第一章 紅蓮の咆哮 3話 【試練とイレギュラー】
入団試験が始まって数時間。演習場内は、異形たちの断末魔と新人の荒い息遣いで満たされていた。
新人の額には冷や汗が滲んでいたが、その瞳は冴え渡っていた。
「瞳」を通して見る世界は、異形たちの死角を鮮明に教えてくれる。ここまで、彼は傷ひとつ負わず、群がる中級個体を次々と討ち取っていた。
だが、空気が――変わった。
演習場の奥、霧の向こうから、重苦しい威圧感が押し寄せてくる。
地響きが、先ほどまでとは比較にならない強さで地面を揺らした。
「……なんだ、これは」
新人の視界の端に、信じられない光景が映り込む。
本来いるはずのない、数メートルを優に超える巨大な腕を持つ個体――「大型個体」が、霧を切り裂いて姿を現したのだ。
本来であれば、隊長クラスが総出で挑むような脅威。それがなぜ、新兵の試験場にいるのか。
(ありえない……!)
新人の脳裏に、試験を観戦しているはずの土方副長や参謀の山南の声が蘇る。彼らの表情には驚きはない。これは、偶然の事故ではないのか、それとも――。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
しかし、大型個体の巨大な爪が、逃げ惑う他の受験生を虫けらのように叩き潰した。絶望的な光景を前に、新人の足は止まった。
大型個体の虚ろな眼球が、新人を捉える。
獲物を品定めするようなその視線に、恐怖で全身が凍りつきそうになる。だが、新人の胸の奥には、昨日見た近藤局長の笑みが焼き付いていた。
「……ここで死ねるかよ!」
新人は、錆びついた太刀を構えた。
その時、彼の「瞳」がかつてないほど熱を帯びる。
相手の動きが完全にスローモーションに沈んだ。
大型個体が振り下ろす巨大な腕の軌道。その合間、核が宿る胸部へと続くごくわずかな、針の穴を通すような「死角」が、赤く光って見えた。
「見える……!」
新人は地を蹴った。
死の匂いが漂う演習場で、少年は禁断の扉をこじ開けるように、巨獣の懐へと飛び込んでいく。
観戦席では、土方がその様子を静かに、しかし鋭く見つめていた。
「……面白い。試験官を出し抜くとはな」
その言葉が意味するものは何か。試験場という名の地獄で、少年の真の覚醒が今、始まろうとしていた。




