第8話 魔法少女生配信とギルド長の正体
結論からいうと、俺は逮捕された。
「言え! これをどう使った!」
取調室の机にぶちまけられたのは、事務所に保管していた俺の札だ。
令状とかとってるのかね?
「刑事さん」
「っ……」
俺は愛想よく答えただけなのに、若い刑事は何故か怯えて腰の銃に手を伸ばした。
初老の刑事が慌てて若い刑事を制止する。
「俺は真っ当な清掃業者ですよ。依頼を受けて学校に入ったらトラブルに巻き込まれただけです」
「ぬ、ぬけぬけとっ。お前が拝み屋だということは分かっている!」
とても大声だ。
殺し合いで殺意のやりとりの経験がなければ、俺でもビビっていただろう。
もちろん、俺が経験してきたのは怪異相手の殺し合いだけだ。
人間相手の殺し合いは、親父が札と口車を駆使して、少なくとも俺を巻き込むことはなかった。
「刑事さん、頭だいじょうぶですか? 俺も、清掃の際にちょっとしたサービスはしますけど、あくまで気休めであってお客さんに気分よくなってもらうためのものですよ」
「なあ、鈴木くん。我々も事情は分かっているんだ。協力してくれれば力になれるよ?」
「いい警官とわるい警官ですか? 善良な清掃業者としては、言質をとられるのが怖くて、何も言えませんね」
ケケケ、という笑い声をもらしてしまった。
善良な表情をした、ひょっとしたら個人としては善良かもしれない初老の刑事が表情を引きつらせる。
「まあ、あくまで仮定の話になりますが、その札に本当に特殊な力があるのだとしたら、扱いには気をつけた方がいいと思いますよ」
「何をっ」
そのとき、本当に微かに取調室が揺れた。
震度1くらいだろうか。
取調室の外がいきなり騒がしくなる。
まるで、国対国の戦争が始まったかのような大騒ぎだ。
「取り調べでカツ丼が出るのはフィクションだと知っていますけど、カツ丼が欲しいですね。俺、逮捕されてから丸一日、何も食べていないんですよ」
拝み屋組合の火消しが不当逮捕されてから24時間が経過した。
そろそろ、暴れても拝み屋に殺されないことに気付いて、慎重な怪異まで動き出す頃だ。
「お前がやったんだろう!」
「やだなー刑事さん。善良な清掃業者であり善良な苦学生な俺に、ひどいあつかいしないでくださいよ」
俺たち拝み屋は、自分たちの特殊な力で特権階級に成り上がるつもりはない。
同時に、脅しで自分たちの技術や力を献上する気もない。
「俺、善良でいたいんですよ」
乾いた喉で咳払いする。
食事も水も出ないなら、そろそろ善良でも紳士でもなくなるつもりだった。
☆
「ひぇっ」
「目をあわせるなっ。あの鈴木だぞ!」
「古い家系がいくつ消えたと思っている。親も子も皆殺しだぞ」
留置所の居心地は悪い。
俺より体格の良い、どう見てもその手の組織の構成員が、全力で俺から目を逸らしているからだ。
「別に殺してませんよ。親父の代でした浄化作戦、人は殺さずに技術だけ消し去るって作戦だったでしょう」
「ひぃっ」
「俺は覚えてるぞ。こ、殺し以外はぜんぶやっただろっ」
「だから誤解です。洗脳や殺しまでするような連中を国が放置していたから業界が自浄しただけです。あなたたちの業界は放置どころか利用までしていたでしょうに」
親父は殺さないだけでなくある程度手段を選んでいたが、恨まれている状態で力を失った連中がどうなったかは想像するまでもない。
当時の俺は深く考えず、親父の出張が多くて寂しがっていた。
「おにーちゃーん!」
すっかり聞き慣れた声が、約24時間ぶりに聞こえた。
それまで俺を監視や警戒していた警察官の気配が、上部から厳命されたかのように留置所から離れていく。
「社長さま!」
「聖女どの。戦場では丸一日飲み食いできない程度は普通のことだ」
聖女さんが、俺を閉じ込めている檻にしがみつく。
鍛えていない手によって、格子が異音とともに変形していく。
おそらく暴力団所属な男たちが、聖女さんの美貌ではなく暴力の気配に怯えて震え上がった。
「おにいちゃん、はい!」
「ありがとうございます」
ペットボトルを受け取って封を開けて一気に飲み込む。
ただのスポーツドリンクが、ファンタジーの神酒かなにかのように俺の体を癒すし、非常に美味い!
