第3話 太客のお寺と黒字バンザイ!
事務所に戻るとFAXが届いていた。
親父の代からつきあいのある、これまで一度もトラブルのない太客からの依頼だ。
「急げ百夜! 聖女さん!」
「社長。鍵をしめるのを忘れているぞ」
「自分へのご褒美のチョコレートはあとにしましょう。魔女さまと社長さまの分もありますよ」
聖女さんが穏やかに言うと、百夜が露骨に目をそらした。
もちろん、事務所の冷蔵庫にチョコレートは残っていない。
「う、うむ。ところで、できれば魔女ではなく魔法少女と呼んで欲しい」
「構いませんが、少し言いにくいですし百夜さまでも構いませんか?」
「それでいい」
聖女さんは、多分このやりとりでチョコレートが消えたのを悟ったのに、気付かないふりをしている。
露骨に安堵している百夜に教えてやるべきか一瞬迷ったが、俺は聖女さんに目配せされて黙った。
表情は穏やかなのに目が怒っていた。
これは間違いなく、ちくちくと百夜をつついて反省させる気だ。
「リピート案件ばんざーい!」
俺はテンションが上がって思わず叫ぶ。
百夜はちょっと恥ずかしそうにして、聖女さんは楽しそうに微笑んでいた。
☆
「霊障は深刻です。去年は餓鬼が1体出現した時点で大問題だったのですが」
綺麗に剃った頭と袈裟を除けばやり手のエリートサラリーマンにしか見えない青年が、丁寧に説明してくれる。
目撃した人の数、目撃されたものの形や数や状況などを、文章よりも分かり易く、そして素早く伝えてくる。
俺もこんな、できる男になりたいぜ。
「承知しました。条件はこれまで通りで?」
「鈴木社長。門主さまからは、危険手当を1体ごとに適用するようにと伝えられております」
青年僧侶が淡々と答えたのと対照的に、俺は目を見開いて体を小さく震わせた。
手当。
素敵な言葉だ。
「お任せくださいっ!」
「社長。殺気が漏れて仕事先の方が怯えているぞ」
俺は百夜に引っ張られて現場へ向かう。
署名とか押印とかはしない。
この寺とは、親父の代からこういう感じでうまくやってきた。
他の取引先は、ガチガチに契約書を決めた上で書面にしないと安心して取り引きできない。
あのクソクレーマーに対しては、契約書があるから『後で訴えてきても勝てる』と判断して依頼を終了させることができたんだ。
「社長さま。ここですか?」
聖女さんが爪先立ちしている。
もともと俺と身長があまり変わらないので、かなり高い視点になるはずだ。
「石の墓標か。毎回思うが、魔法を使わずに火葬して埋葬というのは実にいいな。アンデッドがほぼ出ない」
百夜は手提げからグローブを取り出す。
ボクシングのグローブではなく、指が非常に動かしづらいタイプの作業用のグローブだ。
ついでに運んで来た金属バットを渡してくれたので、青年僧侶の許可をとってから構えた。
石畳まで整備された霊園に、幼児サイズの怪異がよたよたと歩いている。
経文が彫り込まれた墓石に触れた瞬間には、鋭い痛みを感じたかのようにその場から飛び退くが、他の石にぶつかって軽くではあるが石を揺らしている。
放置すれば、物理的にも霊的にも、霊園に大きなダメージを与えるのは確実だ。
ここまでついてきた青年僧侶が、緊張を隠せず、表情を強ばらせていた。
「社長。マナバッテリーを2つ使うぞ」
「マジックアイテムじゃなくて札ですよ」
百夜が指で挟んだのは【強化】の札だ。
俺が最も作るのも使うのも得意な札であり、力仕事から戦闘まであらゆる面で役立つ札でもある。
「技術体系が違っても必要なものは同じだ。倒すだけなら体内魔力だけで十分だが……」
百夜が宙にパンチを繰り出す。
見た目よりずっと重いドレスと、見た目通りに重いグローブを嵌めているのに、拳を突き出す速度も引き戻す速度も異様に速い。
行きで「ぼっ」、帰りで「ばっ」という音が、百夜の体ではなく空気から生じた。
「できるだけ墓や霊園の損壊は避けてくださいっ」
青年僧侶の顔色がどんどん悪くなっていく。
怪異相手の殺し合いに慣れている俺や、生き物としての格が根本的に違う百夜や聖女さんの方がおかしいんだ。
「任せておけ。社長、援護は頼むぞ」
「定期的に整備されている霊園ですから、俺の手は必要ないと思いますよ」
聖女さんと手分けして、前の仕事で回収してきた【境界】の札を霊園の隅に置いていく。
とても広く、しかも豪華な霊園だ。
走っても壊れないのが実にいい。
「儲かってますね」
「んんっ」
「社長さま。お気持ちは分かりますが」
思わず本音をこぼしてしまった俺に青年僧侶が咳払いをして、聖女さんがやんわりと注意を促してくる。
餓鬼がいるのは霊園の北側で、それ以外は、少し気配がおかしいだけで、移動も設置も短時間ですんだ。
「社長。聖女どの」
百夜の気配と態度が切り替わる。
少し変わったところのある少女から、敵を蹂躙する魔女に完全に変わった。
青年僧侶が無意識に一歩後退する。
百夜の指に挟まれた【強化】の札から力が消えて、代わりに百夜の力が増す。
「いってくる」
軽やかに駆け出す。
ドレスの揺れがおかしく感じられるのは重いからで、足音が軽いのは百夜の身体能力と身体技術が非常に高いからだ。
「ゴブリンにも劣る雑魚とはいえ、周囲への被害をゼロにした上で、しかもその場所で殺すのは厳禁なのは難易度が高い。……だが、平和な社会で武力で稼げるのは悪くない」
