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地球はダンジョンの第100階層だった ~流れ着いた魔女と聖女と姫を養うため、貧乏符術師は除霊会社を始めます~  作者: 星灯ゆらり


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第1話 魔法少女(自称)と消えたチョコレート

「なんでモンスターが地上にっ」


 制服の上にプロテクターを身につけた女子高生が走る。

 腰には鉈に似た実用刀が吊られているが、それを使おうなんて思いつきすらしない。

 冒険者だからこそ、自分より強いものに追われていて、逃げ切れないのが分かってしまう。


 背後から足音が迫ってくる。

 ひとつひとつの足音が酷く大きく、その間隔も驚くほど短い。

 格闘漫画の強敵じみた体格の巨漢が、短距離走のアスリートじみた速度で女子高生に迫っていた。


『拝み屋のいない土地で、若い女が黄昏時に単独行動とはなぁっ』


 舌なめずりをしながら、無人のバス停から標識を引きちぎり、投げる。

 絶対に投擲には向いていない形状と重量なのに、標識の残骸が女子高生を追い抜き、滑らかなアスファルトに斜めに突き刺さる。


「ひっ」


 恐怖が限界を超えた。

 へたりと座り込み、少女が恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、家畜を見る目をした異形の巨漢と、そのコメカミにドロップキックを決める寸前の、小柄な魔法少女がいた。


『おぐっ!?』


 魔法の燐光をまとった、ドレス姿の魔法少女が、鬼に悲鳴をあげさせる。

 同時に響いた不吉な音は、少女は気付かなかったが、首の骨が砕け散る音だ。


「怪異か。珍しい」


 魔法少女が着地する。

 黒々としたドレスは、ドロップキックの後に着地したのに、ほとんど乱れていない。

 内側に装甲を兼ねた重りが仕込まれていることに、巨漢だけが気付いた。


『拝み屋かっ』

「そういう貴様は鬼か」


 鬼と呼ばれた巨漢が拳を繰り出す。

 技はないが、大重量の体格と優れた筋力での正拳突きは異様に速い。

 『ぼっ』という風切り音を伴うパンチが、魔法少女の拳に突き刺さったかに見えた。


「えっ」


 女子高生は目の前の光景が理解できなかった。

 平然とした顔で魔法少女が一歩前に出て、鬼の拳が狙いを外される。

 そして、魔法少女が背中から抜き放ったロングソードが、鬼の手首を無造作に斬り落とす。

 ほとばしる血の臭いと熱さが、女子高生から現実感を失わせた。


「そこの娘。所属と姓名を言いなさい」


 魔法少女はそう言いながら、ロングソードの切っ先で鬼の喉と左胸を連続で突く。

 無事な方の手でロングソードの刃を掴もうとした鬼に対し、魔法少女は引き抜く動作で横に振って手のひらを両断する。


 アスファルトの上に落ちた手首から先と手のひらの半分が、この戦いが『冒険者対モンスター』の『倒しても血が残らない戦い』ではなく、純粋な殺し合いであることを女子高生に伝えた。