「社長。組合からだ」
百夜からスマホを受け取る。
最初から通話が繋がっていたらしく、とんでもない大声が俺の耳を直撃した。
『なんで警察に素直に捕まるんですか! 鈴木さんなら突破できたでしょう!』
「突破したら指名手配されるじゃないですか。顔は隠していましたがすぐに特定されたでしょうし」
『ああもうっ。言い分は分かりますけど、鈴木さんが身動きとれなかったせいで、こっちは滅茶苦茶ですよ! ちょっとテレビ見てください』
「俺のスマホだと、通話と配信は同時にできないんですが……」
姫さんがキッズ用スマホで配信のニュースを見せてくれた。
全国のあちこちで暴動発生というニュースなんだが、ちらりと映った画像には餓鬼に限らずさまざまな怪異の姿が映っている。
『国から強制に近い鎮圧要請が届いています』
「ですがねえ」
聖女さんが渡してくれた、消化に優しい柔らかサンドイッチを丁寧に噛んで嚥下する。
甲斐甲斐しく接せられると紳士な態度を維持できないので、頑張って一定の距離を保とうとするがうまくいかない。
「いつもなら長くて数時間で警察から解放されるでしょう? 24時間解放されなかったということは、政府か警察かは分かりませんが方針が変わったのでしょう。警察をクソ客として回状を回していいのでは?」
『気持ちは分かりますけどまだ早いです! 今回はなにとぞっ』
回線の向こうで頭を下げている気配がある。
「分かりました。回状は保留しますけど、俺たちが直接出向いて鎮圧は無理です。鎮圧は容易ですが数が足りなくて何年もかかってしまいます」
「社長。私にいい考えがある。任せておけ」
聖女さんの魅力に頑張って抵抗中の俺は、自信たっぷりな百夜に、つい頷いてしまった。
それからすぐ、組合の働きかけで、俺の逮捕が警察のミスということになって釈放される。
百夜はもったいぶって、何をするか教えてくれなかった。
☆
「私は百夜だ。親しい者は百夜の魔法少女と呼ぶ」
びっくりするほど金がかかった放送室の中で、リアルタイム配信が始まった。
衆人環視の中で行われたドラゴン討伐。
それを単独で成し遂げた百夜の姿は、この24時間でこの国だけでなく世界中で繰り返し放送されていて、視聴者数はあっという間にとんでもない数字になる。
【本物?】
【かわいい!】
【化け物だろドラゴン殺し見てないのかよ】
配信内容に対するコメントは、友好的なものばかりではない。
体格も顔立ちもせいぜい中学生の百夜は、舐められることも、搾取の対象として見られることも多い。
「この国で暴れている者に告げる。大人しくしないなら、こうなるぞ?」
差し出された冒険者用の高級ロングソードが、百夜の指で、むしりとられていく。
なお、俺たちは、配信のためのマイクが声を拾わない別室にいる。
【はい嘘確定】
【合成か生成AIだな】
【違う。よく見ろ。こいつは】
ドラゴン討伐の映像と比べるとインパクトが弱い。
ロングソードを半分むしっても恐怖が足りないと判断した百夜が、カメラの範囲外にいる聖女さんに目配せして指を構えた。
「社長さま。浄化を行ってよい場所はあるでしょうか」
「だ、そうです。どこか良いところはあるでしょうか」
『組合と不戦や保護の約定を交わした怪異は全国どこでもいますよ! 巻き込んで殺すのはやめてください!』
組合からの返事は悲鳴じみている。
百夜からの提案にも散々渋ったので、結局この学園……小中高と揃った場所を選んだのだ。
「あの、現地の有力怪異に連絡してもよいでしょうか? 百夜さまの本名を伝えれば、知性がある怪異であれば逃げ出すと思います。鈴木社長のお身内であることが分かるお名前ですし」
生徒会長は借りてきた猫のように大人しい。
不幸中の幸いで深刻な被害が出なかったとはいえ大勢に迷惑をかけたのに得るものはなく、それどころか鈴木清掃の4人に強烈な苦手意識を持つことになったからだ。
「モンスターの言葉を容れるのは不愉快です」
「せいじょ、おこ?」
「姫さん。言葉遣いも少しずつ上品にしていきましょうね」
「めんどう!」
「俺も丁寧な言葉遣いに慣れるまでは面倒でしたよ。……聖女さん、使えるものは使ってしまいましょう。平穏な生活を目指すのは、ただでさえ難易度が高いんですし」
ふと、4人で食べたお好み焼きの味を思いだす。
