第一章 紅蓮の咆哮 6話 【その背中へ】
大型個体の咆哮が演習場を揺らした。それは支配者としての威圧ではなく、目の前の「名もなき獲物」に対する、明確な――恐怖だった。
巨大な肉体が身をよじり、異形は逃れようと足掻く。だが、新人はその巨大な腕にしがみつき、離さない。
泥にまみれ、返り血で赤く染まった少年の姿は、もはや受験生のそれではなく、獲物を仕留める飢えた獣のようだった。
「……逃がすかよ!」
新人の叫びが、砕けそうな喉から絞り出される。
彼は大型個体の皮膚に爪を立て、太刀を握りしめる手のひらを血まみれにしながら、死力を尽くして体重を乗せた。
「瞳」が告げる、核の深層。
今、この瞬間、少年の意識は限界を超え、世界の理さえも置き去りにしていた。
ガキィィィンッ!!
金属が砕け散るというよりも、硬質なクリスタルが弾けるような高い音が響き渡る。
大型個体の胸元で、鈍い光を放っていた「核」が、新人の最後の一撃によって粉々に砕け散った。
一瞬の静寂。
直後、大型個体は膨大なエネルギーを保てなくなり、形を崩していく。黒い霧となって演習場の空気を濁らせ、やがて音もなく砂となって地面に溶けて消えた。
演習場には、荒い息を吐きながら崩れ落ちる少年の姿だけが残されていた。
司令室の静寂は、近藤の満足げな笑みによって破られた。
「……ふん。悪くねぇ」
彼女は腕を解き、深く、しかし穏やかに息を吐いた。その瞳には、かつて自分自身が戦場に立った時のような、燃えるような期待が宿っている。
「あいつは強くなる」
それは、単なる予測ではない。確信だった。
山南が呆気に取られた表情でモニターの少年を見つめる中、土方もまた、眼鏡の奥で静かに目を細める。
「……大型個体相手に、生存者を出して帰還するとはね。隊長、とんでもない化け物を拾ってきましたね」
「化け物? 違うな」
近藤はモニターに映る、地面に倒れ伏しながらも太刀を離さない少年の姿を指さし、豪快に言い放った。
「あれは、俺たちの『未来』だ」
曇り空の隙間から、わずかな光が演習場に差し込む。
地獄のような試練を乗り越えた少年の瞳は、今までよりも深く、鋭く、そして熱く燃えていた。
『紅蓮の絆』の物語は、ここから加速していく。
少年はまだ知らない。この戦いの先に待つ、さらなる過酷な運命と、その先にある真実を――。