「もう一度だけ聞きます。そこの娘。所属と姓名を言いなさい。私は貴方が人間かどうか知らない」


 魔法少女が数メートル横に跳ぶ。

 激痛と出血が限界を超えた鬼が倒れるが、魔法少女を巻き込むことも、返り血を浴びせることもできない。


「へ、あ、あのっ。もしかしてあたし、疑われてます?」


 引きつった卑屈な笑みを浮かべた女子高生に対し、魔法少女は一切馬鹿にせずに静かに頷く。

 かなりの重さのはずのロングソードが完全に固定された状態で、切っ先がいつでも自分に向けられることに気付いた女子高生が、真っ青になった。



  ☆



「社長。いま戻った」

「お、お邪魔します……」


 魔法少女が女子高生を案内したのは、古ぼけた雑居ビルの2階にある、さらに古ぼけた事務所だ。

 入り口の上には『鈴木清掃』というプレートが貼り付けられている。


「お帰り百夜(ももよ)。そちらの方は?」


 使い込まれてはいるが清潔な作業着を着た少年が、筆を硯に戻す。

 少年が座っている事務机には、妙な気配を放つ札がいくつも置かれていて、女子高生には分からない文字が墨書されていた。


「鈴木くん!?」


 女子高生の声が変わった。

 化け物同士の戦いに巻き込まれた被害者から、日常を謳歌する、学生にようやく戻ったのだ。


「わたし、ダンジョン科1年の山田ユウキ! 選択科目で何度も一緒だったじゃん! ……一緒だったよね? あなた、一般科で特待生の鈴木くんだよね?」


 言っている途中で不安になる。

 目の前の少年と、高校で何度か同じ教室で学んだことのある少年の印象が一致しない。

 顔も体格もまったく同じ。

 しかし、ロングソードを布で拭いて綺麗にしても血の臭いが消えないのに平然としている少年は、ロングソードの魔法少女と同じくらいに得体が知れない。


「親父がしていた家業を再開する許可は出ているよ。……百夜?」

「除霊の予定地に入り込もうとしていたので、除霊のついでに保護した」

「助かります。使った分の札はここから持っていってください。依頼人への連絡は俺がしておきます」


 少年は仕事に戻るが、百夜からの視線を感じる。

 少しだけ息を吐いてから、少年はご褒美を提案した。


「冷蔵庫にジュースを冷やしていますから、好きなものを飲んでください。シャワーを使うなら、水量は加減してくださいね。水道代が安くなったとはいえ、ただじゃないんですから」

「承知した」


 魔法少女は少年の机から札を3枚回収して、隣の部屋へ向かう。

 しばらくして、シャワーを使う音が小さく聞こえてくる。


「えっと、その」


 ユウキがもじもじする。

 空腹を自覚できるくらいに、落ち着いたのだ。


「ジュースが欲しいなら実費を払ってください。財政に余裕がないんです」

「あ、うん。できればオレンジジュース……じゃなくて! あの人なに? 冒険者で魔法少女ってネタ職業だよ!? あんなに強いなんて、何レベルあるの!?」


 少年は困った顔で頬をかき、何度かまたたきをして数秒考える。

 そして、諦めたように大きな息を吐いてから、真正面からユウキを見る。


「ここは除霊会社で俺たちは拝み屋だよ」

「社長! このチョコレートは食べていいのか!?」


 鬼と戦っているときも、ここまで来る道中でも一度も聞いたことのない、うきうきした声がユウキの耳に届いた。


「おい百夜! それは聖女さんのとっておきの……お前、食いやがったな!」


 少年の態度から礼儀正しさが消えて荒っぽさが現れる。

 直前までの得体の知れ無さは消えたが、ダンジョン攻略の最前線組のような威圧感が押し寄せてきて、ユウキは一歩後ずさる。


「あま……んんっ。気のせいだ」


 やりとりは日常なのに、ユウキが知っていた現実とはどこか違っている。

 ここは零細除霊会社『鈴木清掃』。

 血が流れないダンジョンでの戦いとは違う、血みどろの戦いをする世界の一部だ。


「あの、鈴木くん。百夜さんは、冒険者なんだよね?」

「話せば長くややこしい話になるよ」


 少年が猫を被り直すが、荒々しい本性を隠しきれていない。

 ユウキの姿勢から戦闘力を推測する目つきも、百夜に指で合図を送る仕草も、ユウキには戦い慣れた冒険者にしか見えない。


 ユウキは何度か深呼吸をしてから、静かに問いを重ねる。


「えっと、百夜さんとはどういう関係? 妹さんとか?」

「百夜と初めて会ったのは、今から2年前だね」

「ダンジョンが見つかったのって1年前だよね? ダンジョン科ができたのが半年前だから……どういうこと?」


 少年は肩をすくめる。

 黒々としたドレスから、動き易いジャージに着替えた魔法少女が、オレンジジュースの缶を2つ運んで来る。

 口元にチョコレートの痕跡があり、甘い香りを漂わせている。


「冒険者制度が始まる前からダンジョンはあったし、ダンジョンが出現する前から怪異……鬼みたいな怪異が存在しただけだよ。俺が怪異退治が専門の拝み屋で」

「私が魔女……んんっ、魔法少女だ。うむ」


 得意げに薄い胸を張る百夜の瞳が、金色に光っていた。

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