親父に見せたかったという思いと、あの世の親父がすごいいい顔で親指を立てている顔が同時に頭に浮かんだ。
「平穏……はい」
聖女さんが落ち着いた。
そのまま生徒会長に微笑むと、何故か生徒会長は全身を震わせた。
「最も被害が出ている場所を教えなさい」
「は、はいっ。ここですっ」
生徒会長が、テレビ放送を受信していた画面のひとつを指差す。
同時に表示されているデータが正しいなら、関西地方にある都市の目抜き通りだ。
百鬼夜行なみに大量の怪異が暴れ、重傷以上の怪我人が続出している。
「結構」
聖女さんが詠唱を開始する。
魔力を精密に操作して殺すべきものだけを殺すために、普段より手間をかけている。
「百夜さま、いきます。邪魔不容於天地」
百夜の指が鳴った。
テレビ放送の内容が、人間が蹂躙される悲劇から、怪異が殲滅される残酷劇へ変わる。
目抜き通りで人間を襲っていた怪異の群れが、突然に体の数割を削り取られて即死したのだ。
指を鳴らすだけで怪異を大量殺戮する魔法少女として、百夜は一瞬で現代の英雄に上り詰めた。
【助かった。ザマミロ化け物】
【桃屋さま一生推す!】
【マジ? 中継で死んだ?】
【フェイクじゃなくて本物?】
テレビ中継を見たらしい視聴者が流れ込む。
1信9疑くらいだったのが、半信半疑になったみたいだ。
『ちょっ、鈴木さぁんっ! 実力を表に出しすぎです! これじゃ二度と平穏な生活なんてっ』
俺は一度だけ肩をすくめてから、回線の向こうにいる拝み屋組合世話役に話しかける。
「早いか遅いかの違いですよ。うちの3人、どれだけ手加減して生きても、絶対に有名になりますから」
特に姫さんだ。
幼児ともいえる年齢でダンジョン攻略の階層レコードを更新してるんだから、有名になった上で平和に暮らせるよう努力すべき状況だ。
「あ、あのっ、おばあさま、じゃなくて、理事長、でもなくて、一族の代表が鈴木さんにお会いしたいと……」
スマホではなく小型の無線機を持った生徒会長が、恐る恐る俺に話しかける。
「これにて初回の配信を終了する。また会おう」
『怪異が撤退していきます。鈴木さん、悪質な怪異を今から討伐に行ってくれませんか?』
「その前に警察に接収された札の行方を追ってください。半分くらいしか戻ってないですよ」
俺が3人を見ると、直前まで配信が行われていた場所へ飛び込んだ姫さんを除いて、頷いてくれた。
「会いましょう。場所をセッティングしてください」
俺は少し脅して休戦の約束をとりつけるつもりだった。
しかし相手の正体は、完全に予想外だった。
☆
「ぎるどちょー!」
姫さんが飛びかかる。
殺すためではなく、全身で親愛を表現して抱きつくためだ。
「今日は真面目な話じゃ。これを食べて静かにしておるのじゃ」
語尾が独特の和服美女だった。
聖女さんに匹敵する美貌と、聖女さんにはない肉感を兼ね備えた、親父が好きそうな、俺から見れば年上の美女だ。
ダンジョン出現後の混乱を巧みに利用して、ダンジョンを半ば独占的に扱う組織を立ち上げ運営している、政治の怪物でもある。
「まさか冒険者ギルド長が怪異だったとは」
表情が取り繕えない。
この国の経済を救った救世主とすらいえる人物だ。
一介の拝み屋に対抗できる相手ではない。
「うむ。やはり小僧か。ちっこいのを見た時点で悪い予感がしておったのじゃ」
ギルド長の顔色は死体じみている。
そういう怪異だからではなく、胃に穴が開きそうなストレスに襲われているからだ。
「ぎるどちょーだいじょうぶ? せいじょにいやしてもらう?」
「ちっこいの、気持ちだけもらってくのじゃ。せっかくここまで貯めた魔力を消されるのは勘弁なのじゃ。……おい小僧、儂じゃよ儂。ダンジョンへの穴が開いたときに一緒に落ちた仲ではないか。……ひぃっ」
「仲」と言った瞬間、百夜と聖女さんの鋭い視線を浴び、生徒会長の血縁だと分かる怯え方で姫さんの背後へ隠れる。
「こっ、小僧も儂も背負っているものがある! 殺し合いより建設的な話し合いをせぬか? 小僧の札がどこに流れたとか、不戦の約束の条件とか、進学先の世話とか、話し合えると思うんじゃがっ!?」
圧倒的武力を持つ俺たちというより俺以外の3人と、今のこの国では並ぶものがないほどの権勢を持つ怪異との、談合が始まろうとしていた。




