第4話 お昼の特番と小さなヒーロー
焼却炉を借りて怪異の死体を燃やす。
わずかに残った炭を専門家が加工して特殊な墨を作り、これが札を作る際の最重要の道具になる。
「鈴木さんの弟子かい。綺麗に焼いたねぇ。これなら半年で墨ができるよ」
「あなたがマジックアイテムの技術者か」
「百夜!? 失礼なことを言わないでください!」
「あっはっは。あたしはババアだがRPGも楽しんだ世代さ。今度からはマジックアイテムクラフターとでも名乗ろうかい」
こっそり焼いて、こっそり炭を専門家に引き渡し、ようやく事務所に戻ってきたのが翌日の昼頃だった。
「「終わったー!」」
帰宅したのは俺と百夜だけだ。
聖女さんは用事があって、昨日、餓鬼を倒したあとに事務所へ戻っている。
血の繋がっていない、しかし仲間である子供の世話をするためだ。
「お帰りなさいませ。食事はどうされます?」
ジャージの上にエプロンを着た聖女さんが出迎えてくれた。
安物のジャージなのに、モデル体型の金髪碧眼美女が着ると強烈な魅力があるのが恐ろしい。
気を抜くと魅了されてしまって、社長としての仕事ができなくなりそうで怖いぜ。
「今日は奮発してカップ麺にしましょう。墨作りのお婆さま……ではなくマジックアイテムクラフターのお婆さまから頂いたキャベツを使ってサラダも作りますよ」
料理は好きでもヤケクソに雑な親父から、料理する権利を奪ったのはいつだったろうか。
そんなことを考えながら、夜に久々のお好み焼きを作るためのキャベツを確保してから、そこそこ雑に洗って切って酢と砂糖と塩胡椒であえる。
「社長! お湯がわいたぞ!」
百夜が目を輝かせて、焼きそばのカップ麺をガッチリ両手で確保している。
よっぽど食べたかったんだな。
俺は軽く息を吐いて頷いてから、もう一人の同居人の行方を聖女さんに尋ねた。
「姫さんは?」
「姫さまは、今日の朝方、お友だちと出かけられました」
そのお友だちの名前は意外な名前だった。
「山田さんですか」
「社長さまを訪ねてこられたユウキさんと仲良くなって、という感じです。夕ご飯までには絶対に帰るそうですよ」
「本当でしょうか? まあ、仮に遅くなっても姫さんに害を及ぼせる奴はいないでしょうし、遅くなっても焼きたてのお好み焼きを姫さんが食べられなくなるだけですね」
居候3人の中で一番魔力がある上、俺のとっておきの札も持たせている。
万一があっても悲惨な目にあうのは、悪党と、札を消費されて泣く俺くらいなものだ。
「社長!」
「分かっています。聖女さんはどちらを?」
「ではわたくしはこれで」
それぞれカップ麺を手に取り、開けて、お湯を注ぐ。
俺は多少の眠気を感じているが、チクワを軽く炙って1品増やす程度は余裕だ。
固めの麺が好きな百夜が、早めに俺の隣で湯切りをしていた。
「「「いただきます!」」」
全員で食べ始める。
食事は貧相ですらあるが、悪い気分はしない。
仕事ができて信用もできる奴なんて、存在するのも出会えるのも奇跡みたいなものだ。
カップ麺とキャベツサラダとチクワという食事も、この二人と食べるなら本当に美味しい。
「テレビをつけるぞ」
「百夜さま。食べながら見るのはお行儀が悪いですよ」
古びた液晶ディスプレイにアニメが映る。
俺にとっては馴染みのない魔法少女が、派手に暴れている。
「触媒なしで術が使えるのはいいですね」
「社長。ファンタジーにツッコミを入れるのは野暮だぞ」
「それは確かに」
物理学じゃ説明できない力がある札を作れる俺も、ヒーローの特撮とかは普通に楽しめている。
俺が納得して軽く頭を下げたときには、百夜は番組に夢中だった。
無粋な音が鳴った。
闇系の魔法少女が光系の魔法少女を庇って倒れた場面に重なるように『冒険者ギルドからの緊急発表』という文字が表示される。
『番組の途中ですが緊急特番です。先程、冒険者ギルドで緊急発表が行われました。ダンジョン第10階層の階層ボスの攻略戦が開始されました』
「そんなものより魔法少女を映せ!」
「百夜さま」
聖女さんがたしなめる口調で、ティッシュを使って百夜のくちもとについたソースをとる。
俺は軽く息を吐いて、噛みしめるように少しずつ麺をすすり、味噌ラーメンのスープをちびちび飲んでいた。
だが俺が落ち着いていたのもそこまでだった。
『冒険者ギルドからの中継です! 攻略戦の生中継です!』
再び画面が切り替わる。
古代の神殿じみた広大な廃墟の中で、赤黒いドラゴンが青いブレスを放つアニメじみた光景だ。
それだけなら俺たちは驚かない。
業界の慣習を無視して俺たちの全戦力を叩きつければ、1戦だけならあれ以上の化け物相手に勝てる自信がある。
「姫っ!?」
「姫さん?」
「姫さまっ!?」
赤い光刃が青いブレスを切り裂く。
魔力によって構成された青いブレスが、それ以上の魔力によって破壊され、霧散する。
『あまいよドラゴンちゃん!』
赤い光刃が構え直される。
俺が高校の剣道の授業で習ったのをせがまれて教えた構えのまま、俺たちが姫と呼ぶ少女というより幼女が、得意げな顔で宣言する。
そのベルトには俺と同じように多数の札が仕込まれていて、ざっとみて分かるだけで【強化】と【装甲】と【対魔】の札が強く光っている。
地上で使うときより力の気配が強く、赤い光刃も3メートルを超えていた。
「俺のとっておきの札、使われちゃった……」
