第2話 お助けコールと赤字のお仕事
ダイヤル式の固定電話が大きな音で鳴り出した。
百夜に話しかけようとした山田ユウキ……俺の同級生らしい少女がびっくりした顔で振り返る。
「それ、電話?」
「電話ですよ。はいこちら鈴木清掃」
親父から受け継いだ電話は表面がぼろぼろだ。
元はアナログだったのをデジタルにしたとか言ってた気がするが、当時の俺はガキだったのでよく覚えていない。
『社長さま! 作業が終わりました!』
心地よい声が俺の耳から脳に直撃する。
相変わらず、気を抜くと一瞬で魅了されそうになる声だ。
「聖女さんお疲れさま。終わったのは除霊作業だけですか?」
『はい……』
落胆する声と吐息が俺の男を刺激する。
貧乏学生には刺激が強すぎるぜ。
「ん!」
俺の左腕が、小さいのに異様に重く力強いものにしがみつかれる。
百夜だ。
「やっぱり百夜さんと鈴木くんはそういう関係?」
高校生なら当たり前な会話なのかもしれないが、俺が今しているのは学校生活ではなく金と将来がかかった商売だ。
戦闘用のドレスは固いなと思いながら、受話器を首と肩ではさみ、胸ポケットからペンとメモ帳をとって電話での会話に集中する。
「後払いの金は受け取りました? 依頼終了のサインか印鑑は?」
『はい。どちらも、いただけませんでした。わたくしを食事へ誘ったり、肌に触れようとするばかりで……』
百夜のしがみつく力が強くなり、俺の筋肉と骨が痛くなる。
聖女さんの、悪意も媚びもない、だからこそ多くの男を狂わせる困った笑顔を想像してしまい、ますます力が強くなった。
「今からそっちへ行きます。本気で走るから20分もあれば」
「私も行く!」
百夜が大声を出した。
手を伸ばして、保管用ケースに入れていたロングソードを取り出して背負い始める。
「聖女さんがいるのはダンジョン特区じゃないですから、そんなもの持っていったら一発で捕まりますよ。一緒に行ってもいいですから、物騒なものは置いていってください」
「うむ!」
俺と百夜は事務所の前でユウキと別れ、事務所に施錠してから現場へ向かった。
☆
吹き付ける風を強く感じる。
車は少ない。
昔は経済大国として知られていたらしいが、俺が知っているこの国は、ローテクと人力でなんとかする国だ。
「社長。冒険者が増えたな」
俺とは違って息が乱れていない百夜が話しかけてくる。
街のあちこちで冒険者風の男女を見かける。
ユウキのような、有名メーカーが冒険者用に生産したお洒落な装備ではなく、しかし明らかに実戦用の服や防具を身に着けている。
ここはまだダンジョン特区内なので、鞘に収まった剣を腰に下げている奴も珍しくない。
「ダンジョン封じ込めに人手が必要って気がついたのでしょう。銃は、モンスターに効かない、高い、治安が悪化するの三重苦ですからね」
途中で呼吸が乱れて、何度か言葉が不自然に止まってしまう。
「完全に封じてしまえばいい。危険だぞ」
「危険は分かっていても、ダンジョン出現前のどん底経済が、トラウマですからね。政府から、俺たち庶民まで」
モンスターが落とす素材のおかげで、発電の効率は爆上がり、上下水道の効率も超爆上がりだ。
電気料金と水道料金が数分の一になった結果、ダンジョン脅威論は瞬時に下火になった。
「しかしそれでは、この階層が変容しかねないぞ?」
「百夜。俺もあなたも、物語の主人公じゃないんです。見過ごせば自分たちまで死ぬなら、多少は考えますけどね」
「……うん。私はもう魔女、んんっ、魔法少女ではなく一般市民だったな」
上機嫌の百夜が速度を上げる。
俺は遅れないよう気合いを入れ直し、ダンジョン特区の外へ走って出て行くのだった。
☆
「拝み屋なんてオカルトに決まってるだろぉっ」
「ですから、あなたが契約したのは清掃についての依頼です。清掃が終わったのですから、報酬を支払う必要が……」
金髪碧眼のモデル体型が、腹も腕も太い中年に迫られて困っている。
高級な化粧品を買う稼ぎなんてないのに、なんで拝み屋なんて危険激高報酬少なめの仕事をしているか分からない、自称聖女の超美形だ。
「鈴木清掃の者です! うちの社員に何か問題でもありましたでしょうか?」
言葉と声は柔らかく、顔は笑顔で、しかし目だけは『社会的に殺す』という気合を込める。
百夜はとんでもない加速で聖女さんと中年の間に割って入り、温度のない目で中年を見上げる。
「おい、ガキは呼んで……重っ」
