第7話 暴走ドラゴンと自称魔法少女の鮮血デビュー
着ているのがただのジャージであっても、美貌とそれ以上の迫力で周囲を従えてしまうのが聖女さんだ。
ただ、普段は穏やかな青の目が、瞳孔が開ききったヤバイ目になっている。
俺の無事を確認したあとだから、これでも少し落ち着いている。
傷ひとつ負っていない、まだ30人以上いるダンジョン科生徒が、肉食獣に捕まえられた小動物のように怯えてはいるが気絶まではしていない。
「社長さま。ご無事ですか?」
「助かったよ聖女さん。ああ、ごめん。聖さんの方がいいかな?」
「んっ、んんんっ!? そ、その名は、ふたりきりのときでお願いしますっ!」
聖女さんの目がいつもに戻った。
凍てつくような気配は消え、相変わらず周囲を圧倒する迫力だが、非常に浮かれた雰囲気になる。
「すごい! むねおっきー!」
「生徒会長。念のため伝えておきますが、その子には絶対に手を出さないように」
「は、はいぃ……」
姫さんにまとわりつかれている生徒会長が怯えている。
怪異としての力の制御に失敗したのか、服の間から黒くて蝙蝠めいた翼が見えるし、肌の色もファンタジーじみて白く艶やかになっている。
妙な気は起こさないようでよかった。
姫さんに万一のことがあれば、百夜と聖女さんの手によって惨劇が起きてしまうのが確実だからだ。
「ダンジョン科の生徒に大人しくするよう命じてください」
「え、もう大人しくなって……」
「校内にいる全員です」
俺は怪異を……生徒会長を観察する。
気弱になっているのが演技かどうかは分からない。
それでも、校内にいる暴徒を一瞬で静かにさせる意思か能力か両方が足りないのが分かった。
「山田さん、先生、これを握って離さないでください」
「これ何?」
「なんだ?」
【装甲】の札を起動して2人に渡す。
通常なら、銃弾の数十発か、強力な怪異の術を数回防いでくれる、かなり強力な札だ。
「聖女さん。お願いします」
「邪魔不容於天地」
ぎゃぁ、と悲鳴が学校中から響き、校内の鎮圧は完了した。
☆
【装甲】の札が一瞬で灰と化す。
灰を握りしめることになったユウキと先生は、強烈な痛みに耐えているかのような苦悶の表情だ。
「いたい! レベルが3つは下がっているよこれ!」
「鑑定スキル持ちがいないと正確には分からないが、俺もそのくらい下がったな」
何故か抗議されてしまった。
「緊急避難ですよ。これでも札を使ったときより被害は少ないんですよ。聖女さんが直接手加減した術なら、普通の人間は死にませんから」
「私、死にかけたのだけど!?」
生徒会長が騒いでいる。
蝙蝠めいた翼は消え、性欲を刺激する肌も人間の肌に戻っていて、本人はフルマラソンでもしたかのように疲れている。
もっと酷いのはダンジョン科の生徒たちで、意識を失って倒れても怪我しないように保護する力を付与するために、魔力を大量に吸い出されてしまっている。
被害者の治療のための魔力も徴収されているかもしれない。
「一般科の生徒をダンジョン科に襲わせようとしたでしょう。多少力が減る程度で騒がないでください」
「私はそんなことしていません!」
俺の言葉に、生徒会長は本気で怒ったようだ。
「だったら最悪じゃないですか。あなたが命じたのか扇動したのかは知りませんが、一生を棒に振りかねないことをやりかけていましたよ」
「……あの、本当に?」
生徒会長が真っ青になった。
その目に浮かんだ動揺は、演技とは思えない。
「生徒会長!?」
「まさか、そんな」
「私はそんな命令はしていません! この学園を制圧しても後が続かないではないですか!」
生徒が襲われることに対する嫌悪は感じるが、それ以上に打算を感じる。
利益があるなら非道なこともするが、利益がないのに非道をする気はないという打算だ。
「聖女どの。魔力の濃度が上がっていないか?」
「そうなのですか? 俺にはずいぶんと清らかに感じますが」
「いいえ社長さま。ご指摘通り、魔力の濃度が上昇しています。わたくしより百夜さまの感覚の方が鋭いですので……」
「うむ。方向はこちらだ」
百夜は窓を開けて、広大な敷地に建てられた、建物のひとつを指さす。
苦しげな息を吐いていた教師が、外部と連絡をとろうとスマホを操作していた手をとめ、俺たちを見る。
「ダンジョン科の演習棟だ。ダンジョンの研究も一応行われているが、これほど大規模な異変を起こせるものはないはずだぞ。せいぜい、ダンジョンで採取されたドラゴン素材が少量持ち込まれた程度で」
