第6話 淫魔の生徒会長と3人の学校訪問
「冒険者ギルドへ通報しよう!」
「警察へ通報しましょう」
山田ユウキと俺の意見はいきなり割れた。
「警察に通報してなんとかなるの? これってどう考えてもダンジョンじゃない? 地上にダンジョンなんて世界初だし、ギルドへの通報の方がよくない?」
「半ば治外法権なのはダンジョン特区だけですよ。ルールに逆らって無事にすむのは圧倒的な強者だけです。その強者ですら、環境が激変すれば弱者に転落しかねないのが最近ですよ」
校門から向こうの異常に気づいたのは、現時点では俺とユウキだけだ。
しかし、冒険者という暴力のプロの気配を漂わせたユウキと、仕方なくだが非ダンジョンの霊障事件の専門家である俺の異質さは際立っている。
「何をしている!」
「これは先生、よいところに」
俺は、巻き込まれた被害者を安心させるための、作り笑顔を浮かべる。
今の異常に気づいていない教師は、いきなり生徒が反抗してきたとでも思ったのかもしれない。
「おい」
「放置すれば生徒が死にますよ」
校内と通学路では心がけている、高校生の態度を投げ捨てる。
残ったのは、社会の庇護をほとんど受けられない、怪異相手の殺し合いを生業とする拝み屋としての態度だ。
「うわ。言葉遣いが丁寧だから、その筋の人に見えるよ」
「山田さんは関係各所へ連絡してください。ギルドが先でもいいですから警察にも。敷地まるごと霊障案件と伝えれば、霊障担当の部署に繋いでくれるはずです」
「りょ」
「おい!」
俺を掴もうとして伸ばされた手を、片手で優しく受け止める。
【強化】の札で強化された俺と拮抗する程度の力はあったので、おそらく冒険者もしているダンジョン科の教師なんだろう。
「現実逃避していないで学校の管理職に連絡してください」
片手で古い型のスマホを操作する。
短縮番号に登録しているので発信まで数秒。
相手が出るまで2秒もかからない。
『はいこちら互助会。この番号は鈴木清掃さん……鈴木清掃っ!? あなたから連絡してくるってことはっ』
「素人みたいに怯えないでくださいよ」
『互助会の始末屋、んんっ、火消しのあなたは連絡される側であってする側じゃないでしょっ。それで何なんです。百鬼夜行でも発生しましたか?』
「東区の大きな高校は分かりますね? そこの敷地を呪詛が覆っています。下手すりゃ現時点で死人が出てますよ」
『いやぁっ!』
組合幹部が悲鳴をあげるのには理由がある。
呪詛は怪異を呼び起こすのだ。
俺にとっては周辺被害を無視すれば楽勝な餓鬼でも、獰猛な野生動物以上の脅威になる。
怪異を皆殺しにするだけなら俺や百夜で可能だし、聖女さんがいれば一度の術で敷地内の怪異の皆殺しも容易だ。
だが、人を守った上で勝とうとするなら、俺だけでなく俺たち全員でも非常に難しい。
「だから何を言ってっ」
「先生、まだ気付かないんですか。山田さん、冒険者というのはこんなに感覚が鈍いんですか?」
「念のため言っとくけどわたしって上澄みの方だよ! ……刑事さんが拝み屋さんに代わってって」
「はい今かわりました。互助会所属の鈴木清掃です。はい、最低でも百鬼夜行以上の反応、範囲は最低でも校門から校舎全体です」
俺は担当部署の刑事に報告しながら校舎を見る。
午前8時台の日光を浴びる校舎は立派かつ現代的だが、霊的な視覚では急速に汚染されてひどいありさまだ。
「いや、俺に命令や要請しても俺は何もしませんよ。責任を持てませんし、後で賠償請求されたらたまったもんじゃない。なにより、互助会は国に協力はしていますが国から保護を受けていないんです。御恩と奉公って言葉、知ってます?」
ダンジョンが金になると判明してから、拝み屋から冒険者への転職者が爆増した最大の理由がこれだ。
金以上に、社会の表側の存在になれるってことがデカイ。
俺の場合、親父が清掃企業を休眠状態とはいえ残していてくれたから、拝み屋として世渡りできているだけだしな。
校門をくぐらずに俺と教師の会話に聞き耳を立てていた生徒たちが、回れ右をして坂を下り始める。
高い学費に加えて高い寄付金を払える家庭出身者か、特待生とまではいかなくても寄付金を加減される程度に高い学力を持つ人しか入れない高校なので、いざというときの判断力が高い者が多いようだ。