百夜をどけようとした中年が、百夜を押しても全く動かないことに気づいて驚愕する。
「装備の重量だぞ?」
「魔女さまっ!」
聖女さんが満面の笑みを浮かべる。
無意識に百夜に抱きつきかけて、少し触れた瞬間、我に返って俺に向き直りぺこりと頭を下げた。
「俺の見る限りでは、清掃は終わっているようですが? なのに依頼完了の報告が来ていないのは何故でしょうか?」
霊障案件によくある、人間や動物の悪感情が濃厚に残った危険な土地だ。
広い敷地の隅に、使われなくなって長い錆びた檻がいくつもあるので、悪質なブリーダーでもいたのかもしれない。
敷地の四隅に目立たないように、俺が作った札が杭で打ちこまれているのが見えた。
「詐欺師に金を払えねえって言ってんだよ!」
拳を振りかぶり、言葉と表情で俺を威嚇する。
怪我をするのも馬鹿らしい相手だが、こんなカスハラ野郎と長々付き合うのもごめんだ。
俺はベルトから【強化】の札をとって表面を軽くなでる。
札が淡く光って効果を発揮して、俺の体を物理的に強化した。
「おや? ひょっとして暴行? 困りますねえ?」
拳にわざと当たりにいく。
普段なら軽い打撲傷だったかもしれないが、今の俺は何度かレベルアップした冒険者程度には強い。
俺は、暴力的中年男には傷一つ与えないよう注意した上で、殺意マシマシの目で、そのツラを覗き込んだ。
「は、はぁ? お前が勝手に当たってっ」
怯えて一歩下がる。
俺は一歩前に出て距離を維持する。
「いずれにせよ、依頼をした側と依頼を受けた側の信頼関係は破壊されました。依頼の契約書の第4条にもとづき、依頼はこれで終了です。前払いの金は明日中に振り込みますね」
「社長? 説得や交渉はしないのか?」
小声で聞く百夜に、俺も小声で答える。
「面倒な客もどきに時間を使いたくないんですよ。百夜、札の回収をお願いします」
「うむ!」
俺が『何度かレベルアップした冒険者』なら、百夜は『レベルアップの限界に達した冒険者』だ。
まだ存在しないはずの超高レベル冒険者に匹敵する身体能力で、敷地の四隅から杭と札を回収する。
「では俺たちはこれで撤収します。同業者に今回の件について、守秘義務の範囲内で情報共有しますのでご了承ください」
カスハラ客について情報共有するための、回状ともいう。
事務所に戻ったらFAXの出番だ。
「おい待て!」
客の立場を悪用して、実際に出会うことなどあり得ないレベルの美人とお近づきになりたかったのかもしれない。
そんな希望に応えてやる義理など、俺にも聖女さんにもないがな。
「あの、社長さま?」
「分かっています。怪異が外に出ようとしたら祓います」
「社長、モンスターだ」
回収した札と杭を片手に抱えた百夜が、敷地の隅にある錆びた檻を指さす。
そこから、黒い泥がうごめく体でできた、大型犬の形をした怪異が起き上がり、吠えた。
あおん、という鳴き声は絶望と怒りに満ちている。
今のダンジョンで行われる、危険ではあるがゲームじみて清潔なモンスターではなく、泥臭く血なまぐさい、人殺しの怪物だ。
「法律では怪異の存在は認められていないんです。どういうことか分かりますか? 拝み屋が死んでも誰も補償してくれないし、被害が出てもただの事故としてあつかわれるんですよ」
「ひぃっ」
逃げ出すカスハラ中年を無視して、俺は2枚目の札を手に取る。
【光刃】と書かれた、俺が「非効率だからやめろ」と何度言っても親父が量産し続けていた札から、アニメじみた光の刃が伸びる。
「今回は、客の性根を見抜けなかった勉強代と考えましょう」
「社長。私なら素手でも戦えるぞ」
「魔女さま。頑張る男の子を見守るのも、女の甲斐性ですよ?」
黒犬の怪異が跳躍する。
俺の足を狙った噛みつきに【強化】された足で耐え、両手で握った【光刃】で怪異の背中に触れて、そのまま押し込む。
腐肉が焼ける悪臭を生じさせながら、もはや他者に害を与えることしかできなくなったソレを、両断する。
「乱暴な祓い方ですみません」
完全に動かなくなったことを確認してから、俺は【光刃】を消して手をあわせる。
【強化】の札も【光刃】も、もう光ってはいない。
「社長さま。見事な技です」
「もっと安価に使えれば完璧なのだがな」
「言わないでください……」
戦闘用に2枚の札を消費し、敷地浄化のための【境界】の札4枚は中古品になった。
しかも報酬はなしだ。
俺は百夜と聖女さんに慰められながら、とぼとぼと事務所へ戻っていくのだった。




