第5話 3人の住民票と呪われた校門
「借金は返済しません」
俺の言葉に、3人は困惑した。
あの寺からの支払いは予想より5割は多く、借金の元本を減らせば、今後の利息負担もかなり軽くなる額ではあった。
しかし今は、返済総額が増えると分かっていても、先に済ませるべきことがある。
「では魔法少女グッズを買っていいのか!?」
「少しでも返していくべきでは?」
「おにいちゃん。かせげてないの?」
心底心配そうな姫さんの目が、一番、俺に対する精神的ダメージが大きかった。
「まず、これを見て下さい」
3枚の書類をテーブルに広げる。
透かしが入った住民票の写しが3つ。
百夜と聖女さんと姫さんのぶんだ。
「えっ」
「ほ、ほんとうに?」
「僕、鈴木ひめ!」
百夜と聖女さんは動揺し、姫さんは無邪気に喜んでいる。
「社長。この国は戸籍が整備されているのではなかったのか?」
「鈴木聖? わたくしに、名前が」
聖女さんが住民票の写しを両手で抱え、微笑んだまま涙を流す。
騒いでいた百夜も姫さんも、すぐに大人しくなった。
「神隠し被害者のための戸籍取得制度があるんです。冒険者ギルドに人材をとられて拝み屋業界の立場は低下していますが、3人ともなんとかなりました。……ここまでお待たせして申し訳ありません」
俺は姿勢を正してから、深く頭を下げる。
年齢的にも被保護者しかあり得ない姫さんはともかく、百夜にも聖女さんにも、除霊の際に非常に世話になっている。
なのに『支払い』が今まで遅れたんだ。
原因は俺にはないとはいえ、俺も拝み屋の一員なんだから、俺が頭を下げるしかない。
「う、うむ? 最初から期待していなかったなんてことはないぞ?」
百夜の目が泳いでいる。
姫さんは透かしが珍しいようで、何度も撫でては「おー」と感嘆している。
「社長さま。この御恩、わたくしのすべてでお返しします」
衣擦れの音が聞こえる。
いかん。
普段の聖女さん相手なら根性で耐えることもできるが、肌色面積が多くなったらレジスト不可能だ。
「抜け駆けはなしだぞ、聖女どの」
「わ、わたくしはそのようなつもりはっ」
百夜がなんとかしてくれたようだ。
「おにいちゃん、見ちゃダメ!」
「んぐっ」
後ろから目を塞がれて引っ張られた俺は、姫さんにそのつもりはなかったのだろうが、関節技の威力に苦しむことになった。
☆
「話を再開します」
「うむ!」
「は、はい」
「おにいちゃん、体きたえないとだよ?」
3人が元気で俺も嬉しいよチクショウ!
「この国は時代で制度が変わってきましたが、基本的に学歴とか資格とかが重要です。たとえば聖女さん。現場で余所の拝み屋を治療したことがありましたよね? あれ、社会の裏側の拝み屋業界だから通用しましたが、一般社会だと最悪罪に問われます」
3人が瞬きして小首を傾げた。
性格も外見年齢も違うが、たまにとても良く似ている。
まるで仲の良い姉妹だ。
「社長。罪とはどの程度の罪だ?」
「俺は法律の専門家ではないから断言はできません。ただ、聖女さんが大学の医学部に進学して正規のルートで医者になれば、技術を使っても罪に問われることはないはずです」
「ではっ」
聖女さんのテンションがMAXになる。
が、俺が高卒認定試験の案内と、大学入試の案内と、医師国家試験合格までにかかる費用の予測を書いた紙を並べていくと、テンションが急降下した。
「社長。希望を見せてから希望を砕くのは、拷問だぞ」
「希望ではなく現実的な目標ですよ。百夜も、姫さんも、考えてみて下さい。数年後、拝み屋業界が残っている可能性はどのくらいでしょう?」
否定する意図は出さずに、純粋な疑問として3人に伝える。
姫さんは理解を放棄して俺の親父が残した漫画に手を伸ばし、百夜と聖女さんが真面目に考える。
「社長。別階層への階段を封じるのは理論上不可能だ。この地で怪異と呼ばれるモンスターは、今後増えることはあっても減ることはない。故に、怪異退治を生業とする拝み屋業界が消えることはあり得ないと思うぞ」
