2話目 タヌキの耳
133は、SFチックなタイル張りの通路が伸びていた。
「“耳”……か」
改めて看板を見た僕は、そっと自分の耳をなでた。先ほど体が透けたこともあって、耳無し法一を連想してしまう。
「スゥ。もし敵が出たら、僕も透明にしてね。耳までしっかりと」
「いいけど、何かくれる?」
「カロリーメイトのチョコ味」
スゥは目をぱちくりさせた。
「ポン吉? さっきは、もうないって……」
「うん、フルーツ味はね」
「ズルい!」
「じゃあ、いらない?」
「ほし~い! 前払い~!!」
本当に現金な精霊だなあ。
1本渡すと、途端にスゥは満面の笑みになった。無機質な通路にサクサク音が響くなか、コメント欄も妙に静かである。
「あれ、L?」
リスナーは0人か。――と、1人来た。
L:綿貫!!!!!!!!
「うわっ! 本名はやめろって」
L:スマン!
L:だがお前、無事だったのか!?
L:よかった……本当によかった……(泣
「なんか、テンションおかしくない?」
L:お前たち、完全に消えてたんだぞ!
L:こっちは30……いや、違うか。32分経ってる!
たった32分で大袈裟なと思ったが、外ではいつ戻ってくるか不安だったらしい。
「妙に中途半端な時間だね。――あ、101から133にワープしたっていう、差分のズレかな?」
L:多分そうだ! その間、2階の扉から怪異が出て大変だったぜ!
「え? 大丈夫だった?」
L:まかせろ! 俺の精霊が強火で焼き払ったからな!
――んんっ?
「あのさぁ、L」
L:おう!
「2度目に101行ったとき……、ちゃっかり仲間にしてたね!?」
L:www
L:あっ、俺はつっぱり棒使ったから(キリッ
「そういうトコは抜け目ないよねえ……」
僕は、食べ終わったスゥと一緒に、通路を歩いていった。
「あっ! ポン吉、あそこ!」
スゥが奥の広間を指差した。
「耳がいっぱい浮かんでる~!」
「おー、カチューシャについてるねえ」
円筒状の広間では、いろんな動物の耳がプカプカ浮遊していた。
「あたし、アレほしい~!」
一番上にある、あまり動かないタヌキの耳を指差すスゥ。手を伸ばしても届かない高さだ。
L:てっぺん狙いはアリだな、特殊クリアの可能性もあるし
「じゃあ、肩車だね」
僕はリュックを下ろし、スゥを肩車した。しかし、惜しい所で届かない。
「むぎゅぎゅ~、もう、ちょい……。あ、そうだ!」
スゥは自分の左腕をカパッと外し、右手で持って伸ばした。骨の指がしっかりカチューシャをつかむや、上からの光とともに、“次の部屋は134”の文字が出る。
「やった~!」
「おー、スゥのお手柄だね」
「へへ~ん!」
L:孫の手、ナイス!b
「L、さすがに骨には不謹慎じゃない?」
L:本人がそれっぽく使ってるならいいだろb
「まあ、考え方の違いか」
僕はゆっくりしゃがみ、スゥを下ろした。タヌキ耳は毛触りがいいのか、スゥは「えへへ……」と頬ずりしている。
「さて、L。次は隣の部屋だね。たぶん通常ルートだ」
L:うーむ……、134はちとマズイな
「え? 何かヤバい部屋?」
L:ああ、別ルートで行った奴らから、「人刺し部屋」と恐れられててな
L:デカい熊人に、槍で刺されるらしい
「あー、僕らの前にもいたね。『熊つえーよ!』ってボヤいてたっけ」
L:お前、よく覚えてるなあ……
「そういうLは、張ってた伏線をよく忘れるよねー。こないだも、重要アイテムを出しそびれた極悪GMが、僕らの全滅後に思い出すとかさー」
L:ナ、ナンノコトカナー(目そらし
L:えーさて、特殊クリアを狙うなら耳を付けろって話だが
「誤魔化しが上手いGMだことで……」
スゥを見ると、耳のモフモフ感をたっぷりと味わったのち、おもむろにフードをどけていた。
「にゅっふっふ~。えい!」
カチャッ。
――スポンッ。
「あれ?」
カチャッ。スポンッ。カチャッ。スポンッ。
「むぎぎぎ~……なんで外れるの~!?」
ナゼだろう、とても嫌な予感がする。
L:あー、これ冒険者専用の装備じゃね?