百夜が微かに笑う。
餓鬼が、ようやく百夜に気付く。
極度の飢餓で膨れた腹を揺らして、百夜の首筋に噛みつこうとした。
「いくぞ社長!」
「どうぞ!」
グローブが餓鬼の手首を掴んで投げる。
普通ならそのまま石畳に叩きつけられて頭蓋の中をぶちまけたのだろうが、今は百夜の魔法が発動している。
配信で見たことのあるアニメの魔法少女のような華やかさはないが、宙に浮かんだまま石畳と水平に吹っ飛ぶさまは特撮じみていた。
「焼却場は向こう、角度はこうで、よし!」
俺は、会社の備品のバットを思い切り振り回す。
完全に俺にぶつかるルートだった餓鬼に直撃し、不気味な音と感触を残して目的地へ方向転換した。
「浮遊と質量軽減の付与術ですね! さすがです魔女さま!」
「魔法少女だ!」
2体目の餓鬼が、今度は斜め上に撃ち出された。
2枚目の【強化】札からも力が失われたのが気配で分かる。
「境内や霊園では殺生は禁止という条件ですが、これ、いいんでしょうか?」
フルスイング。
寺なのに十字架モチーフの真新しい墓をかすめて餓鬼が飛ぶ。
行きつく果ては、霊園の豪華さとは逆に寒々しい光景の、焼却炉とその周囲の平地だ。
霊園からは見えないよう生け垣で隠されてはいるが、ある程度の霊感があれば土地に染みついた殺意が容易に分かる。
「私には拝み屋としての適性はありませんので、よく見えません」
「はい。変なことを聞いて申し訳ありません」
青年僧侶の見ない振りを、俺も見習うことにする。
拝み屋は国からの保護をほとんど受けられないんだから、太客からの要望……この場合は「私は気付いていないふりをするから怪異を駆除してくれ」に応えるのが正解だ。
「社長! あと3体だ!」
「多いですね!?」
「2体は私が直接運べそうだ。あと1体を頼む!」
3体目が飛んで来た。
よりにもよって俺の頭に突撃コース。
俺は、親父が死ぬまでは符術の修行で、死んでからは商売と学業に忙しくて野球の経験はほとんどないんだ。
「ああもうっ。1枚使います!」
【強化】の札を1枚引きちぎる。
通常なら数分は持続する効果がわずかな時間しかもたなくなるが、今はそれで構わない。
「くそっ、気持ち悪いっ」
バットを捨てて、両手で餓鬼を受け止める。
そして、冒険者として通用する頑丈さと腕力で、暴れる餓鬼を焼却場まで運んで、剥き出しの地面に叩きつける。
直後に百夜が両手に1体ずつ餓鬼を抱えて跳んでくる。
地面で呻いている餓鬼と痙攣している餓鬼を合計して、これで計5体。
数十人の拝み屋が所属する大手除霊会社でも数人は大怪我で引退を強いられかねない大戦力も、俺たち3人にかかればこんなもんだ。
「聖女さん、浄化を!」
「はい!」
それまで前線に立たなかったというか、俺と百夜が頑張って敵を引きつけて「力を使わせなかった」聖女さんが、満面の笑みを浮かべた。
「邪魔不容於天地」
甘く明瞭な声が、底知れない殺意を込めて言葉を形作る。
その言葉が向けられたのは餓鬼5体。
3体を手分けして押さえ込んでいる俺と百夜も巻き込まれている。
百夜と俺は術による強化が消えるだけですむが、怪異である餓鬼への影響は壮絶だ。
不気味ではあるが命として成り立っていた体から、半分以上がいきなり消える。
一瞬で枯木じみた形と重さになった餓鬼5体が、自重に耐えられずに、ぺきりと音を立てて割れた。
「うむ。魔力否定の呪いをこの身で受けることになるとは、この階層に来るまでは考えもしなかったぞ」
「力を込めた符をぜんぶ台無しにされる、敵にまわしたら一瞬で破滅確実の力ですよ」
「ひぃっ」
青年僧侶がへたり込む。
こいつ、明らかに強力な霊能があるな。
聖女さんのヤバさを感じ取れるんだから、大手の除霊会社の主力級だ。
「魔力という穢れた力なしで成立可能なこの階層に、魔力に頼らねば生きられぬ存在など不要です」
即死した餓鬼5体を見下ろし、聖女さんは本心からの言葉を口にする。
聖女さんにとって当たり前の事実を話しているので、落ち着いた口調のままだ。
聖女さんに名はない。
故郷において魔の種族の大量殺戮者として知られ、名前を奪われあらゆる呪いを受けたのに生きたまま逃げだし、ダンジョン攻略の果てにここにたどり着いた、能力的には完全に怪物だ。
「さいっこうだぜ聖女さん!」
だがそんなことはどうでもいい。
大事なのは、クソほど金がかかる怪異の死体処理をめちゃくちゃ楽にしてくれるということだ!
「えへ」
俺より年上の聖女さんが、欲しかったものを初めて得られた、子供のように笑う。
最初に会ったときから、聖女さんが力を使ったときはいつもこうだ。
「えへへ……。ありがとうございます。社長さま」
潤んだ瞳で見つめられると、健康な高校生である俺は、強烈に性欲や支配欲が刺激される。
だがそんなもの、親父の代から低空飛行を続けて来た零細除霊会社のトップにとっては、少しの我慢で抑え込める。
何故なら、聖女さんのお陰で、前の依頼の経費を計算に入れても黒字になったのだ!
「こちらこそありがとう聖女さん黒字万歳! ばんざーい!」
俺はテンションMAXだ。
「こりゃだめだ」という顔をした百夜が、肩をすくめて青年僧侶を立ち上がらせていた。