「わたくしは、拝み屋業界が消える恐れがあると思います。魔力を浴びながら戦闘を繰り返すことで、魔力への馴化……いわゆるレベルアップが進みます。魔力が極端に薄いこの階層でも大幅に戦力が向上しますので、おそらく」
「おにいちゃん続きは?」
「これです」
俺は第2巻を渡し、小さく唸る。
「拝み屋業界が自然消滅するなら、俺は札づくりの技術で生きていくつもりです」
「社長。平和な階層の常識での将来設計は良いものだが、残念ながらそうはならないだろう。聖女どのの予測が正しくてもだ」
百夜はシリアスな表情と態度で言いながら、冷蔵庫に近づいている。
「社長さま。一度でもレベルアップしてしまうと、魔力を完全に制御できるようにならない限り、浄化系の術に極端に弱くなります。また、誕生時から魔力のみで構成されている種族に対して極めて不利になります。第10階層……いえ、この階層から見た第10階層ではなく、わたくしたちの故郷から見た第10階層の種族相手には勝ち目はなくなります」
この3人と話すと、一介の拝み屋が知るべきではない情報がポンポン出てくる。
少しは加減して欲しいなという思いを込めて聖女さんを見ると、聖女さんは白い頬を淡い桜色に染めてうつむいてしまった。
「社長。おおよそ100レベルまで上がれば対抗可能になる。そこまで上げるのは大変だがな」
アイスを3つ取り出した百夜が、聖女さんから俺を隠すように割り込んでくる。
当然のように手を伸ばしてきた姫さんにアイスのカップをひとつ渡し、聖女さんにも固いアイスバーを押し付けるように渡す。
「おにいちゃんもレベルアップするの?」
「いけません!」
「ぴっ!?」
極めて珍しいことに聖女さんが大声を出して、驚いた姫さんがびっくりしてアイスのカップを放り出す。
百夜が平然と宙で受け取って、硬直したままの姫さんの手に優しく戻した。
「申し訳ありません、姫さま。ですが、ほんのわずかな強化のために、霊的に極めて安定した状態を捨てるのは、決してよいことではありません」
すがるように俺を見る。
俺は、聖女さんにどんな意図があるのか、予測はあるが正直当たっている自信はない。
ただ、今の聖女さんを信じられないなら、人間不信でまともな社会生活が送れなくなる確信がある。
「社長はマナバッテリーを自作できるのだ。昨日の姫の活躍を見れば分かるように、魔力が多い階層ほどマジックアイテムの効果も高くなる。わざわざレベルアップする必要はない」
「おにいちゃん、作るのはじょうずだけど、使うのあんまりうまくないよ?」
「教えてくれてありがとう」
少し腹は立ったが、納得の方が大きい。
ドラゴンが姫さんを『魔の姫』と言っていた。
物騒な呼び名に負けないほど強いし、力の差は納得できる。
「いずれにせよ、将来こうなると決めつけるのは危険です。俺は、基本は除霊で稼いで、儲けは俺や皆の学費と生活費にあてるつもりです。戦力強化は優先しません」
こう言ってはなんだが、俺は拝み屋としては非常に強い。
百夜と聖女さんと姫さんは拝み屋じゃないが、強さの性質は冒険者と同じで、力の強さは冒険者の上限をぶっちぎっている。
だから戦力は足りているんだ。
「異議なし」
「異議はありません」
「よろしくおねがいします!」
「はい。よろしくお願いされました」
4人で合意できたので、今後の方針は決まった。
「では、聖女さんが大学入学、百夜が中学校入学、姫さんが小学校入学を目指す方向でいきましょう。もちろん編入でも構いません」
「社長! 私は出身地では成人だ! せめて社長と同じところへ通いたい!」
「百夜。見た目以前の問題で、ここの常識が身についていないでしょう」
苦労は一杯するだろうが、俺たちなら乗り越えられる。
俺はそう確信していた。
☆
連休が終わった。
3人は先方の了解を得てから大学のキャンパスや小学校の見学に向かい、俺は久しぶりの学校へ向かう。
「おはよー」
「ひさしぶりー」
「おはようございます」
見覚えのある顔に挨拶をしながら坂を上がる。
高級車で送迎される生徒が結構な割合でいる学校で、俺の財力では授業料も実質強制の寄付金も払えない。
特待生として招待されなければ、俺には一生縁がなかったろう高校の、敷地の一部だ。