「ですよねー」
こんなファンシーグッズ、僕がつける需要ってドコ?
まあいっか。すぐ外すし。
僕はカチューシャをつけた。
「あ~ん、ポン吉いいな~」
「変わってあげたかったけどね……ん?」
タヌキ耳の根元を撫でたさい、髪の感触だけがある。
「待って! カチューシャがない! 外せないんだけど!?」
L:www
L:祝ってやる
「呪いかなあ!」
あと、つけても特殊クリアの光がなかったし! 完全につけ損だなコレ!
浮遊する耳は、すべて霧散していた。耳をつけた時点で、他のは消えるらしい。
「まあまあ、ポン吉。カワイイよ」
「ありがとう……」
L:似合ってるぞ^^
「ふざけんな」
看板まで戻り、条件を改めて確認した。
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133 耳
・耳を選択すること
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「別ルート……、僕らは選べるのかなあ」
「101のあたしみたいに? でも、他の耳は消えちゃったよ?」
「だよね」
特別な耳が必要だったのなら、もう無い以上は134で決定だ。
L:ポン吉、食パン持ってないか
「兵糧はカロリーメイトだけだよ。なんで?」
L:残念、パンの耳はつけられんか
「それつけるのも勇気がいるかなあ!」
しまった、引っかき回しに定評のあるGMだった。死なないからって好き放題言ってくれてるし。
このあと、「耳を外す」が特殊クリアの可能性に賭けて、くすぐったり耳の裏をかいてみたりするも、外れることなくタイムアップ。
「うあー……。体が透け始めちゃったか」
「待ってないと早いね、ポン吉」
L:まあドンマイ、お前たちのせいじゃないさ
L:気楽にやれ^^
「槍で刺されるのはシンドイんだけど……」
道具を使うってことは、知能がある相手みたいだし、自決薬のあとで刺してって頼めるかなあ?
後ろ向きなことを考えつつワープで進んだ先は、膝上の高さの草原が広がるエリアだった。獣道が一本、丘の向こう側へとゆるやかに続いている。
「ポン吉~、看板あったよ~」
「ありがとう、スゥ。……ゲッ」
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134 最低な人間
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「――なんて部屋名だよ」
そのとき、地面を重たい足音が震わせた。
丘の向こうからのっそりと現れたのは、2.5mほどもある熊の獣人であった。手には長い槍を携えている。
僕は慌てて小声で頼んだ。
(スゥ、透明にして)
(OK)
骨の指で合図を返すスゥ。すぐさま透明になった僕らは、そっと茂みの陰にしゃがんだ。
やれやれ……、これでやり過ごそう。
しかし、熊人は近くまで来ると、鼻をクンクンと動かす。
「舐めてるのか、そこの奴。いることは分かってるぞ」
鋭い視線がこちらを射抜く。
と、僕の体だけが実体化し始めた。スゥは《透明》なままである。
あれ~、スゥ? まさかコレ……。
(僕を囮に?)
ジト目で見てやると、少しだけ実体化したスゥが、可愛くウィンクしつつ両手で拝んでいた。はいはい、どうせ見つかるなら1人の方がマシだよね。
やおら立ち上がった僕に、熊人は槍を構え直した。
「同朋か。――人間はクズだよな、同朋?」
「え」
タヌキ耳がピクリと反応する。
もしかして……、耳で仲間認定されてる?
僕はさわやかに笑った。
「ああ、そうだな。クズだ!」
途端に草むらが大きく揺れる。こら、スゥ。笑いは堪えとけよ。バレたら台無しだぞ?
ともあれ僕は、秒で人間を捨てた。