「「あっ」」
教師の言葉に、百夜と聖女さんが顔色を変えた。
「聖女どの。姫が撃退したドラゴンはどの種族だったか分かるか?」
「炎属性に闇属性がまじった、典型的な生命力過多のドラゴンです。マジックアイテムを作ろうとすれば、確実に周囲に悪影響をばらまき、最悪の場合は新たな個体が現れる恐れもある……」
百夜が指さしていた棟を、青いブレスが、内側から斜め上に貫いた。
ブレスは向きを変えながら棟の上半分を虱潰しに破壊して、やがてそこから馬鹿でかいドラゴンが姿を現す。
「んんー? おっきいのにスカスカ?」
「姫の感覚は正しい。ドラゴンは育つために大量の魔力が必要な種だ。この階層ではまともに育つことはできぬ」
「百夜。その割にはビームじみたブレスを連発しているようですが」
「社長。対魔力防御がないも同然の建物を一撃で破壊できない程度のブレスだ。放置してもたいした被害は出ない。……ドラゴンのわりにはだが」
遠くから救急車やパトカーがサイレンを鳴らして近づいてくる音が聞こえる。
これはもう、事件の隠蔽は無理だ。
「ももよ? でもおきいのの近くに魔力あるよ?」
「一時的なものだ。社長が作るマナバッテリーと比べれば極めて粗雑だが、質を数で補ったバッテリーを、不用意にもドラゴンの肉か鱗の近くに置いていたのだろう。魔力技術が未熟な国が一度はする失敗だ」
姫さんと百夜が平然としているのは、戦闘になれば勝てると確信しているからだ。
ただしどれだけ被害が出るかは別だ。
「聖女さん、浄化は可能ですか」
「全力を出せば可能です。ただ、その場合はこの階層全体に効果が及ぶことになりますので、この階層出身の冒険者すべてが、社長さまの札で防御を固めたとしても、即死することになります」
ユウキと教師が真っ青になった。
俺の顔もたぶん青い。
地球上に確認されたダンジョンはまだひとつしかないが、世界各国からダンジョン内の資源目当てで人が集まっている。
つまり、実行すれば何十カ国もの冒険者が死ぬ。
そのあとで報復で俺が死ぬ。
確実にだ。
「情報をありがとうございます。……浄化はなしでいきましょう。百夜、いけますか?」
「無論だ!」
「僕もいく!」
「「「だめです」」」
俺と百夜と聖女さんに同時に諭された姫さんは、ユウキに慰められていた。
☆
『鈴木さん!? 本当に大丈夫なんですか? 政府も自衛隊もやる気になってますよ。あと10分以内にどうにかできないなら介入不可避です!』
「大変なことになっていますね。百夜! 組合は制限時間を10分と言っていますが、半分でいけますか?」
「2分で十分だ」
百夜はグローブを装着する。
非冒険者の教師が校内の避難を進めているが、まだ大勢残っている。
ドラゴンがいる棟が無人らしいのは不幸中の幸いだろう。
「聖女さん。本当に大丈夫なんですか?」
「百夜の魔女の名は複数階層に知れ渡っていました。太陽として機能する術を100日以上沈黙させた結果が百夜の魔女です。魔力を使った戦いで、百夜さまの右に出る者はいません」
「姫にも聖女どのにも勝てぬ我が身だが、騒ぎを大きくしない戦いでは私の方が得意だ。……ふむ、ブレスか」
青いブレスが百夜を狙う。
遠くから見ていた生徒が悲鳴をあげるが、百夜はつまらなそうに鼻を鳴らしただけだ。
「薄いな」
風が吹いた。
敷地内にうっすら漂っていた魔力が百夜に吸い取られ、空気の流れが発生したのだ。
最も濃い魔力が含まれていた青いブレスは、根こそぎ魔力を吸い取られて熱も光も維持できなくなって消滅。
温いそよ風と化したブレスは、空気の流れに負けて霧散した。
「出てこないか。ならば、こちらから行く!」
百夜が残像が残りそうな速度で半壊した棟に侵入する。
怪獣じみた大声で、純粋な恐怖の悲鳴が棟を揺らす。
そして、棟が完全に崩れた。
鉄筋を含めた残骸にぶつかっても傷すら負わないドラゴンが姿をあらわし、しかし目や鼻や逆鱗に、拳の形の深い傷が刻まれている。
「ももよかっこいー!」
「いけー、百夜ー!」
「今日の百夜さま、大人しいですね。社長さまの前だからでしょうか」
「1分もかからなかったな!」
地面から跳躍した百夜のドロップキックが、顎から脳天まで貫通する。
これが、全世界に対する、自称魔法少女百夜の鮮血のデビューとなった。




