任せください。活躍を祈っております」
いつの間にか俺の隣というかほとんど密着する距離に来た聖女さんが、輝くような笑顔で百夜に別れを告げた。
「聖女どのっ!? 社長がその気になるまでは抜け駆け禁止の約束ではないか!」
「……儂は小僧の女運が心配じゃよ。同盟してダンジョンの外の治安を任せるつもりだったのじゃが、痴情のもつれで死ぬのはやめてほしいのじゃ」
「百夜と聖女さんに取り合いされるのは男として名誉ですが、まあ、ご覧の通りの生活ですからね」
商売道具である札は問題ないが、制服を除けば作業着しか持っていない経済状況だ。
ダンジョン素材から膨大な利益を得て、冒険者だけでなく国内の各種企業に貴重な資源を供給する冒険者ギルドとは、比べものにならない。
「儂は一部族……今なら一種族か? とにかく怪異の一部の代表であって、怪異全体の代表ではない」
「なるほど。鈴木清掃にはこれまで通り怪異に対する威圧を担当させて、冒険者ギルドに怪異の人材を集めるつもりですか」
俺は生徒会長を見る。
ダンジョン科がある学園の理事長をギルド長が兼ねていて、その孫娘が生徒会長で、しかもダンジョン科の生徒を操って騒動を起こした。
「俺が頷けば、この国での怪異の勢力が圧倒的になるというわけですね」
「否定はせぬが、儂以外がこの国を立て直せるとは思えぬ。ダンジョン利権を握って、国内外の政府に薄い利益だけをくれてやって宥め、ぼろぼろになった国内産業を立て直すと同時にダンジョン攻略を支えさせる。これができる意思と能力がある人間がどこにいる。小僧がやるか? それならまともな孫娘ごと儂の座をくれてやるのじゃ」
国内において並ぶ者なき権勢を誇る怪異が、疲れたように笑って鼻を鳴らした。
俺は、両手をあげて降参のポーズをとった。
「俺が引き継ごうとしても、引き継ぎに失敗して年内に冒険者ギルドが崩壊するでしょう」
俺は、札づくりや対怪異戦闘なら自信がある。
しかし政治なんて俺の手には負えない。
俺より腕も経験もあった親父ですら、当時は空中分解しそうだった拝み屋組合をなんとか維持して内部粛清と怪異の抑え込みをするので精一杯だった。
親父から技術も知識もコネも完全には引き継げていない俺に、この国をどうにかするなんて不可能だ。
「社長さまがお望みなら……」
「聖女さんは平穏な暮らしを望んでいるでしょう? そういう派手なのはなしにしましょう」
「おにいちゃーん! ここすごいよ! 僕がはいしんにうつってる!」
【百夜さまと同じチャンネルにドラゴンスレイヤー幼女が?】
【撃退したけど倒してないからスレイヤーじゃねーだろ】
【かわいい!】
【応援したい!】
俺は、腹の底から笑った。
子供が自分の幸福を疑わずにすごせるのは素晴らしい。
親父が俺を必死に育てた理由が、少しだけ分かった気がした。
「ギルド長。お互い紳士的にいきましょう」
「む?」
「俺が拝み屋として、あなたが冒険者ギルド長として、お互いが真っ当な間は、どちらも敵対しない」
「同盟ではなく紳士協定か。だが、それでは儂が小僧に高額報酬を渡すことはできぬぞ? 小僧の親がそう決めて拝み屋組合が従っておるからの」
「構いませんよ。どうせ姫さんがダンジョンで荒稼ぎするんです。姫さんが稼いだ分には俺は手を出しませんから、冒険者側で姫さんのフォローをお願いしますね」
「あいわかった。ちっこいのには、儂の直系と同じ扱いを保証する。儂の直系どもが、ちっこいのと同じくらい素直で可愛げがあればな。なあ小僧、聞いてくれるか? あいつら、ちょっと余裕が出ただけで暴れようとするんじゃよ?」
「知りませんよそんなこと」
馴れ馴れしく近寄ってくる怪異に「あっちいけ」と身振りで指示しながら、俺は百夜と聖女さんに意見をあおぐ。
「魔力なしで生きることの可能なモンスターを、モンスターと呼ぶかどうか、わたくしの故郷でも議論がありました。……確認しますね。邪魔不容於天地」
「ぎゃー!?」
妖艶な美女が、しわだらけの老女に変わる。
魔力で若さと美貌をここまで保てるとは知らなかったな。
「社長。マナバッテリーを2つもらうぞ」
「うぎゃー!?」
しわだらけの老女が、百夜に魔力を与えられて妖艶な美女に戻る。
こういうのを見せられると、やはり怪異と人間は違うと思う。
「いやあ。さすが百夜と聖女さんです」
「小僧!? 紳士協定を結んだのじゃから社員を大人しくさせて欲しいんじゃが!?」
俺は怪異の言葉を右から左に聞き流し、百夜と聖女さんを称賛していた。
☆
翌日。
警察に荒らされた事務所の片付けで疲れがまだ残っている俺は、朝のホームルームで眠気に耐えていた。
「今日から編入する鈴木百夜さんです」
「鈴木百夜だ。級友としてよろしく頼む」
百夜がギルド長、というかここの理事長を脅していきなりの編入を認めさせた。
百夜が非常に喜んでいたので、俺には止めることができなかった。
「鈴木?」
「鈴木くんの知り合い?」
教室がほんの少しだけ騒がしくなり、俺へも視線が向く。
どう誤魔化そうか俺が考えているうちに、上機嫌の百夜が俺より先に言葉を続ける。
「鈴木社長の家族であり同居人だ。将来の妻でもある」
「「「おおー!」」」
騒ぎを止めてほしそうに俺を見る教師に、俺は全力で頭を下げた。