「ちょっと鈴木くん!?」
「山田さん、冒険者ギルドは?」
俺は抗議の声をあげたユウキに、この場所でやるべき事をするように伝える。
「伝えたけど受付の人が困ってた」
「ということはギルドの上まで話が通るのに時間がかかりますね。っとこれは」
校舎側で動きがあった。
妙に動きの良い男子生徒たちと少数の女子生徒が、剥き出しの武器を構えて校舎から出てくる。
「暴力はんたーい!」
「車が来てからみんなのってー」
そろそろと坂を下っていた生徒たちが、文字通りの全力で逃げだした。
☆
「逃げましょう」
「逃げるわけないでしょっ!」
俺とユウキの意見はまとまらなかった。
校庭では、目を異様に血走らせた武装男子生徒が、逃げ遅れた女子生徒を捕まえた。
この時点でも十分問題だが、放置すれば確実に事件になる。
「おい! やめろ!」
異常にようやく気づいた教師が止めようと走る。
この教師、問題は多々あっても、一番肝心な場面で命を張れる人間らしい。
「だめっ」
「ああもったいない」
俺は【光刃】を起動する。
武装男子生徒が力まかせに振り下ろした刀が教師の首筋に触れるより速く、細く長く、まるでアニメのレーザーガンのように伸びた光が刀の刀身を半ばで焼き切った。
「ひっ」
生徒に殺されかけたこと以上に、刀がいきなり溶断されるという異常な光景を目にした教師が、数歩あとずさる。
無理に力を引き出された【光刃】の札が、灰と化して俺の手から地面へ落ちる。
「鈴木くん。わたし、助けにいくよっ……ぐえっ」
「他人を殺さずに制圧したいなら、相手の10倍くらい強くないとどうにもなりませんよ」
俺は飛び出そうとしたユウキを後ろから引っ張って止める。
ダンジョン内とはいえ重装甲で戦えるだけあって力は強いが、重さが足りないので【強化】されただけの俺でも止めることができた。
「でも鈴木くん。このままじゃ大勢っ」
見た感じ、俺が中学の頃に通っていた中学よりもかなりマイルドだ。
だが、保護者からの要求や監視が厳しいこの高校で起きたら、かなりまずい状況になっている。
『鈴木さん! 霊障案件周辺の関係者の避難完了まであと3分……今完了の報告が入りました! お願いします!』
「さすが。請求は勉強しますね」
『今年と来年の会費の全額免除でお願いします! 地権者や行政との交渉にはまだ時間がかかりそうなので、人死にだけは避けて下さい! 今の我々では隠蔽しきれず霊障案件の存在が表に露見します!』
「それは露見させた方がマシとは思いますが、まあ、いい感じにやっておきます」
ベルトから、新しい札を一枚手に取る。
親父から習った文字ではなく、聖女さんと相談しながら試行錯誤して作った、新しい札だ。
ちょっと高価な和紙を使った封印を外すと、ユウキが急に顔色を悪くした。
「鈴木くん!? それ、すごく禍々しいんだけど」
「聖女さんの力を一部だけ再現した札ですよ。そのまま再現すると冒険者殺しの札になるんですよね」
俺と聖女さんは、【減魔】の札と名付けた。
冒険者に直撃させても死にはしない、とても平和な札だと自負している。
「見てるだけでわたしの体調最悪だよ! 本当にそれ大丈夫?」
「生徒に害があるなら承知せんぞ!」
俺にビビっているのに、この教師はいざというとき体を張って俺を止める覚悟らしい。
いいね。
普段は立派なことを言うくせにいざというときは保身に回る奴より、一番大事なことは意地でも貫く奴の方が、俺は好きだぜ。
「害はありませんよ。せいぜい、ちょっとレベルが落ちるくらいです」
「レベルドレイン!? それって拷問じゃっ」
「失礼な。レベルを奪うのではなく、ちょっと魔力を消すだけですよ」
姫さんのような縦横無尽な使い方は無理なので、俺は伝統的な札の使い方をすることにした。
相手を効果範囲に巻き込める場所で起動するという、札で攻撃される側にとっては最悪の方法ともいう。
「中心は、あそこですか」
校舎の上部である尖塔に狙いを定める。
あそこまで札を飛ばす術も技術もないが、【強化】された今ならいける。
『鈴木さん、交渉がまとまりました! 報酬は出ますし被害はある程度なら許容されます! でも顔は隠して下さい!』