「社長さま!? しっかりしてください!」
「さすが姫。技術はまだまだでも魔力量は私を超えている。ダンジョン内の魔力を己の魔力に巻き込んで札を強化しているのか」
俺は精神的衝撃で頭がまわらない。
【装甲】も手間がかかる札だが【対魔】は次元が違う。
今の俺でも一枚書くのに丸一日かかるし、成功率は3割を切っている貴重な札だ。
『貴様、上の階層の人間か?』
『しゃべったー!?』
言葉をしゃべったドラゴンに対し、姫は驚愕して集中を乱した。
ドラゴンはその隙を見逃さず、一度失敗したブレスではなく、圧倒的巨体を自動車の急発車なみの加速で押し出すことで姫を挽き潰そうとする。
『危ない!』
聞き覚えのある声が響いた。
姫の後ろから走ってきて姫を追い抜いた山田ユウキが、全高2メートルはある盾を床に突き立てた上で、自身も裏から盾を支える。
事務所で会ったときはダンジョン外での軽装備だったのだろう。
目以外のすべてを隠す重装甲が、良く似合っている。
『一日に一度しか使えないのにっ。プロテクション、フルパワー!』
ユウキの体から魔力が噴き出した。
百夜や聖女さんとは比較にならないほど薄くて制御も甘いが、数秒だけ防御を高めるだけなら十分だ。
見たところ、ドラゴンは魔力の要素が極めて濃く、物理的には薄い存在のようだからな。
『ユウキちゃんすごい!』
姫はユウキに守られて、嬉しそうにはしゃいでいる。
『ちょっと姫ちゃん!? なんでしかけたの!?』
『勝てそうだから! でもどうしようユウキちゃん。おにいちゃんが、人間の言葉を話すモンスターはあとでめんどーだからやめておきなさいって言ってた!』
『今は生きて戻ることが先だと思うよっ!?』
ユウキが放っていた守りの力が薄れていく。
盾がひび割れ、ユウキが引きつった表情になる。
「まずいな」
「はい。姫さまが危機感を覚えるのは親しい者が危険にさらされたときだけです。これまでそういう場面がほとんどありませんでしたから……」
俺は、姫さんがベルトからまとめて札を引き抜くのに気付いた。
「まさかっ」
『いくよー!』
【光刃】札8枚が宙を舞う。
ダンジョン内の濃厚な魔力より強い姫の魔力が札に直撃して、8枚の札が弾けて8本の巨大な光刃が出現する。
直径1メートル、全高10メートルを超えるそれは、もはや剣というよりミサイルだ。
『馬鹿なっ』
ドラゴンが、怯えた猫のように尻尾を丸め、無意識に後ろへ飛び退く。
石造りの床と、巨大な門が、着地の衝撃で激しく揺れた。
『全弾はっしゃぁ!』
巨大光刃が前進する。
残念ながら飛翔とか突撃という感じの速度はない。
しかしその威力は通常の光刃と同じくらいに強烈で、しかも効果範囲が巨大だ。
8本が、人間が走る程度の速度で迫る光景は、俺たちにとっては単に見応えある光景だが、ドラゴンにとっては迫ってくる死そのものだろう。
『何故、魔の姫が第90階層のような僻地にっ!?』
ドラゴンが背を見せる。
ドラゴンが口を開く。
ドラゴンが、厳重に封印されていた巨大な門を、青いブレスで撃ち抜いた。
『知らせねばっ』
ドラゴンの判断はわずかに遅かった。
8本の巨大光刃がドラゴンの翼に触れて、一瞬でズタズタに切り裂いてしまったのだ。
『百夜の魔女も滅魔の聖女も生きているやもしれぬっ。こんなところで、死ねるかっ!』
背中まで抉られてもドラゴンは止まらない。
おそらく音速かそれ以上の速度で巨大な門を破壊し下の階層へと消える。
ホーミング機能などない8本の巨大光刃は、ダンジョンの中に一直線な巨大通路を切り開いてから、ようやく消滅した。
『やったよ大しょーり! おにいちゃんみてるー!? ももよ! せいじょ! 帰ったらほめてねー!』
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ姫に、疲れた顔のユウキがスポーツドリンクを渡す。
そして、冒険者ギルドから派遣されて撮影を行っていたドローンに気付き、天を仰ぐ。
俺たち3人も、ユウキと同じような顔で、同じような動作をする。
姫だけが、ドローンに向けてポーズを決めていた。
☆
それから数時間の間に色々あった。
姫さんとユウキが新たなヒーロー冒険者として祭り上げられたり、見た目が幼児な姫さんを冒険者登録していた冒険者ギルドが責められたりと、本当にいろいろあった。
だから、百夜がこっそりギルドに忍び込んで姫さんを連れ帰るくらい、たいした問題ではないはずだ。
「最初はひとり一枚ですよ」
「「「はーい!」」」
古びてはいるが清潔ではあるホットプレートを使い、俺はキャベツたっぷりお好み焼きを作っている。
裏返すと豚肉に良い焼き色がついていて、脂身が生地に染みるだけでなく非常に良い香りとして立ち上る。
「おにいちゃん!」
「はいはい。ソースとマヨネーズ多めでマスタードは控えめ、削り節はちょっとだけですね。食べ易く切っておきますよ」
「ありがとう!」
親父と一緒に食べていたときに、何度も失敗したことを懐かしく思い出す。
もう、懐かしめるくらいに、時間がすぎたんだ。
「社長!」
「社長さま。できればわたくしも……」
「はいはい。百夜はマスタードなし、聖女さんは多め、ふたりともマヨネーズと削り節は普通ですね」
古ぼけた事務所の中で、俺たち4人は明日に向けて鋭気を養うのだった。