「おはよう鈴木くん!」
山田ユウキがすごい笑顔とすごい勢いで走ってきた。
今日は重装甲ではなく、制服の上に鎧プロテクターだ。
「山田さん。離してくれないかな?」
俺の腕をがっちり掴んで離してくれない。
この前会ったときより一回りは強くなっていて、札を使わないときの俺では対抗できない。
「わたしに話してからね! 姫ちゃんとか、あの札とか、とにかく全部!」
物理的に追い詰められているのは俺なのに、ユウキの目は完全に追い詰められた者のそれだ。
ときおり周囲を見渡すのは何故なのだろう。
「おはよー。山田さん、今日は取材受けてないの?」
「おはよう! 逃げてきたの!」
「そっかー」
おっとりした態度の生徒が、ユウキだけでなく俺に対しても丁寧に挨拶して坂を登っていく。
情報を収集しつつトラブルには首を突っ込まない処世術は、実に素晴らしい。
「鈴木くん?」
「まあまあ。話しますし逃げはしませんから、一度離してください。……俺の家業の営業秘密も一部話すことになるんです。盗み聞きされるかもしれない場所で話すのはゴメンですよ」
後半は、我ながらドスが効いていた。
今の俺は、俺だけじゃなくて、あの3人の生活も背負ってるんだ。
温い対応なんて許されない。
「あ。うん。ごめん」
俺に威圧されたからではなく、俺の言葉に納得してしまったからだろう。
ユウキは素直に謝って俺から手を離した。
……これで、【強化】の札を即時起動可能な状態にできるな。
「俺も姫さんもそれぞれ事情がありますが、誓って法律には触れていません」
まだ規制する法律が存在しないだけだが、わざわざ説明はしない。
俺も姫さんも、自分の命が危険に晒されない限り、他者の生命や財産にダメージを与える意思など持ってはいないのだ。
「それは姫ちゃんを見れば分かるけど、第10階層を攻略したのにわたしだけ放置して逃げるのって酷くない? それに、姫ちゃんが冒険者ギルドに登録した情報、写真も含めてぜんぶデタラメだったよ?」
「……なんと」
まずい。
まさか姫さん、情報改竄系の札も使ったのか?
あれはまだ俺には作れないし使いこなせない、親父作のややこしい奴だぞ?
「……だいたいわかった。鈴木くんが姫ちゃんにさせてるわけじゃないんだね?」
「あの年頃の元気な子に、一から十まで話を聞かせるのは不可能ですよ。できるのは、子供をマシな方向へ誘導するのと、子供がやらかしたときに責任をとるくらいです」
俺が親父にしてもらったことだ。
この国で姫さんにまともな環境を提供できる……正確に表現するならまともな環境へ誘導できるのは、おそらく俺ひとりだ。
百夜も聖女さんも能力はとんでもなく高いが、この国では異邦人だったからな。
「んんっ。鈴木くんそんな顔もするんだ。え、えーと、じゃあ昨日のことは水に流すけど、今日のことはどうにかしてよ! わたしひとりでマスコミの取材とか冒険者ギルドからの調査をどうにかするの無理だよ! 特に昨日、姫ちゃんをさらった人! 百夜さんより強かったんだけど!? あとで姫ちゃんから電話あったから犯罪じゃないのは分かるけど!」
ユウキは気づいていないが、あれは百夜だ。
全力を出した上で【強化】と【隠密】まで使ってたからな。
ゲームっぽくいうなら、高レベルな戦士と隠密と暗殺者を足して割らない感じの理不尽戦力だったはずだ。
「これ以上は内緒話ができる場所でしましょう。俺の事務所でもいいですし、もちろん山田さんが指定するならその場所に出向きます」
「普通の冒険者にそんな場所へのコネないよ!」
ユウキも落ち着いてきた。
お互い体力がある方なので、何人も抜かしながら学校へ坂を登っていく。
「えっ」
「これは……」
そして、呪詛じみた気配で覆われた校門が視界に入る。
異様な気配は校門だけでなく、広々とした駐車場や運動場、そして特大の校舎にまで及んでいる。
「もしかして、ダンジョン?」
「授業料無料で寄付金その他免除の学校、まだ潰れて欲しくはないんですが……」
ユウキが剣を縛っていた封印を破り、俺は【強化】の札に触れて起動させた。