「了解。直ちにとりかかります」
「ちょっ、鈴木くんっ!?」
いかれたダンジョン科生徒を全員まとめて取り押さえるチートなんて存在しない。
俺は、呪詛により暴れるダンジョン科生徒を無視して、尖塔で【減魔】を使うために一直線に走り出した。
☆
「俺が通っていた中学なら死人が出ていましたね。前々から思っていましたが、この高校本当に治安がいいです」
「あれで?」
「あれでか!?」
俺の言葉に、ユウキと教師が目をむいた。
教師はここまでの道中でダンジョン科生徒を捕まえて縄で拘束するための戦闘で傷を負い、しかし目は闘志にあふれている。
「そうですよ。人間、自分が一番強い力を持っていると思い込めば、本当に好き勝手やるものです」
百夜と聖女さんと姫さんの力はすごいが、俺が3人を尊敬しているのは力よりずっと強い善性だ。
他者を恐怖で支配する程度簡単にできるはずなのに、できる限りこの国に溶け込もうとしている姿勢があるからこそ、俺だけでなく拝み屋の互助会が3人の戸籍獲得のため動いたんだ。
「あまり高くても効果範囲から外れる場所が出ますからね。このあたりでしょうか」
尖塔の中程にある大部屋で足をとめる。
「よかった。山田さん、無事でしたか」
「生徒会長!?」
「無事だったか!」
上階から一人の女子生徒が降りてくる。
髪は染めていないが恐ろしいほど手入れされていて、頭のてっぺんから指の先まで他者からの視線を意識した美しい所作を貫いている。
ただそれだけなら育成に成功したお嬢様だが、今の彼女には異様な気配があった。
「先生。山田さん。生徒会長はダンジョン科か、ダンジョンに潜った経験がありましたか?」
「い、いやっ。クソっ、俺は教師なのに、クソっ」
教師が奥歯を噛みしめ、冷や汗を流しながら、じりじりと後退して生徒会長から離れる。
ユウキは、これまで刃の背を使って棍棒として使っていた剣の向きを180度変えて、殺傷のための武器として構え直す。
「会長は一般科でダンジョン経験もないはずだよ。……で、今の会長は呪われているとかそんな感じなの?」
「残念ながら違います。……まさか、人間社会に紛れ込んでいた怪異とは思いませんでしたよ」
「怪異だなんて、差別的な物言いですね」
くすくすと笑う。
圧倒的に有利な立場を確信した態度だ。
大部屋の、上階への階段と、下階への階段から、赤い目をしたダンジョン科生徒が現れ、俺たちの退路を塞ぐ。
「その札、渡してくださいます?」
呪詛と生徒会長の気配が一致しない。
生徒会長が呪詛に操られているのか?
「鈴木くん。生徒会長の体型、変わってない? なんか男好きするみたいな。胸と腰が……」
ユウキがちらりと教師を見る。
俺とユウキの背後を守って下から来た生徒たちと対峙しているが、熱に浮かされたように……身も蓋もなくいうと沸き上がる性欲を教師のプライドで辛うじて抑え込んでいる。
「エロ系の怪異が怖いのは戦闘以外です。力で襲ってくる時点でたいしたことはないはずなんですが」
「あら。私は交渉をしてさしあげているつもりですよ? 斜陽の拝み屋業界と、我が国を再生させたダンジョン業界を支えるこの学園。社会的に強いのは、分かりますね?」
だから人間の言葉を話せる怪異は嫌なんだ。
「仕方がありません」
「鈴木くん!? 諦めちゃうの!?」
ユウキが焦っているが、たぶん俺のことを勘違いしている。
俺が仕方ないと思ったのは、手段を選ばない相手に、手段を選ばず対抗する覚悟だ。
「【洗脳】の札は使いたくありませんでした」
「ちょっと鈴木くん!?」
倫理的な意味で道を踏み外そうとした俺の耳に、近づいて来る足音が届いた。
大中小と3人分。
ユウキよりも、生徒会長よりも、俺を含めたこの場の全員よりも強い気配が3人近づいて来る。
「社長に言い寄るモンスターの気配がするぞ」
「社長さまの危機です。魔力を消して被害がでても、やむを得ない被害ですよね?」
「ここがこーこー! ひろい!」
淫魔じみた気配を放つ生徒会長に操られた、尖塔を守るように配置された100人以上のダンジョン科生徒が、百夜と聖女さんの苛烈な気配に当てられ、抵抗もできずに次々に気絶していった。




